─The Secret Nein─   作:石野 タイト

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1.Missing Death

その日は雲ひとつない夜空だった。

夜天の三日月が寝静まった住宅街を照らす。

 

「今夜は静かだなぁ」

 

男は空座町と“錦馬町(にしきばちょう)”を繋ぐ鉄橋、その鉄骨の頂点にしゃがみ込んで呟いた。

癖の強い金髪と黒地のスカジャン。背には白銀の狼の刺繍。

風体としてはチンピラのそれに近い。

 

と、男は不意に錦馬町の方に目をやる。

次の瞬間、轟音と爆音が鳴り響き土煙が立ち上った。

 

「はぁ、んなわけないわな」

 

呟いて立ち上がると、一歩踏み出し“消える”。

 

次に現れた時のは爆煙の中だった。

崩れ去った民家の塀や電柱。

その中に横たわり泣きじゃくる子供の姿があった。

 

「おい坊主。大丈夫か?」

 

「ひっく……お兄ちゃん、だれ?」

 

体を起こしながら近付く男に訪ねる。

子供は小学生位の男児。白いワイシャツにサスペンダーで紺の半ズボンを吊っている。

そして胸にはちぎれた鎖がぶら下がっていた。

 

「逝きそびれて(ホロウ)に出くわしたか。とりあえず……」

 

『Gaaaaaaaa!!!』

 

男が言いかけた言葉を突如咆哮がかき消す。

立ち上る煙を払い除け現れたのは、異形。

 

全身緑色の巨大なカマキリのような姿。

胸と思しき辺りには巨大な穴。そしてその顔には鳥の頭蓋骨の様な仮面。

 

「ひっ!あいつが、いきなり襲ってきて……」

 

「うっさいなぁ。話してる途中だろうが」

 

怯える男児を余所に、男は異形ー虚を意に介さず横目で一瞥する。

 

『Gaaaaaaaa!!!』

 

咆哮と共に虚は右の鎌を男達へ振り下ろす。

が、明滅する一線と共に宙を舞う鎌。

 

飛び散る鮮血と空を踊る鎌の向こうに刀を腰に当て抜刀の構えを取る男の姿があった。

 

「喧しいんだよ、雑魚が」

 

そう呟き、身を深く沈める。

 

「引き裂き駆けろ、“雷狼丸(らいろうまる)”!」

 

言葉と同時に鞘に雷光が迸り、抜刀された刀身が閃光の様な軌跡を描く。

そして体勢を戻して納刀。

 

刃が鞘へと戻り鍔が当たる音の後、虚は横一線に巨大な爪で引き裂かれたように崩れ去った。

 

「ほれ坊主、終わったぞ」

 

男は振り向きながらそう言うと、しゃがみ込んで頭を隠している男児へ笑顔を向ける。

 

「すごい……お兄ちゃん、だれなの?」

 

瓦礫の影に隠れていた男児は目を見開きながら最初の質問に返った。

 

すると男は不敵な笑みを浮かべて、。

 

「俺か?俺は秋城 宗次郎(あきしろ そうじろう)。現なんでも屋“相楽園(そうらくえん)”の店主。んで、元死神さ」

 

******

 

なんでも屋“相楽園”は、空座町の隣町、錦馬町の路地裏にある雑居ビルの2階に入っている。

ボロボロの外壁と、錆び付いたトタンの階段とが相まって一見廃墟の様な風体だ。

 

事務所の中で、今時珍しい黒電話が喧しく響く。

古ぼけた灰色のデスクに置かれた電話の受話器を、背もたれに体を預け寝こけている宗治郎は面倒くさげに取った。

 

「はーい、安い・速い・安心の相楽苑で……あ? 味噌ラーメン1つ?ウチはラーメン屋じゃねぇ! 」

 

そう言うと乱暴に受話器を叩きつけ、ったく、と短く悪態をつきながら再び椅子にもたれ掛かる。

 

「こんちわー、店長いる〜? 」

 

と、唐突に飛び込んだ言葉に宗治郎は薄目を開けて視線だけを投げる。

玄関口と部屋とを仕切るパーテーションの向こうから顔を覗かせていたのは、腰まで伸びた濃紺の髪の上に白い狐の面を乗せている少女。

白いワイシャツにグレーのスカートを履き、腰に茶色のカーディガンを巻いている。

 

凹凸のハッキリしたボディラインはモデルのそれだ。

 

「……なんだ、ルリちゃんか」

 

