【全25話】出海ルートに気付かないポンコツ英梨々 前哨戦 作:きりぼー
ゆえに世間知らずのお嬢様は、素朴な庶民の感性に惹かれて道を間違えるのではないだろうか。
大きな本棚には綺麗にラノベが並べられていた。なんて幸せな光景なのだろう。ふと見上げると自分よりも背丈の高い本棚の一番上には大きなラノベが置いてあった。まるで美術書ぐらいでかい、いやそれ以上だろうか。
それがグラグラと揺れて落ちてきた。
「ぐぇっ・・・」
そこで目が覚めた。部屋暗くて天窓からの星の光ぐらいしか見えない。手元さぐってランプをつけると、英梨々が赤い寝袋にはいって眠っている。また俺の腹を枕にしていたようだ。
原因がわかったので、ゆっくりと動いて英梨々の頭をどかせる。目が覚めたついでに寝袋から出て一度トイレ起きた。寝袋の外は肌寒い。時刻は5時前で起きるには早すぎる。
「だいたいあいつ・・・下で寝てただろ・・・」
せっかくのいい夢が英梨々のせいで台無しなってしまった。トイレを済ませてから上に戻って暖かい寝袋の中に戻った。英梨々がマットレスを占領しているので、俺の寝るスペースは小さい。
英梨々はすやすやと寝息をたてて気持ちよさそうに寝ていた。口元がニヤニヤしていることから、さぞかしいい夢をみているに違いない・・・
俺は溜息を一つついて、ランプを消した。また暗闇の世界にもどった。英梨々の寝息だけが聞こえる。そして、英梨々の微かな香りを感じながら目を閉じた。
※ ※ ※
「ねぇねぇ倫也、見てみて~」
「ああ、見てるよ」
「思ったよりでかいわね」
「そうか?」
「たぬきみたい」
「そうだな・・・」
俺としては獣臭いことの方が気になったが、隣の英梨々は匂いは気にならないらしい。サファイヤブルーの瞳を大きく見開いて、レッサーパンダを眺めている。まったく小学生みたいにはしゃいでいた。
「次はおやつのお時間です。おやつを上げたい方は並んでくださーい」
若い女性の飼育員さんがそうアナウンスすると、来ていた子供たちが並び始めた。英梨々は少し照れ臭そうにして、俺の顔をみている。
「小学生じゃなくても大丈夫だろ・・・」
「別に餌やりしたいなんて言ってないわよ」
「なら次のとこいくか・・・」
「倫也が餌やりしたいなら、一緒に並んであげてもいいわよ?」
「そんな無理にツンデレせんでも、素直に並べよ。おやつなくなっても知らんぞ」
「冷たい男よね・・・じゃあいいですぅー。並びませーん。帰りまーす」
「いじけるなよっ!?」
英梨々が次のフロアに歩き出した。うーん。追いかけて甘えさせるべきだろうか。いや、ここは厳しくいこう。
「俺は餌やりたいから並んどく」
「はぁ?」
俺は小学生の列の後ろに並んだ。10人以上並んでいる、中には幼稚園ぐらい子もいた。
どうやらカットフルーツのようだ。長い棒に刺して口元に運ぶとレッサーパンダも心得たもので上手に食べている。
英梨々が黙って俺の後ろに並んだ。まったくどんだけガキなんだか・・・。俺の靴のカカトをコツコツと蹴ってきている。ご機嫌は斜めだな。
「最初から素直に並んでおけよ・・・」
「別にあたしは並びたくないわよ。倫也がはぐれて迷子になったらめんどくさいでしょ」
「そりゃどうも」
この辺が潮時かな。話題を変えておこう。
「なんかバナナ食うんだな」
「知らない」
「雑食性だろ」
「知らない」
「機嫌悪いな」
「誰のせいよ」
英梨々の性格のせいだよね。などとはもちろん言わない。とりあえずカカトアタックは止まってくれた。
「・・・さっきから、同じ奴ばっかおやつ食ってるな。あいつだけ食いしん坊なんだな・・・他の奴は遠慮しているし」
「なんで平等にあげないのかしらね。飼育員もみたらわかるでしょうに」
「だな」
レッサーパンダは3匹が木に登って、おやつをねだっていた。一番近いやつがさっきから独占している。もう一匹も欲しそうにはしているが・・・全部そいつが横取りしていた。さらにもう一匹はあきらめたように後ろで待っている。腹いっぱいになったら交代するのだろうか。
「倫也。作戦立てなさいよ」
「なんの作戦だよ」
「はぁ、あんたバカなの?見ればわかるでしょうよ。あっちの子におやつをあげる作戦よ」
