【全25話】出海ルートに気付かないポンコツ英梨々 前哨戦 作:きりぼー
出前が届くまでの間、リビングで出海ちゃんと一緒にマンガ談義をして過ごす。伊織は意見を求められない限りは黙って聞く側に回っていた。
「イラストとマンガって何が違うんですか?」
「そうだなぁ・・・一言でいうと『情報量』ってことになるんだと思う。イラストは一枚の中にストーリーを凝縮して詰め込んでいくから、小物に至るまで考えられているケースが多い。対してマンガは時間によって刻々と変わる場面の描写に優れているよね」
「なるほど・・・」
「だから、イラストの得意な人とマンガの得意な人がいる。もちろんどちらも描ける人もいるけれど」
「私の場合はどっちなんでしょうか?」
「出海ちゃんの場合は、まだまだ可能性があるからどっちも伸びると思うよ」
どうなんだろう。子供の頃から油絵の正統な技術も学んでいる英梨々は、どちらかといえばイラスト向きな気がする。先日の霞詩羽の作品に啓発されて描いた絵は細部までこだわっている。作ったマンガの作品はどこか牧歌的でのんびりしているのも、動きがある作品が苦手なせいかもしれない。
逆に出海ちゃんは最初の作品にも関わらず、男キャラが競争していて動きに活発だった。まだまだ表現は稚拙でも、場面展開は早い。
出海ちゃんは運動なども得で、サッカー部に所属していたことからも、活発なものをマンガに落とすこむことが得意なのかもしれなかった。
トゥルルル。トゥルルル。トゥ・・・
俺のスマホが鳴った。英梨々からだ。直接電話が来るのは珍しいから、緊急の用事だろうか。いつもならメッセージで済ませるはずだ。
「ちょっと電話なんでごめん」立ち上がってリビングの外に出る。
「どうした?」
「倫也、今あんたどこにいるのよ?」
「伊織の家。一応メッセージいれておいたよな」
「いつまでいるのよ。待ってるんだけど」
「なんで?」
「はぁ?あんたバカなの?今朝、玄関に置いたままでしょ」
「ああ、あれか・・・じゃあ、後で届けるよ」
「・・・それだけじゃないの」
「何かあったのか?」
「とにかく早く帰ってきて」
「いや、食事が・・・」
「ツゥ・・・ツゥ・・・・ツゥ・・・」
「切りやがった!」
参ったな。あいつは俺の家で待っているらしい。待つといっても家には誰もいないし・・・もう30分以上は外で待っているはずだ。
とはいえ、すぐにここは離れられない。お寿司の出前をしてもらっている。食事は済ませてしまいたい。
リビングに戻ると、ちょうど玄関のチャイムが鳴った。寿司が届いたようだ。
「どうしたんだい?倫也君」
「ああ伊織すまんな。ちょっと家の方で用事ができてな」
「急ぎかい?」
「そこまでじゃないから、食事だけしていっていいか」
「それはもちろんかまわないさ」
出海ちゃんが出前を受け取って、寿司桶をテーブルの上に並べ始めた。最近多い出前専門店のものでなく、寿司屋のもののようだ。
「あらあら、忙しいのごめんなさいね」と出海ちゃんのママさんが謝ってきた。
「いえいえ、ごちそうになります。こちらこそすみません」
口ではそういったものの、英梨々の態度も気になる。要件を言わなかった以上は緊急ではないようだが・・・
作法として失礼だったが、少し早めにお寿司をいただき切り上げることにした。
※ ※ ※
「はぁはぁはぁ・・・英梨々」息を切らせて駆けつけた。
「遅いわよ。倫也」
「ごめん・・・」
英梨々が玄関の前に制服のまま座っていた。両脇には大きめの紙袋が2つと鞄が置いてあった。パンパンと埃をはたきながら英梨々が立ち上がった。少し顔色が悪そうに見える。
「ちょっと寒くなってきたわね」
「そういえばそうだな」見上げると空は少し曇っていて、風が強い。じっとしていたら寒くなるのはしょうがないかもしれない。俺は走って帰ってきたので熱いが。
「とりあえず、あがれよ」
家の扉を開けて英梨々を中にいれた。紙袋はもってやったが、中には沢山のプレゼントボックスが入っている。いったいなんだろう?
