【全25話】出海ルートに気付かないポンコツ英梨々 前哨戦 作:きりぼー
なんだか甘い香りがする。目の前にとても綺麗な黒髪の女の子がいて・・・俺にキスをする。柔らかい唇の感触・・・
「ほら、起きなさいよ!」
「んあっ!?」
「おはよ」
「・・・英梨々か」
「エリリかって何よ。エリリかって」
「おはよう」
寝ぼけた俺は今日が平日であることを思い出した。そして朝から俺の部屋に英梨々がいる。
・・・ということは今日はバレンタインだ。
「早く起きないと遅刻するわよ」
「ああ・・・ふぁあぁぁ・・・んぐっ!?」
俺が寝ぼけてあくびをしていると、英梨々が指で俺の口元を抑えてきた。
「あんた、さっき寝ながらニヤニヤしていてキモかったんですけど」
「俺の部屋で俺がいい夢見てて何が悪いんだよ・・・」
「ふーん。どんな夢?」
「覚えてないけど、なんか甘い香りがしたな・・・って、今もする」
「これでしょ」
英梨々が枕元を指さした。そこには重厚な黒い紙袋が置いてあった。ロゴは金色に装飾されている。見るからに高級ブランドの紙袋だ。
そこからチョコレートの香りが漂ってきていた。
「おまえ、俺の唇触ってた?」
「うん。だってニヤニヤずっとしているんだもん」
「それでか・・・」
「何がよ?・・・はっ、あんたまさか変な夢みてたんだじゃないでしょうね」
「変な夢ってどんなんだよ・・・」
「キスとか」
「図星だな。ほら、もう起きるから」
英梨々は俺のベッドに腰かけていた。身支度は整っていて赤いリボンにいつものツインテール。それに学校の冬服を着ていた。
英梨々はこういうイベントの時だけ朝に起こしにくる。幼馴染として起こしにくるのは中二病的イベントで本人は気に入っているようだが、惜しいことに低血圧で朝に弱い。毎日かいがいしく起こしに来るほど英梨々に余裕はなかった。朝の準備だって女の子だから時間もかかるのだろう。
「ちょっと倫也!誰とキスしてたのよ」
「んあぁ・・・?覚えてねぇな・・・」
黒髪だったような?髪型はボブかな。目元は少し優しい感じで。会った覚えてはないけれど、アニメか何かのキャラクターだろう。正統派ヒロインよりは影が薄い印象だったような?
「ふん。まぁいいわ。下で待ってるから早くしなさいよ」
「ああ・・・うん。チョコありがとな」
「どうせ誰にももらえないでしょ」
「一言多いんだよな・・・」
まぁ実際そうなんだけど。だけど今年は違う。もしかしたら出海ちゃんがくれるかもしれない。いや・・・小学生にそんな義理チョコをのぞむのは無理か。
英梨々が部屋から出て行った。俺は枕元のチョコを確認する。ラッピングもしっかりしていてすぐには中身は確認できない。いつもよりも豪華な気がする。
とりあえず急いで着替えた。それから下に行って朝の身支度を整える。5分とかからない。英梨々はリビングのテーブルに座って、コーンフレークを食べていた。俺の分も用意してある。皿とスプーンと牛乳とコーンフレークが。
※ ※ ※
なんでもないはずの日常が、バレンタインデーというイベントのせいでよそよそしい空気が朝から学校に漂っている。そわそわしていて浮かれ気味だ。ぜんぜんそんなことを気にしないで部活の朝練に励んでいる人もたくさんいたが、下駄箱を開ける時にささやかな期待をもってあけている人もいる。そんなとこにチョコいれるやついるか?
クラスの中では伊織の周りには女子が集まっていて、堂々とチョコを渡している。それが本命なのか義理なのか、はたまた友チョコなのか俺にはわからない。でも伊織が相手だと渡しやすいのだろう。
比較的伊織と親しい俺にはおこぼれが・・・あるはずもなく、俺は教室の片隅でアニメージョをいつものように読んで過ごした。近年では声優特集が多く、少しアイドル雑誌系になった時期もあり迷走していたが、最近は元のアニメ特集に舵を直しつつある。
「ちょっといいかい?」
俺が顔を上げると、目の前の席に伊織が座ってこちらに体を向けていた。いちいち態度がキザなヤツ。
「これ。預かってきたから渡しておくよ」
「ああ、悪いな・・・」
周りの視線が熱い。俺は何もなかったそぶりでさりげなく受取ってそれを鞄の中にしまった。
「それ、手作りだから」そう言いながら伊織は立ちあがって、元の自分の席に戻っていった。周りが不思議そうに俺をみていたが、俺は気付かない振りを続ける。
何もそんな目立つような渡し方しなくてもいいだろうに・・・
鞄の中のチョコを今すぐにでも確認したいが今は我慢だ。家に帰るまでは隠しておこう。
※ ※ ※
学校が終わった。がっかりする男子もちらほら見受けられる。俺としては出海ちゃんに貰った以上は勝ち組だ。しかも手作り。相手は小学生で勉強を教えたお礼とはいえチョコはチョコだ。
帰り道に家の近くの三叉路で英梨々が立っていた。手には鞄の他に大きな紙袋を持っている。
「どうした?」
「あっ、倫也」
英梨々と一緒に学校から帰るわけにはいかない。学校での接触はほとんど皆無だ。この三叉路あたりまでくると学区内の生徒はほとんどいなくなる。それでも、こうやって英梨々が待っているのは珍しい。用事があるなら家にまでくる。
「なんだその荷物?」
「ふふん・・・♪」
英梨々の鼻息が荒い。なんかドヤ顔でこちらを見ている。
「チョコよ」
「チョコ?なんで?」
「はぁ?あんたバカぁ?そんなのあたしがモテるからにきまっているでしょ」
「そりゃ・・・イケメンだな」
「正直参ったわよ。こんなに同性からチョコたくさんもらうなんて」
「友チョコとか流行ってるみたいだからな」
「あたしは用意しなかったのよね」
「ホワイトデーで返せばいいだろ」
「あんたねぇ・・・でも・・・そうなのかしら?」
「知らねぇけど」
「で、倫也はどうだったのよ?」
「何が?」
「チョコに決まってんでしょ」
「ああ、チョコな・・・」
嘘つくのが一番楽な気がするが、わざわざ嘘をつくのは後ろめたい証拠で、まったくそんな必要はない。でも、出海ちゃんのことを英梨々が知ったら少し面倒になりそうな予感だけはする。
嘘はつきたくないが、バカ正直に答える必要もない。ここは上手に正直に答えよう。
「波島からもらったよ」
「はぁ?あんた・・・いよいよBLに・・・」
「はははっ。あいついっぱいチョコもらってたぞ」
「もしかして倫也・・・」
あっ、さては気が付いたか。まぁその時はその時だ。別にやましいわけじゃない。
「波島がたくさんもらったチョコを恵んでもらったわけじゃないでしょうね?」
「はははっ」
よし、笑ってごまかそう。変な勘違いしているし。
「ちょっと・・・いくら倫也がモテないからって、あんたにはプライドはないの?そんな倫也が哀れでちゃんと今朝渡したわよね!?」
「ああ、チョコ。ありがとうな。何個貰ってもいいもんだぞ」
「・・・うわぁ」
英梨々がすごく蔑んだ目で俺をみている。うん。その目も好物だから問題ない。
(続く)
うーん。