【全25話】出海ルートに気付かないポンコツ英梨々 前哨戦 作:きりぼー
部屋がチョコレート臭い。テーブル一面に英梨々は貰ってきたチョコレートを包装から開けて並べている。
そして一つ一つを軽くスケッチをしながら、メモを取ってまとめていた。この当たりの細かさが英梨々のコミュ障と過去のトラウマがよく現れている。
「全部で12個ね・・・」
「食っていい?」
「かまわないけど、ちゃんと味を報告しなさいよ」
俺は一粒を口に放り込んで、「チョコの味だよ」と言ったら、「バカ」と言われた。
半分に噛んで中身を確認する。これは普通のミルクチョコ。
英梨々のノートには形と誰から貰ったがまとめてある。そこに「ミルクチョコ」と書き加えた。
「気を使いすぎじゃねーの」
「わかってるわよそんなこと。感想求められたら困るでしょ」
「そういうときは、マジやばいーうまかったーとかいえばいいんだろ」
「マジマンジ?」
「無理するな。実際レポーターじゃないんだから、適当でいいだろ。誰も感想なんて期待していないって」
「・・・うん」
今も英梨々は友人関係に不安を持っている。いったいいつまでいじめ問題を引きづっているのかわからないが、極力敵は作りたくいないらしい。
俺は別のものを一つ食べる。これはオレンジピールにチョコがコーティングされていた。
「やっぱりホワイトデーにお返しすべきかしらね?」
「わかんねーけど、早い方がすっきりするんじゃね?」
「・・・そうよね。ほんと、めんどくさい!」
「そう人の気持ちを無下にするなよ・・・」
「苦手なの。モテない倫也にはわからないでしょうけど、気を遣うのよ。女の子同士でもいろいろ大変なんだから」
「でも、くれるってことは少なくとも好意なんだろ」
「そりゃそうよね」
「なら、気持ちは有難く受け取ってだな・・・」
「倫也ってときどきオヤジくさいわよね」
「うるせぇ・・・」
別なチョコを食べる。これはオシャレな板チョコタイプが複数枚入っている。ビターかな。
英梨々もホワイトチョコを一枚食べている。
「味はまぁまぁね。あっ、このチョコはカワイイわね」
「これは飾るタイプのだな・・・」
「ああ、もう・・・めんどくさい。これはどうするの?飾るの?食べるの?」
「知らね」
「・・・もういや・・・」
「そんなに悩むなって、とりあえず数日は飾れよ」
やれやれ、細かいやつだ。
「返礼品はみんな同じでそろえた方がいいわよね」
「そうだな。差は嫉妬を生むからな」
「でも、価格帯がそれぞれ違うのよね」
「返礼品じゃないんだから・・・中一の思い出作りなんだから適当でいいだろ」
「・・・うん」
別なチョコを食べる。クマの形の小さなタイプはミルクとホワイトとストロベリーがあった。見た目もカワイイ。英梨々はストロベリーを食べて、表情には何も出さないでメモしている。
「今度の休みに買いに行けばいいわよね」
「ホワイトデーのお返しじゃなくて?」
「それもちょっと違うでしょ」
「そうだよなぁ・・・あっ、いい相談相手がいるぞ」
「誰?」
「美智留」
「・・・いい」
「でも、あいつモテるぞ?こと同性からモテるなら美智留の方が上だ」
「そんなのどうでもいいわよ」
ドドドドッと階段を上がってくる音がする。この足音は・・・
「トモー!」
大きな声で俺の名前を呼びながら、部屋のドアがガチャンと音を立てて開いた。
「噂をすればってやつだな」
「何が?あっ、澤村ちゃん!」
「・・・」
英梨々は驚いた顔で美智留を見つめてから、そっぽ向いて挨拶もしない。
「相変わらずカワイイ!!」
英梨々はテーブルから立ちあがって鞄を持った。美智留は英梨々の態度に動じていない。英梨々が無視すると決めたことに腹を立てるでもなく、同じく無視したまま俺に話しかけてきた。ちょっと空気が凍てついてきているんですけど・・・
