【全25話】出海ルートに気付かないポンコツ英梨々 前哨戦 作:きりぼー
春休みに入ってから、ずっと暖かい陽気が続いていた。桜のつぼみはどんどん大きくなって、木々にはピンク色が目立ち始めている。咲くかどうか迷っている感じだ。
近所の桜坂をぶらぶらと歩きながらコンビニまで買い物に出かけた。鼻歌の一つも歌いたくなるような良い天気だった。
3月20日。英梨々の誕生日。同学年にやっと追いついて13歳になる。そしてまた、同級生は次々と14になって英梨々より一つ年上になる。早生まれの英梨々はただでさえ小柄なのに、余計に幼くみえた。
今日は友達にランチに誘われたらしい。英梨々なりにがんばって友達もできて、表面的にはリア充として学校生活を過ごせていた。美術部には英梨々ファンの先輩女子もいるようで可愛がられているし、いじめとは無縁の生活を送っている。
先日のホワイトデー問題も無事に解決した。終業式後のクラスお別れ会は、英梨々にプレゼントを渡せなかった男子も参加し、その時の飲み物などを用意したようだ。
話題になっていたので、俺も教室をのぞきにいったが英梨々の周りは女子に囲われていて、男子は近づけないようだ。机の上にはお菓子が持ちよられていて、紙コップはあちこちに置かれていた。英梨々とチラッと目があったので、俺は黙ってうなずいて教室を後にした。
俺は散歩の途中で英梨々にメッセージを送る。
> 何時でもいいから、終わった後にうちに寄ってくれ
< 了解!(自家製スタンプ)
今日は特別な日。俺なりに英梨々を祝福したい。
※ ※ ※
英梨々からは何の連絡もないまま夕方の5時を過ぎた。春休みの課題テキストもだいたい終わる目途がついた。
ベッドで横になってラノベを読んで過ごす。サイトにアップした感想はもう70冊分を超えている。面白いものもあれば、そうでないものもある。読んでいる時に、思わず笑ってしまったところや、ハラハラと緊張したところはメモにとっておく。後でサイトに感想を書くためだ。
コツンッ
窓に何かが当たった。起き上がって窓から見下ろすと英梨々が下に立ってこちらを見上げて笑っている。上機嫌な様子がすぐにわかった。
窓をガラガラと開けて、「鍵かかってないから上がれ」と声をかけた。
「玄関まで迎えにくるのが、紳士の嗜みでしょ。バカ」
何様なんだろう?
今日の英梨々はオシャレをしている。モスグリーンの落ち着いたロングワンピースはウエストの位置が高めだ。たぶん胸パットもいれていて、西洋のお人形みたいにスタイルがいい。髪はツインテールでダークブラウンのリボンは落ち着いた印象を与える。
紅い夕日に照らされて、英梨々の髪も染まっていた。
ガチャリとドアを開ける。英梨々はショルダーバックをかけていて、手には紙袋をもっていた。
「よっ」と挨拶をする。
「ふふん♪」
「なんだ?」
「ちょっとぉ」
「なんだよ?」
「何かいうことないの?」
「ん?ああ、お誕生日おめでとう」
「そうだけど、そうじゃないわよ!」
「なんだよ!?」
「ほらほら」
そういいながら、英梨々が荷物を置いて、くるくると回った。ロングスカートが一緒に回って広がった。ついでに英梨々の香りが鼻をくすぐる。
「ああ、うん。わかったから上がれよ」
英梨々が荷物をもって、「おじゃましまーす」といって靴を脱いだ。
「何か感想ぐらい言いなさいよ」
「人形みたいでいいんじゃないか?」
「ほんと、もう少し褒め言葉の一つも覚えた方がいいわよ?」
「うがいと手洗い忘れるなよ」
英梨々を洗面所まで通して、俺はキッチンでお湯を沸かす。一応ティーパックで紅茶を入れるつもりだ。さっきコンビニに行くついでに、駅前のケーキ屋で2つほどケーキを買ってきている。英梨々が食べるかどうかはわからない。
