「計器に異常発生!?」
いよいよ帝国の艦隊に挑もうとする俺たちの出鼻を挫こうとする声が響いた。
計器をモニタリングしているオペレーター担当の技術者の声だった。
「そんな馬鹿な!! このタイミングでワープ事故!?
タイムワープの成功率はほぼ100%だったのに!?」
「いったい何があったの!!」
「それが、原因不明です!?」
オペレーターの悲鳴じみた涙声が響いた。
「マズい、このままじゃ俺たち時間の漂流者になるぞ!!」
恐らくタイムマシンに何らかの不調が有ったのだろう。
しかしこの土壇場で故障するかよ。
人が造ったモノなら仕方ないが、こんなことあるのか。
「運が悪すぎる……」
「いいえ、これは
メリスが俯いてぽつりと言った。
は? それって何の違いがあるんだよ。
「ッ、次元の乱気流です!!
皆さん、何かに摑まって!!」
直後、俺たちは猛烈な振動に襲われた。
立っていた者は立っていられなくなり、近場に掴む物が無い者は四つん這いになってこの災害を耐えようとしていた。
「うわあああああぁぁぁ!!」
誰かの、或いは自分の身体から出た悲鳴がブリッジに響く。
やがて振動が収まる頃、俺たちは進路の先に光を見た。
時間の抜け穴を脱したのだ。
「……観測班!! 座標と周辺データを探れ!!」
「艦内の異常を精査しろ、大至急だ!!」
「整備チーム、時間軸移動装置のオーバーホールを直ちに!!」
技術者たちがすぐにやることを見つけて、俺が言われるまでも無く艦内を走り回る。
「う、うそでしょ!?」
「どうした、何かわかったのか!?」
「こ、ここは、この場所は……ッ!!」
周囲のデータを収集して既知の世界と合致するか調べていたオペレーターが、絶句する。
「我らが大いなる二柱、女神メアリース様と女神リェーサセッタ様の故郷!!
御二柱の定める禁忌の地にして、不帰の“聖地”!!」
ブリッジの全員が、青い顔をしている二柱を見た。
ここに来る者を皆殺しにし、徹底的に管理していたこの二人を伴って、何の因果か俺たちはここに来てしまった。
「い、今ならまだ間に合います!!
別の座標に転移を!!」
「俺の爺様は不遜にもこの地に足を踏み入れ、結局帰ってこなかった!!
俺たちもそうなる前に脱出を!!」
「辿り着いた者、誰ひとりとして戻った者は居ないという、ここがあの“聖地”なのか!?」
現場は混乱が広がっている。
それだけ曰く付きの場所なんだろう。
少なくとも、神々が必死で人を遠ざけようとするくらいには。
ここに居るのは魔法も科学も学術を窮めた連中ばかりのはずなのに、この地の得体の知れないモノに誰もが恐怖を抱いていた。
「メアリース様ッ、すぐに脱出を……」
「総員、作業を止め待機なさい」
だが、当のメリスは苦虫を嚙み潰したような表情をしていた。
彼女の指示に、とりあえず作業員たちは従った。
俺はコンソールを操作し、モニターをONにした。
周辺は、何もなかった。
より正確に言うなら、地平線と宇宙空間しかなかった。
「メリス、これってどういうことなんだ?」
俺も、ここに居る面々も、まさか彼女ら二人が管理する七万の、それ以外を含めたら砂漠の砂粒ほどある無数の世界から、偶然この場所にピンポイントで漂着するなんて思っていなかった。
「呼ばれたのよ。
「あの御方?」
「使者が来るわ」
使者? まるでこの場所に人が住んでいるみたいな物言いだった。
そして、二人が言う使者は現れた。
外界と隔絶しているこの船の中に、使者は現れた。
「メリス、リネン。そしてこの船の責任者はこちらに来るのです」
ボロキレのようなローブを纏った、幽鬼のように精気の無い女だった。
「責任者は、誰ですか?」
「俺だ」
「では降りて、独りで来なさい」
この人物的にメリスとリネンは人数にカウントされていないらしい。
「ちょっと待って……師匠」
そのメリスの言葉に、この場の全員が目を見開いてギョッとした。
この生きてるのか死んでるのかもわからない女を、彼女は師と呼んだのだ。
「この方が、メアリース様の師匠!?
太古の大いなる魔術師たちの盟主ですと!?」
懐から取り出した女神メアリースの自著伝を捲って興奮している技術者が言った。お前それ携帯してるのかよ。
「何を待つのですか、メリス。
難癖を付けられるのは貴女ですよ」
「神格の本体じゃなくて、物理的に呼び出すってことは彼に用があるってことよね?
