学園での生活は実に素晴らしいものだった。僕が容疑者として拷問まで受けた王女誘拐事件、モブらしく第一回戦で絶対王者に無様に負けた武闘大会、『シャドウガーデン』を騙るフォロワーと魔王への反逆を掲げる“人類解放軍”を名乗るパリピ達によるテロ。どれも『陰の実力者』として満足いく活躍ができた。
だというのに学園はまだまだ楽しいイベントを用意してくれていた。ごめんよ、つまらなかったら死んだふりして学園からいなくなったり、事故に見せかけて学園を更地にしてやろうなんて考えて。
現在、学園と称される施設は三箇所存在する。僕が通っているイングラシア総合学園、ナスカ・ナムリウム・ウルメリア東方連合統一帝国という長過ぎる名前の国にあるNNU魔法科学究明学園、僕が現在進行形で向かっている
学園にはそれぞれ特徴があって、テンペスト人材育成学園では肉体と精神を鍛えて現場で即戦力になることを目的にした授業が受けられ、NNU魔法科学究明学園なら魔法と科学に対する本格的な研究が主に行われていて、イングラシア総合学園ならあらゆる分野の基礎に加えて貴族社会や経済活動を学ぶ感じだ。
だからほぼ全ての人間がイングラシア総合学園で学んだことから自分のやりたいことや向き不向きを見つけ、テンペスト人材育成学園かNNU魔法科学究明学園に行くか、そのまま残って卒業するかを決めるのである。というか余程才能のある人じゃないと
ではどうやったら向き不向きがわかるのか? それを調べるために僕は
学園で冒険者や騎士になるための訓練をしているけれど、それはあくまでも訓練だ。いくら優秀な成績を収めていたとしても、本当の命のやり取りや死地に遭遇した途端にあっさり死ぬ人はゴロゴロいる。
その問題を解決するために各学園を支援している大魔王リムルが提案したのがダンジョンと武闘大会だ。前者では魔物と、後者では亜人や人間と本気で戦うことの意味を身体で理解してもらい、結果から向き不向きを判断するらしい。
安全装置があるらしいけど死にはしないだけで痛みも普通にあるし、いい結果を出せたら褒美がもらえるらしいから皆全力でやる。テンペスト人材育成学園の生徒も参加していて、彼等も酷い結果だと退学させられるらしいから必死で僕達を潰しに来る。復帰のチャンスもあるらしいから参加者の年齢はバラバラだ。
ダンジョンと武闘大会……わかっているじゃないか魔王。流石は同じ世界から来た転生者。モブらしく負けるパターンはもうやったから、武闘大会では『陰の実力者』として活躍しよう。世界トップレベルの戦士も参加するらしいからね。ダンジョンは実物を見て決めよう。
よし……現実逃避はここまでかな。
「ちょっとポチ! 私が話しかけてるんだからいい加減に返事をしなさいよ!」
顎に手を当てて考え込んでいた僕に話しかけてきたのはアレクシア・ミドガル。イングラシア総合学園に留学してきたミドガル王国の王女で、白髪の髪を肩で切りそろえて、切れ長の赤い瞳が綺麗なクール系美少女だ。僕と同じ一回生だ。ちなみに学園は一回生から六回生までで分けられている。
「シド君、列車に乗ってからずっと黙ったままですが、もしかして体調が優れないのですか?」
心配そうな顔をして僕の目を覗き込むのはローズ・オリアナ。こちらもオリアナ王国から留学してきた王女で、蜂蜜色の髪を優雅に巻いて、顔立ちは柔らかく、スタイルも一級品なとにかく美女だ。その実力と人望と美貌で学園の人気は凄まじく、二回生なのに生徒会長を務めているほどだ。それに文句が出ないんだからどんだけって話だ。
「あら、そうなの? もし気分が悪いならお姉ちゃんが膝枕くらいしてあげてもいいけど」
僕の隣に座って膝を叩くのはクレア・カゲノー。モブを演じている僕と違って優秀な姉で、有名な騎士団にも勧誘されている。弟の僕が贔屓目なしに見てもスタイルのいい美人だと思う。
おかしい。僕はモブらしくモブ友二人と一般車両のそこそこな個室に入っていたはずだ。どうしてソファーくらいふかふかの座席があって、自由に食べていい軽食とドリンクが備え付けられ、空調も完璧な十人は余裕で寛げそうな高級車両にいるんだ。
