ウマ娘錆銀ダービー 作:存在Y
〇視点変遷:ハッピーミーク
荷物の整理をしていると、コンコンとノックの音が聞こえた。どうぞと返事をすると入ってきたのは、一見一桁年齢にも見える金髪のウマ娘。ラスティシルバーと名乗るその子はわたしの相部屋のパートナーのようで、一緒に荷解きをしながらお話することになりました。どうやら孤児院出身の彼女はウマ娘の、特にレースの常識に疎いらしく、わたしが色々なことを教えてあげることになりました。
未だに御伽噺の魔法を信じているみたいで、それを知られて恥ずかしがっているのか言葉を濁す彼女を見ているうちに、妹がいたらこんな感じなのかなって思えてきました。大人に憧れているのか、強がった口調で話す彼女は可愛らしいです。
幾らか雑談をする中で気になったのは、孤児院での暮らしです。自分のことをあんまり話したがらない彼女ですが、そこはそんなにいい暮らしでは無かったようで、
「ここのベッドはふかふかだな、孤児院のとは比較にならん。まあスコップで掘った穴よりは百倍ましだったが。──も降ってくるしな」
と言っていました。ゲームやスマホのような電子機器は無かったみたいです。掘った穴で寝たというのはおそらく、遊ぶものが限られた中で雨の夜にかくれんぼしていて寝落ちした、とかそういう可愛い理由でしょう。
明日の為にもすぐに寝る、と言って布団に入って十秒もたたないうちに静かに寝息を立て始めたのは、慣れない環境で疲れたからかな。
おやすみなさいラスティさん、明日の選抜レース頑張ってね。
……まさか本当に全部走りきるとは。小さい体のどこにそんなエネルギーを蓄えているのか不思議。全力で走ったわけでもないし余力を残すのは当然だろう、と彼女は言うけれど。
「孤児院の院長は私の走りを早いと言っていたが、同年代のウマ娘と比べる機会などゼロだからな。私の脚はどうやら上物らしい。ありがたいことだ」
短距離ではスパートをかけ終わる前にゴールラインが来てしまったのが勿体なかった、なんてレースを振り返りながら今日五度目の勧誘を華麗にあしらう。
そのチーム、結構有名だよ。G1ウマ娘も在籍してるんだよ。と言っても、あまりお気に召さない様子。どんなチームならば彼女が振り向くんだろうと、興味が湧いてくる。やっぱり、リギルとかスピカとかかな。
なお、そんな折にスカウトをかけてきた赤髪の新人トレーナーと速攻で専属契約を交わした模様。
彼女曰く、運命らしいので、わたしとトレーナーみたいなものなのだろう。
きっと彼女は強くなる。わたしも負けてはいられない。
彼女は赤髪の、鳴海茜と名乗る新人トレーナーと一緒に行動するだろうし、もういい時間だからわたしもトレーナーのところに向かおう。彼女に、昨日今日の出来事と、面白くて可愛らしい友達のことを話そう。
……後日、トレーナー同士が同期だということを知って、四人集まって運命だねと言いあっていた。ラスティさんが苦虫を嚙み締めたような表情をしていたのが面白かったです。
〇視点変遷:鳴海茜
「パッとしない子ばっかりだなー」
トレーナー一年目、ペーペーの新人。それが私、鳴海茜。お眼鏡にかなうウマ娘を見つけるために、グラウンドを駆け回っています。眼鏡はかけていませんけど。
今年最初の選抜レース。全競技同時に朝から晩まで行うため、一日中見て回っても会えない子の方が多い。直接観察できる子など三割にも満たない。
それなのに、初日契約率は三割以上。ほとんどの子が参加し、一週間以内に九割以上がトレーナーとの契約を結ぶ。
朝一番から意気込んで観戦しに来たはいいものの、
「どの子も適正C止まりかー。偶にいるA以上の子は、有名どころのチームに内定貰ってるっていうし……。はぁ……」
