人間という生き物は、力を持つと使わずにはいられない。
正直に言おう。
俺はあの船、ガランチョウを手に入れ浮かれた。
平凡な俺が手にしたあの船は、俺が特別だと錯覚するには十分な性能をしていた。
俺はガキの頃、この船を乗り回して遊んでいた。
そして、あらかじめ充填されていたエネルギー残量が底を付きかけて、落とし穴に気づいた。
女神メアリースは人間出身の女神であるのは、彼女の伝記を読んだ者なら誰でも知っている。
生前の彼女は優れた錬金術師だったらしい。
そう、錬金術。有名なマンガにもあるだろう。
錬金術とは等価交換である、と。
なら、この船を動かすにふさわしい対価とはなんであろうか。
それに気づかなかった俺が間抜けだったわけだ。
そして、俺はその間抜けの対価を、一生ここで過ごして払うわけだ。
幸い、艦内のデータベースには人間が一生かかっても消費しきれない量の娯楽が保存されていた。
暇潰しには事欠かない。
もうなにもやる気がでない。
今日はもう寝よう。
そうして、どれだけの時間が過ぎただろうか。
俺は、何らかの装置の稼働音で目を覚ました。
廊下に飛び出て、船室以外の区画が勝手に出来上がっていることに目を見開いた。
「おい、どういうことだ、なぜ勝手なことをしてる!!」
しかし、音声をOFFにしたから返答は無かった。
これをONにするにはブリッジに行くほかない。
俺はそうすることすら億劫で、勝手に生成された区画に飛び込んだ。
自動ドアが開き、その区画はまるで何らかの実験室のようだった。
用途の分からない機材が備え付けられ、その一部が勝手に稼働していた。
「何なんだ、これは」
それは、日焼けマシーンを想像してくれると分かりやすい。
筒状の何かが、内部で所狭しと細かく動いているのだ。
俺は得体の知れない恐怖で身動きが取れなかった。
やがて、装置が止まる。かしゃーん、と蓋がスライドする。
「……ふう、上手く行ったわね」
そこから現れたのは、裸体の女だった。
寝起きでベッドから起き上がるかのように、彼女は伸びをした。
その顔を、俺は知っていた。
女神メアリース、その人だった。
「…………」
「……」
その彼女と、目が合った。
「物質精製、濃硫酸」
彼女の指先に、透明な液体が球状に出現した。
まるで指揮者のように、或いは投手のように、彼女はそれを俺に投げつけてきた。
俺は本能で危険を感じて咄嗟に避けた。
ジュッと、床が溶けた。
「な、なにをすんだよ!!」
「この私の裸を見たのよ。死ぬしかないじゃない」
「どういう理屈だよ!!」
俺は咄嗟に部屋から逃げ出した。
そしてブリッジに逃げ込むと、叫んだ。
「音声案内ON!!
おい、あれはいったいどういうことだ!!
なんで勝手に知らない区画が出来て、知らない人間が出てきたんだ!!」
『最上位権限により、生物培養区画が生成されました。
その後、生物プリンターにデータが入力され、アイテムが出力されました』
「生物、プリンター?」
要するに、3Dプリンターの生物バージョンだ。
だがこれは食肉などを生成する装置で、そのままだとただの生きた肉塊が出来るだけだ。
だというのに、あの女は意識を持っていた。
いったい、何が起こったというのだ。
そもそもこの船の艦長は俺で、所有者なのだ。
この船は完全なスタンドアローンで、外部から完全に切り離されているはずだ。
なのに誰がデータを入力するというのだ。
「創造主よりメインコンピューターへ。
工業区画の生成を要請。とりあえず繊維工場をお願い」
『かしこまりました、我が造物主』
さっきの女の声だった。
俺は混乱の極みで、ただブリッジに備え付けてある自衛用のレーザー銃を手に取った。
ブリッジのドアが開く。
たった今、勝手に作った繊維工場で衣服を作ったのか、ちゃんと服を着た女が現れた。
「誰だ、お前は!!」
「おかしいわね。この顔を見忘れたのかしら」
お前はどこの将軍様だよッ、と内心吐き捨てた。
「……メアリース様の役人、じゃないよな?」
我らの女神様は自己顕示欲の塊らしく、自分と全く同じ顔のクローンを大量生産して、役場とかに配置している。
だが、そいつらは量産型のAIみたいな事務的な対応しかしない。
「なによ、記憶能力に欠陥が生じているのかと思ったわ。
私の名はメアリース。その本体の
