ウマ娘錆銀ダービー 作:存在Y
〇視点変遷:鳴海茜
暗雲に覆われた空、黒煙が視界を歪ませ、轟音に耐えかねて脳が聴覚を遮断する。音も光も制限されたレース場。
暗く濁ったその世界の中で唯一人、一筋の光を描きながら先頭を進む金色のウマ娘の姿が一際映える。後続を連れて走るそれを例えるなら、まるで戦場に舞い降りた戦乙女。
「とっても綺麗……かっこいい」
全力で大差勝ち。彼女にとって前三文字は必要なかったかもしれないけど、私にとってこれを見られたという価値があった。
大差勝ちを狙いながら、六バ身差以上で勝てればいいな、なんて思っていたけれど。十二、三バ身ほどの大勝ちになるとは予想できていなかった。
きっと、ホープフルステークスではマークされるだろう。それで負けてしまったら、百パー私の責任だ。ああ、ツラい。契約解除を申し込まれたらどうしよう。
暗く落ち込んだ気分になるのを自覚した。彼女にそんな所を見せてはいけない。私は明るく元気に、彼女を支えてやるんだ。
だから元気よく、掲示板をじっと眺める彼女の元へ駆けていく。
「おめでとうラスティ!すっっっごくカッコよかった!」
そのままの勢いで抱き着く。信じられないぐらい小さくて、でもその芯には大きな力が確かにあって。
大差というものが信じられないんだろうか。嬉しそうに尻尾を振るラスティを揶揄うように、どうしたのって聞くと。
相談したいことがある、と言われて嫌な想像が頭をよぎった。
杞憂だった。彼女が相談してきたのは<領域>について。
私だって半信半疑だったけれど、ラスティのそれを見て確信できた。選ばれたウマ娘しか持てないそれは存在したんだ。
悪影響について聞かれたけど、ゲート難みたいなマイナススキルでもないし、彼女の様子を見ても速度や根性が落ちていた様子もなかった。スタミナを犠牲にはしているかもしれないが、最後まで走りきっているので、心配はないだろう。
「とりあえずは、変に脚に負担でもかかっていないかチェックしてくれ、茜」
もちろん、それは私も気になっていたし。視た感じ、不調は見られない。だが、それはそれとしてトレーナーの基本として確認せねば。
でもねラスティ、椅子に座ったまま足を差し出されても。視線を向けてもどこ吹く風。ほら、早く、と目がそう語りかけてくる。
ワガママな王女様だなぁと思いながら。可愛らしいラスティの足元に跪いて、彼女の脚を手に取った。
〇視点変遷:シンボリルドルフ
そのウマ娘から一通の書状が届いた。中等部一年とは思えない、いやに堅苦しい書き方で。<領域>について聞きたいという内容だった。
調べてみると、この前の芙蓉ステークスで大差の一着。確かにこの時期に目覚めているともなれば、この結果も頷ける。デビュー戦の結果を見るに、夏休み中に習得したのだろうか。
重要なことでもあるし、そのウマ娘に興味も湧いたので、近いうちに場を設けられるように調整を、とエアグルーヴに伝えた。
約束の日、礼儀正しく部屋に入ってきたのは小さなウマ娘、ラスティシルバー。美浦寮で見かけたときよりも幾らか硬い表情をしている。緊張しているのだろうか。
まあ無理もないだろう。私もエアグルーヴもウマ娘の中でトップクラスであることは広く知られている。
ソファへと促し、すぐに本題へと入る。
「それで、<領域>について聞きたいことがある。だったか」
「はい、私としてはオリエンテーションで見たものを幻覚だと思っていましたが、トレーナーが言うにはどうやら<領域>だと」
「ふむ、その時点で見えていたのか。早いな」
驚くべきことに、彼女はもうその時点で認識できていたらしい。だが、実戦で使えたことがこの前まで無かったということか。
「<領域>とは一体、何なのでしょうか。そして、貴方たちはなぜそれを持っているのでしょうか」
何故持っているか。私にも分からない。ただ広く一般的に言われている解釈を彼女に伝える。
私とエアグルーヴのことを聞かれたので答えて、そのまま過去の話することになった。彼女は緊張もほぐれたのか、会話は楽しく盛り上がり。そんな楽しい時間もすぐに過ぎて行った。
生徒会室から出て行った彼女を見送り、エアグルーヴに話しかけた。
「エキシビション、やはり行って正解だったな」
「ですね。彼女のようなウマ娘がもっと増えるといいのですけれど」
「しかし彼女が、か。桐生院トレーナーのハッピーミークがならありえると思っていたんだがな。うちの後輩たちも厳しい結果になりそうだ」
「そうですね、心が折られなければ良いのですが。去年はそうでしたから……」
「なに、彼女たちもリギルの一員なんだ。そんな弱音を吐くなんて、うちのチームにいる限り、ギルティだ……っふふ」
「……」
その日一日、エアグルーヴからの視線は凍り付きそうなほど冷たいものだった。
〇視点変遷:鳴海茜
「ふう、はぁ、今日もお疲れさまラスティ。帰ってゆっくり休憩しようね」
「毎度毎度思うんだが茜、なぜそこまで疲れているんだ。座っているだけだろう」
「ずっと応援で声を出し続けてるし、あそこから降りるのも一苦労なんだよ」
「ならば態々登らなくともいいだろうに」
芙蓉ステークスに勝ってから、私たちは次なる戦いに向けてトレーニングをしていた。
体育館を借りてトランポリンで飛び跳ねたり、器械体操で体を柔らかくしたり、でっかいタイヤを用意してタイヤ引きをしたりと、色々なことに挑戦している。最近ではゴールドシップちゃんも遊びに来たりすることが増えた。面白いアイデアを教えてくれるので、次から次へと試したくなってくる。いつかはスカイダイビングとかバンジージャンプとかも試してみたいな。
そんな日々を過ごして数日。トレーニングを終え、ラスティとじゃれ合いながら帰っていると、トレセン学園のスタッフが段ボールを持って私の机の前で待っていた。
「お疲れ様です。……え、勝負服ですか。ありがとうございます!」
急いで個室の利用状況を見る。運よく空きがあったので、すぐに予約を入れてラスティと一緒に向かった。
「カワイイ系じゃなくって、カッコいい系だったか」
ラスティが開けた段ボールを横から覗き見る。軍服に軍帽。シンプルな作りのそれは、可愛らしいラスティにもよく似合う。
動きが止まったので何か気になったのかな、と思っていたが、どうやら首元にあるキラキラした装飾に惹かれていた様子。こういう所はやっぱり子供っぽいなぁと思う。
「一回着てみてよラスティ、絶対似合うって」
ラスティにそう促す。内心着てみたいと思っていたのだろう。いそいそと着替えだした。
彼女がベルトを締め、帽子を被る。キリッとした表情を浮かべて耳も尻尾もブンブンと振っていた。
ふと気になったことがあって、ラスティを視る。やはり予感は的中していた。
後から生えてきた固有スキルが、白く光っている。
「どうかしたか、茜」
「……ううん、何でもない。ホープフルステークスが楽しみになったなぁって」
誉れ高きその名を讃えよ。
直観が映し出す文言。次は一体どんなラスティが見られるのだろうか。
後日、ラスティを視たとき、固有スキルはまた灰色に戻っていた。きっと勝負服の真価とはそういうことなんだなって思った。