時は少し前に遡る。
異形の虚の霊圧を凝縮した攻撃が一冴に直撃した頃、その様子を遠巻きに観察している者がいた。
「席官と言えど所詮この程度よ。
嘲笑する様にそう呟くのは、奇妙な男。
トサカの様に緑色の髪を逆立て、目元にはアイマスクの様に付いた白い陶器の様な物。その上に望遠鏡を逆さに付けたような突起が二つ。
白い袴に白い詰襟の様なものを纏い、腰には白い鞘に収まる刀を下げている。
その様は出で立ちこそ奇抜だが死神の様だ。
一冴達とはかなり離れた遙か上空で、月明かりを背負いながら男はしゃがみ込んでいた。
目元に突起を左右バラバラに忙しなく動かし一冴の戦いを余すことなく観察している。
と、
「覗きは関心しないなぁ」
不意に、男は後ろから声をかけられ飛び跳ねるようにその場から移動し振り返る。
左右の突起は真っ直ぐに声をかけた人物に向く。
そこには、腰に刀を提げた癖の強い金髪と黒地のスカジャンを羽織ったチンピラの様な男が一人。
「何者だ貴様! 何時から……」
「秋城 宗次郎、なんでも屋だ。おたくは?」
そう答えた宗次郎を、男の顔の突起が上下バラバラに動き舐め回すように見ている。
「フンッ、ビビらせやがって。大した霊圧じゃないじゃないか……いいかよく聞け!俺様は
平静を取り戻したのかカメオンと名乗る男は腰に手を当て右手の人差し指を宗次郎へ向けながら声高らかに名乗りをあげる。
しかし宗次郎にはイマイチ届かなかったのか、
「……ごめん、なんて? 」
と首を傾げながら訪ね返す。
「フンッ、貴様のような下等生物では理解出来んだろう。どのみち見られた以上生かしては帰さん……俺様の恐ろしさ、その身に刻んでくれる!」
男は弾ける様に飛び出し、“消えた”。
瞬歩などの高速移動により消えたように見えたのでは無い。
完全にその姿が、霊圧ごと消えたのだ。
そして次の瞬間、宗次郎の左肩が切り裂かれる。
「ッ!? 」
驚くのも束の間、腕や足を続けざまに切り付けられる。
引き裂かれたスカジャンやデニムから血液が流れ出す。
だが、どれも致命傷とは言い難い。
「……遊んでんのか?」
言葉と共に腰の斬魄刀に手をかけ、引き抜く。
しかし、抜いた斬魄刀は振り抜かれることなく虚空で止まった。
何も無い空間に散る火花と擦れる金属音。
「なぜ分かった! 」
そう言いながら姿を現したカメオンは刀を握り、宗次郎の斬撃を受け止めている。
一度攻撃をやめ後ろに飛び退くカメオン。
なぜ攻撃を受けられたのか理解出来ず、苛立つように顔の突起を左右バラバラに動かしていた。
全身無数に切り傷こそあるが全て軽傷。
霊圧に変化もブレもない。
─なぜギリギリで躱される……
「切り付けるパターンが単純なんだよ、こんなの見えなくても止められる。何より踏み込みが甘い……んじゃこっちの番」
宗次郎は斬魄刀を鞘に戻しながら答える。
そして、腰を沈め、消えた。
「引き裂き駆けろ、雷狼丸! 」
声はカメオンの後ろ。
解号と共に抜刀。
目映い雷の閃光が鞘に迸り、目にも止まらぬ速さで振り抜かれる刃。
宗次郎の瞬歩に紙一重で反応しカメオンはその刃を受け止める。
が、勢いを殺せず、霊子で足場を生みながら滑るように弾かれる。
「ぬぅぅッ! この程度の速さなどでは、俺様の瞳から逃れることは出来ん! 」
何とか踏みとどまったカメオンは、吠えるようにそう言いながら突起のレンズを宗次郎に向ける。
そのレンズが映すのは、抜刀の構えを撮る宗次郎の姿。
そして再び瞬歩で一気にカメオンへ接近すると、抜刀。
カメオンがそれを受け止めると、宗次郎は再び残像もなく姿を消し、背後から抜刀。
消えては現れ、現れては斬撃。
刃の嵐がカメオンを襲う。
その攻撃をカメオンは突起を忙しなく動かし全て刀で躱していく。
─……ぬぅぅッ!! なんなのだコイツはッ! 俺様の眼で、捉えるのがやっとだと?!……しかしッ!