結果は惨敗。既に全行程の九割は終わっている。ウマ娘もトレーナーも朝に比べて随分と少なくなっている。
途中からは適正Cでも、と意気込んで勧誘したが、新人ということもあり保留という名のお見送りばかり。
選抜レースの結果はリアルタイムでトレセン学園のデータベースに保存されるため、ほとんどのトレーナーは今日徹夜で情報を整理して明日からの勧誘合戦に臨むだろう。
だが、私はなまじ目がいい分……というか、変なものが見える分、直接見ない訳にもいかない。
「あんまり気が乗らないけど、ダートの方にも顔出してみようかな」
日本ではあまり人気のないダート。一部のトレーナーやウマ娘は顔を出しもしないことは有名である。そちらなら、未だベテランに目をつけられてない未来のトップウマ娘がいるかもしれない。
「よし、決めた。ダートレース場行ってイイ子がいなかったら今日は酒飲んで寝る。んで、明日からゆっくり校内を歩き回って探す!」
まだまだ、チーム主催の選抜レースだってあるし。……新人にスカウト権が回ってくることなんてないと聞くが。
どこかのチームのサブトレーナー募集に申し込んでもいいし。最悪、今年は名義貸しになってもいいし。
……自分で言ってて虚しくなってくる。
レース場に来てから一度も開かれていない鞄を肩にかけ、タブレットを手に持って腰を上げる。今日の晩お酒を飲めると考えたら、自然と気分が高揚するもの。重い腰も軽くなる。
「おっ酒~おっ酒~」
足取りも軽やかに、呑気に鼻歌を歌いながら、私はダート場へと足を運んだ。
「ええ、いるじゃん。こわー」
駄目で元々、そう思っていた矢先に。ダート場、レースのゲート内。そこに彼女はいた。予想外だった為に、喜びよりも懐疑とか恐怖とかの方が勝ってしまった。
周りと比べて一回り小柄な体躯、アホ毛が特徴的な金髪ポニーテール。小さな耳が絶え間なく動いている。緊張でもしているのだろうか。
「……じゃなくて、芝AダートDじゃん。なんでダートに?戦績を検索っと……ラスティシルバー……ってなにこれ十八戦!?どんだけやってんの!?」
もう一度彼女の方を見ると、ちょうどレースがスタートした所だった。係員が旗を降ろすと同時に綺麗なスタートダッシュ、中央集団後方に付けて、位置取りを調整している。これだけのレースをして疲れてなお、集中力もスタミナも衰えている様子は見えない。
「先行B差しA追い込みA……って、ちょっとまって。もしかして……彼女、順番に走ってる」
逃げD……辻褄は合う。同じレースに4回ずつ出た根拠にはなる。理由はわからないが。
「あ、二着……じゃなくて、是が非でも確保しなければ!」
過去最高の素質……まあ新入生をまともに見るのなんか今日が初めてなんだけど、それでも逃したくはない。
駆けだそうとして、足を止める。彼女がもう一度係員と話し、列に並び直したからだ。もう終わりも近い時間。残っているウマ娘も少ないため、次のレースまでの時間は結構短い。
「やばい、緊張で手が震えてきた。契約してほしいなあ。私じゃ無理かなぁ。どうしよう、なんか泣きそうになってきた」
グダグダと悩んでいるうちに、彼女の今日最後であろうレースが終わる。さあ今度こそ、そう思っていたのにまた足が止まった。
彼女が、あのハッピーミークに声をかけていた。
「え、もしかして桐生院さん関係。ってことは他の名門トレーナーと契約済みなのかな」
同期の桐生院葵さん。トレーナーの名門、桐生院家のひとり娘。挨拶したけど、箱入り娘ってカンジだった。そして、あのハッピーミークと専属契約を結んでいる。彼女の関係者ともなれば、既に優秀なトレーナーがついていても不思議ではない。
「あ、他の人が声かけてる……あれ、名刺貰ってる。ってことは、まだチャンス!」
急げ茜、チャンスは今しかないぞ。自分を奮い立たせろ、さあ、早く!
