【全25話】出海ルートに気付かないポンコツ英梨々 前哨戦 作:きりぼー
早いものでもう中学1年が終わる。ホワイトデーの3月14日は期末テストの返却日で、学校は午前中に終わる予定だ。
朝はいつもより少し早めに準備をして、家の前で英梨々が登校してくるのを待った。天気は快晴で風が強い。もう春がすぐそこまで来ていて暖かい。近所の桜坂ではつぼみが膨らみ始めていた。
「あら、早いわね。倫也」
英梨々だ。金髪のツインテールが陽光の下で明るく輝いていた。風で少したなびいている。コートを着るには暖かいので、英梨々も冬服のままでマフラーもしていない。古風なセーラー服姿も良く似合っていた。
「おはよう。これな」
「おはよ。ありがとね」
まずは朝一で英梨々にバレンタインのお返しを渡す。英梨々から5千円のチョコを貰ったからといって、倍返しというわけにはいかない。アニメットで買ったアニメキャラクターのお菓子だ。こればかりは気のきいたオシャレなお菓子よりも無難な気がする。
紙袋がアニメットの物なので、英梨々だって中身はすぐにわかる。
「あんたねぇ・・・こんなの学校にもっていけるわけないでしょ」
「だよな」
俺は玄関のドアを開けてやった。英梨々はそこに紙袋を置いた。
それから2人で並んで、商店街の方まで歩いていく。
「できたわよ」そう言って、英梨々はスマホの画面を俺にみせた。そこには英梨々が描いた一枚の画像が表示されている。
「送ってくれ」
英梨々が描いたのは霞詩羽の『恋するメトロポリタン』のイメージ画だ。ずいぶんと気に入ったみたいで、何枚かイラストをスラスラと描いていた。やっぱり芸術家はインスピレーションとモチベーションが大事なようで、まったく筆が進まないときもあれば、徹夜の疲れも感じないほどに創作意欲がわくときがある。
「いいんじゃねーか。デジタル化するとやっぱり油絵の良さは消えるけどな」
「しょうがないわよね。油絵は二次元のようで三次元の作品だもの」
俺は拡大しつつ細部をチェックする。英梨々が描いたのは巨大な本棚に囲まれた1人の少女だ。アレクサンドリア図書館の蔵書は当時は本でなく、巻物である。また屋内には立派に装飾された柱が立っていた。
少女は古代エジプトの民族衣装だが、襟元が金糸で綺麗に施されて育ちの良さが伺えるし、採光が外からの太陽光がメインなので適度な暗さもあった。英梨々がレンブランドやフェルメールを意識しているがわかる。霞詩羽の作品の雰囲気を壊さない良い作品に仕上がっていた。
その油絵を写真に収めてから、PCに出力してペイントツールで編集する。デジタルの部分は俺も少しは役立った気がするが、一度操作を覚えてしまえば英梨々はそれらのツールをうまく使いこなした。アナログ画もデジタル画も中1にして完成度はすでに高い。まだまだ伸びていくだろうが、まだ0からデジタル画を描くのは苦手のようだ。
「喜ぶと思うぞ?」
「そう・・・倫也に頼んでもいいかしら」
「それはかまわんが・・・柏木エリの名前はどうするんだ」
「隠していいわよ。ただの気持ちだし」
「わかった」
これを小説投稿サイトを通じて、霞詩羽に送る。それを挿絵として使うかどうかは霞詩羽しだいだ。だいぶ注目されていたがたった1作品である。今では膨大な投稿作品の中に埋没している。まだ誰も挿絵を描いていないし、本人はさぞかし驚くことだろう。
商店街についた。このあたりから他の学生とも合流が始まるので、俺と英梨々は離れて歩くようになる。
俺は立ち止まって、英梨々が先に歩いていくのを待つ。角を曲がったあたりから、英梨々の歩調と同程度で歩いて学校へ向かった。
※ ※ ※
教室の中はいつもよりも騒がしい。もう授業もないし、テストも終わったのでみんな気が抜けていた。
伊織は女子グループに囲まれて、朝から談笑している。もちろん1人1人にホワイトデーのお返しをしているが、そのプレゼントボックスは小さいがラッピングは綺麗だった。