「そこだァッ!」
雄叫びに近い声を上げながら振り下ろされた刃を下からかち上げ、弾く。
宗次郎の斬魄刀は回転し頭上に舞い上がった。
カメオンは勝ち誇った様に、いやらしいしたり顔を浮かべながら、宗次郎の顔を突起のレンズに映す。
宗次郎の顔には不敵な笑みが浮かんでいた。
「遅せぇよ」
宗次郎がそう言った次の瞬間、宗次郎は鞘でカメオンの右脇腹を殴りつける。強烈な衝撃が走り続けざまに全身を流れる電流。
「グギャアアアッ!!!」
全身を駆け巡る雷に絶叫。
宗次郎が鞘を振り抜くと、雷は止まり真っ白だった詰襟も袴も黒くすす汚れ顔や手は焼け爛れていた。
その場に跪くカメオンを見下ろしながら、徐ろに宗次郎は鞘を頭上に掲げる。
「あー疲れた、わざわざワンパターンでやってんだからさっさと気付けっての……おたく、目に頼りすぎなんだよ」
言葉が終わると同時に、弾かれた宗次郎の斬魄刀は掲げられた鞘に収まり甲高い金属音で鳴いた。
「さて、じゃあまずは……」
完全に戦闘能力を失ったと判断した宗次郎は構えを解いて尋問を始めようとした、その時だ。
「……せぬ……」
「あん?」
「許せぬ許せぬ許せぬ許せぬッ! この屈辱ッ!今すぐ晴らしてくれるッ! 」
叫ぶようにそう言いながら、立たぬ足を無理矢理立てて刀を両手に握り天高く掲げた。
「探れッ!
カメオンが高らかにそう唱えると同時に、カメオンを中心に霊力の渦が起こる。
宗次郎が咄嗟に距離を取ると、渦の中から現れた見知らぬ怪物。
全身真っ白な鱗のようなものに覆われ、両足は開いたクリップの様になっている。
爬虫類の様に湾曲した背と丸めた尻尾。
蛇腹剣の様な刃物が肩から伸び、最早腕と呼べるようなものでは無い。
真っ白な烏帽子のような物を被るカメオンの顔を見て、この怪物がさっきまで膝を着いていた男だと理解する。
「おいおい、なんだいそりゃ」
やや引き気味に顔を引き攣らせて宗次郎は呟いた。
「これこそは
勝ち誇ったように天を仰ぎながらカメオンが言うと、宗次郎は再び構えを取り直す。
「そうだ死神モドキ。 構えを解くなよ、一瞬で終わってはつまらんからな」
カメオンは下卑た笑みを浮かべながらそう言うと、異様に長い舌で舌なめずり。
そして、“消えた”。
先程と同じように視覚的にも霊圧的にも感知出来ない消失。
宗次郎は抜刀の構えのまま周囲を警戒。
目を閉じ、耳をそばだてる。
如何に姿や霊圧を消そうと、攻撃の際に生じる音は消せないはずと踏んだ。
瞬間、空気を切る音を聞き取ると同時に刀を右へ一線に振り抜く。
が、宗次郎の刃は空を切り、左の太腿に突然痛みと鮮血が生まれる。
「ッ、あの腕厄介だな」
宗次郎は事態をすぐに理解し、舌打ちとともに悪態を着く。
─……蛇腹なだけじゃ流石に無茶な軌道修正は出来ない。自分の意思で好きに角度を変えられるのか……伊達に“腕が剣”じゃないわけだ
心の中で独り言ちる。
タネは分かったが、それに対してすぐさま対応できるかといえば別問題だ。
現状、音以外に位置を探る手立てがない。
音を頼りに刀を振るい、位置を変え、迎撃を試みるも全て躱され傷が生まれる。
風を切る音に反応してもせいぜい致命傷を避ける程度だ。
「チマチマ面倒くせぇ野郎だな。真の姿ってのはコソコソ斬りつけて薄皮剥く程度の力なのかよ」
何処にいるかも分からないカメオンに宗次郎は挑発する。
が、返答はない。
「……流石に乗ってこねぇか……しゃあない」
そう独り言を呟くと、宗次郎は徐ろに構えを解いた。
斬魄刀を鞘に収め、左手に握りながら直立不動。
『諦めたか死神モドキ。今楽にしてやるッ! 』
姿のないまま何処からかカメオンの声が響く。
同時に発せられる風切り音。
その音がするかしないかの刹那の間。
