ウマ娘錆銀ダービー 作:存在Y
ホープフルステークスは一着で幕を下ろした。
観客に向けて下ろした頭を、ゆっくりと上げた。視界に映る茜が、飛び跳ねながら私の名前を呼んでいる。相も変わらず元気が有り余っているようで、何よりだ。彼女の期待に応えられて良かった。手を振りながらそんなことを考えていると、遠くからハーミットが声を掛けてくれる。
「らすちゃん、おめっとー」
「ああ、ハーミット。ありがとう。……ウプウアウトは?」
「うぷちゃんなら、さきいっちゃった。まけてくやしーんだろーね」
ウプウアウトも、本気で勝ちに来ていた。一番人気の期待も背負って。当然、悔しい気持ちは人一倍あるだろう。
「わたしも、うぷちゃんも、いつかリベンジするからねー」
じゃーねー、と言って手を振り去っていくハーミット。わたしもうぷちゃんじょーたいだわ、とつぶやいていたので、彼女も悔しい気持ちは強いのだろう。
他のウマ娘たちが順次控室に戻っていくのを見ながら、観客たちに向かって手を振り続ける。なんとなくだが残り続ける風習で、G1優勝ウマ娘が最後に退場することになっている。
ふと、考える。もし、ウプウアウトが最初から飛ばさなかったら。ハーミットのスタミナがあって、無理な仕掛けをしなかったら。
「まだまだ、強くならないといけないな」
来年からは、まだまだ強くなる彼女たちと争わなければならない。ミークとだって、どこかで戦うことになるだろう。まだ知らぬ誰かが、私の行く手を阻むことになるかもしれない。
「戦うのであれば、勝たなくては、な」
ふと、口をついて出た言葉。トレセン学園に入った時には無かった感情が、そこに隠れていることに気づく。
……負けたくは、ない。どうせなら、三年間。現役の間、無敗のままで終わるのも、アリかもしれない。
「だがそれをするとなれば、G1レースは少々荷が重いか。既に一つ獲ったのだから、いっそのことこれ以降は避けて、重賞をいくつかとりながら無敗で引退……」
ジュニア期のお披露目会とはいえG1はG1、立派な戦績が付いた。
前々世で例えるなら、名門大学主席合格といった感じだろうか。あとは幾つか幅の利きそうな資格を在学中に手に入れれば、就職活動もやりやすくなるというもの。
ああ、何という幸運だろうか。輝かしい未来への一歩、G1の称号を、こんなところで獲得できるなんて。
「ウマ娘という謎生物に生まれたときはどうしたものかと思っていたが、存外、悪くない結果に落ち着いたな」
茜がトレーナで、良かったなと思う。人としては……分からないところが多いが、トレーナーとしては間違いなく、あたりの部類だろう。私が考えた自主トレーニングなんかよりも、成長している実感のあるトレーニング法を編み出し、今まで怪我もなく過ごしてこれたのは、紛れもなく彼女のトレーナーとしての実力を裏付ける証拠だ。
新人で<領域>について知っていたのもそうだが、間違いなく他の、凡百のトレーナーとはわけが違うだろう。勧誘時の言葉も、嘘ではなかったのかもしれない。このまま順調にいって、私の引退後、専属契約が無くなった暁には、是非いいチームを作ってもらいたいものだ。
そんなことを考えながら、観客へのアピールを終える。一人寂しく控室へ向かっていると、茜が笑顔で待っているのが見えた。
「おかえり、ラスティ。G1獲得、おめでとう。」
「ありがとう。茜のおかげでもあるし、なにより茜もG1トレーナーだ。おめでとう」
「うん、ありがとう。これで夢に一歩近づけたね」
「ああ、何よりだ」
あれ、茜に私の生涯計画を話したことはあっただろうか。そんな疑問は茜とウイニングライブの話で盛り上がるうちに、頭の中から消えていた。
どうも皆さん御機嫌よう。今はホープフルステークスの翌日。トレセン学園からの要請で、急遽取材を受けることになったウマ娘、ラスティシルバーです。
学園の用意した一室で、他にウマ娘たちはおらず。私たち二人と記者十数名、トレセン学園からは警備二名と理事長秘書のたづなさんという面子。ちなみにリギルの二人は別日別室でインタビューが行われている模様。
幾つかの簡単なプライベートの質問や、普段のトレーニング、学園内での生活のことについてまで、色々なことが聞かれています。トレーニングについて茜が語っている間、信じられないといった顔をして驚いている若手記者を、隣にいたベテランがスピカのゴールドシップみたいなもんだよ慣れとけ、と言って諭しています。なるほど、ゴルシちゃん先輩は先駆者だったわけですね。
