消費者側になろうかなって思っても素晴らしい作品と出会うたびに執筆意欲が出てしまう。
『皆さん、大変長らくお待たせいたしました! ただいまから武闘大会、決勝戦を始めますッ! 勝利の栄光を掴むのは果たしてどちらの選手なのか! 準決勝を不戦勝で勝ち上がったとはいえ、あの武神と恐れられるベアトリクスをたった一度の攻撃で降伏させた
いつも思うけど、ソーカって隠密とは思えないくらいアナウンスが上手いよな。盛り上がった会場を一言も発することなく手を挙げるだけで静かにするディアブロの統制力も異常だ。貴賓席とは別に設けられた解説席に座る実況と審判を務める二人を眺めながら俺はそんなことを考える。
審判は普通なら選手と一緒に舞台にいるものだけど、無差別に強力な攻撃を撒き散らす輩もいるからな。ディアブロなら巻き込まれるようなヘマはしないが、今回はディアブロも死にかねない攻撃をできる奴が選手だからな。おまけに魔物の選手が勝つと贔屓を疑われることもあるから、審判は実況と一緒にいるのだ。
決勝はソーカの快調なアナウンスが終わると始まる。俺は呑気に屈伸運動をするガビル(?)と対峙するジミナをよく観さ……つ?
『それでは、試合開――』
「偽りの時は終いだ……」
ジミナの声は決して大きくなかった。にも関わらず、会場の多くの者の耳に届いた。
間を置かず会場がどよめく。ジミナが顔に手を翳すと作りが完全に別物になった新たな顔と見覚えのある仮面が現れた。そして足元から溢れ出した黒い液体が螺旋を描きながらジミナを包み込んでいく。
「我が名はシャドウ……。陰に潜み、陰を狩る者……」
もう闘技場にパッとしない見た目の男、ジミナはいなかった。代わりに凄まじい存在感を放つのは漆黒のロングコート姿のシャドウである。
……滅茶苦茶嫌な予感がした。具体的に言えば『シャドウガーデン』を見てからカッコいいから我も義賊ごっこがしたいと駄々をこね、秘密結社を酒の勢いで生み出してしまった俺を困らせたチョロゴンさんがとんでもないことをしでかしそうな――。
強制的に放送と放映に割り込んで情報規制をしようとしたが、シャドウの方が一足早かった。
「力の化身よ……その偽りの名と覆面を捨てなくば、この場に立つ資格などないと知れ……」
もうちょっと冷静だったらシャドウに「いやテメェも思いっきり正体と顔を『スキル』と仮面で隠してんだろーが!」とツッコんで事態を有耶無耶にできたかもしれない。しかし、シャドウの剣の振り方が明らかに頭部を真っ二つにするものだったのに覆面だけ斬れたり、それを見たローズが「まさか、貴方は……スタイリッシュ盗賊スレイヤーさん?」と聞き捨てならないセリフを呟いたためその機会は失われた。
そもそもあの世界最強で俺の盟友のチョロゴンさんがシャドウの変身を見た時点でノリノリにならないはずがないのである。
「クックック……クアーハッハッハ! よくぞ完璧な変装をした我の正体を見破った! よかろう、真の姿はちょっぴり大変なことになってリムルや姉上に叱られるからなれぬが、この姿で出せる全力で相手をしてやろうではないか!」
そんなことを言いながらチョロゴンのガビル――もといヴェルドラは抑え込んでいた魔素を撒き散らした。ヴェルドラにとっては息をした程度の行動だがその破壊力は下手な攻撃魔法より大きく、闘技場に施されていた結界を薄氷を割るかのようにぶち壊した。俺が結界を張り直さなければ衝撃で闘技場の外にまで被害が及び、中にいる者はAランクオーバーでなければ命を落としていただろう。ヴェルドラとシャドウのいる舞台の魔素濃度はそれほど高い。
そしていつの間にかスクリーンに映し出されている文字がヴェルドラVSシャドウに代わっていた。スクリーンは魔法で動いてるからヴェルドラならいくらでも介入できる。
(なんか地味に情けないことを呟いていたけど、どっちにしろお仕置きだからな、ヴェルドラ?)
