船酔いにも似た感覚に眉を顰める。
次元移動の感覚は、いくらやっても慣れるものではない。
とは言え、船酔いなんてとっくに治せる代物だ。
俺は備え付けの救急ボックスから船酔い用の錠剤を口に放り込んだ。
「次元転移、成功よ」
「聞くまでも無い」
「当然ね」
メリスは自信満々だったが、この船の性能だけは俺も信頼している。
「だが、肝心の次元工廠はどこにあるんだ?」
ブリッジのモニターには、虚無の空間だけが映し出されていた。どこかの次元の狭間に迷い込んだか、俺がそう思っていると。
「いえ、あそこに人が居る。我が眼は何人にも誤魔化せない」
「何も見えませんが……ステルス機能でもあるんですかね」
リネンはあの邪悪の女神リェーサセッタ様その人である。
悪あるところに人があり、それをこの御方から隠すことは不可能なのだろう。
「だけど、私はステルス機能なんて実装させた覚えは無いわよ」
「とりあえず、呼びかけてみましょうか」
俺は艦長席のリモコンを操作し、通信を呼びかけてみた。
「こちら、ガランチョウ号。艦長のドラコ・フランシスカだ。
女神メアリース様によって導かれ、ここに参上した。どうか応答されたし」
俺の呼びかけから、数分後。
『こちら、メインユニット。
その船の製造番号を認証した。今こちらに誘導する』
そのように応答があった。
すると、まるでベールが剥がれるかのように巨大な建造物が姿を現した。
それはまるで、無数のパイプでくみ上げられたリンゴの実に似ていた。
「あそこが……」
「私の知らないステルスシステムね」
「……あれは」
同じブリッジに居たドロテア夫人が僅かに反応したが、それ以上は何も言わなかった。
「あそこに彼らを助ける手段があるのだな!!」
「らしいですね」
フランツ伯爵が歓喜の声を上げるが、俺は何となくすんなりいくわけがないと思っていた。
向こうから牽引ビームが発せられ、内部へと引き寄せられていく。
そして無事、俺たちは
俺たちが誘導されたのはこの施設の造船ドッグらしく、未完成の宇宙船や次元航行船が放置されていた。
俺たちがタラップから地上に降りると、まず金属と油臭さが鼻についた。
壁も天井も薄汚れており、見栄えより実を取る職人気質な人間たちの集まりであるのが見て取れる。
「ようこそ、おいで下さいました」
出迎えたのは、一人のくたびれた白衣の老人だった。
「私はこの“
……ボケてるのか、この爺さん。
「まあ、名前などどうでも良いでしょう。
そしてそちらの御方は……」
「我が名はメアリース。この場所の持ち主よ。
それで、まさか出迎えはあなた一人なの?」
「ええ、申し訳ございませぬ」
老人はメリスに頭を下げた。
「三日前、メインユニットの未来予知システム『オリビアの瞳』が予言を齎しました。
それはこの後、およそ6時間後にこの地が悪意ある者に陥落すると。
ですので、私はマニュアルに従い全職員の退避と製造物の破棄を命じました。
メアリース様への通信もなぜか通じず、ほぼ独断です。いかようにも処罰を」
「……まあ、しょうがないわね。あなた達の頭脳を失う方が損失は大きいし」
「寛大なお言葉、感謝致しまする」
老人は更に深々と頭を下げた。
「待て、それでは時間移動装置の件はどうなる!?」
「確かに、製造物は全部壊したんだろ?」
俺は焦るフランツ伯爵を横目に、主任に尋ねた。
「時間移動装置? タイムマシンのことですか?
それならばメインユニットの一部ですので、破棄は最後となっています」
「つまり、まだ壊していないということですね?」
「ええ、それを見届けるために私はここに残っているのです」
主任の言葉は、どこか哀愁に満ちていた。
「タイムマシンをご所望でしたら、こちらでメインユニットから切り離し、そちらの船に搭載しておきましょう。
……メアリース様。大変恐れ多いのですが、お願いがございます」
「いいわ、聞きましょう」
「まだ退避を拒み、立てこもっている者達が居るのです。
どうか、彼らの説得をお願いできないでしょうか。
運悪く居合わせた外部から招致した技術者が説得してくれているのですが、どうにも手応えがないようでして」
「まあ良いでしょう。案内しなさい」
「御意のままに」
主任は一礼して、俺たちを案内すべく歩き出した。
§§§
「あのステルスシステムは何だったのかしら、私は聞いてないわ」
「あれは先ほど申し上げた外部招致の技術者が構築したモノでございます。
詳細を把握はしていないのですが、未知の術式によるものだと」
「私も知らないわね」
知らない魔術は無いと豪語したメリスが分からないとは、一体何者なんだろうか。
俺たちが薄汚れた配管塗れの通路を歩いていると、奥から声が聞こえた。
「こらー、いい加減にしなさい!!
