【全25話】出海ルートに気付かないポンコツ英梨々 前哨戦 作:きりぼー
夏イチャでR15を書き、そのまま進展させずに中1に戻ってやり直している。それは空白を埋める作業に近い。そうやって、物語の英梨々が少しずつアイデンティティーを取り戻していくことを期待する。
年末のコミュケに向けて、澤村家は少し慌ただしい。『エゴスティック・リリィ』はコミュケの黎明期から存在する老舗サークルで、今や運営にも関わっている。
同人誌はすでに刷り上がっていて、ダンボールが玄関先に積み重ねられていた。英梨々は小百合さんの手伝いで、手書き色紙のペン入れを行っている。俺は印刷されたキャラクターシールを切り抜いている。全部を既製品にしないのは手作り感に価値を覚えるファンがいるからだ。
英梨々が一段落してイスの上で大きく背伸びしている。中学の緑ジャージを着て、髪はボサボサ、黒縁のダっさいメガネをかけていて、美少女感はゼロ。
「そうだ。倫也」
「なんだ?」
英梨々がくるりとイスを回してこっちを見た。俺の作業場は床に置いたダンボールだ。もっとも英梨々の部屋は床暖がかかっていて、俺としては床の上の方が快適だと思っている。
「これ、あげる」そう言って、英梨々は穴だらけのビンゴカードを手裏剣のように投げた。くるくると回って俺の前に落ちる。
「これ、この間のクリスマス会のか」
「そうよ。あんたの分」
「俺、間に合わなかったからなぁ・・・」
「代わりにやっておいたのよ」
「へー。で、どうだった?」
「一位だった」
「おおっ?一位って確か・・・ネズミーランドペアチケットだよな」
「そうよ。でもね、あんた来なかったから貰えなかったわ」
「ん?俺のビンゴなんだろ」
「はぁ?あんたバカなの?主催者側のあたしは参加できないのよ。どうやって名乗りでるのよ」
「それで?」
「早くこないかな~って思いながら見てただけよ」
「・・・そっか」
「『そっか』じゃないわよ。この悔しさがわからないのかしら」
「いや、別に・・・ネズミーランドペアチケットなんて・・・もらっても困るし」
「なんでよ。ただでネズミーランドいけるでしょ」
「ペアの部分が困るんだよ」
「・・・・・・」
「あっ、でもチケットって売れるか・・・」
「・・・あたしがバカだったわ」
「どした?」
「なんでもないわよ。そうね、確かに倫也じゃ一生ペアでネズミーランドなんて無縁かもしれないわね」
「別に行きたくねーし。混んでるだけだろ」
「はいはい、負け惜しみ乙」
英梨々が溜息をついて、イスをくるりと前に戻した。だいたいペアチケットなんてもらっても、誰を誘おうかで悩むだけだ。両親にプレゼントするか。俺を置いて両親だけいくのもヘンだろうし、中学生にもなって両親と遊園地など行きたくない。
誘えそうな相手といえば・・・英梨々ぐらいだろうけど、こいつの場合は行きたければ無料でなくても行くだろう。というか、何度も行っていて行きたいとすら思ってないのでは。それどころかたいして通わないくせに年間パスポートを持っている可能性すらある。
「英梨々って、ネズミーランドの年間パスポートって持ってる?」
「今年は持ってないわよ?小学生までは持ってたけど」
「なんで今年は持ってないんだ?」
「なんでもなにも、中学生になってまで両親と遊園地なんて行きたくないし、もうさんざんいって飽きているし」
「だよな。なら、やっぱりペアチケットなんて貰っても困るだけだな」
「どういう意味よ?」
「・・・そういえば、残念賞が貰えるんだろ?余ってねぇの?」
「ああ、あるわよ。残念賞なら」
「くれ」
「別にいいけど、そこのダンボールからとってきなさいよ」
英梨々が部屋の片隅にある小さなダンボールを指さした。俺は立ち上がってそのダンボールを開けると、小冊子が何部か残っていた。
手に取ってペラペラ見るとマンガだった。なんか見覚えがあるなぁと思ったら、これ・・・英梨々が描いてたマンガだ。
「あれ、これお前の?」
「・・・そうよ。まったく親バカよね」
「すげぇな!本にしてもらったのかよ!」
「ほんと、恥ずかしいったらないわよね」
英梨々がこちらを向いて顔を赤らめている。ネームの段階では俺も手伝っていた。ジャンルは少女漫画。主人公は囚われのお姫様で王子様を助けに来ることを夢見ているが、けっこう幽閉されながらも楽しく過ごしているという話で、オチがない。王子が助けに来たり、脱走したりしないからヤマもない。不思議な話だ。