「……本物? 俺が転生した時に会った、あの女神様だっていうのか?」
「あれは転生担当の分体よ。一般的に“本物”と称される個体は私になるわね」
実のところ、俺の質問はかなり的外れだ。
俺の住んでいた町にも居るメアリース様の役人も、俺が死後に出会った転生担当も、そしておそらく目の前のこいつも全て、女神メアリース様。
特殊なネットワークで繋がった同一人物の筈なはずだ。
その特殊性を持って、この女神は人類を常に監督し続けている。
「メアリース様が俺の船に何の用なんだ」
「俺の船? 私は最初に言ったはずよ、この船を貸し与える、と。
あなたにあげた覚えはないわ。だから、返して貰いに来たの」
「は、はぁ?」
意味が分からなかった。
そして横暴だった。
「事実、この船は私に従ってるでしょう?」
メアリース様が指を鳴らすと、シャンパンが注がれたグラスが細いアームによって彼女の元に配膳された。
「どうかしら、我ながら良いデキでしょう?」
「……急に返せと言われても、困ります」
俺は努めて冷静にそう言った。
この御方に抗弁するだけ無駄だからだ。
「貴方に状況を説明する意義を感じないわ」
「(このアマッ……!!)」
俺がレーザー銃の引き金に力を込めようとした。
その時だった。
「メリス。その言い方は無いでしょう」
ブリッジの扉が再び開いた。
そこから、黒いローブの女が現れた。
人間味を感じない整った容姿のメアリース様と反対に、美人というより愛嬌を感じさせる素朴な外見の栗毛の女だった。
どこにでも居そうなその女は、しかし奈落のように底なしの真っ赤な瞳をしていた。
俺はその神気に察してすぐにひれ伏した。
「り、リェーサセッタ様!!」
「なんで私にはすぐにその態度にならないわけ?」
この御方は女神リェーサセッタ様。
邪悪を司る、大いなる女神。あの傲慢で傍若無人な女神メアリース様が唯一対等と認める盟友だった。
その化身がそこに居た。
俺たち人類の生きる世界は、概ねこの二柱によって運営されている。
その勢力圏でこの二柱の名を知らぬ者は居ない。
「頭を上げなさい。船の主が外客に頭を下げるものではない」
「ははぁ」
俺は彼女に言われるがままに、顔を上げた。
「それにしても、重いな。生身は久々だ」
「まあ急ごしらえだもの。我慢しましょう」
目の間の二人は、本物の神様だ。
機嫌を損なえば何をされるかわからない。だから俺はあちらが話す気になるのを待った。
「まず、お前は外で何が起こっているのか、知っているか?」
「外、ですか?」
この船が漂流しているこの世界のことではないことは確かだった。
「我らは人類が生存できる世界を約70000ほど管理していた」
「そのうち、私達が定める文明レベル75以上──即ち次元間移動を可能とする文明は約2000ほどだわ」
文明レベルとは、その世界がどれだけ文明的に発展しているかの数値だ。
俺の前世の日本が大体55くらい。俺たちが母港としていた今生の故郷が80くらいだったはず。
それにしても、七万以上か。
とんでもない数字だ。流石は神の所業と言ったところか。
「それが、どうしたんですか?」
「我らは元々実体を持たない概念的存在。
我らの力を人類の繁栄に使うためには、効率的な運用システムが必要だった。
そうして開発されたのが、通称“中枢ユニット”。
これにより、人類の住まう世界のデータ収集と管理を一括化することが可能となった」
例えばメアリース様は人類の概念そのもの。
概念が直接人類に影響を与えるには、そうした何らかの装置が必要だったというわけか。
「これは極めて厳重に管理されている筈だったわ。
だけど先日、次元帝国の艦隊がやってきて、中枢ユニットの引き渡しを要求してきたわ」
「勿論、拒否したんですよね」
話の流れから察するに、それを明け渡すなんてありえない。
仮にそれをてにしたのなら、あらゆる世界を支配するなど容易いことだ。
「いいえ、あげちゃったわ」
だというのに、この女神はあっさりとそんなとんでもないことを言いやがった。
「はあ!? どうしてですか!!」
「連中が暴れて、中枢ユニットを壊される方がマズかったもの。
それに元々、あれの運用は人類に譲渡する予定だった」
「そんな馬鹿な、あんたは人類そのものだろ!?
