一冴は住宅街の屋根を飛びまわり、大量の虚の対処に追われていた。
跳躍ざまに飛び出してきた虚を切り捨て着地。
着地した地点へ目掛け迫る無数の触手を切り捨て、握る直剣の斬魄刀をアスファルトへ引き摺り火花を散らす。
「
言葉と共に振り抜くと飛び散った火花は無数の蝶の形を取り、眼前の蛸の様な風体の虚へ一直線に飛んで行く。
蝶の形こそ取っているが、その速さは獲物目掛けて飛び付く鳥の様。
素早く虚の円形の仮面に辿り着いき、爆発する。
虚の消滅を確認し小さく一息。
しかしその表情は険しい。
片道二車線の大通りの真ん中で、何体目かも分からない様な状況に苛立ちが浮かび始めた。
「クソッ! なんなんだ一体……」
眉間に皺を寄せ、吐き捨てるようにそう言いながら銀縁眼鏡を中指で押し上げる。
錦馬町にある虚の霊圧も減りつつあるが、まだ多い。
空座町から感じる複数の強い霊圧も気になり、焦りが募る。
応援を仰ぐか、空座町の担当と連絡を取るか、対応を決めあぐねていた時、虚空を引き裂き“それ”は現れた。
それは巨大な虚。
全身筋肉質の灰色の肉体。丸太の様な尻尾。
そして胸にある深淵の如き大穴。
だが、一冴の目の前に現れたその虚は異質だった。
トカゲを思わせる陶器のような虚の仮面が口から上下に開き、その下に巨大な厳しくも表情のない人の顔。
左目には青いレンズの様な機械。
右腕は巨大な剛腕。しかし左腕の肩から先は機械仕掛けの鋼鉄の腕だ。
左手には三本の爪が備わり、月明かりを鋭く反射させる。
背中には白い円柱状の容器のようなものを背負い、そこから後頭部と左肩に蛇腹の管が繋がっている。
「なんだ……こいつは……?! 」
『モクヒョウシニン。ニシキバチョウタントウ、ヨネバヤシ イッサ。コウゲキカイシ』
あまりの異形に呆気に取られる一冴に対し、淡々と響く機械音声。
音声が終わると同時に、異形の虚は左腕を一冴目掛け手首から先を“射出”する。
風を切り迫る鋭い三本の爪。
一冴は素早く飛び退きそれを躱すと、行き場を失った爪がアスファルトを叩き濛々と煙が舞った。
異形の虚は手首と腕を繋ぐワイヤーを巻き取り再び左腕に収める。
その巻き取りに合わせるように一冴は煙を突き破って虚へ飛び掛った。
両手で握った直刀を振り被り、渾身の力で振り下ろす。
その斬撃を虚は左腕で易々と受け止め、払い除けた。
金属と金属の激しい擦れ合いは眩い火花を散らす。
虚に振り払われた一冴は宙返りしながら姿勢を直し、
空中に足場を作ると再び弾ける様に跳躍。
虚へと一気に距離を詰め、生身であろう右腕へ目掛けて横一線に刃を振るう。
が、その斬撃も鋼鉄の左腕に遮られ火花が舞う。
そして、虚が気付く。
『シュウイレイリョク ジョウショウ』
虚の周りを飛び出した火花が、消えることなく煌々とその巨体を照らし出す。
「もう遅い!