「ああ・・・ほっといても平気そうだけどな」
「あたしはああいういじめっ子タイプは嫌いなのよ」
「・・・ふむ」
ずいぶんといじめられたことを根深く思っているようだが、ここのレッサーパンダの無実なのだから可哀そうである。とはいえ英梨々の主張はわかった。
「そうだな。まず俺と英梨々で2本もらうだろ?」
「うん」
「で、俺があの食い意地の張った方をひきつける間に、英梨々がもう一匹にあげたらどうだ」
「陽動ね。でもそれだと、倫也のやつが食べられちゃうじゃない」
「それはしょうがないだろ」
「後ろの子は?」
「あっちはどの道届かないし、順番なんだろ」
「ふーん。まぁそれいいわよ。でも、倫也のおやつも食べさせないようにしなさいよ」
「なんで?」
「あたしがあっちの子に食べさせたら、今度は逆にするのよ。餌がついてなくても引っかかるかもしれないじゃない。その間にもう一個食べてもらえるわ」
「なんか可哀そうだな」
「さっきから独り占めしているのが悪いのよ」
順番が回ってきた。俺と英梨々は作戦通りにレッサーパンダを誘導し、作戦通りに食べてもらえた。二つ目も英梨々の作戦がはまって、何もついていない棒につられていた。
「ちょろいわね」
「そうだな・・・」
なんでレッサーパンダに知恵比べで勝って、ここまで満足気になれるのか不明だが、英梨々は腰に手を当てて勝ち誇っていた。単純なやつ。
次に質問コーナーがあったので、英梨々がしきりにレッサーパンダについて質問している。続けて質問して恥ずかしくないのかと思ったが、どうもかなり気に入っていたようだ。
「レッサーパンダは懐きますか?散歩できますか?」
「レッサーパンダは一緒に寝れますか?」
「レッサーパンダはどこで売ってますか~」
「レッサーパンダは飼えますか?」
担当の方が困っていたが、英梨々はどうも家で飼いたいらしい。
「特別な許可がないと飼えない」という回答を聞き、その場を後にした。
「そりゃ、飼えないだろ・・・」
「手続きすれば飼えるでしょ」
「でも、それってレッサーパンダの幸せとは限らないだろ」
「そんなこといったら、他のペットだってそうじゃないかしら?」
「ペットに向かないんじゃないか?そういう風に品種改良されていないわけだし、犬猫みたいに人類と長く付き合ってこなかったよな」
「もういいわよ。はいはい、飼えません!あたしが悪ぅーございました!ふん!」
子供か!?まぁ子供だけどな・・・。
レッサーパンダのお土産コーナーがなかなか充実していた。ノートやクリアファイルなどの定番はもちろん。ぬいぐるみやワッペンなども売っている。
俺たちが気になったのは、レジ横のガラスケースに飾られたガラス細工だった。
「うーん。量産品だな・・・売っているのは」
「そうね・・・でも・・・」
「非売品はなぁ・・・」
「なんとかならないのかしら」
「その金でなんとかしようとするのやめような」
ガラスケースには販売用の商品のほかに、レッサーパンダの楽隊のものがあった。こちらは一品物の特徴と見えて、一つ一つの表情やしぐさがカワイイ。楽器まで細工が丁寧だった。キラキラと輝いていてガラスも良質だ。
「いくらぐらいかしら?」
「非売品に値踏みするなよ。でも同じぐらいのクオリティーのものがだいたい2万ぐらいだかな、楽隊のセットで20万はするだろうな」
「なんとかなるわね」
「別にここで買わなくても、ガラス細工のところにオリジナル発注することはできるだろうけどな・・・」
「けどなによ?」
「可哀そうだろ」
「何が」
「他の子が」
英梨々が俺の顔をじぃーと覗き込むようにみた。大きな瞳だ。今日は寒いので毛糸の防止をかぶっていて、金髪はそこまで目立たない。
「まっ、そうね」
英梨々が納得したようだ。俺がコツコツと贈ったガラス細工はここで売っている量産品のような質のものが多い。こんな立派なものが一緒に飾られたら、肩身がせまくなってしまうだろう。もちろんガラス細工に感情なんてないけれど。
「いいと思う」
「何が?」
「あんたのそういうとこ」
「どういうとこ?」
「わからなくてもいいわよ」
そういいながら、英梨々が俺のコートの裾をにぎって、ひっぱりながら次の動物コーナーへと歩いて行った。
(続く)