洗面所からは英梨々のうがいの音が聞こえてくる。
「英梨々~。ケーキ食う?」
「ごめん。無理」
「あっそ」
そりゃ食べてきているよな。家に帰ってもホールのケーキがあるだろうし。
「なぁ、ろうそくで火だけ消すか?」
「消す」
ふつ。そこはまだまだガキだな。
冷蔵庫からケーキを取り出して皿に盛り付ける。一つはショートケーキで、もう一つはチョコケーキ。1と3の数字のろうそくを一つづつ刺した。
お湯が沸いたので紅茶を淹れる。
「悪いわね」
「雰囲気も大事だろ」
「なんか、ケーキバイキングだったのよね」
「じゃあケーキなんてみたくないだろ」
英梨々が席に着いた。俺は紅茶を英梨々の前に置き、ろうそくに火をつける。
「倫也歌いなさいよ」
「いやだよ」
「雰囲気が大事なんでしょ」
英梨々がリクエストするならしょうがない。
『はっぴばーすでー とぅー ゆー ♪』
ボカロの音をスマホから流した。英梨々が歌い終わるタイミングで火を消す。ろうそくを回収すれば誕生日の儀式はおしまいだ。
「おめでとう」
「ありがと」
「ケーキ食わないなら、俺が二つ食うぞ?」
「うん。一口だけもらうわよ」
「あと、これな」英梨々にプレゼンと渡す。
「ありがと」と英梨々は小さな声で照れながら答えた。
英梨々がフォークでケーキの先端部分を少しづつ食べた。それからイチゴを刺して口に運んだ。
誕生日ソングを自分で鼻歌で歌いながら、俺の渡したプレゼントを開け始めた。なんでもないワンパターン。いつも贈ってきたガラス細工だ。
「カワウソ?かしら」
「正解」
「でもこれ・・・ちょっといいものでしょ?」
「わかる?」
「だってガラスが違うもの」
「そうなんだよ・・・迷ったんだけどな。出来栄えがいい一品ものでさ。ついな」
胴体が長いのが特徴で頭は丸く、小さな耳とつぶらな瞳が特徴だ。立っている姿がとてもカワイイ。値段は普通のもの5倍以上したが買わないと後悔しそうなのでポチッとネット注文してしまった。作者の銘入りの桐箱に入っていた。
英梨々がテーブルの上にカワウソを置き、指で愛しそうに頭をちょんちょんと触った。
「ありがと」と改めていった。
「それで、今日はどうだった?」
「楽しかったわよ。女子会って感じで騒がしかったけど」
ケーキを2つ食べながら、英梨々の話に耳を傾けた。いじめにあって苦しんでいた英梨々はもういない。もうすぐ中学2年だ。また楽しい一年になるといいなと思う。
※ ※ ※
俺の部屋まで英梨々に上がってもらった。見せたいものがある。
部屋の外はすっかり暗くなったのでカーテンを閉じた。クッションに座った英梨々の前にノートPCを置いて開く。
「これは・・・プレゼントとは言えないけどさ」
「なによ?」
「ちょっとだけ作ってみたんだ」
プログラムファイルを開くと、アドベンチャーゲームが立ち上がった。タイトル画面がでて、音楽がなる。
「これ・・・あたしの?」
「うん。とりあえず組んだだけなんだけどさ」
「音は?」
「フリー音源」
年末に英梨々が描いたマンガを元に、いわゆる紙芝居ゲームを組み込んだ。もちろん練習で複雑なことはまだできない。分岐も2か所しかなく、どれを選択しても合流する。
「遊べるのかしら?」
「遊べるっていうか、読み進める感じだけどな。動作は確認している」
「でも、このタイトル画面なんか・・・ファミコン画面みたい」
「これもフリー素材だからさ。俺は絵が描けないし・・・とりあえずイメージ的なもので勘弁してくれ」
実はわざとレトロな感じにしてある。
英梨々がマウスを操作してゲームをスタートさせた。画面は背景+立ち絵の定型までは作れなかったので、英梨々の描いたマンガのコマを分割した背景のみだ。テキストは俺が書き起こしたものだ。
