ウマ娘錆銀ダービー 作:存在Y
九話・表 ゆったりと観衆
どうも、皆さん明けましておめでとうございます。去年は今までにない忙しさであっという間に終わったことに驚きを隠せないウマ娘、ラスティシルバーです。
トレセン学園は二年生からかなり余裕ができる、というか、一年生が最も大変らしいので乗り切ってしまえばあとは楽だと、先輩方が言っていました。高等部の先輩曰く、高等部以降は宿題とか無いらしいです。
そんな私ですが、年明け早々茜の家に招かれております。
「おまたせラスティ。お雑煮できたよー」
「ありがとう茜。お、澄まし汁か」
「ウチではいっつもこれだね。なんかこういうのって、他の種類には手が出しづらいんだよね」
確かに、年初めに慣れていないものに手を出して失敗すると、縁起が悪いというのはあるよなと思いつつ、用意された雑煮に目をやる。具はシンプルで、餅と三つ葉、人参と人参、あと人参。普通の短冊切りと焼け目のついた香ばしい乱切りと飾り切りの梅の花の形である。この世界の基準では特におかしなものは入っていない。
テレビを点け、面白い番組でもやってないかを探す。前々世の正月では会話の引き出しを広げるために駅伝を見ていた記憶があるが、この世界にはそういったものは無いみたいだ。陸上競技の一部はやはり無くなっているらしい。面白そうな番組も無いし、歌番組でもつけておこうか。
「やっぱり人参がおいしいな。……おや。あんこ入り餅か。珍しいな」
「えぇっ、珍しくないでしょ、普通でしょ」
「いや、雑煮にあんこ入りは少数派だと思うが……この話はやめよう」
「う、うん。そうしよう」
なぜか背筋がゾワッとした。どこぞの菌類vs被子植物ほどではないが、過激派がどこかにいるかもしれない。
「そういえば、里帰り、どうだったの」
「ああ、特に何ともなかったよ。G1というのが何なのか、子供からすればあんまり分からないものなんだろうな」
里帰りとは言うが、世話になった孤児院に差し入れついでに顔を出しただけだ。昼ぐらいに行って子供たちと遊んで、夕食を一緒に食べてそのまま帰ってきた。子供たちからすれば、お姉ちゃんが帰ってきたぐらいにしか思ってないだろうし、院長の方はおめでとうとは言ってくれたが、一回出て行って成功したんだからこんなところにもう戻ってくるなと叱られた。まあ、口下手な院長なりの優しさだと思おう。
前世のが酷かっただけに、今世では割と思い入れが強かった場所だ。今度からは顔を出すのはやめて、差し入れだけで我慢しておこうか。
「あ、この曲懐かしいなぁ。子供のころに聞いたことあるなぁ」
「私は聞いたことはない。有名な曲なのか」
「いや~、どうかな。何かのアニメかドラマの主題歌だったとは思うけど有名……なのかなぁ。当時よく流れてた気はするけど。ラスティは曲とか聞いてたの」
「孤児院では院長がラジオを垂れ流しにしていたから、それぐらいだな。ほとんど覚えていないが」
前世や前前世を含めればかなりの数は聞いていると思うが、記憶も薄く断片的だ。そういう知識で作曲家に、とかは上手くいかないんだろうな。基本的な知識もなく曲ばかり発表していればいずれボロが露見するだろうし。他の分野でも似たり寄ったりの結果になるだろう。許されるのは、それこそ神に愛された人だけだろうか。
「現在知っている曲のほとんどは間違いなく、ウイニングライブ関連だな」
「トレセン学園にいたらやっぱりそうなっちゃうよね」
その後もとりとめのない会話を楽しみながら、少しのトレーニングを挟みつつ、年明けの日々はゆっくりと過ぎて行った。
「明けましておめでとう、おかえり、ミーク」
「あけましておめでとうございます。……ただいま、ラスティさん。休暇はどうでしたか」
明日から学園が始まるという日に、ミークが帰ってきた。ミークは年末年始、桐生院トレーナーの実家に帰省していたと聞いている。
「私の方は茜の家でのんびりと過ごさせてもらったよ。ミークこそ、桐生院トレーナーの実家、どうだったんだ?」
「……戦争でした」
「……は?」
「トレーナーが勝ちました。ぶい」
「???」