女子のキャーキャーいう、黄色い声が教室に響いている。
俺としては出海ちゃんへのプレゼントを早く伊織に渡してしまいたいが、こう女子に囲まれていると話かけずらい。ましてや注目されているところで渡したくはなかった。
テストがぞくぞくと戻ってくる。俺の成績は上々だった。学年で1桁は固いところだろう。勉強だけは英梨々に負けたくないので頑張っている。ケアレスミスも少なく、満点の答案もある。提出物もしっかりしているし、先制受けも悪くないはずだ。
休み時間に伊織に、出海ちゃんへのプレゼントを頼んだら、「今日は家にいるだろうし、直接渡してやってくれないか?」と言われた。俺はそれを断ることもできず、曖昧な返事で引き下がった。
最後に通信簿が戻ってきた。評定平均4.8。体育と音楽以外は5だ。抜群の成績で我ながら自画自賛したくなる。
「え~。このクラスに学年の1位と2位がいる。喜ばしいことだ」と、担任の先生が言った。
俺がどちらなのかわからない。伊織がこっちをみて笑っている。あいつの成績もいいのはわかっている。さて、どっちが一位だから確認すべきか、気にしないべきか。
※ ※ ※
帰りは家に戻らずにそのまま伊織の家へと向かうことにした。伊織は「かまわないさ、一緒に帰ろうか倫也君」と言ったで、伊織をまったのだが、こいつはまだまだ忙しかったらしく、ホームルームの後も部活の先輩だとか、委員会の仲間だとかに、プレゼントを配って回っていた。
「おまえ・・・いったい何人に貰ったんだよ・・・」
「31」
「うへっ」
「別に大したことないさ。どれも本命じゃないんだから」
「なぜわかる?けっこうみんな本気だろ」
「ん~。どういえばいいんだろうね?」
女子の嫉妬の目線がする。遠くに英梨々が見えたが目線は合わない。どの道、英梨々とは帰りは一緒に帰らない。一応、伊織の家に寄っていくことをLINEで報告しておいた。既読はつくが返事がない。なにか誤解されてそうだが、今はいい。
「こういうバレンタインのイベントを女子もやってみたいわけさ、わかるかい?」
「そりゃそうだろ」
「その時に、何も本命のチョコを渡すのは敷居が高い。そこで練習をさせてあげるわけさ」
「練習ねぇ・・・」
「僕になら渡しやすいだろ?軽いし、みんなからもらっているし、冗談半分でバレンタインの話題もふっているからね」
「催促するのかよっ・・・」
「ふふふっ」
モテるやつのメンタルはいまいち理解できなかった。確かに好きな人を超えて、アイドルぐらいの位置になれば逆に渡しやすくなりそうではある。
「ついでに聞いておきたいんだけど、伊織・・・成績どうだった?」
「見るかい?」
歩きながら鞄から成績表を取り出した。評定平均4.9 美術だけが4だった。体育も音楽も5
苦手科目がどうやら一つらしい。先生方からの印象もいいだろうし、隙のないやつ。
「いやなもんだろ?」
「何が?この成績で不満なのかよ」
「僕にはこれは・・・『お前の好きなことには才能がないよ』と突きつけられているきがするのさ」
「・・・考えすぎだろ」
伊織が少し眉をひそめた。こいつがどの程度のオタクなのかいまいち測りかねる。二次元オタクなら一度ぐらいは絵を描いているはずだ。俺だってなんちゃってマンガなら何度も描いた。美術の成績は5だし、決して下手ではない。でもすぐ近くに絵の才能もあり、努力し続けているやつを知っている。当然俺は早々と絵を描くことは諦めた。それでも英梨々の手伝いをすることがあるから、美術だけは今だにそこそこいいわけだ。
「チョコだって同じさ。いくらもらったところで・・・」
「もしかしてお前・・・あれだけ貰っておいて好きな人からもらってないのかよ」
「倫也君が恋バナするなんて珍しいね」
「いや、そうじゃねーけど」
誰だろ?と思ったが、別に知りたくもない。