主任のお爺ちゃんに迷惑かけてるでしょ!!」
若い女の声だった。
俺たちが彼女の元にたどり着くと、こちらを見て来た。
黄色人種、黒髪。しかも俺の自動翻訳装置と彼女の発する言語が一致している。つまり、日本語だ!!
この女、日本人だ!!
「ああ、お爺ちゃん。やっぱりダメみたいです」
「ううむ、そうか」
彼女はドアを叩いて何かを室内に呼びかけていた。
だが察するに彼女の努力は暖簾に腕押しのようだったが。
「変わりなさい、私が呼びかけるは」
「お願いします」
彼女はあっさりとメリスに扉の前を譲った。
「聞きなさい、私の名は──」
『言っているだろ、何が何でもこの子たちを壊すなんて俺たちはイヤだからな!!』
『俺たちは武装しているぞ!! その扉を破ったら後悔するからな!!』
『どうせ壊されるなら、俺たちは心中してやる!!』
メリスの声など耳を貸さず、ドアの向こうから怒号が発せられた。
俺はドアの横のプレートを見やる。
そこには『特殊機動兵器保管庫』とあった。
「特殊?」
「ああもう面倒ね」
うっとおしそうに、メリスは片足を上げた。
そして強烈なキックで、ドアを蹴破った。
「お、おい!!」
急すぎて誰にもその強行を止められなかった。
ずかずか、と中に入るメリスを追って行く。
「ほら、武器なんて持ってないでしょ」
彼女が顎をしゃくって見せた方には、いかにもオタク気質な白衣の研究者たちが何十人もメリスにビビって壁にまで下がっていた。
扉が開いたのをこれ幸いに、呆気に取られていた日本人の技術者が中に入って来た。
「みんな、聞いているでしょ!!
この工廠は破棄されるって、もうすぐ自爆するんだよ!!」
「自爆!?」
なんだそれ、聞いてないぞ!?
「こ、ここに居るのは同じ志を持った同士たちだ!!
そしてここに保管されているのは私達の作り上げた血と涙とロマンの結晶!!
彼女達は俺たちの娘も同然、壊すと言うなら俺たちも一緒に死んでやるんだ!!」
「そうだおッ!! そうだおッ!!」
「ん? おい、待てみんな!!」
狂ったように涙目で叫ぶ技術者たちだったが、一人が声を上げた。
そして、気持ち悪いくらいブルブル震えながら、メリスの前までふらふらと歩いて行った。
「その端正な顔立ち、バランスの取れたBWHの黄金比、千日間論議を交わした挙句乱闘して決まった太ももの太さ、フェチズムの込められた足の長さ……もしやメアリース様では!?」
「ほ、本当だ!! あの子たちと同じ容姿だ!!」
「かッ、完璧だ。転生の際に見て、再現しようと試みたあの御姿そのものだ!!」
技術者ども……いやさこの変態どもはあっという間にメリスの週にわらわらと集まって来た。
「メアリース様、どうかあの子たちをお救い下さい」
「お願いしますぅ」
「後生ですから!!」
当のメリスは彼らを無視して、保管庫室内のスクリーンを解除した。
そして、俺はギョッとした。
ずらり、とメリスと同じ顔をした……人形? いやアンドロイドなのか、あれは。それが何百体も等間隔に置かれているのだ。
それを見て、メリスはうっとりとこう言った。
「美しい……」
ナルシストか、この女神。
「わ、我ら一同、この機動兵器のボディの制作に心血を注ぎました!!」
「髪型、その色、その質感!!」
「性格OSの開発も苦労しました。デフォルトの傲慢系クールタイプ、妹系幼馴染タイプ、イケメン年上お姉さんタイプ、その他みんなの意見を取り入れ、108のパターンを実装!!」
「材質も完全無機物でありながら女性の肉体の柔らかさを完全再現!!
絶対領域の内側は女性職員たちが数か月掛けて試行錯誤したデザインの下着も身に付けさせています!!」
「人類の叡智を結集させ、我らはメアリース様を完全再現させて見せました!!」
こ、こいつら、努力の方向性が間違ってやがる!!
それに完全再現とか言っておきながら余計なモノつけてるし。
ほら見ろ、お前らを説得してた彼女、蔑むような目になってるぞ。
「じゃあこれ、私とそのものってことよね?