僕は神秘的な月に照らされることがこの上なく似合う『陰の実力者』ルートを選んだはずだ。平凡なモブどもが乗る車両を選んだ。何故どこかしら異常を抱えている美少女達と同じ車両、ギラギラ鬱陶しく輝く太陽に照らされるハーレム主人公ルートに入っている? 誰がレールを切り替えたんだ。疑問は尽きない。
「飼い主の私の前だからって隠していたのかしら? 見上げた忠誠心のご褒美に私の膝を貸してあげるわよ」
誰が飼い主だこの女。罰ゲームで告白したことで脅して僕を犬にしやがって。アレクシアは色々あって僕が『お前みたいな性悪女と付き合うくらいなら死んだ方がマシ』と両手の中指を立てて爽やかに言ったら、カッとなって斬り刻んできたキチガイでサイコパスでヒステリーだ。あれで学校に『死体のない殺人事件』とかいう七不思議ができたんだぞ。一時期は無差別通り魔殺人犯の容疑がかけられた女の膝に頭を預けるほど、僕の危機管理能力は死んでない。
「アレクシアさん、シド君は貴方のものではありませんよ。シド君はたゆまぬ努力と熱い想い、勇敢な心で私を助けてくれた素晴らしい青年です。だから私は彼にこっ、心をごにょごにょ……と、とりあえず、シド君は私の膝を使うべきだと思います!」
ローズは何を言ってるんだろう。僕はモブだから勇敢じゃないし、いつの間にかシド君とか呼んでいるし、学園でも手を繋ごうとしてくる。今も対面にいたのにわざわざ僕の隣に座り直して、肩が触れ合うくらい距離を詰めている。息が耳に当たってくすぐったいから離れてほしい。宗教か何かにハマってたみたいだし、大丈夫なんだろうか?
「結構よ。シドの姉の私がちゃんと面倒を見るから」
姉さんはマジで何でここにいる?
今すぐにでも脱出したいが、もうモブ友二人が時速三百キロのこの列車よりも速く噂を広げているだろう。王女への罰ゲームの件も嘘で野グソをすると言った時も、誰にも聞かれてないのに次の日には学園中の噂にした奴等だ。間違いなくやる。僕も奴等が童貞ってことを広めてやろうか。
まぁいい。ナンパするだけで全身打撲になったりストーカーとして通報される連中だ。
そう結論を出した僕は思考放棄し、姉さんの膝を枕に目を閉じた。
「許せねえ……許せねえよシドの奴!」
「ええそうです! あることないこと言いふらすだけでは気が済みませんよ!」
シドのモブ友、ヒョロ・ガリとジャガ・イモ。美少女三人に連れて行かれたシドに付いて行こうとして「邪魔」の一言で追い払われた二人は、個室でどうシドに報復するかを話し合っていた。
とりあえずシドは姉の足をペロペロ舐めまわすのが大好きな変態という噂を流すことを決めた頃、二人のいる個室に誰かが入ってきた。
黒い長髪、グルグル眼鏡とマスクで隠れているが、整った顔立ちをしているとわかる人物はニヤリと笑いながら声を出す。
「俺はサトルって言うんだが、ここは空いてるか?」
♦♦♦
リムルは激怒した。必ず、このモブ面をしたラブコメ野郎を除かなければならぬと決意した。リムルには恋愛がわからぬ。リムルは、世界に『大賢者』と認められたほどの童貞である。
「どうしたの君? 僕が見てきた盗賊の中で一番強面だった人よりも怖い顔になってるよ」
「あぁ、悪いな。ついさっきまで読んでたナツメ先生の『走れよメロス』に感情移入し過ぎた」
「……そんなに面白いの?」
「面白いさ。こんなに分厚くて硬い本を握り潰してしまうくらい主人公がムカつく」
ディアボロス教団と『シャドウガーデン』が何かをしでかすと予想して学園の生徒に紛れ込んだ俺だが、列車で同席した何度男だと説明しても気持ち悪い対応をしてきたノッポと坊主頭の貴族より、目の前の黒髪の地味男に怒りを燃やしていた。
こいつの名前はシドと言って、今いるダンジョンの攻略をするチームの一人なのだが、俺やモブ貴族の所に来るまでは現在進行形で注目を集めている美少女チームと一緒にいたのだ。それだけでも十分腹立たしいのに、あろうことかシドは未練もなさそうにあっさりと俺達の所へ来たのだ。持つ者の余裕を見せられたみたいで俺の怒りのボルテージは膨れ上がった。
