ウマ娘錆銀ダービー 作:存在Y
気が付けば、レースは終わっていた。一着の掲示板に、自分の番号が灯っているのを確認する。斜め下に大差の文字。目標は達成できた。
今のは一体、何だったのだろうか。自分に、何が起こっていたのか。レース中の幻覚、思い当たる節が一つだけ。まさかあれは本当に……
「おめでとうラスティ!すっっっごくカッコよかった!」
茜に抱き着かれる。ありがとう、と言葉を返しながらも、どこか気が気でない様子が彼女に気づかれたようで。
どうかしたの、と聞かれたので、後で相談したいことがあると言って控室に向かい。そこでレース中に自分の身に起こったことを話した。
「<領域>だろうね。葵ちゃんも存在するって言ってたし」
そういうものが在るのか。茜も桐生院トレーナーも知っているということは、トレーナーの間では常識なのだろう。
「<領域>か。それによる悪影響とかは無いんだな」
「たぶんね。そういうのは聞いたことないから。それにラスティだっていきなり速くなったのに、全然バランス崩してなかったでしょ」
「……まあな。そういうものか」
レース中の、ではなく後遺症などについて聞いたのだが、どこかズレた回答が返ってきた。ということは、トレーナー界隈では特に問題視されていないのだろう。
あの現象によって引き起こされた体の変調を、<領域>という非科学的なもの以外で説明するとすれば、大量の脳内物質が放出されているに他ならない。ウマ娘の身体がそれに耐えられるものならいいが、人間だった頃の記憶がある私としては不安でしかない。
変に遺らなければ良いのだけれども。近く、図書館で医学書でも漁ろう。それに他のウマ娘に話を聞いた方がいいかもしれない。
「とりあえずは、変に足に負担でもかかっていないかチェックしてくれ、茜」
とにかく、やることが大量だ。次のレースまでにしっかりと片付けておかなければならない。まずは知っているであろう先輩にアポイントメントでも取るか。
扉をノックをする。どうぞと返されたので、ラスティシルバーです、失礼しますと言って扉を開ける。
「よく来てくれた、歓迎するよ。」
まあ、座ってくれ。そう彼女に言われてソファへと腰掛ける。どうぞ、と横から紅茶を差し出してくれるのは、デキる秘書といった感じの先輩。
ここはトレセン学園生徒会室。私の目の前に座っているのはシンボリルドルフ会長で、先ほど紅茶を出してくれたのがエアグルーヴ副会長だ。どちらも学園最強と名高いチームリギルに属し、グランドレースでトップを走り続けているレジェンド達だ。
前世で言えば帝国軍作戦参謀本部次長ぐらいには偉いのではないだろうか。いや、不穏すぎる例えだ。縁起でもない。
「それで、<領域>について聞きたいことがある。だったか」
「はい、私としてはオリエンテーションで見たものを幻覚だと思っていましたが、トレーナーが言うにはどうやら<領域>だと」
「ふむ、その時点で見えていたのか。早いな」
「<領域>とは一体、何なのでしょうか。そして、貴方たちはなぜそれを持っているのでしょうか」
シンボリルドルフ会長はゆっくりとテーブルに紅茶を置き、こちらを見て言う。
「<領域>とは、ウマ娘に与えられた可能性の一つ。レースに勝つという強い意志が生み出す幻想に過ぎないとされる。だが、確かにそれは存在する」
「何故、そんなものがあるのでしょうか。そして、皆持っているものなのでしょうか」
「分からない」
即座に返される。その目を見れば理解る、噓偽りのない彼女の本音。
「分からない……ですか」
「ある日唐突に目覚める。或いは最初から持っていた。はたまた、他の<領域>に中てられて覚醒するのか。あるレースで使えたと思ったら、次のレースでは使えなかったりする。未だに詳細不明で、謎が多いんだ」
「シンボリルドルフ会長と、エアグルーヴ副会長はどうだったのでしょうか」
「私は初レース、デビュー戦で初めて使えた。エアグルーヴは……」
「会長とのレースですね。会長の<領域>に中てられて、かと」