即ち、そっちがメインで私たちはオマケよね?」
「下らない現実逃避ですよ、それは」
二人の会話は、師弟関係というだけあって気安い。
だが妙な距離感がそこにはあった。
「私は伝えましたよ。
……そう言えば、この船は人類リセットに耐えられるように創ったのですよね?」
なんでこの無関係な女がそれを知っているのか、そんな疑問を抱く暇は俺たちには無かった。
「可及的速やかに来なければ、実際に耐えられるか試されることになりますよ。
生憎と無駄な結果に終わるのは、見るまでもないですが」
そう言って、使者は消えた。最初から誰も居なかったかのように。
がんッ、とメリスが地団駄を踏んだ。
がんッがんッ、と無言のまま怒りと悔しさの表情のまま頑丈な床にぶつけ始めた。
「メリス。その辺にしていい加減行きましょう。
艦長。大変申し訳ないですが、来てください。
あなたは責任を持って私達が帰させます」
「何が……何が待っているんですか?」
少なくとも、多くの賢者達が求める神々を超える叡智があるっていう雰囲気ではなさそうだった。
「行けば分かります。
我々がなぜ、頑なにこの地を禁忌としていたのか。
────……嫌というほどにね」
リネンの表情は達観と諦めの境地だった。
まるで悟りを得た坊さんのように、アルカイックスマイルだった。
「……誰か代わってくれるか?
こんな機会、多分二度とないぞ?」
俺は探求心旺盛な周囲の面々をぐるりと見まわした。
誰ひとり、俺と目を合わせようとしなかった。ちくしょう。
§§§
船内からタラップで降りると、地上は意外にも空気があった。
無言で歩き始める二人。俺もそれに付いて行く。
二歩目には、或いは気が遠くなるほど歩いたような気になった時、俺は己の眼を疑った。
巨大な扉、いや門が目の前に鎮座していた。
見上げるほどのその門は、顔を上げても頂点が見えない。
「私はこの地の“門番”。
この中に入って帰りたくば、この三つの条約を守りなさい」
門の前には、先ほどの使者が幽霊のように立っていた。
「見ること」
「知ること」
「願うこと」
「その三つをしてはならない。
さすれば、生きて帰れるだろう」
「いや無理言うなよ」
そもそも呼びつけておいて見るな知るなは無茶だろ。
「私は伝えた。お前がどうするかは私の与り知らぬところだ」
「あーはいはい、わかったよ」
「じゃあより現実的なアドバイスをしてあげるわ」
メリスはうんざりした様子でこう言った。
「俯いて、黙って、何をされても反抗しない。
以上よ、簡単でしょ」
「何も考えず、心を無にして存在感を消せばいい。後は任せろ」
とんちか何かか?
ごごご、とそれっぽい音がしながら、門が開く。
俺たち三人は少しだけ開いただけで通れるようになった巨大な門を通り抜けた。
俺たちが門を抜けた直後、もったいぶった開き方をした扉がスッと閉まった。
俺はそれに思わず振り返ってしまった。
たぶん、それは幸運だった。
びゅん、と言う音と共に門に真っ赤な花が二つ咲いた。
──粉々の肉片となったメリスとリネンだった。
「遅い」
俺の中に有った、反骨精神が一瞬でぽっきりと折れた。
プライドなど、意味を成さない。
俺は何かを考えるより先に、メリスのアドバイスに従った。
無理だ駄目だヤバい、逆らってはならない気に留められてはならない俺は石ころだ塵だ埃だ見ないで見ないで話しかけないで怖い助けて嫌だ死にたくないどうか許して。
見られている。
視線を感じる。
見返したら死ぬ。見たら殺される。
何が究極の叡智だ。何が“聖地”だ。
ここは来たら絶対に死ぬだけの場所だ。
目の前の“何か”の機嫌を損ねたら最後。終わる。
俺は悟った。あのデカすぎる門は、侵入を防ぐ物じゃない、この“何か”を外に出さない為のモノだ!!
「ちッ」
苛立ちそのものな、舌打ちの音。
俺の心臓は確実に一瞬止まった。
いやさ、俺の心臓よ今この時は止まれ、どんな音も発するな。
「……なに畏まってるんだよ。顔を上げなよ」
挙動不審な相手をからかうような声。
人間が足元のアリの進行方向を塞いで右往左往する様を愉しむような、残虐な甚振りの言葉だった。
俺は必死に声を張り上げ、言った。
「み、見るな、と!!」
「──お前さ」
「ッ」
「外の馬鹿と、僕の言葉。どっちを優先するんだ?」
精一杯の勇気を振り絞り、覚悟を決めて顔を上げる。
だけど、両目の瞼は開けられない。
だって、顔を上げろとしか言われてない!!