醜い嫉妬だと言う者もいるだろう。だが待ってほしい。前世のナイスガイな俺より劣るとしか思えないモブ貴族が、美姫二人と綺麗な実の姉のハーレムを形成しているのだ。嫉妬しない男は聖人かホモの二択だろう。
しかも! しかも、だ! どんな鈍感でも感付くような好意を向けられているというのに、この男は気付いていないのだ! というか路上でウンコ垂れ流した噂が発生したり、罰ゲームで告白したことがバレてたり、大会でズタボロになった男に接するまでなら優しい女性ですむかもだけどさ……あーんも旅館の同じ部屋に泊まることも混浴も嫌いな奴とする訳ねーだろ! どれだけ醜態を晒しても好意的に接されるんだから気付け! 俺は坊主頭のジャガとかいう貴族に使った食器を盗まれたり部屋を同室にされたり入浴中に侵入されたのに……。
長々と語っていたが、私情で学生の今後を左右する試験を邪魔したりしないさ。例の美少女三人組はAランク冒険者程度の実力だからくっついているだけでいい成績になってしまう。そんなの羨ましい、もとい図々しい。キッチリ自分の実力で頑張ってもらおう。
……何故か俺達のチームの難易度がルナティックになっているな。ノッポと変態坊主頭が俺のことをチラチラ見ながらアピールだの女子にモテモテだの呟いていたが……事前説明を聞いてなかったのか? これで変わるのは六十階層以上の幹部達の加減具合だけだからな? 絶賛苦戦中でルナティックを選ぶんじゃなかったと泣き言を抜かしているが、道中の雑魚敵の強さは何も変わらないからな?
あ、“
「ちくしょうっ、全然点数稼げてない……どうせリタイアするならあの小さい竜だけでも……あぁああああああべしっ!」
一番活躍できてなかったシドがヤケクソ気味に突っ込んだ……リビングアーマーの剛腕に殴られて漫画みたいにきりもみ回転しながら鼻血を吹き出し、スケルトンの剣に背中をバッサリと斬られ、スライムに身体中穴だらけにされ、ゴーストの魔法で全身を細切れにされた挙句、トドメに竜から炎の息が放たれた。
うん……リア充爆発四散しろと思ったけどさ、まさか塵も残らないとは。今日はミリムが餌やりと適度な運動を兼ねて
「ヒョロ君、今の魔物の攻撃で壁が壊れて隠し部屋が出現しました! 宝箱もありますよ!」
「よっしゃ! シドの尊い犠牲を無駄にしないためにすぐ開けるぞ!」
「シド君、どうか安らかに地獄に行ってください……中身は双剣です! 真っ黒な剣と青白い剣です!」
「双剣なら任せろ! 俺の二刀流による絶技を見せてやる……おっ、重いぃ……うおおおおっ、スターバーストストリーむぎゃああ!?」
「ヒョロくーん!?」
「まっ、まだまだぁ……俺には最終奥義、ジ・イクリプたわばっ!?」
おっと、いつの間にかノッポも散っていた。おまけにリビングアーマーが俺の方に向かってきている。俺に成績は関係ないし、ここで脱落しておこう。
「サトルちゃん危なーいってれぼ!?」
はっ、俺は何を!? 唇を突き出した変態の気色悪い面が見えたと思ったら、何故かそいつの“復活の腕輪”の痛覚遮断機能を解除してぶん殴っていた。彼の将来を潰してしまったかもしれないのになんだろう、リビングアーマーに汚い花火にされた彼を見て胸がスカッとしたし、未来のストーカー被害を減らせた気がする。
さて……これからどうしよっかな。
サトル(リムル・テンペスト)
シドにさんざん言っているが、自分に好意を向ける女性が大量にいることを知らず、毎日のように美人な鬼や悪魔と風呂に入っているため、ブーメランを投げまくっている。
ヒョロ・ガリ
CV.松岡禎丞。声だけなら圧倒的主人公。日々カッコいい技をイメトレしているが、あくまでイメトレなので十六連撃も二十七連撃も使えない。ダンジョンの宝箱にあったエリュシなんとかやダークほにゃららも手に入らない。ダンジョンでも出会いはない。ファイアボルトという魔法が使えるけど、何故か巻き舌になる。
ジャガ・イモ
勝手に部屋の組み合わせを弄れるところは流石ストーカー気質の貴族と言ったところだが、彼は生きて帰れるのだろうか?