じゃあ持って行って良いわよね?」
「あ、はい……」
「あなた達、私の船で待機なさい」
『わかりました、お姉様』
ぞろぞろと、SFみたいなプロテクターで全身を覆ったメリスと全く同じ背丈と顔の集団が列を成して歩き去って行く。
「あ、あの、私達は……」
「ああ、もう良いわよ。脱出して。じゃあね」
技術者たちにメリスは塩対応だった。
呆然としている技術者も居たが。
「メアリース様の素っ気ない態度、ご褒美です……」
「これであと百年戦える!!」
「で、できればもっと蔑んだ目で……」
もう駄目だこの変態達……。
こうして保管庫から技術者どもを追い出した俺たちもといメリスは、メインユニットの元へ向かうことになった。
「あのメリスもどきの機動兵器、強いのか?」
「一機一機が巡宙艦に相当するわ」
「えーと、宇宙でも活動できる軍艦で、海上だと巡洋艦に相当するから、……やべーな」
あの変態技術者ども、余計なところにこだわってたが、その兵器としての性能は折り紙付きのようだ。
「でも帝国と戦うなら、あれが数万あっても足りないわ」
「だろうな……」
帝国はそれだけ強大な規模と戦力を誇っているのだ。
あれだけの機動兵器を搭載して、ようやくごく小規模な艦隊戦で互角と言ったレベルだ。
「帝国と戦う? どういうことですか?」
主任の爺さんの後ろに付いて行っているあの日本人の子が振り向いて問うてきた。
「えーと、あなたは?」
「あッ、申し遅れましたね。
私はウインター博士と名乗っています。専門は魔導工学です」
ウインター博士はそのように名乗った。
「失礼ですが、日本人ですよね。
私も前世が日本人だったので」
「ええッ、それは偶然ですね!!
そちらはメアリース様と……」
「リネンです」
雑談がてらに自己紹介をしていると。
「我が名はフランツ伯爵だ。こちらが妻のドロテア」
「どうも」
「???」
なぜか同行しているフランツ夫妻に、彼女は大きく首を傾げた。
「なにか?」
「いえ、失礼ですが既視感が」
ウィンター博士が自分でも困惑していると。
うぃぃぃん!!
と、警報と共に通路が真っ赤なランプに照らされた。
「ついに侵入されましたか……」
「主任、敵襲があるって分かっていたのならなぜ抵抗しないんですか?
ここには立派な兵器が揃ってたんでしょう?」
「立派だからですよ」
主任は歩きながらゆっくり振り返り、俺にそう言った。
「『オリビアの瞳』の予知は完璧です。
あれは敵勢力が文明レベル40前後の戦力で侵入してくると予言しました。
ここは人類の叡智の集結した技術の最果て。
最低でも文明レベル85以上の兵器ばかり。明らかなレギュレーション違反です」
「こんなときにッ、融通が利かない!!」
レギュレーションとは、各世界に設定された文明レベル以上の兵装や技術をそれ以下の文明レベルの世界で使用してはならないという、女神メアリースの定めたルールだ。
例えば、時間移動が可能な文明が現代の地球に侵略して来たら、成す術がない。それを防ぐ為の措置だが、今回はそれが完全に裏目になっている。
「いえ、実は我らは結構乗り気でして。
折角搭載した自爆機能を使用する絶好の機会なので」
「おい」
「ロマンじゃないですか!!
科学者なら一度でいいから、秘密基地の自爆スイッチを押してみたいものでしょう!?」
力説する主任。くそ、この爺さんも変人だったか!!
「わかる」
「わかります」
いや分かるじゃねえよメリス。なにウインター博士も同意してんだよ!!
「雑談はそのあたりにした方がいいでしょう」
リネンの言葉に、俺たちは足を止めた。
「誰かと思ったら、あなた達か」
「ご機嫌麗しゅう。我が神よ」
恭しく一礼する、軍帽が見えた。
彼が顔を上げると、獣毛に満ちた犬面が露わになる。
そいつは、コボルト族だった。
だが、その背後には魔族と称される──無数の多種多様の種族が不気味な笑みを浮かべていた。
「早速だが、仕事を始めようか」
軍服姿のコボルトは、裂けた両端の口を釣り上げながら上げた片手を振り下ろした。
異形の軍勢が、一斉に飛び掛かって来たのだ!!
年末に全然更新できずに無念です。
流石に年始は時間できるので、ガンガン行きます!!
では皆さま、良いお年を!!