路上で通りすがりのサラリーマンをからかう悪ガキみたいな笑い声が上がった。
「お前はそこに居ろ」
俺は無言で首肯した。
ひとまず、俺から関心を失ったのは分かった。
「遅くなりました」
程なくして、メリスとリネンが戻って来た。
恐らく、生物プリンターで新しい肉体を出力してきたのだろう。
「おい」
時間をも凍らせるような、不機嫌の見本みたいな声音だった。
「この僕を待たせるってどういう了見だい?」
べちゃり、と二人がケチャップになった音が聞こえた。
理不尽だった。待たせる原因を作った当人が八つ当たりしている。
それが八度続いた。
その都度、バリエーション豊かな方法で二人はリスキルされていた。
「あの、そろそろ用件を」
「お前たちが僕に用件を尋ねられる立場なのか?」
ぐしゃり。これで九度目。
「中枢ユニットの件でしょうか」
「分かってるじゃないか。
なら、なんで僕の手を煩わせるんだ?」
べちゃり。今度は爆殺だろうか。
「これを見ろよ。次元帝国のプロパガンダだ」
俺の網膜にも、映像が投射された。
『我ら帝国は、偉大なる女神メアリース様の信認を受け、その代行を引き受けたものなり!!
メアリース様、万歳!! 我ら帝国に永劫の繁栄あれ!!』
それは、帝国の偉い人が都合の良い主張をしている光景だった。
「見るに堪えない醜悪さだ。気持ち悪い。おぞましい。
なあ偉大なるメアリース様、僕がこういうの大嫌いなの知ってるよな?」
「……」
「ついでにこいつらは群れを成して、お前の遺物があるとか考えてそのうちここまでやってくる。
うっとおしいエンジン音を轟々と鳴らしてだ。
僕がうるさいのは嫌いなのは知ってるだろ?
お前たちの役目はそうならないようにすることだ。違うか?」
「違いません」
「……」
リネンが即答した。おい、メリスお前も何とか言えよ。
「あっそうだ。こういうのはどうだ?
人間全員を脳みそバクテリア並みにするってのは。
そうすれば静かになるだろ。お前の自慢の知性もバクテリア並みになるんだ。嬉しいだろ。お前の失態の尻ぬぐいをしてやるんだぞ。なあ、何とか言えよ役立たず」
「……いやです」
「じゃあ何で中枢ユニットを渡したんだ」
「だって、あれ壊されたら、京単位で人死ぬし」
「ねえ、誰が口答えして良いって言ったよ」
ぱーん、と小気味良い破裂音が聞こえた。
酷い。何が酷いってメリスも不貞腐れているし、相手もパワハラ上司そのものだった。
「お前、どうやって帝国が人民から支持を得ると思う?」
「……」
「わからない? じゃあ見てみろよ」
再び、俺の網膜にも映像が投射された。
『ママ、パパが戻って来たよ!!』
『もう、病死くらいでわんわん泣いちゃって。
メアリース様の齎した恩寵と帝国のお陰で、死なんて風邪も変わらないのよ』
どこかの都市のどこかの施設で、母子がクローン精製された父親と抱き合っている映像だった。
「死者の復活なんて“安っぽい”ことはしないとか、お前言ってたよな?