詳しく説明してもらったところ、桐生院家でミークの将来についての揉め事があったようで。既に桐生院家には、ミークかわいい主義トリプルティアラ派閥vs桐生院家は名門クラシック三冠目指せ派閥vsダート路線でトップ目指せばいいんじゃね派閥、という三代派閥が争いを始めていたらしく。そこに火元である二人が帰ってきて大炎上。桐生院トレーナーのトリプルティアラ宣言によって収まるかと思えば、ダート路線派閥がクラシック派閥に合流し、泥沼に発展したとのこと。結果として、過激なお話し合いが起こり、無傷で勝利した桐生院トレーナーが我を通した形で決着がついたという。
ちなみにその他には、かわいがり主義お小遣いあげるよ老人会派閥とか葵ちゃんミークちゃん嫁に来ないか派閥(一人)とかあったらしい。前者は現金で三本ぐらい渡されそうになってビックリしたらしく、後者は全治三ヶ月の怪我で現在入院中らしいとのこと。
「その間、ミークは何をしていたんだ」
「……トレーニングとか、桐生院家の他のトレーナーさんのおはなしを聞いたりとか……ですね」
桐生院トレーナーはともかく、ミークは至って普通の、トレセン学園生らしい正月を過ごしていたみたいだった。
学園の授業も始まって。放課後の寒い中、いつもと変わらずトレーニングに励んでいるわけだが。
「なんか多くないか、茜」
「まあ仕方ないよね、注目はされてるわけだし。はい腿上げ開始。年始一発目ってのもあるかもね」
ホープフルステークス後のインタビュー。茜の奇抜なトレーニング方法が全国に知れ渡ったのもそうだし、内容からして世代全員に宣戦布告したようなものだし。多少は見物人も増えるかと思ったが、想像の十倍ぐらいは増えている気がする。
「それにしても、シニア期やグランド期のウマ娘も見にきていないか」
「チームの後輩のためとか?それか有馬記念に選ばれたら戦うだろうしってことじゃない?はいダッシュ」
トレーニングコース一周、芝1500メートル弱を100秒かけて回りながら周囲で観察している面子を見てみる。やはり見たことのある同級生やそのトレーナーの中に、ちらほらとベテラントレーナーや高等部の生徒が混じっている。公認選抜レースの時、私にスカウトをかけてくれていたトレーナーもいる。
あの時の口説き文句がもっと違ったものであったなら、もしかすると彼のチームもとでトレーニングをしていた未来もあったのかもしれない。
「あ、ゴルシちゃん先輩もいるのか。ということはあれがチームスピカのトレーナーか?うわ、吹っ飛んでる……が、大丈夫なのか」
ゴルシちゃん先輩曰く、無類の脚フェチらしく、いい脚を見たら触らずにはいられない性格だとか。前前世なら問答無用で豚箱に突っ込まれそうだが、なんだかんだで訴えられたりはしていないらしい。
ちなみに今は隣にいたウマ娘の脚を触ったみたいで、その脚による蹴りで、綺麗な放物線を描いて地面に叩きつけられていた。これもゴルシちゃん先輩が言うには、よくある光景らしい。三メートルぐらい飛んで、後頭部から落ちていたと思うんだが、その後すぐに起き上がってくるあたり、人間とは構造が違うのだろうか。
桐生院トレーナーといい、スピカのトレーナーといい、トレーナーというのは頑丈にできているみたいだ。茜もトレーナーだが、あそこまで頑丈なんだろうか。
「99秒2、いいペースだね。脚休めて腹筋一分百回以上」
「さっき、ゴルシちゃん、先輩が、いたぞ、挨拶、しなくて、いいのか、茜」
「今日も来るってことはウマッターで聞いてたし、何か用があったらDMくれるから大丈夫だよ。ラスティもフォローしてたでしょ」
「しているが、DMは、ほとんど、したことが、ないな」
ゴルシちゃん先輩と話すことは多いが、DMよりは対面で話すことの方が多い。高等部の学生のはず……なんだが、神出鬼没で中等部のクラスの近くでも見かけることがある。この前は彼女のチームメイトおすすめの、学園近くのスイーツスポット特集を教えてもらった。アスリート的にはあまり足繫く通うわけにはいかないが、茜やミーク達を誘って一緒に行くのもいいかもしれない。
「ラスティも交流深めたい生徒やトレーナーがいたら言ってね。私の方でも交流広めてあるから紹介できるかもだし」
「今の、所は、特に、問題は、ないな」
「そう?それならいいんだけど。残り3秒...2...1...ラスト一周、99秒2は切ってねー」
他人の視線を浴びながらというのが慣れてなくて気持ち悪さはあったものの、特に気にせずに、この後も同じようなメニューをこなし続けて。
多くの生徒やトレーナーに囲まれながら、その日のトレーニングは特別奇抜なことはせずに終了した。