【全25話】出海ルートに気付かないポンコツ英梨々 前哨戦   作:きりぼー

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加藤恵に理想のヒロイン像を押し付けたのが原作だとすれば、
これは理想の娘像の押し付けなのです。


21 その頃の恵さん ぱっつん

 恵はプンスカ怒っていた。

 

「信じられない!もうお姉ちゃん!」

「かわいいって」

「もう、ちゃんと謝って!」

「だから、さっきからごめんって言ってるでしょ?そんなに怒らなくてもいいじゃない」

「怒るよ!」

 

 とある冬の日曜日のことだ。姉の宏美は退屈しのぎに恵にメイクして遊んでいた。恵としては服をもらったり、ヘア飾りをもらったりと、何かと姉には逆らえない。それに化粧を覚える事も嫌いではなかった。

 

 化粧なら失敗しても洗い流せば消える。自分にはまったく似合わない濃いめのメイクも笑い話ですむ。

 鏡を見ながら姉妹で笑っていた。それまでは良かった。

 

 その後にヘアメイクをし始めた。髪を梳かし、ヘアアイロンをかけ、オイルを塗る。いつもより髪が美しくなるので恵だって嬉しい。

 

 問題はその後だった。ハサミを持ち出した宏美は、「少しだけだから」といって、恵の前髪を切ろうとした。目にかぶさっていたので、まっすぐにおろすと少し長すぎた。それは恵でもわかっている。そろそろ美容室に行かないといけないと思っていた。でも髪を切ると話題になるし、冬休みが始まるまでは我慢していた。

 

 そういうわけで、恵の長くなりすぎた前髪を宏美が切った。目をつぶって姉に任せるままにしていた恵も悪い。中学1年にもなって、前髪を人に切らせるなんて、あまりにも愚かな行為だった。

 

 パッツンになった。

 

 眉毛が完全にでている。こんな髪型は小学生すらしない。幼稚園児レベルだ。流石におしゃれに疎い恵も愕然とした。涙目になって姉に抗議したところで手遅れなのは自明だった。

 

 だんだんと激しくなる口論は、口のたつ姉が勝ち始める。恵の瞳に涙がたまってきた。

 

「恵、昼飯でも食いに行くか?」

 

 声をかけたのは父親だった。姉妹喧嘩の仲裁にも入らず、何事もなかったかのように姉妹の部屋に入って声かける。口数の少ない優しい父親だ。

 

「また恵ばっかり誘って!」

 

 父は姉を一目見て、その後に恵を見た。そして何も言わずにリビングに戻った。もう姉は何も言えない。叱るような父ではなかった。

 

 恵は部屋から出て、洗面所にいってメイク落としを使って顔を洗った。さっぱりとする。前髪はどうにもならない。とりあえずヘアピンで留める。あらわになったおでこが恥ずかしいが、しょうがない。本当は一歩も外に出たくなかったが、悔しいので父と食事にいくことにする。

 

※ ※ ※

 

 時々、恵は父と2人で外食をする。だいたいが近所の街中華だった。父親は昼間からビールを1本飲みながら、レバニラ定食を食べる。昼間からビールを飲むと後で妻に小言を言われることもセットだが、気にしていない様だった。

 

 恵は父と二人で外食をするのが好きだった。中学生になって、ちょっと恥ずかしい気もするが共通の趣味のような気もしている。恵の母も口がたつ。だから父は家ではほとんどしゃべれない。輪にかけて姉がよくしゃべる。4人の食卓での会話は母と姉の会話でうまる。

 

 だから父と恵は2人で食事をすると少しほっとするのだ。会話は少なめで、父がふと、「学校はどうだ?」とか、「部活はどうだ?」とか、あたり障りのないことを聞き、「うん。テキトーにやってるから平気」と恵は素直に答えた。会話のキャッチボールなんてしない。

 

 学校が楽しいわけでも辛いわけでもない。いじめもないし、友達もいる。ちょっと退屈で、ちょっとうんざりすることがあるけれど、我慢できないほどでもない。家も学校も同じで、少しの不満と少しの楽しみがある。そんな感じだった。

 

 その日、恵は家の外に出ると父親にこう言った。

 

「電車に乗って別の店に行っていいかな?」

 

 父親はうなずいた。地元の街中華はよく行くし、出かけた先の街中華も行く。知らない街にいっても、中華屋ぐらいはどこにでもあった。ない時はラーメン屋でラーメンを食べる。チェーン店には入らないのが父の少ないこだわりのようだった。

 

 ローカル電車に乗って3つ目。恵には最近気になっている街があった。噂のアイドルがいる街だ。もちろんそんなことは一言も父親には話さなかった。

 

 たった3つ隣なのに、そこはどこかレトロな駅前だった。地元不動産会社、ケータイショップ、それからチェーン店のハンバーガ屋。商店街のアーチがあって、入口の店は精肉店で店頭で揚げ物をおばちゃんが売っている。

 

 商店街を入ってすぐ街中華があった。レトロな作りで店は黄色いペンキで塗られ、赤い文字の看板。のぼり旗は色あせてボロボロ。店頭のメニューはホワイトボードにマジックの手書き。本日のランチはチンジャオロースで、本物のサンプルにラップがかけてあった。

 

 恵が外のメニューを眺めていると、父が店の中に入っていた。「ここでいいか?」などと野暮なことは聞かない。それに時刻も13時を回ってお腹もすいていた。

 