そんなものを人間に与えたらどうなるか、わかってるでしょうに!!」
「だから、その私が人類を信じないでどうするのよ」
そう言われてしまっては、俺には二の句を継げなかった。
「中枢ユニットを得た人類は、次なるステージへとステップアップし、より上位の次元へと足を踏み入れる……筈だった」
「連中は神の期待に応えられなかったわけですか」
「残念ながらね」
どうやら、人間は悟りを得るより世俗の享楽を選んだらしい。
「私達は話し合った結果、中枢ユニットを返して貰うことにしたわ。だって、あれは私のモノだもの」
「だが、彼女の端末の相互ネットワークも切られてしまった。
我々が中枢ユニットの影響下に干渉することはできなくなったところで、彼女が開発した完全なスタンドアローンの次元航行船の存在に思い当たった」
「私が設計した、私達の全人類リセットにも耐えられる、次元移動可能な楽園のプロトタイプ」
「そうして、我らは肉体を得て、ここに降臨した」
次元移動可能な、楽園のプロトタイプ……。
それが、この船の正体。道理で、俺個人が使うには拡張機能やその規模が大きすぎたわけだ。
この船は、ひとつの世界そのものだった。
「さて、説明責任は果たしたわね。
この船を返して貰いましょうか」
「まあ、待ちなさい。メリス」
俺の意思を無視しようとするメアリース様に対して、リェーサセッタ様は俺を見ていた。
そう、俺の反応を。俺がどうするかを。
「良いことを思いついた。
我らがこの船を駆り、次元帝国に弓を引くと警戒される。
ここは彼を船長に立て、我らは影から補佐するのはどうだろうか」
「なるほど、それは妙案ね」
「ちょっと待ってください!!」
乗り気な二柱に、俺は声を上げた。
「それは、俺がこの船を動かして帝国と戦うってことじゃないですか!!」
「そう言っている」
「たった一隻の船で、戦いになるわけないでしょう!?」
相手は、神のシステムを掌握した大帝国。
対して俺の戦力は何の武装も無いこのちっぽけな船でしかない。
「……だそうだ。
メリス、なあもういいんじゃないか?
どうせ今の人類は中枢ユニットを持て余す。
我らは彼らが滅びた後、もう一度人類を作り直せばいい」
「まあ、それでも私は構わないわ。
もう何度も、何百回も、何千回も繰り返したことだし」
神々は時間の概念の無い、不滅の存在。
これまでのように、これからのように、今回に固執する理由など全くないのだ。
だって女神メアリースは人類の概念そのもの。
彼女が居れば、人類は永遠なのだから。
「でも、そうなると千年くらい待つことになるわね。
面倒だから全部滅ぼしましょうか」
「ああ、お前もそれで構わないな?」
なんで、なんで。
「どうして、俺にそんなことを聞くんですか?」
声が震えていなかった自信が無い。
「お前が今回で唯一生き残る人間だからだ。
この船はノアの箱舟。言っただろう、この船は人類リセットに唯一耐えうる代物だと」
「中枢ユニットはまた作れば良いし。
今回の人類は私の創る楽園に住まう資格は無かったってことで」
メアリース様は人類の概念そのもの。
その物言いは、まさに人間の傲慢さの象徴だった。
「それは、俺たち人類は、無価値だったってことですか!?」
「そうなっちゃうわね。
でも安心しなさい」
本当に、人間味の無い造形の顔で安心させるように女神は俺にこう言った。
「あなた達の犠牲は、次に生かすから」
ああ、人類の歴史は、積み重なった先人たちの屍の上に出来ている。
その山の頂点で、過去の人々の痛みを全く知ろうとしない俺たちのように。
許せない、と──―俺は思った。
「待ってください」
二柱が、同時に俺に顔を向けた。
取るに足らない俺に。その口元は嬉しそうだった。
「俺が頭目として戦っても良い。
だけど、その代わり条件があります」
「聞きましょう」
「帝国から中枢ユニットを取り返したら、それを俺にくれよ」
こんな、こんな奴らに命を握られて生きるなんて、真っ平御免だった。
俺は、俺の自由を手にして見せる。
「良いわ、それができるのなら」
「その偉業を成しえたなら、自ずとアレはあなたに相応しいモノとなるでしょう」
それが契約となった。
そうして、俺は女神の化身を乗せて帝国と戦うこととなった。
だけど、俺はまだ探し始めたばかりだった。
己が欲しいモノの意味を。
ソシャゲあるある:メインストーリーの敵の規模が漠然としていて実体が掴めない。或いはいくら戦っても終わらないタイプの存在が多い。