「あ、あの。そちらの金髪の。お名前はなんていうんですか」
よりにもよって出た言葉がこれだった。下手なナンパみたいだし、そもそもウマ娘の名前ぐらい、トレーナーなら調べたらわかるって知ってるだろうし。失敗一回目。
でも、そんな私を彼女は邪険に扱わずに名乗ってくれて、そちらは?とまで返してくれた。それが嬉しくって、
「あ、わ、私、新人トレーナーの鳴海茜です。是非私と、専属契約を結んでいただけませんか!」
慌てふためいて、結論を急ぎ過ぎた。専属などいきなり頼むことでは無い。単に契約して、上手く付き合えることが分かった上で専属へと契約変更するのが普通だ。失敗二回目。
「専属というと、私以外に契約しないということか」
あれ、思ったより乗り気?もしかしてチャンス到来かも!?
「はいっ、勿論です。ラスティシルバーさんの走りに惚れました!」
走りというか、素質というか、そこらへん全部ひっくるめて。まあ嘘ではない。たぶん。
「一つ聞きたいんだが、私はどこまでいけるだろうか」
「G1間違いないです」
条件反射で出てしまった。G1ウマ娘を育てたいという私の夢が。それを出してしまった。吐いた言葉は呑み込めない。彼女の素質ならば、まともな練習をしていればG1の一つぐらいは堅いだろう。
だが、彼女がそれを理解していないはずはない。こうしてレースに出続け、自分の才能を全トレーナーに魅せつける自己顕示欲の高さ。彼女がG1一つで納得などするはずもない!
考えろ鳴海茜、頭をフル回転させろ。これが最後の勝負。三つ目のランプが光る前に!
「凡百のトレーナーなら。私と一緒なら、無敗の三冠以上」
最強と名高い現生徒会長のシンボリルドルフに並ぶ才能を、お前は持っているぞと、暗に突きつける。彼女の口元から笑みがスッと引き、鋭くなった眼光が私を射抜く。
……失敗した、足りなかったんだ。現役最強と同格ではなく、歴代最強を夢に掲げるべきだった。
後悔しても、もう遅い。失敗三回目、お見送り。そんな声が聞こえた気がして……
「……気に入った。契約書を」
「ラスティさんっ!?」
隣のハッピーミークが驚いている。私も信じられなくて、直ぐに身体が動かなかった。そんな私を見て、催促するラスティシルバー。慌てて鞄を開く私。
彼女が書類を書いている間に、徐々に徐々に、現実感が湧いてくる。及第点にしてやろうと言っている彼女の幻影が、目の前に見える。
「よっしゃー!やったー!ひゃっほー!」
両手を挙げて喜ぶ私に、近くにいたトレーナーたちが温かい目を向けてくる。きっと毎年、私みたいに喜ぶ新人がいるのだろう。
たとえ担当ウマ娘から及第点だといわれても、契約は契約。しかも資質はトップレベル間違いなし。G1ウマ娘も夢じゃない。
「鳴海トレーナー、書類提出しにいくぞ」
「うんっ、ラスティシルバーちゃん。あと、茜でいいよ」
「私もラスティで構わない」
よろしくな、茜と言われながら握手を交わして。
あれれ、呼び捨て?茜トレーナーとかじゃなく?ま、いっか。今の私は最高の気分、呼び捨てぐらい気にしないのさ。
書類を提出し終えて、ラスティと正式に契約が決まった。これからやりたいことは沢山ある。トレーニング、レースだけじゃない。私たちの仲を深めるためなら、なんだってしてやろう。
「よーし、明日からいっぱい一緒に練習しようね、ラスティ。まずはお出かけだね!カラオケとかどうかな!」
ふっ、と彼女が笑ってくれた。そんな気がする。
行こうラスティ、私たちの戦いはこれからだ!
つづく