ただ、茜よ。スカイダイビングや潜水訓練の予定は今初めて聞いたぞ。茜のことだから意味のある練習なのだろうけれども、先に相談はしておいてくれないか。
『ラスティシルバーさんは、デビュー戦、OP戦とタイム的にもかなりの差がありましたが、意図してのことでしょうか』
「トレーナーと話し合い、ホープフルステークスに出場するために最善手を打ちました」
『つまりデビュー戦は意図的に手を抜いたということですか』
「は「私の指示です。最短手数でホープフルステークスに出る為に命令しました。」
『全力を出さないことについて……』
「目標に向けて全力ですよ。私たちが目標に向かって手を抜いたことなんて一度もありません」
「次の方、どうぞー」
『斬新なトレーニング方法ですが、結果どのような効果が……』
たづなさんのアシストによって、つつがなくインタビューは進んでいく。
もう終了の時間も近づいてきた頃、おそらく皆が最後まで温存していた質問が飛んでくる。
『今後のレースについて、考えていることなどはありますか』
「茜が、私のトレーナーが優秀ですので。レース選択は彼女に任せています。彼女は私の意を汲んでくれる、最高のパートナーですから」
私が茜の方に視線を向けると、待ってましたとばかりに立ち上がる。記者の目はそちらに向き、聞き逃すまいと真剣な表情でペンを構える。
「では、今後のレース予定について、私の方から説明します」
そういって、彼女は鞄から、『レース計画書~クラシック編~』と書かれたペラッペラの紙を取り出す。
「ラスティシルバーですが、目標はたった一つ。トップです。歴代に並び立つではなく、それを越える素質が、彼女にはあります」
ほう、そんな素質を持ったウマ娘が同世代にいるのか。ラスティシルバー。聞き覚えのある名前だな。……うん?
「まずは四月、皐月賞を獲ります」
ふむ。
「その後は五月、日本ダービーで勝ちます」
ふむ?
「そして、十月。菊花賞で一着を飾り」
ん?
「これで無敗のクラシック三冠達成です!」
んん?
「そして、有馬記念に出場します。彼女は間違いなく選ばれるでしょう!」
「まt……『『『『おおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!』』』』
『それはつまり、その四つのレース以外には出ないということでしょうか!』
「はい、彼女自身で調整が可能なため、準備用のレースにも出ません。他レースへの出場は、予期せぬ故障の原因になりますので」
『歴代を越えるということですが、最終的な目標としてはどういったことを考えていますか!』
「三冠、G1八勝。それも無敗で。達成できれば、最強に異議は唱えられないでしょう」
『ファンの皆様に一言お願いできますか!』
「彼女が勝てるように、全力を尽くします。ラスティ、一言、どうぞ!」
展開に追いついていけない私は、嘘をつかないようにするのが精いっぱいだった。
「え、ゆ、夢に向かって全力で走り続けることを誓います……」
嘘は言っていないが、自分の首を絞めたことに気づくのは少し経ってからだった。
その後に連れていかれた料亭の、御馳走の味は覚えていない。
「葵ちゃんに言ったら、うちのミークはトリプルティアラを獲ります!だってさ。そしたらミークちゃんとお揃いだね」
「……」
「そしたら二人とも有馬記念に選ばれるかもね。クラシック最後はそこで決戦だ!」
「……茜」
「どうしたの?」
「私の素質に、疑問を抱きはしないのか」
「当ったり前でしょ。だってラスティだもん」
仮にもし、自分にその素質があるというのなら。年間で四回しかレースに出ない、しかもG1というのは確かに、私にとっても都合のいい選択肢である。それに変わりはない。
目をキラキラと輝かせた、酒のせいか答えになってない答えを言う茜。その圧に押し負けてか、周囲の期待を裏切れないと感じたためか、それとも……。
茜がトレーナーとしてそう言う以上、自分には何も言うことができなかった。
自分はただ、そこそこの戦績で、引退して、就職して。グッズや人気で不労所得を得る生活。そんな道を目指していたのに。
自分の浅はかさが招いた所業なのか。それとも覇道を歩む運命を何かに義務付けられていたのか。
ただ一つ言えることは、私はこの未来を予想できていなかったということで。