一冴の号令とともに周囲の火花は朱色の蝶へと変貌。
瞬く間に虚を包み、爆散。
轟音と爆煙が立ち上る。
しかし、その表情は一層険しいものになる。
姿こそ見えないが、霊圧は変わらずそこにあった。
「クッ……! 化け物め」
忌々しげに一冴が呟いた瞬間、爆煙の中に青白い灯りぼんやりとが浮かび上がる。
『レイアツ…… シュウソク……ハッシャ』
煙の中から声と同時に放たれた青白い閃光が爆煙を突き破る。
一冴が紙一重でそれを躱すと、行き場を失った閃光は遥か彼方に飛んでいき、爆発。
かなりの距離で爆発したにもかかわらず爆風は一冴まで届き、思わず視線を向けた。
「今のは……
虚が幾重にも重なり、混じりあった巨大な虚、
その大虚が放つ収束された霊圧の閃光、虚閃。
この異形の虚がそれを放つという事は、大きさこそ
冷たい汗が一冴の首筋に流れる。
今の一冴の力量で大虚に相対するのはほぼ自殺行為に等しい。
しかし、一冴は直刀となった斬魄刀を握り直すと再び異形の虚と対峙する。
爆煙が晴れ、虚の受けたダメージを確認する。
生身の肉体部に出血は見られるが致命傷となり得るものは確認できない。
鋼鉄の左腕に至っては煤埃が着いている程度だ。
『レイリョクショウモウ。レイシソウ ヨリ ジュウテン カイシ』
虚の言葉の後、背中に背負った円柱状の容器の上部が赤く光り、後頭部と左肩に繋がった管が脈動する。
それと同時に虚閃を放った事で減った霊圧は回復、受けた傷は物の見事に消え去った。
煤けた左腕を残し、虚は一冴と出会った状態まで戻っていく。
『テキ セントウリョク シュウセイ。コウゲキヘンコウ』
言葉と共に右の拳を振り上げ、突き出す。
瞬間、一冴の身体は拳から打ち出された圧縮された霊圧に弾き飛ばされた。
アスファルトを数回跳ね回り、転がる。
「かはっ!! ……なんだ、今のは……」
口元の血を拭いながら虚の方へ視線を戻す。
が、瞳に映ったのは三つの赤い霊圧の塊。
「!!」
咄嗟に右へ転がり避ける。
紙一重で交わしたそれは寸分の狂いなく一冴のいた場所へ着弾。
威力こそ虚閃より低いがその速さは虚閃およそ二十倍。
そして次弾発射は虚閃の数倍速い。
─……今のは辛うじて反応できたが、遠距離は不利だ
一冴はなにか決意したように目を細め、銀縁眼鏡を押し上げながら数十m先の虚を睨む。
虚は当たらなかった事を確認したのか再び拳を振り上げ、突き出す。
一冴はそれと同時に瞬歩で飛び出し放たれた霊圧を避ける。
そこからは赤い雨の様だった。
ひたすら放たれる赤い霊圧の塊を、決して足を止めず、縦横無尽に避け続ける。
時に頬を掠め、時に眼前に着弾するも、怯むことなくただただ駆けた。
そして、遂に辿り着く。
見上げる程の巨体の影の中、一冴は現れた。
一冴の接近をすぐに察知した虚は身を半歩引くと共に左腕を振り上げ、鋼鉄の爪を振り下ろす。
だが、その爪が一冴を捉えることは無い。
立ち上る煙の遥か上、虚の頭上にその姿はあった。
そこから更に急降下。
一冴の目に映るのは、がら空きになった後頭部と左肩に繋がる蛇腹の管。
虚は迫る一冴へ向けて丸太の様な尾を槍のように鋭く突き出し迎撃。
が、一冴は身を捩り回転をかけてその尾を躱す。
そして回転の勢いをそのままに、二本の管を引き裂いた。
切断された二本の管は噴水の様に白い液体を夜空へ撒き散す。
一冴は着地と同時に一度距離をとる。
─……仕組みは分からんが、あの背中の容器から霊圧を回復していたようだな。あとは虚をどうするか……
眼鏡を押し上げ斬魄刀を構え直しながら虚の様子を伺う。