2階にあがって部屋の暖房をつけた。温まるまでは時間がかかる。英梨々には座ってもらって、暖かいお茶を淹れた。ついでに濡らしたタオルをレンジで温める。
英梨々がほっと一息ついたところで本題に入る。あまりいい話ではなさそうだけど・・・
「で、何があったんだよ?」
「これよ。ホワイトデー」
「英梨々の?」
「そうよ」
「よくわかんねぇな」
「貰ったのよ」
「誰に」
「男子生徒に決まってんでしょ。クラスメートや同じ学年や先輩や・・・よく覚えてないけど・・・」
「モテるなぁ・・・でも、お前からはチョコ渡してないんだろ?」
「当然でしょ」
「だったら断ればよかったのに」
「そんな感じでもなかったのよ。気が付けばみんなが次々に渡してくるし。その場で断ったら角が立つでしょ」
「なんかアイドルみたいだな」
「迷惑な話なだけなのに」
学校でお嬢様を演じている英梨々に人気があるのは知っていた。小学生の時からモテている。とはいえホワイトデーにプレゼントを貰ってくるのは初めてで、やっぱり中学生だとアプローチの仕方が違うらしい。
「竹下と宇野は?」
「手遅れだったのよ。あたし達が教室に入った時にはすでに机の上にいくつかプレゼントが置かれていたし、次から次へと渡しにくるし・・・1人受けとったら、他の人断れないじゃない」
ちなみにこの2人は小学生の頃の同級生。英梨々の周りにいつもいてくれる女子だ。どちらもお嬢様で駅前の竹下医院の娘と商店街会長さんの娘だ。育ちがいいせいか英梨々とも気が合うようで、英梨々に余計な男が近づかないように見張ってくれている。
「まぁ、ほっとけばいいんだろうけどな・・・」
「男子はそれでいいわよ。でも女子からの嫉妬とかめんどくさいでしょ」
「考えすぎだろ。女子からもチョコもらっているんだし」
「倫也は男だからわからないのよ」
「ああ、わかんねぇな」
暖かいお茶を飲み、英梨々が溜息をついている。英梨々がコミュ障なのはわかりきったことだ。それでも学校では明るくふるまっていし、友達や味方もいる。でも、本質的には腐女子のオタクであって、好きなことだけに熱中したいタイプだ。このようなことはさぞかし苦手だろうと思う。
「なんとかしなさいよ。バカ」
「俺が!?」
とはいえ、英梨々が弱っている以上は助けてやらないとな。いろいろと借金もあるし、スポンサーの理不尽な要求に耐えるのが男ってもんだ。
しょうがないので俺は美智留に電話をかけた。
ふむふむ。なるほど。さすが美智留。
「学校で食っちゃえばいい。だってよ」
「バレンタインの時と同じね・・・」
「あいつは根が明るいから敵を作らないんだろ。お菓子パーティーが楽だってさ」
「はぁ・・・」深いため息をついている。
「とりあえず、竹下と宇野に相談してみろよ。終業式のあとなら時間もあるだろうし、放課後の教室でいいじゃん」
英梨々が天井を見て考えている。冬服にベージュのカーディガンを着ている。白いリボンは気持ち元気がないように見えた。
英梨々がスマホで連絡をとりはじめたので、俺はリビングに戻って英梨々の昼食を作り始めた。作るっていってもカップ焼きそばだけど。それにカットフルーツのデザートを付ける。出来上がってから部屋に戻る。
「どうだ?」
「うん。それがいいかもだって」
「そっか良かったな。とりあえず飯食っちゃえよ」
英梨々が、ずびずびと焼きそばをすすっている。可愛い顔をしているが、焼きそばを食べている時は品がいいわけでもなく豪快にほおばっている。スマホをいじりながらまだ連絡のやり取りをしていた。
「英梨々はアニメ見て、マンガ描いて、それだけでいいのにな」
「よくないわよ」
よくないらしい。
「あとは何が必要なんだよ?」
「ラノベも大事でしょ。あとはフィギュアとかポスターとか、声優のツイートとか・・・」
聞いた俺がバカだった。
「お前、バカだろ」
「ともしゃほどじゃなわひょ」
「飲み込んでからしゃべれ」
「んぐっ・・・そうね、あとはこんな時には守ってくれる彼氏がいたら楽だったのになって思うわよ?」
「彼氏?」
「断りやすいじゃない?彼氏いるから受け取れませんって」
「ふーん・・・」
彼氏ねぇ・・・英梨々に彼氏ねぇ・・・
もぐもぐと口いっぱいに焼きそばを詰め込んで、一本だけ麺を出している。それをちゅるちゅると吸っている。
どう見てもただのバカだ。カップ焼きそばをそんなに楽しそうに食うなよ。
「そのうちできるといいけどな」
英梨々はごくんと飲み込んで、お茶でグイッと流してこんだ。
そして小さな声で「バーカ」と言った。
(続く)
出海ルートとは・・・