「トモ、ちょっとお願いがあるんだけど」
「・・・ふむ。言わなくてもわかるが・・・」
「なんで?」
「伊織だろ?」
「そう!なんとかできる?」
「借りもあるしな・・・」
俺はチラッと英梨々を見る。そっぽを向いているので助かった。口元に指を当てて、美智留には黙っておくように伝えた。通じたのか美智留はうなずいている。
スマホを取り出して伊織のLINEに連絡をいれた。要件は簡単だ。美智留がチョコを渡したい。自分で渡せよと突き放したいところだが、初詣の件もある。ここは人肌脱ぐのが仁義だろう。
伊織からの返信はすぐにきた。チョコを渡したいやつがいると伝えただけで、すべてを察したように、「そっちに行こうか?」と言ってくるあたりが実に伊織だ。チョコをもらいにくるということが恥ずかしくないのだろうか・・・あれくらいモテるやつの思考回路がよくわからない。余計な手間はかけたくないので、俺は「頼む」とだけ伝えた。まだ忙しいらしく1時間後ぐらいになるらしい。
「ここに来るってよ」
「さすが伊織ちゃん」
「ちょっと倫也、なんで波島伊織がここにくるのよ!?」
「ああ、この美智留が伊織にチョコ渡したいらしくって」
「そんなの知らないわよ、もう!帰るから」
「別にいてもいいぞ?」
「なんであんたと一緒にいるところを波島伊織にバレなきゃいけないのよ。バカ」
英梨々がバタバタとチョコを片づけ始めている。包装紙は無造作にゴミ箱につっこんで、慌ただしくチョコの箱を閉じている。
「どうしたのこれ?」
「ああ、これは英梨々が同性の女の子からもらったチョコだ」
「へー、持って帰ってきたんだ」
「美智留は貰わなかったのか?」
「貰ったよ」
「何個ぐらい?」
「さぁ・・・部活の仲間と、クラスメートと・・・委員会の先輩と・・・20個ぐらい?」
「アバウトだな。で、どうしたんだそのチョコ?」
「ん?放課後に学校で集まって分けてみんなで食べてきた」
「いいのかよそれで」
「だって、誰に何をもらったかなんて覚えてられないじゃん?お返しとかめんどくさいし、その場で食べるのが一番だよ」
「だとよ、英梨々」
「ふん!」
英梨々は耳をこちらにたてながらも、会話に加わる気はないらしい。耳を赤くしているあたり少し怒っているようだ。別に美智留は悪くないんだが・・・
紙袋にチョコの箱を詰め込み、乱暴に袋を持って部屋から無言で出て行った。
「なんか機嫌悪いねー」
「ちょっと、送ってるから」
「トモは優しいねぇー」
大きなため息をついて、俺も階段を降りていく。英梨々は無言だ。何をそんなに怒ることがあるのかよくわからない。美智留とは昔から仲が悪い。それもほぼ一方的に。
玄関を出てやっと英梨々が話し始めた。
「だいたい、どういうことなのよ?説明しなさいよ」
「何を?」
「はぁ?あんたバカなの?全部よ全部!」
「うーん」
英梨々の横を歩きながらチョコの入った袋をもってやる。対して重くもないが、俺だけ手ぶらなのも気が引ける。
「クリスマスの時に少し話しただろ・・・?伊織が女の子を連れてきてもいいって」
「・・・・・・」
「それで、たまたまクリスマスに友達からあぶれた美智留がやってきてだな・・・」
「連れってたわけ?」
「そそ。それでまぁ仲良くなったらしい」
「なら、LINEでもつかって自分たちで交流すればいいでしょ」
「まったくその通りなんだけど、ああ見えて美智留も女の子でな・・・」
「いいのあんた?」
「何が?」
「波島伊織とられて」
「はぁ?なんでだよ!伊織とられてって?」
「やっぱり倫也・・・波島伊織のこと好きなんだ・・・」
「あのな・・・なんで今の流れからそうなるんだよ」