とりあえず試合は続けさせてやろうと考えつつ、俺はノリで大惨事を引き起こしかけたヴェルドラを睨みつけた。
♦♦♦
やっぱり僕の睨んだ通り、ガビルの正体はヴェルドラだった。だって『陰の実力者』の相手に相応しい強敵を探した僕の記憶にドラゴン要素のあるガビルなんて人はいなかったのだ。ならもうヴェルドラしかいないだろう。今日も僕の脳みそは冴えわたっている。
ヴェルドラ……いや、敬意を籠めてヴェルドラさんと呼ばせてもらおう。彼はスクリーンの文字を変えてくれた。それがどれほど重要なのか理解できない僕ではない。
この戦いは録画がされている。最初の内は戦いに釘付けになっているかもしれないけど、繰り返し見ていれば粗を探す連中が出てくる。そんな奴等に「こいつ等シャドウとヴェルドラじゃなくてジミナとガビルなんだぜ(笑)」と馬鹿にされでもしたら、もしこれから最高の『陰の実力者』ロールができたとしても、僕はスクリーンの文字がガビル?VSジミナであることが気になって夜も眠れなくなっていたと思う。
おまけに大魔王リムルが結界を張ってくれた。流れ弾で一般市民を殺す『陰の実力者』とかカッコ悪いから手加減する必要があるかと思っていたけど、これで気兼ねなく全力が出せる。
そんな訳で僕は開幕ブッパをしよう。
「アイ・アム・オールレンジアトミック」
短距離全方位殲滅型奥義『アイ・アム・オールレンジアトミック』。解き放たれた青紫の魔力が結界内をそれ一色に染め上げる――。
♦♦♦
どうしよう、シャドウが予想以上に強い。
戦いの火蓋はシャドウの核撃魔法:
この魔法、霊子と魔素を半々ずつ含むというふざけてんのかと言いたくなる性能をしていた。一般的な結界は強度もあるが、魔素を通さないことによって魔法を防いでいる。だが霊子の方は結界では防げない。霊子同士をぶつけ合って相殺するしかないのである。そしてその霊子を操作できる者はこの世界に多くない。
旧世代の魔王ならこれだけで勝てそうな攻撃だったがシャドウにとっては目くらましに過ぎなかったらしく、ヴェルドラが「効かぬわ!」と余裕ぶっているところに近接戦を仕掛けた。
正直、ヴェルドラが苦戦するとは考えてもなかった。この世界で俺の次に
なのにシャドウはヴェルドラを一方的に殴り続けている。被弾は精々コートや肌を掠る程度。ヴェルドラの腕を斬り落とせるだけの剣の腕前のくせして、剣を折られた瞬間によどみなく格闘戦に移行した。認めたくないけど剣を持っていた時より強い。
《マスター、ヴェルドラが勝っても負けてもシャドウの消耗は大きいと思われます。戦いが終われば即座に拘束するべきかと》
シエルの提案を即座に否定することはできなかった。明確な敵対行動をされない限りは荒っぽいことをしないのが俺のスタンスだが、シャドウの能力はあまりにも見逃しがたい。“魂の回廊”がなければ判別不可能な偽装能力がどこまでできるか不明瞭な上、他にどんな切り札を隠しているのかもわからない。
悩む俺の前で結界に亀裂が走る。シエルの推測ではシャドウが知覚できない一点特化型の砲撃を放ったとのこと。
……せめて目的か正体だけでもハッキリさせておこう。そう決意しながら俺は結界の維持に力を注いだ。
♦♦♦
流石はヴェルドラさん、爪先から伸びたスライムソードで足を止められていたのに、僕の初見殺し奥義『アイ・アム・インビジブルアトミック』をイナバウアーで綺麗に避けた。腕を斬ってもすぐ生えてくるし千発以上ぶん殴ってるのにピンピンしている。繰り出される拳や蹴りは直撃すれば僕でも瀕死になるだろう。
攻撃、防御、回避、技量、全て僕がこの世界で戦ってきた相手より上だ。総合力を比べたら確実に僕より上だろう。だからこそ彼に勝った時、『陰の実力者』の凄さは増すだろう。それにこの闘技場にはアルファ達がいるからダサい『陰の実力者』は見せられない。
とりあえずこれからどうするか考えよう。
選択肢その1。目的は果たした……みたいな意味深なことを言って逃げる。残念ながら却下。ヴェルドラさんを圧倒していたら採用したかもだが、端から見ても僕等の戦いは接戦だ。負け惜しみにしか思えない。
選択肢その2。ヴェルドラさんから大技を喰らうフリをして逃亡。これは保留。「あんなもの避けられる訳がない」「当たれば絶対に死ぬ」「終わりだ……」ってなるような攻撃をされていながら生きていて、別の機会に決着をつけるのは僕的にはアリだ。でもこれはヴェルドラさん頼みだから保留。
選択肢その3。ヴェルドラさんをぶちのめす。うん、やっぱりこれだね。
徒手空拳じゃヴェルドラさんは殺せない。剣も油断している時ならともかく警戒している今は通用しない。だから使うのは奥義アトミックシリーズだ。
これから使うのは『
奥義『アイ・アム・アトミック』を感知できないようにしただけの『アイ・アム・インビジブルアトミック』と違い、この技は我ながら最高の出来栄えだと思ってる。理屈は僕自身よくわかってないけど、放てば防御も回避もできない必中必殺なのである。
新たな剣を生成して突きの構えを取る。ヴェルドラさんは先程の経験からタイミングを計って避けようとしているが……無駄だ。
「アイ・アム――イレイザーアトミック」
シャドウが技の名を唱えた瞬間、ヴェルドラの上半身は
シャドウ
イナバウアーが上半身を逸らす技のことだと思っている。”
リムル
試合に集中したいけど龍虎爪牙拳って爪なのか牙なのか拳なのかどれだってツッコミたくなる技名や、両手を組んだ手刀をダブルブラッディクロスと呼称しているのが聞こえて集中できない。一番気になっているのは切ない声で「スタイリッシュ盗賊スレイヤーさん……」と呟くローズ。
作者
原作でスライムは全身が脳で筋肉って説明があるのに、やたらと首や心臓を守ろうとする描写があるのが気になっている。元人間としての反射だろうか?