お前の名前も随分安っぽくなったわけだ。じゃあお前の扱いもそれ相応で良いってことだよな?」
「御許し下さい。どうか、お許しを」
「…………」
「この魂も精神も肉体も連続性の無いコピペ人形を家族と呼ぶ世界が来るわけだ。
吐き気を催すとはこのことだね。人間なんて虫けらみたいに触りたくないくらい気持ち悪くておぞましい生き物だけど、それ極まれりって感じだ。
これがこの場所の周囲で繁殖するんだ。僕がどんな気持ちになるかわかるかい?」
「人間の死者蘇生の定義はそれぞれで、それは貴方の主観で──」
「だからお前はそれを肯定しなかったんだろうが!!」
轟音。俺は衝撃で吹っ飛ばされた。
俺はもう何も感じない。知らない。相手を逆撫でするメリスのアホなんて知らん。
「そ、そろそろ本題を……話が、進まな」
「……はあ、いい加減にお前らに当たるの飽きたし、もう良いか。
お前たち、あのまま馬鹿正直に帝国に戦いに挑んだらどうなったと思う?」
三度、地面に這いつくばっている俺の網膜に映像が映る。
『なッ』
それは、ブリッジの内部からモニター越しに見た光景だった。
帝国の艦隊が一斉射撃の体勢で、俺たちを待ち構えていた。
そして、ブリッジのモニターは砲撃の光で埋め尽くされた。
映像はそこで途切れた。
「これはまさか、タイムリロード?」
「えー、ズルじゃない」
リネンとメリスの言葉で、俺もどういうことか理解した。
「そう、過去の改変は後出しジャンケン。
お前たちの襲撃を受けた帝国は、時間遡行を行いお前たちを逆襲するわけだ」
俺たちの襲撃によってその情報を知った帝国は、俺たちの出現直後に出現位置に艦隊を配置する。
これで俺たちを容易にリスキルできると言うわけだ。
これは、マズすぎる。どうしようもない。
これをやられたら、地力の低い方が確実に負ける。
「わかったか? 帝国はお前も自制していたやり方を簡単にやるんだ」
ああ、そうか。
神々には時間の概念が存在しない。
過去・現在・未来その全てが同一。
つまり、神は過去から未来の情報を自由に知れると言うことだ。
メリスは、それをズルと称した。
その妙なこだわりは何なんだ。
「さっさと対処しろ。
これ以上僕の平穏を妨げたら、……わかるな?」
「……人類皆殺しですか?」
「そんなお前たちみたいな酷いことはしないよ。
精々、人類そのものがバクテリア並みに退化してもらうくらいさ」
優しいだろ、と事も無げに人類の尊厳剥奪を語る“何か”。
出来る。きっとそうする。それが脅しではないと、本能で確信できた。
「お前たちがいつも言っていることだろ?
尊厳とは戦って勝ち取るものだと。
口だけじゃなくて、お前たちも先頭に立ってそれを示せよ」
「……はい」
「わかったなら、さっさと失せろよ」
俺は、恐らくリネンに引っ張られて立ち上がらされた。
そしてそのまま逃げるようにこの場を立ち去った。
§§§
「……」
気づいたら、俺はブリッジの艦長席に居た。
どうやってここまで戻って来たのか、まったく記憶が無い。
「あの、艦長……。あの地で何があったんですか?
生物プリンターがフル稼働だったんですが……」
誰が俺にそう尋ねたのか、気をやることも出来なかった。
「わからない……知りたくも無い。
ただ、命令された。帝国をどうにかしないと、人類をバクテリアに退化させるぞ、と」
「人類とバクテリアはそもそも生物学的接点は無いと思われますが」
うるせえ、インテリ。そういうこと言ってるんじゃねえよ。
「ヒトは我々を神と崇め、私はそれに応えそう振舞っているが……。
少なくとも私は、自分を神だと思ったことは無い。──“アレ”に比べたら……」
憔悴しきったリネンの万感を込めた言葉がそれだった。
それが彼女のどうしようもない本音なのかもしれなかった。
「よく言われるのよね。神様なら何をしても良いのかって。
私達の心労を知らないグズどもめ!!
この私がどれだけ温情に満ちた対応をしていると思っているのよ!! この私のやり方はいつだって正しいのに、どいつもこいつも足を引っ張るんだから!!」
そしてメリスは荒れていた。
正直彼女の事はあまり好ましく思っていなかったが、今日の一件で同情心が湧いてしまった。
彼女の対応は間違いなく正しいからだ。
あんな、人間を羽虫か細菌程度で十分だと思っている“何か”を刺激するなんてどうかしている。
「……アレを、なんと呼べば」
「──“暴君”。それ以外に表現しようがない」
「ではその“暴君”の依頼をどのようにこなしましょう」
相手はタイムリロードを駆使して絶対に勝てる物量戦を仕掛けてくる。
正直打つ手はないのだが。
「メリス」
「師匠……」
その時、あの門番にして使者がゆらりと現れた。
「あの御方の気分を害したにしては優しい対応のようでしたね」
「あれで、優しい?」
二人合わせて二十回以上物理的に殺されてたぞ。
ついでに人類皆バクテリア計画まで示唆されたんだが?
「ええ、貴方が居ましたから。
八つ当たりの余波で貴方が死んだら、生き返らせるのも面倒でしょうし」
「さらっと酷いこと言うなあんた」
「あの御方も、何も無茶振りだけして放り出すつもりではありません」
使者はモニターに座標を示した。
「メリス。レイアを使いなさい」
「ああ、その手が有ったか」
「では、私はこれで」
使者は用件が終わったらさっさと消えてしまった。
「艦長、次の目的地は決まったわ」
「わかった。俺は疲れたからしばらく休息を取る」
とにかく、疲れた。
寝たい。何も考えずに。
年始はもっと更新したかったのですが、予定通りにいかないものですね。
あっちこっちをたらいまわしにされる、これぞソシャゲ!! って感じですね。
そろそろキャラストを挟みたいです。
次回はそうしようと思います。