【全25話】出海ルートに気付かないポンコツ英梨々 前哨戦 作:きりぼー
土曜日の授業が午前中で終わり、部屋でコンビニ弁当を食べながらLINEをチェックするが既読はついていない。最近は怒る時は無視してくるのだが、本気で怒っているわけでもなさそうだ。
何しろ俺のラノベ紹介サイトを見に来ている。英梨々はそこまでITに詳しくないと見えるが、こちらかすればどのIPがアクセスしてきたかなんて、簡単に可視化できる。
週末に買い出しに一緒に行くはずなので、予定を立てたいところだが連絡がつかないとなると一緒に行く気がないのだろうか。何をそんなにプンプン怒っているのかわからないが、機嫌を損ねた原因は考えたい。
やっぱり、最後に既読のついた「チョコは貰いものか?」というところが癇に障ったのだろう。何にせよ、あって直接謝るしかない。
※ ※ ※
「ごめん。英梨々!」
もちろん土下座。謝罪に駆け引きは無用だ。全力で頭を下げる。これ、大事。
英梨々の部屋は床暖がついていて暖かい。床の上に脱ぎ捨てた白いニーハイがころころと二つ転がっているのが気になる。
「で、何を謝っているのかしら?」
英梨々はベッド上に生足を組みながら座っている。コーデュロイの茶色いスカートは短くて、中がこの角度だと見えそうだ・・・。
「チョコ・・・、貰いものなんて失礼なこと聞いてすまなかった」
「ほんとよね。どういう神経しているのかしら?」
「いや、だって中1で5千円のチョコって・・・」
「ふーん。倫也にしては詳しいわね。あんたピエリ・マッコリーニ知ってたのね」
「ああ、伊織に聞いてな。ネットで調べたよ」
「余計なことしてくれるわね」
「なんで、あんな高級なチョコくれるんだよ」
「べ・・・別にいいでしょ。あんたには関係ないじゃない」
「大有りだよね!?」
顔を上げた。見えそうで見えない。目線が固まったのが英梨々にバレたらしく、
「変態。その椅子に座りなさいよ」
「ちっ」
バレたらしょうがない。おとなしくゲーミングチェアに座る。床弾も気持ちいいのでそのまま床で胡坐をかいていたいぐらいなのだが。
「いつも、倫也がホームページの更新手伝ってくれるでしょ」
「うん?」
「ああいいうのって業者に頼むと高いじゃない」
「ああ、更新じゃなくて、改修な。別に大した手間じゃないけど」
「だから、そのお礼もかねてなのよ」
「うーん…」
「な・・・なによ。ただの義理チョコなんだから勘違いしないでよねっ」
「いや、それはわかっているよ」
「わかってないじゃない・・・」
英梨々が小さな声でぼやいたが、俺にはよく聴こえなかった。
「で、どうだったのよ?」
「どうって?」
「味よ」
「まだ食ってねぇよ」
「はぁ?なんでよ。香りが抜けちゃうでしょ」
「だって、一粒500円だよねぇ!?」
英梨々があきれて溜息を一つついた。庶民の気持ちのわからないやつめ。俺はもってきた鞄から、もらったチョコレートBOXを取り出した。
「英梨々も食べるかと思って」
「あたしは食べたことあるわよ」
「500円を?」
「そこ、店にいくともっといろんな種類のがあるわよ」
「まさか全部・・・?」
「あたしのことはいいから、さっさと食べなさいよ」
しょうがないので一粒500円のチョコを口に放り込む。外側こそチョコレートだったが、中は柔らかいチョコでくちどけがいい。なにやら香りも広がる。
「なんか・・・こう・・・チョコの味がするな」
「語彙力」
「しょうがねぇだろ・・・でも、うまいよ。確かに。美味い気がする」
「なら、よかったわね」
「ありがとな」
同じ種類のミルクチョコもはいっていたので、英梨々にも一粒渡す。ぜんぜん躊躇なく口に放り込むあたりが、やっぱり金持ちなんだな。
「そうだ、英梨々。話そうと思っていたんだけどさ。俺が最近ずっとラノベ読んでいるだろ?あれって素人小説家の物が文庫化されたのが多いんだよ」