白い液体の噴出は止まり、白い水溜まりの中虚はその場で項垂れ完全に静止していた。
脅威だった鋼鉄の左腕も、力無く垂れ下がり、最早重い足枷のようだ。
『レイリョクソウトノ セツゾク……セツダン……セイギョ フ……ノ……』
虚から聞こえた気味の悪い機械音声が途切れる。
そして、
『Gaaaaaaaa!!!!』
虚は突然夜天へと大気を震わせる程の咆哮を上げ、垂れ下がった左腕を引き摺りながら振り返った。
開かれた爬虫類を思わせる仮面の奥、厳しくも感情の読み取れなかったその顔は狂気に歪んでいる。
唾液を垂らしながら獣のように牙を向き、左目の青いレンズは真っ赤に染まっていた。
一冴は疲労の色を浮かべつつも斬魄刀をしっかりと握り、駆け出す。
『Gaaaaaa!!!』
雄叫び共に、左腕を引き摺りながら右手は地面に着け這うように一冴へ突進。
そして右腕を振り上げ、アスファルトをただ“殴った”。
完全に理性を失っているのか、そこから更に何度も何度も執拗に殴り続ける。
立ち上る煙の中から一冴は上空へ飛び出す。
その手に握られる斬魄刀の刀身には、眩い光を放つ無数の火花が纏われていた。
『Gaaaaaa!!!』
上空へ飛び出した一冴に気づき、虚は我武者羅に拳を放つ。
その拳へ、一冴は斬魄刀を投げつけ、伸びた拳の指の間に突き刺さった。
更に刺さった斬魄刀の柄を蹴りつけ、押し込む。
「爆ぜろッ!」
一冴の号令と共に、右腕が内側から“爆発”。
『Guaaaaaa!!!』
悲鳴の様な咆哮を上げながら肘から先のなくなった右腕を振り回す。
飛び散る血飛沫と肉片の中、一冴は右手を上げると回転しながら落ちてくる斬魄刀をしっかりと受け止める。
「すまない胡蝶燐。無理をさせた……もう少しだけ頼む」
視線を下げてそう斬魄刀に声をかけると、もがき苦しむ虚を睨む。
『Gaaaaaa!!!』
虚は弾け飛んだ右腕を着きながら、再びと咆哮と共に這うように突進してきた。
最早腕の痛みも、なぜ腕が無くなったのかも綺麗さっぱり忘れているようだ。
「理性も知性もないわけだ」
一冴は小さくそう呟くと、愚直な突進を右に跳びながら避け、すれ違いざまに金属部分を出来るだけ叩いた。
そして背後に周り、背中に背負ったままの重りと化した容器を更に叩く。
飛び散った明滅する火花はすぐさま蝶の形へ変貌し、虚にまとわり着き羽を休めた。
全身を包む夥しい数の蝶を虚は振り払う様に身体を揺するが、眩い輝きが左右に流れるだけで一つも離れることは無い。
道路に着地した一冴は、虚に背を向けたまま斬魄刀を振るう。
「……
言葉と共に巻き起こる爆発音。
爆発の衝撃が一冴の背中に一気に押し寄せひとつに纏められた後ろ髪が激しく揺れた。
一冴がゆっくりと振り返るとそこに虚の姿はなく、金属片になった左腕と背中の容器が散らばるばかりだった。
強大な虚の消滅を確認し気が緩んだのか、思わず片膝を着き肩で大きく息をする。
「ハァ……ハァ……次は……」
呼吸を整えながら辺りの霊圧を探る。
しかし、感じる虚の霊圧は平常時とさほど変わらなくなっていた。
代わりに感じるのは昨日完封された男の霊圧。
「……秋城 宗次郎か。それにもうひとつ……いや、今は報告を……」
呟きながら懐を漁りなにやら取り出す。
それは“伝令神機”と呼ばれる携帯電話型の通信端末、
だったものだ。
虚の攻撃を直撃したせいか、取り出した伝令神機は粉々になっている。
「クソッ、替えたばかりなのに」
手の上にある粉々の機械片を見つめて悪態を着くと、跳躍し静けさを取り戻した町の中へと消えていった。