 背の低い初老の男性がうす汚れた白衣を来ていた。いらっしゃいませも言わない。父が「2名」と告げると、恵がいることを確認して、奥の席に水を二つ置いた。愛想があるとはとても言えない。

 

 入口のレジの近くには、古ぼけたマンガが棚に並び、その上には週刊誌と新聞が置いてある。父は新聞を手に取った。

 

 赤い4人掛けのテーブルが3つ、あとはカウンター席が6つほど。小さな店だった。店は混んでいた。

 

「ビール。あと餃子2枚」

「はいよ」

 

 父がとりあえずオーダーをする。

 

「俺は本日のランチな」と恵に小さな声で告げると、新聞を広げた。スポーツ新聞にはフィギュアスケートの写真が一面に乗っている。

 

 瓶ビールはすぐに出てきた。ザーサイのお通しは量が多い。父はザーサイをテーブルの真ん中に置いた。恵はすぐに瓶ビールをもって父のグラスに注いでいく。泡が適度にできてこぼれない程度に注ぐのがなかなか難し。、溢れそうになってしまった泡を、父は顔をグラスに近づけてすすった。少し笑っている。

 

 恵は壁のメニューを眺め、テーブルに置いてあるメニューをざっと目を通し、悩んだ末に海鮮かた焼きそばを選ぶ。おすすめの一品にワタリガニの上海風炒めがある。値段はリーズナブルだ。

 

「ワタリガニの上海風って何?」と恵が父に聞く。父は恵が見ていた壁のホワイトボードを確認し、「じゃ、それも」と答えた。

 

 恵が手を上げるとさっきの男性が来た。手にはメモなんて持っていない。「本日のランチと海鮮焼きそばと、あとこのワタリガニください」

「はいよ。ご飯は大盛りもできるけど」と店の人がいう。

父が目線を上げて「普通で」と小声で言うから、恵が「ご飯は普通でお願いします」と言い直した。

 店の人は何も言わずに、そこから厨房にオーダーを通した。

 

 厨房からはもう餃子が焼きあがって、テーブルの上に2枚並べられる。5個入で少し大きめ、餃子の生地は厚めだった。

 

 恵は小皿に醤油と酢を半々ぐらいで入れる。どれぐらいがいいのかいまいちわかっていない。父は酢が多めでラー油もたっぷり入れる。

 

「いただきます」と恵は行儀よく挨拶をしてから、ハフハフッと熱い餃子を食べ始めた。父は新聞をたたんで座席の置き、またビールを飲んでから、やっと割り箸を割ってザーサイを一枚口に運んだ。

 

※ ※ ※

 

 恵は満足だった。父も満足そうに見える。量が多くお腹が膨れる。味もよかった。ワタリガニは食べにくかったが、愛想の悪いと思った初老の男性が食べ方を教えてくれた。味が良く勉強にもなった。

 

 会計の値段を見ると、服が買えちゃうなぁと頭をよぎらなくもないが、そんなことはもちろん口にしない。

 

「ごちそうさま」と父に頭を下げるだけだ。さらに愛想よく「おいしかったね」ぐらい言えば可愛げがあるのかもしれないけど、そんなことは言わない。姉だったら料理の評論まがいな感想を長々と話すが、父が静かな時間を好きなのを知っている。

 

「少し歩いていい?」と恵は父に聞いた。父は駅の方と商店街の奥の方をみて、奥の方へと歩き出した。

 

 八百屋があり、ドラッグストアがあり、本屋があり、閉店したテナントがあり、花屋がある。にぎやかな商店街で人通りもまずまずあった。

 

 恵が足を止めたのは写真館だった。レトロな街の写真館は建物もだいぶ古かった。大きなショーウインドーには当然写真が飾られている。

 

 入学式、七五三、成人式。一目見ればわかるような写真が多いが、一番中央にひときわ大きく飾ってあった写真はそのどれでもなかった。

 

 上半身アップでポーズを取っている少女だ。真っ赤なドレスは華やかで、真っ白な肌が映える。恵よりも年下に見えた。さらに目立つことに金髪のツインテール。黄色い長いリボンで結ばれていた。表情は少しはにかんで笑っている。

 

「キレイな子」と恵が呟いた。

「モデルさんかな?最近の芸能人?」と父が聞いてきた。「違うと思う」と恵は答えた。

 

 童話に出てくるお姫様とか、ハリウッドの映画にでてくる子役とか、そんな感じがする。同性でも溜息がでるくらいカワイイ。

 

 こんな美人じゃ悩みなんてないんだろうな。と恵は思った。もちろん、頭の中ではどんなに美人でも悩みぐらいあるだろうとはわかっている。でも、そう思わせない雰囲気があった。

 

 他の通行人にも写真館の前で足を止めて、その写真を眺めている人がいた。

 

 父が歩き出したので、恵がそれについていく。短い商店街を抜けると住宅街に入ってきた。目の前の道路の先に大きな丘が見える。上には綺麗な赤い屋根の屋敷が見えた。横浜異人館みたいな存在感があった。

 

 さらに少し歩くと三叉路があり、登ってみたくなるような坂があった。父はそこで立ち止まって、「そろそろ帰ろうか」と言った。恵はうなずいた。

 

 家に帰ったら、姉にワタリガニを食べたことをさりげなく言おう。美味しかったなんてくだらない感想も抜きに、父と目を合わせて笑うのだ。

 姉が悔しがることぐらい知っている。

 

 恵はそんなことを考えて、「ふふっ」と1人笑った。

 

 なんでもない日曜日のことだ。

 

(続く)

 

 




あざとさはこうやって身についていくというお話でした。
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