そう短く答えると宗治郎は興味無さげに目を閉じる。

 

「なんだとはなんですか! こんなに可愛いバイトちゃんが出勤してきているのに! 」

 

少女ールリは不満そうにそう言いながらつかつかと中へはいると、くたびれた茶色のソファへ鞄を投げ勢いよく座り込む。

 

「いや、バイトなんだから出勤して当たり前でしょ。つか出勤早々に座り込まないでくれる? 」

 

「えーッ、だってどうせ暇だし、やることないし。かかってくる電話はラーメンの注文だけだし」

 

「そんなことありませーん、たまに餃子の注文も入りますぅ」

 

「同じじゃーん」

 

拗ねた子供のような宗治郎の返答に、退屈そうにルリが返しながら携帯を弄り始める。

 

安穏とした空気の流れ、会話に飽きた宗治郎が再び微睡み始めた、その時だった。

唐突に目を見開き、宗治郎は立ち上がる。

その表情に先程の緩みはなく、冷たい刃のようだ。

 

「な、なに!?店長、今更怒った?! 」

 

「……ルリちゃん、こっち来て。早く! 」

 

状況の飲めないルリを急かす様に宗治郎が声を上げる。

先程と全く違う宗治郎の雰囲気に、ルリは慌てて立ち上がり宗治郎の後ろに回る。

 

「な、なに? 」

 

「さぁ? ……鍵は空いてるから入ってきなよ」

 

宗治郎がドアに向かって声をかけると、年季の入ったドアがゆっくりと開く。

 

入ってきたのは、死覇装に身を包み腰には斬魄刀を下げた銀縁眼鏡の男。

黒い髪の襟足が長いのか、後頭部あたりで一本に纏め上げられ、死覇装の袴は隠密機動の者達が履くような裾の絞られたものを履いている。

左腕には“五”の文字と馬酔木(あしび)の絵が描かれた隊章を巻いていた。

 

「なんだ死神じゃん。店長脅かさないでよ……」

 

「この店、遮魂膜をモデルにした……って、あー……バリアみたいなの張ってるから、普通死神でも中々見つけられないはずなんだよね……おたく何者? 」

 

宗治郎はデスク脇の斬魄刀を手に取りながら、視線を切ることなく訊ねた。

 

「……少し前から虚の討伐数と反応の消失が合わず、長らく原因を探っていた。大きな差異ではなかった為後回しにしていたが、尸魂界がごたついてる今現世の問題も早々に処理しなくてはならないのでな」

 

「うわ、答える気ないやつね……ルリちゃん店番頼んだ!」

 

言うが早いか駆けるが早いか、宗治郎は椅子にかかったスカジャンを手に取り、窓まで走ると素早く飛び出した。

 

「あっ!待てっ!」

 

その後を慌てて死神が追いかけ窓を飛び出す。

部屋に1人残されたルリは、呆気に取られて暫く窓を眺め、

 

「……なにあれ、帰ろ」

 

ポツリと呟きながら鞄を持ち帰り支度を始める。

と、

 

「いやいやアカンやろ!自分留守番任されてたやろが!! 」

 

不意に後ろからツッコミが飛び込んできた。

 

「ちょっ!? 店長ならいないんですけど……」

 

ルリが慌てて振り返ると、そこに立っていたのは金髪おかっぱ頭の男。

ベージュのハンチング帽を被り、オレンジ色のシャツに黒いネクタイとスラックスを履いた細めの男。

 

その男を見た瞬間、ルリの表情が強ばる。

胡散臭いが服を着ているような雰囲気だが、纏う霊圧がそれ以上にルリの警戒心を煽った。

 

「お兄さん、誰? 」

 

尋ねつつ頭に乗せた狐の面に手をかけるルリ。

しかし男は右手をヒラヒラさせながら、

 

「あーあー、そないに警戒せんでもえぇで。ほれ、こんなん見たことあるやろ? 」

 

そう言うと、男は口角を上げ怪しい笑みを浮かべる。

その左手にはツタンカーメンを思わせる虚の仮面が携えられていた。

 

******

 

太陽は傾き、錦馬町を真っ赤に染めあげている。

相楽園を飛び出した宗治郎が次に現れたのは、河原に作られた草野球場の上空だった。

 

「っと……この辺ならいいだろ」

 

そう言いながら振り返ると、先程の死神がやや息を上げながら現れる。

 

「おぉ、意外に速いな」

 