あの頃はああだった、こうだったと、シンボリルドルフ会長とエアグルーヴ副会長の昔話で盛り上がる。チームリギルには他の<領域>持ちも多数在籍しているという。未知を身近に感じられる環境を、少しばかり羨ましく思う。
しばらくして、彼女たちの次の仕事の時間になったので面談はお開きとなった。
皆さんどうもこんばんは。現在、あるものを目の前にして様々な感情が一斉に襲ってきて、頭の中が真っ白のウマ娘、ラスティシルバーです。なんでこんなものがココにあるのでしょうか。誰か教えてはいただけませんでしょうか。
時は数日前まで遡る。
「ラスティもG1出場権が得られたし、これで勝負服が届くね」
芙蓉ステークスの翌日、特に体調不良もなく健康体なことを確認したトレーニング前のミーティング中。茜がこんなことを言い出した。
「どんなのが届くかな。ちょっとわくわくするね」
「そういえばそんなのもあったな、忘れていた。走りやすければ何でもいいんだが」
デビュー戦の申し込みと同時に、勝負服の希望イメージを提出する。色々なアンケートとともに提出するため、私は走りやすいものがいい、露出は少なく、フリフリは却下と書いて提出した。あれだけで作り上げられるというのだから、衣装デザイナーというのは凄い。
「ダメだよラスティ。勝負服はね、そのウマ娘の力を最大限に引き出すアイテム。決して蔑ろにしてはいけないんだよ」
それに、見てくれる応援してくれる人に向けた感謝の印でもあるんだから。そう彼女は諭すように言う。確かにそうだな、と納得し、訂正する。
ミーティングの時間も終わりトレーニングに向かうときに、後ろから小悪魔チアガールとかいう恐ろしい単語が聞こえてきたが、きっと気のせいに違いない……。
いつもと同じ内容の、今までよりハードなトレーニングをこなす。茜曰く、これからはマークされるかもしれないから、それに負けないように、とのことだ。
新しいトレーニングメニューも用意したよ、どれがいい?と言われたので適当に選んだのだが。
その重機みたいな大きさのタイヤはどこから持ってきた。これからはパワーが必要だよねと言われても困る。なぜそれの上に登るんだ。おい茜、答えてくれ。
そんな感じで新たなメニューを組み込んで、自分の実力が上がっていくのを感じ取っているとある日のこと。トレーニングを終え、茜と共にトレーナー共用ルームに行くと、トレセン学園のスタッフから段ボールを手渡され。
個室を借りて中身を見て、今に至る。
全くの新品で届いたそれを見て懐古した。
それを身に着けることに粛然たる思いがした。
レースで走りやすそうだなと安堵した。
左胸元にあるエンブレムを見て、この世界にも似たような勲章があるのかと懐疑し、
首元についている欠陥宝珠を見て、怒りと恐怖が湧いた。
「……ん?」
が、よく見ると、自分の知っているものとは少し違っていた。赤透明の樹脂の中に、歯車のようなもので出来た基盤が入っている。
全く同じという訳ではないのだなと、胸の中の燻りが引いていくのを感じる。ドクトルがこの世界にいる訳はないので当然か。そう結論付ける。
「一回着てみてよラスティ、絶対似合うって」
キラキラと目を輝かせて言う茜の圧と、久々の気分を味わいたいという好奇心に負けてそれを着てみる。
ベルトを締め、帽子を被る。昔と違うのは、耳用と尻尾用の穴が開いているぐらいで。
「うむ。素晴らしい出来だな」
体が軽い。ウマ娘の勝負服だからか、それとも軍服だからか。体格に合ったそれは、身体の動きを一切阻害せずに、むしろ補助をしてくれているかのようだ。
「どうかしたか、茜」
「……ううん、何でもない。ホープフルステークスが楽しみになったなぁって」
きっとこの服を着て走る私の姿を想像しているのだろう。嬉しそうにしている茜を見て、微笑ましい気持ちになった。
演算宝珠の見た目はアニメ版と漫画版を融合したものだと思ってください。どの世界線の彼女でも知っている見た目とは少し違うという解釈でお願いします。