「なんか伊織との間でこそこそしているから、おかしいと思ったのよね。冬コミュもそういうこと?氷堂美智留も一緒だったの?」
「いや、あいつはオタク文化否定派だから、そういうのには参加しない」
「じゃあ、なんで氷堂美智留がわざわざバレンタインに倫也の部屋にくるのよ」
「だから、伊織にチョコを渡したいからだろ・・・」
そうこう話しているうちに英梨々の家に着いた。外は寒くて英梨々の吐息は白い。
「倫也は氷堂美智留が波島伊織に取られてもいいのかしら?」
「大いにけっこうなんだが!?」
「ふーん・・・ならいいわよ」
英梨々が目線を地面にそらせながら、顔が赤い。こいつの思考回路がいまいちよくわからない。だいたいなんであんなに機嫌損ねているんだか。
「じゃあね、週末は開けておきなさいよ」
「ん・・・買い出し?」
「そう」
「わかったよ。じゃあな」
英梨々は無言のまま振り返って門の横の勝手口から中へと入っていった。やれやれ。
※ ※ ※
約束通り一時間後に伊織がやってきた。俺の部屋にはなんどか来たことがある。伊織的には俺の部屋の方が理想に近いらしい。本当か嘘かはわからない。
クッションの上に正座してる美智留は珍しく緊張している。制服のままなので真面目な学生に見えた。
伊織も適当に座った。俺は下にいって伊織の分の飲み物を用意する。3人とも紅茶でいいだろう。ゆっくり時間をかけて2人の時間を作ってやる。
部屋に戻ると、美智留は正座のまま動いていないし、顔が妙に赤い。伊織は胡坐をかいてくつろいで、俺の部屋のラノベを読んでいる。この辺のマイペースさは流石なのだろうか・・・
「紅茶」
「ありがと、トモ」
「ありがとう。倫也君」
「で、美智留」
「ああ、うん。ちょっとまってー」
持ってきた鞄を取ろうと立ち上がった美智留は、足がしびれて少しふらついた。座ったままの伊織の支えてやる。俺は自分のデスクに座ってぼっーと2人を見ていた。カップルって傍からみるとこんな感じなんだろうか?確かに2人の間に独特の空気がある。
美智留が鞄をごそごそして、ラッピングされたチョコを両手で伊織に差し出した。顔が真っ赤だ。もらう伊織も涼しい顔しているつもりが耳まで赤い。今日、さんざんチョコを受け取った時には余裕そうに見えたが・・・
「ありがと。氷堂さん」
「いえいえ、つまらないものですが」
「その用法おかしくねぇか?」
「そうなの?ごめん、あたしバカで」
「別におかしくないさ。嬉しいよ。ありがとう。」
ああ、むず痒い。この伊織の素直なセリフ・・・見習うべきなのか・・・よし、俺も美智留に援護射撃をしてやろう。
「伊織、たぶんそれ、美智留の初チョコだぞ」
「トモ!?」
「だろ?」
「うーん・・・そういえばそうかもー?」
「こいつさ、もらう側だから」
「それはありがたいね。開けていいかい?」
「あっ、はい。おねがいします」
「美智留・・・用法おかしいぞ・・・」
とりあえず、場の空気的に俺ですらいずらい。おかしい・・・俺の部屋なのに、すごくアウェー感がただよっている。黙って部屋を出た。
下のリビングで時間をつぶす。伊織があの場でチョコを確認した以上は少しは食べるだろう。俺は邪魔をしたくない。こんなことなら、外で会ってもらって、部屋に英梨々を・・・
・・・英梨々を?なんだろう。いてくれた方がよかった・・・。かな。
ソファーに座りながら時間がすぎるのを待つ。スマホも部屋に忘れてきてしまった。
※ ※ ※
ぼけぇーとしていると、2人が降りてきた。時間にして15分ぐらい。
「トモ、そろそろ帰るよ。ありがと」
「なぁ・・・美智留。俺にはチョコは?」
「えっ・・・?ああ、うん。忘れてた。いるなら買ってくるけど。だってトモには・・・」