「そうね。なろうよ系でしょ」
「うん。それで気になってた作者の原作の他の作品とかも読んできたんだけどさ」
「あんた、ヒマね・・・」
「いいレビューを書くのに作者のことを知るのも大事だろ。ネットの分なら斜め読みで十分だし」
「それで?」
「いろんな作者のいろんな作品を読んでみたんだよ。300ぐらい」
「300!?って、バカなの?」
「結局そうなるとさ、題名と、せいぜいあらすじ紹介文ぐらいしか読めないんだよな」
「そりゃそうでしょうよ」
「それでさ、初投稿の人がいてさ。俺らよりも一つ上の子なんだけど。一つ面白いのがあったんだよ」
「へぇー」
「ちゃんとツボを抑えているっていうか。少し少女趣味だけど文もしっかりしているし」
「なんて作品?」
「確か・・・『恋するメトロポリタン』かな」
「センスないわね」
「まぁ、読んでみろよ」
スマホを維持ってURLを英梨々に送信した。英梨々がそれを受けとって開いている。
「霞詩子(かすみ うたこ)っていう、自称中2の女子なんだけどな。もしかしたら中二病のおっさんかもしれないけど。これがなかなかよく調べてあってさ」
「あー黙って。あんたにしゃべらせると、どんどん内容言っちゃうから」
英梨々が読み始めた。
舞台は古代エジプトの大図書館。当時最大の蔵書数を誇るアレクサンドリア図書館だ。そこに通う本好きの女の子が、司書さんに憧れる片思いを書いた作品だ。現代の設定でないところが新しい。時代考証もよくされているのに難しいところがない。すっきりとした王道展開でありながら、古代メトロポリタンにタイムスリップした気分が味わえる確かな描写力。最初は流し読みしてしまったが、その後に読み返してしまった。
何よりも英梨々好みだと思う。英梨々はファンタジーが好きだが、ファンタジーは基本的に中世のヨーロッパ風が多い。音楽はなぜかケルトミュージックがイメージにあう。
よりリアルな鎧や建物を描くために、英梨々は必然的に西洋史に少し詳しくなっている。
年末に英梨々が描いたマンガは、お姫様が塔に囚われながらも自由に楽しく生きている話だったが、登場する建物や道具は当時のものだ。普通は気が付かない些細な設定がリアリティーを生み出していく。
そんな英梨々だからこそ、裏付けのある設定と想像力のバランスのいい、霞詩子の作品は英梨々の好みに違いない。ベタな少女マンガのような内容で凝っていないところもポイントが高い。
俺はそのサイトではアカウントを作らずに、いろいろと読んでいただけだったが、コメントをつけたくなったのでアカウントを作り、『恋するメトロポリタン』に最高評価を付けて、応援コメントを投稿した。
コメントは下書きに起こして何度か推敲した。初投稿で緊張しているだろうし、傷つけるようなことはいいたくない。絶賛といっていい内容で良いところを見つけて褒めに褒めた。なにしろ本当に感動したのだ。出版されているものだったら、俺のサイトで真っ先に宣伝したいぐらいの作品だった。
ただ、彼女の返信は「コメントありがとうございます」という短文だけだったが・・・
文章がまだ重いせいか、それとも設定が男性には合わなかったのかわからないが、評価は俺が思っているほど伸びていなかった。女性ファンからはいくつかコメントもあり、評価は上々である。今後が楽しみな作家を発見できたと、俺は嬉しかった。
英梨々が真剣に読んでいるので、俺も読みかけのラノベを手に取った。英梨々の機嫌も直ったことだし、読み終わったら明日の予定を立てよう。
俺は綺麗なピンクのハート型のチョコレートを口に含んだ。甘酸っぱい味と香りがストロベリーなのかラズベリーなのか、俺にはわからなかった。
(続く)
ご機嫌の取り方を知っているあたりがね。