「はぁ……はぁ……貴様、ホントに何者だ! なぜただの人間が瞬歩を使える! しかもあんな速度で……」

 

「ほれ、コレコレ」

 

そう言いながら宗治郎は自分の斬魄刀を前に突き出しアピールする。

死神は宗治郎の左手に収まる斬魄刀を見て目を丸くすると、斬魄刀の切っ先を宗治郎へと向けた。

 

「貴様! 誰からその斬魄刀を盗んだ! それは人間の持っていていいものでは無い! 」

 

そう吐き捨てると、死神は斬魄刀を抜き臨戦態勢を取る。

 

「クソ真面目か! ……あーもぉ、面倒くせぇ!! 」

 

宗治郎は声を荒らげながら苛立たしげに頭を搔く。

そして、鞘を腰に当て居合いの構え。

 

「……いっぺん殴るか」

 

宗治郎の表情に冷たさが張り付く。

 

一瞬の静寂の後、動いたのは死神。

宗治郎の視界から消え、背後に。

しかしその不意打ちを、宗治郎は鞘の先で死神の腹を殴り返り討ちにする。

 

思わぬ反撃に面食らい、腹を押えながら後退る死神。

 

宗治郎はすかさず、振り向きざまに抜刀。

横一線に刃の軌跡が走る。

 

すんでの所で死神は後ろに飛び退き刃を躱す。

 

そして、そのまま距離を取り、

 

「飛び爆ぜろ、“胡蝶燐(こちょうりん)”! 」

 

解号と共に死神の斬魄刀が火花を散らした。

握られた斬魄刀の刀身は片刃の日本刀から両刃の直刀へと姿を変え、柄頭には二股の赤い紐が結かれている。

 

直線で飛び込んでくる死神。

振られる刃を宗治郎は冷静に刀で捌く。

 

激しい剣戟に明滅する火花。

 

死神が振り上げた右足を左腕で防ぐと、死神は再び飛び退き距離を取った。

 

「もう終わりか?」

 

「あぁ、貴様は終わりだ」

 

宗治郎の挑発に死神は不敵な笑みを浮かべそう返した。

 

嫌な気配に宗治郎は一瞬視線で辺りを探る。

そして、気付いた。

 

宗治郎と死神の辺りに飛び散っていた火花が消えることなく“留まっていた”。

 

「……燐火蝶滅(りんかちょうめつ)

 

死神の言葉に呼応する様に、火花の一つ一つが蝶の形を取り瞬く間に宗治郎を覆った。

蝶達は宗治郎目掛け一斉に羽ばたき始める。

 

「ッ! 引き裂き駆けろ、雷……」

 

宗治郎の声は、舞い踊る蝶達の爆発音で掻き消された。

 

「俺の斬魄刀から放たれた火花は蝶となり、触れた瞬間に爆発する。貴様が何者だったかは知らないが、不逞の輩をこれ以上……」

 

立ち上る爆煙を眺めつつ語られた死神の言葉は、切り払われた煙と共に遮られた。

 

「なん……だと……!? そんな馬鹿な……」

 

驚愕する死神の眼前には 、斬魄刀を握り傷一つない宗治郎が立っている。腰の鞘には雷の様な輝きが明滅していた。

 

「あーあ、これお気に入りだったのに」

 

そう言いながら斬魄刀を一度鞘に戻すと、宗治郎はスカジャンに着いた埃を払う。

 

「わざわざご高説どうも。んじゃお返しに、俺の斬魄刀の能力を教えてやるよ」

 

言葉と共に宗治郎は柄を握り、姿勢を深く沈める。

平静を取り戻した死神も斬魄刀を構え直す。

 

瞬間、宗治郎が視界から消える。

再度現れたのは、正面。死神の懐に潜り込む。

 

死神も素早く反応し、宗治郎の頭頂部目掛け直刀を振り下ろした。

はずだった。

 

突如腹部を重い衝撃が襲う。

衝撃に負け、体がくの字に曲がった所に今度は左肩に同じ衝撃を受け眼下のマウンドに叩きつけられた。

 

───何をされた、奴は何を……

 

混乱する死神。

何とか両手を着き、刀を頼りに立ち上がろうとしたところで、首筋に冷たい切先が触れる。

 

「見えなかったろ? 俺の雷狼丸は鞘に雷を纏う。そんで抜刀の速さを爆発的に上げる」

 

「……何故蝶の爆発から逃れられた」

 