マンガ+解説といった感じで、物語がマンガ版よりも少し奥深くなっている。これは英梨々と一緒に作ったプロット時の裏設定を参考にしている。
「それでな・・・」
「倫也、ちょっと黙っててくれるかしら?これ、すぐ終わるわよね?」
「ああ、長くないぞ」
何しろ短編マンガだ。ページ数が多いものの内容は薄い。
囚われた王女の日常から始まる。まずは朝の散歩だ。何でもない平和な日常が描かれ、どこか牧歌的な長閑さがある。王女は囚われているのにぜんぜん自由だった。まずは世界観を紹介がてら、王女は幽閉されている塔から出て平和な村を歩いて回る。
そして、問題に遭遇する。問題といっても些細なことだ。最初の分岐は「村の子供のケンカ」「お手伝いさんのメニュー作り」「酒場での忘れ物の持ち主探し」
それらの些細な問題を王女が解決していく。ちょっとした探偵気分が味わえる。それぞれに驚くような伏線でもあれば面白いのだが、もちろん俺も英梨々もそんなものは作れない。
夜には自分で塔の中に戻って、老婆の門番に外から鍵をかけられてしまう。
英梨々が真剣に読んでいて、時々テキストファイルだけにして読み返していた。ずいぶんと真剣だ。
「あっ、声がないのね?」
「ああ、流石に声優は無理でな。ボカロならできそうだったけど、イメージが合わなくてなぁ」
「うん。それはしょうがないわよね」
夜の分岐は幽閉された塔の中で起こる。こちらはメルヘンだ。窓に飛んできたフクロウの話を聞く。「占領された王都の現在と魔物」「さまよえる首無し騎士団」そして「姫を探す王子の噂」
昼の長閑さと違って、こちらでは暗い舞台背景が提示されている。音楽少し暗いものを選んだ。
英梨々はテキストをゆっくりと読み進めている。英梨々が描いた「首無し騎士団」の見開きコマは圧巻だった。鎧や小物の細部まで書き込まれている。俺はその設定や裏話を多くの文字以上を費やして、できるだけおとぎ話のように書き起こした。まだまだ未熟なのは分かっている・・・
英梨々がしきりにうなずいている。テキスト画面に切り替えて読み戻すときは、左手を口元に当てて少し考えこむ。表現は俺と英梨々ではお互いに違うはずだ。本来なら原作者の英梨々の承諾なしにゲームは作れない。
分岐が終り本線に戻ってくる。姫が最後に王子のために祈りながら物語は終わる。
エンドロールが流れる。重厚な音楽をつけたかったがどうにもイメージがわかなかった。
英梨々はそれを最後までみる。羽ペンが筆記体で「FIN]を描いて終わる。この部分のプログラムは盗用だ。
「どうだった?」
「ん・・・うん」
英梨々の元気がない。
「ごめん。勝手に作品つかって。驚かせたくてさ」
「うん。わかってるわよ」
「あれ、お前・・・泣いてる」
「な・・・泣いてないわよっ」
英梨々が鼻をすすってから、ティッシュを取り出して涙をふいてから、チーンと豪快に鼻をかんだ。途中まではいい感じなんだがな・・・
「一応、最後まで動作しただろ?」
「うん」
「どう?悪くないと思うんだけど・・・」
「うん。ねぇ倫也?あたしのこの服装どう思う?」
「なんだ?」
英梨々が座ったままスカートの裾をちょんちょんと持った。
「似合ってると思うぞ…」
「そう…?これだけ文が書けるんだから、もっとちゃんと褒めなさいよね」
「照れるだろ」
「同じでしょ」
「ん?」
「バカ倫也」
「なんでだよ!?」
「バーカバーカ」
俺はノートPCを閉じた。
「それ、後で送ってくれるかしら?」
「もうクラウドの共有フォルダに入っているよ」
「そ、ならいいわ」
それから、片付けをして俺は英梨々を家まで送っていった。夜になって冷え込んできたので、俺のコートを肩にかけている。俺も英梨々も無言だった。
途中で見上げた桜の木に、花が一つ咲いていた。
(続く)
※ 出海ルートらしい