ただ、今の発言は美智留には絶対に内緒だ。あいつはチョコを伊織に渡している。仲がずいぶんと良さそうだったが・・・
その後は話題を変えて冬アニメの反省会をする。話が適度に盛り上がったところで伊織の家に付いた。
伊織が玄関を開けて声をかける、ドタドタと元気よく出海ちゃんがでてきた。出海ちゃんはまだ小学生なので私服だ。ゆったりとしたジーンズに、黒いフリースを来ていた。いつもと印象がだいぶ違ってカッコいい感じだ。赤い髪は頭の上にお団子を一つ作っていた。
「倫也先輩!いらっしゃいませ。あっ」
そういって、こっちの返事も聞かずに家の中に戻っていった。俺は鞄からプレゼントを取り出した。渡すだけ渡したらすぐに帰る予定だ。
またドタドタと出海ちゃんが戻ってきた。
「倫也先輩!あがってください」
「ん?あっ、これ出海ちゃんに。チョコありがと」
「えっと、ホワイトデーでしたか!」
「もしかして忘れてた?」
「縁がなかったですから。どうぞ上がってください」
そういってスリッパをそろえてだした。
「いやいや、お昼ご飯まだだし、家に帰るよ」
「お昼をうちでどうぞ。それとも何か予定はありましたか?」
「いや、ないけど」
「どうぞどうぞ」
「じゃあ遠慮なく・・・」
上がる予定はなかったけれど、伊織の家にお邪魔することになった。出海ちゃんはもう飛び級試験に合格しているし、気楽な身分になっている。
家にはお母さんがいて、俺にお礼が言いたかったらしい。こちらとしては楽しく勉強をみていただけなので、別に大したことをしたつもりはない。
「お腹すいているかしら?少しお時間いただける?」
「はい」
それから電話を取り出して、お寿司の出前を注文していた。俺としてはお構いなく・・・という感じなのだが、だいぶ感謝されているらしい。
「倫也先輩。これ、みてください」
出海ちゃんに紙の束を渡された。どうやらマンガらしい。マンガの描き方は少し教えたが作品を仕上げてくるとは思わなかった。
その作品はリトラブ2の同人で、内容は少しBLの匂いがする。主人公の女の子よりも、作中の男性が主体で物語が展開していた。本人はそのことに気が付いているのだろうか・・・
少女を取り巻く逆ハーレムものではないのだ。ただ、明確なオチがあるわけでもない。男性キャラが些細なことで意地を張って競争し、きっかけとなった少女がそっちのけで盛り上がっているという感じで、決着もつかない。
ただ、作品の熱量は高かった。一気に読ませる勢いはある。絵はまだまだ稚拙だったが構図も凝っていた。
「・・・・・・」
俺はどう批評しようか迷ってしまった。小5でここまで完成させることができるものなのか。確かにアイデアの一部は出したし、作品の作り方も教えた。指摘できるところは多い。けれど、まずは長所を探して褒める事あろう。欠点なんて探す必要はどこにもなかった。
「どうですか。。。」
「うん。すごいと思う。勢いもあって最後まで楽しく読めるし、起承転結しっかりしているし、本当に出海ちゃんが描いたの?伊織が手伝った?」
「お兄ちゃんには下書きの時点で読んでもらいましたけど・・・具体的なアドバイスはあんまり・・・」
「伊織、そうなのか?」
「才能だろうね。まったく・・・僕は何もしていないさ」
だとしたら、すごい才能なのかもしれない。どうしても頭の中では英梨々と比べてしまうけど、英梨々の洗練された技術とはぜんぜん違っていた。デッサンもくるっているし、バースもぜんぜん甘い。『絵』としてみたら英梨々が圧勝だと思う。
でも、作品を一気に読ませる熱量は・・・
「出海ちゃん。自信をもっていい。これは本当にすごいから。あとでコピーとっていい?」
「はい!」
出海ちゃんが元気よく返事をしていた。明るい笑顔で、自分がオタクの世界に片足を突っ込んでいる自覚はまったくないようだった。
(続く)
こっちの話を発展させれば、出海ルート化するんだろう。