宗次郎は身体を左に傾け、小脇に抱えるように何かを掴まえた。
と、同時に右腕や掌から血液が伝い、羽織るスカジャンにおおきなさけめが生まれる。
そして何も映らない空間に流れた鮮血が、蛇腹剣の輪郭を浮かび上がらせる。
「捕まえたぜ」
『馬鹿なッ!』
受けた傷の痛みなど意に返していないかのように口角を吊り上げる宗次郎と、掴まれた蛇腹剣の延長線上にいる姿の見えないカメオン。
二人は異なる言葉を同時に発した。
カメオンは咄嗟に掴まれた剣の腕を戻そうと引くが、動かない。
「そう慌てんなよ。折角だ、俺もとっておきの一つを見せてやるよ」
そう言いながら斬魄刀の鞘を握ったままの左手を顔の前に持っていき、引っ掻く様になぞった。
そして、飢えた獣のような眼光と狂気じみた笑みを隠し現れたのは、“仮面”。
狼の顔を象った陶器のようなその仮面には、両目の部分にそれぞれ縦の蒼い線が入っている。
真っ暗なその双眸の奥に、黄色い獣の瞳が妖しく光った。
宗次郎の仮面姿を見て、カメオン狼狽していた。
『な、なんだ……貴様は……その仮面、その霊圧、それではまるで……』
「虚みたい、だろ?」
カメオンの言葉を引き継ぐように言った宗次郎の声音からは、仮面の下の笑みが透けて見えるようだ。
実際、カメオンには宗次郎が虚にしか見えなかった。
狼の仮面は勿論、宗次郎の放つ霊圧は正しく虚と同質のもの。
『そんな……そんな馬鹿な事があってたまるかッ! 』
「今度はこっちから引っ張るぜ。気張れよ虚モドキッ! 」
言葉と共に宗次郎は握る蛇腹剣を力一杯引く。
それに対抗する様にカメオンは腕の剣を引き返しながら、もう一方の不可視の蛇腹剣を振るう。
宗次郎の左側に斜めに振られたその刃は、しかし斬魄刀の鞘に受け止められる。
「そら、また単調になってるぜ」
言葉と共に左腕を払い蛇腹剣の切っ先を弾く。
そして鞘を握ったまま、左手の人差し指をカメオンがいるであろう方向へ向けた。
瞬間、青白い光を放ちながら指先へ霊圧が収束する。
『まさか、それはッ! 』
「悪いな、これは加減できねぇんだ」
宗次郎がそう言って指先から放つそれは、“虚閃”。
眩い光と霊圧の奔流が、剣の腕を掴まれ逃げられないカメオンを瞬く間に飲み込んだ。
虚閃の輝きが消えた時、目の前にカメオンの姿はない。
宗次郎が未だ握る蛇腹剣は、カメオンの肩と思しき場所で“切断”されている。
カメオンは腕を自ら切断し、何とか虚閃の輝きから脱出したようだ。
「ハァ……ハァ……こんな……こんな事……」
最早透明化する事も出来ないのか、出血の酷さで消えても意味が無いと思ったのか、宗次郎から少し距離を取った場所にカメオンの姿があった。
全身の真っ白だった鱗は黒く焼け焦げ、左肩からは流血が絶え間なく流れている。
曲がった背中を更に丸め、肩で息をしながら絞り出すように呟く。
「なかなか根性あるな、見直したよ」
宗次郎は言いながらカメオンに向き直り、握った剣の腕を放り捨てる。
「黙れッ! こんな事、認められる筈がないッ! 死神の霊圧を持ちながら虚の霊圧を放つなど……」
「俺からすりゃおたくの方が謎だがね。どう?色々話す気になった? 」
「ふざけるなァァァッ!!! 」
激昂し残った右腕の蛇腹剣と丸まった尾を一気に振るう。
直線的に伸びてきたその攻撃に対し、宗次郎は一気に間合いを詰めた。
そして、カメオンが気付いた時には宗次郎は背後。
鍔の鳴る音がすると同時に、カメオンの身体に横三つ切れ込みが入り、鮮血を吹き出す。
「み……みえな……」
「言ったろ、目に頼りすぎなんだよ」
絞り出すように言ったカメオンへ、宗次郎は短く答える。
その言葉を聴きながら、カメオンの身体は霧散していった。