「美智留!」
俺は慌てて発言を止める。
「ん・・・ああ、ごめん。えっと・・・」
「美智留。駅までだよな。悪いけど・・・伊織、美智留を駅まで送ってやってくれるか?」
「かまわないよ」
「じゃあ、そういうことで頼む。美智留もコート着ろよ」
「うん。取ってくる」
美智留が俺の部屋に戻った。やれやれ、あいつなんも考えてないからな・・・とにかく英梨々のことは内緒だ。
「倫也君。あの机の上のチョコは誰にもらったんだい?」
「なんだ?・・・あれか、なんでもねぇよ。ちょっと知り合いに義理チョコをな」
「ピエリ・マッコリーニを!?」
「なんだぞれ」
「高級チョコレートブームのはしりみたいなブランドさ。あれでたぶん5千円ぐらいすると思う」
「はっ!?冗談だろ・・・」
「いや、それぐらいだから、あとで調べてみたらいいさ」
「まっ・・・まぁたぶん、貰いものか何かだろ・・・」
チョコでそんなにするのがあるのか・・・せいぜい1000円・・・いっぱい入っていれば2000円ぐらいだろうと思っていた。英梨々にもらったチョコは小さな箱だったし・・・
トントントントン・・・と、軽快な足音で美智留が降りてきた。今年買った新着のPコートを着ている。学生服だととても似合っていた。そういえば髪もベリーショートよりいくら伸びているし、普通に可愛い女の子に見えないことない。何しろ美智留なので客観視することができない。
「おまたせー」美智留の声のトーンが少し高い。顔も少し火照ってみえた。
「じゃ、そういうわけで伊織。あとは頼んだ」
伊織が肩を軽く動かして返事をした。俺ができるのはここまでだ。2人を玄関まで見送った。並んでみると、なかなか似合っているようにも思える。上手くいくといいな。
※ ※ ※
1人で部屋に戻り、デスクの上の黒い紙袋を見る。金色のロゴは確かにピエリなんちゃらと読める。ネットで検索すると黒を基調とした高級感あふれるが見にくいHPがすぐに見つかった。商品名もチョコレートの名前もいちいち洒落ている。金額も伊織の言った通りだった。
英梨々に美智留と伊織が帰ったことをLINEで送る。その後に、「この高級なチョコって貰いものか何か?」と聞いてみた。チョコに5千円はあまりにも高い。英梨々の家はたくいさんの高級品を貰っているし、そのおすそ分けかと思ったのだ。
既読は付いたが、英梨々から返事はなかった。
鞄から出海ちゃんからもらったチョコを取り出してみる。ラッピングも手作り風でそんなには凝っていない。中には4粒のチョコが入っている。トリュフかな。ココアの粉末がまぶしてあった。
出海ちゃんにお礼のLINEをいれると、すぐに返事が来た。味がきになっているようなので、チョコを一粒食べて、美味しかったとボキャブラリーに乏しい感想を言った。
出海ちゃんの飛び級試験は無事に終わったらしい。ということは、小学校6年生をやらずに中学生になる。卒業式をやるのかどうか気になったが、出海ちゃんにもよくわからないようだ。
チョコを食べ終えたところで話を適当に切り上げた。LINEでの会話だとずいぶんとしっかりとしていて大人びていた。
今日はチョコをたくさん食べすぎた。冷めた紅茶を流し込み口をさっぱりとさせる。英梨々から貰ったチョコの・・・チョコレートアソートメント・・・何がちがうんだろ・・・。そのラッピングを開けて、中を確認する。白いしっかりとした箱には、たった10粒の綺麗なチョコが収まっていた。
5種類のチョコレートと、4種類のカラフルなハート型のチョコ。そして動物の形のチョコが一粒。
チョコの香りにフルーツの香りが混ざっていた。写真をとって英梨々にお礼と一緒にLINEを送ったが、今度は既読がずっと付かなかった。
(続く)