「決まってんだろ。俺の体に触れる前に“全部切った”んだよ」

 

死神の質問に、肩を竦めながら当然と言わんばかりに宗治郎は答えた。

 

「全部だと! そんな馬鹿な……」

 

「もういいだろ? お互い質問タイムといこうぜ」

 

そう言って宗治郎は刀を鞘に収める。

死神も観念したようにその場に項垂れながら胡座になる。

 

「んじゃまず俺から。お前の名前と所属は?」

 

「護廷十三隊 五番隊 五席、米林 一冴(よねばやし いっさ)だ」

 

死神ー一冴が答えると、宗治郎は一瞬目を細める。

 

「五番隊の……何の因果かねぇ」

 

「何?」

 

「いやこっちの話。んで、どうやって俺の店に来た?あの店は遮魂膜(しゃこんまく)を模倣した結界を張ってた。死神は視認すら出来なくなるはずだ」

 

宗治郎が言うと、あぁそれは、と呟きながら一冴は懐から一本のリップケースを取りだした。

 

「これを貰ったんだ。妙な霊圧を感じて霊絡(れいらく)を辿ってきたはいいが、お前の言う通り店の近くで途絶えた。途方に暮れていたら親切な男が眼鏡に塗ってみろって渡してくれたんだ」

 

「親切な男? 」

 

「あぁ。何と言う名前か忘れたが……そうだ! ハンチング帽! それを被ったおかっぱ頭の男だ」

 

「なんでそんな誰とも分からんやつから貰ったものを……まぁいいか。んで、さっき言ってた尸魂界のゴタゴタってのは?」

 

宗治郎の言葉に一冴は躊躇うように視線を落とす。

その様子を見て宗治郎は溜息ひとつと共にしゃがみ込んで一冴と視線を合わせる。

 

「なぁ一冴ちゃん、今更言わねぇのはなしだろ? 」

 

「……貴様は、尸魂界についてどこまで知っている? 」

 

「あぁっと……しっかり分かんのは50年位前までだな。後は時々耳にする程度だ。最近だと尸魂界に旅禍が入ったとか」

 

宗治郎が答えると、一冴は目を丸くして宗治郎を見返した。

 

「なんでそんな……!? 貴様ホントに……」

 

「はいはい、今質問してんのは俺ね。そのゴタゴタだけ答えてよ」

 

「……現世の人間達が来た後だ。五番隊隊長 藍染惣右介、三番隊隊長 市丸ギン、九番隊隊長 東仙要が尸魂界へ謀反を起こした。なんでも“崩玉”とかいう道具で死神を超えるとか宣ったそうだ」

 

一冴の答えを聞くと、宗治郎はゆっくり立ち上がる。

 

「……そうか、愛染の野郎が……やっと動きやがったか」

 

そう呟く宗治郎を見上げた一冴の目に映るのは、獲物を見つけた獣のようにギラついた視線と興奮を抑えるように歪む口元。

 

「で? 愛染は何処に?」

 

「あ、あぁ。謀反の際に反膜(ネガシオン)に包まれて虚圏(ウェコムンド)に消えた」

 

「虚圏か」

 

表情に気圧され呆然としていた一冴は我に返ったように答えると、宗治郎は反芻するように呟いた。

 

「教えてくれてありがとよ」

 

そう言うと宗治郎は一冴に背中を向けて立ち去ろうとする。

その背中に一冴は慌てて声をかけた。

 

「ちょっと待て! 今度はこっちの質問に……」

 

「あぁ、秋城 宗治郎だ。この街“錦馬町”でなんでも屋をやってる。なんかあったらウチに来な、相談なら乗るぜ。相談料から貰うがな……んじゃな」

 

後ろ手に手を振りながらそう答えると、呆気に取られたまま呆然とする一冴を残して姿を消した。

 

******

 

店に着いた時には、町を夜の帳が覆っていた。

トタンの階段を上がりドアノブに手をかけると、中から笑い声が聞こえてくる。

 

「ルリちゃん、まだいたんだ」

 

呟きドアを開くと、ルリの他に男の声が一つ。

遥か昔に聞いた懐かしい声。

宗治郎はその声を聞いた瞬間、思わず玄関との境にあるパーテーションから飛び出した。

 

「まさか、平子隊長!! 」

 

「おぉ宗治郎。遅かったやん、苦戦したか?」

 

平子と呼ばれたその男は、ハンチング帽の下からニヤついた笑みを浮かべて宗治郎を出迎えた。

 

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