ただ趣があるというか、雰囲気はいい。従者や村人との日常パートは能天気な明るい少女なのに、妄想で王子を夢見るときは少しエロくなる。R18ではないが、この辺の作りは同人作家の娘なだけあると思った。
「これ、ペン入れまで頑張ったんだな」
「一応ね。作品は完成させることに意義があるってパパもいってたし」
「そうだな・・・けっこう綺麗に仕上がってると思うぞ」
「時間かけたもの。ママが気に入ってくれてね、100部だけ刷ってくれたのよ。まさか配布されるとは思いもしなかったわ」
「いや、でも原稿の段階じゃわからなかったけど、こうして小冊子になってみるといい感じだな」
「そう?」
「うん。俺、この方がペアチケットなんかより嬉しいや」
「あんたバカでしょ?」
英梨々は背もたれに両手を乗せ、その上にアゴを乗せながらこちらを見下ろしていた。
「いやいや英梨々。たったの100部。しかも英梨々の・・・柏木エリの処女作だろ?これはプレミアムがつくと思うぞ」
「つかないでしょーよ」
ちなみに柏木エリは英梨々の同人作家でのペンネームだ。
「いや、プレミアムが付くような作家になってもらわないとな」
「簡単に言ってくれるわよね」
英梨々がイラストを描き、俺がゲームを制作する。それが2人の子供の頃の約束だ。英梨々が覚えているかわからないけれど、英梨々は順調に画力を伸ばしている。俺はというと独学でプログラムの勉強をしているものの、未だに作品一つ作ったことはない。簡単なアドベンチャーゲームなら組めそうだけど、いい題材がない。ストーリー、絵、音楽など集めるものが多すぎていつも断念してしまう。
「そういうわけで、サイン頼む」
「あんたねぇ・・・」
「サインのために土下座まではしないぞ?」
「誰もそんなこといってないでしょ。ほら、貸しなさいよ」
俺は持っていた小冊子を渡した。水色の表紙で装丁はなかなか凝っている。紙も上質のものを使っているのがわかる。小さな絵本をイメージしているのかもしれない。
「はい」
「どうも・・・って、おい。これじゃサインじゃなくて記名だろ」
「だって、サインなんて考えてないんだからしょうがないでしょ」
「じゃあ、今度考えないとな」
柏木エリと楷書体でしっかり描かれた字を見て、俺は笑ってしまった。
「なぁ、残りの部数のやつどうするんだ?」
「どうもしないわよ。捨てるわけにもいかないし、アルバムとかと同じ扱いになるわよね」
「あと2部もらっていいか?」
「何に使うのよ」
「保存用、観賞用、読書用だな。布教用は部数的に無理だしな」
「ほんとバカよね」
俺はあと2部を英梨々に渡した。英梨々はあきれた顔でサインを入れる。マジックでゴシック体、筆ペンをつかった行書体と英梨々もノリがいい。
2人して見開いて笑ってしまった。
「これで将来にちょっとした金額が稼げるな」
「それは無理よ。倫也」
「プレミアムつかねぇ?」
「仮によ?あたしが有名作家になったとして、その本が貴重なものになったとするわよね」
「なると思うが・・・」
「そしたら、そのプレミアムのついた本を一番コレクションしたがるのって誰かしら?」
「そりゃあ、そういうのが大好きなオタクだろうな」
「あんた、鏡見てきたら?」
「そういうことか!」
なるほど、言われてみれば確かにそうだ。貴重になればなるほど手放したくなくなるものだろう。
「じゃあ、路頭に迷いそうになったら売ることにする」
「せいぜい、そうならないようにがんばりなさいよね」
英梨々があきれている。
英梨々はクリエイターの卵だ。現時点でポテンシャルも高いし、環境も申し分ないだろう。作品を生み出し続けるに違いない。
今でもボツになったネームや、描きかけでやめてしまったイラストを捨てるのは惜しい。それでも大量に出続ける作品のなりかけを全部は保存することができない。俺の部屋になど持ち込んだら、すぐに物置がダンボールで溢れてしまうに違いない。
手元の小冊子を見つめて考える。俺も何かしないとな・・・
そう思いながら、また印刷されたシールの切り出し作業に戻った。
(続く)
こういう2人の成長していく過程が大事なんだと思っている。
投稿がリアルと2日ほどずれてしまっているが、今年最後の作品がこんな雰囲気なら別にいいかな。
では、よいお年を。