私は、彼の単純さを正直侮っていた。
レポートに関しては、彼ならどこかで頑張れると思っていたから、あまり心配はしていなかった。だけどまさか、あの取引をしてから二日で終わらせてくるとは思わないじゃないか。
そう、私が達也と取引をしてから二日後、いきなり達也が家にやってきて彼は薫、俺、レポート二日で終わらせたぜ! と自信満々に報告してきたのだ。その時、私の全身の血がサッと引いていく音がした。
それによって彼の未来が保証されたのはすごく喜ばしいことなのだけれど、でも、でも……なんだか、複雑で。
あの時なんでも、なんて言葉を使ってしまったことをひどく後悔している。男の子の言うなんでもってその、え、えっちな意味だったりするんじゃないか!?
いや、達也とえっちなことをするのは別に嫌ではないけれど……そうじゃなくて! その、男女の関係は少しずつ育むものであって、いきなりその、えっちは、ああ……
でも、万が一、万が一だ。彼ともしものことがあった時、やっぱり、下着もちゃんと選んだほうがいいのだろうか。それと同時に彼とのもしものことを考えてしまい、顔に熱が集まる。
だが、約束は約束だ。彼と取引をした手前、それを裏切るわけにはいかない。だからその、えっちなことになっても、逃げるわけにはいかないんだ。
決戦はクリスマスイブ。彼は夜の七時、駅前に来て欲しいと私に言った。たとえその日がどんな波乱に満ちた戯曲だろうと、演じきってみせようじゃないか。
〜
「薫、待った?」
「フフ、私も今来たところさ」
「うっそだ〜? だってほら、鼻の頭が赤くなってるし」
「それは達也も、だろう?」
駅前で合流したあと、そんなたわいもない話をしながら、達也と二人で歩く。シンデレラの舞台良かったぞ、とか、今日は寒いね、とか、たわいもない会話をしながら。
あれ、おかしい……な? 彼は、私に何もしてこない。これは、私の方から行ったほうがいいの……だろうか。
私は大きく深呼吸をしたあと、彼の前に跪いて、手を差し出す。
「覚悟は決めたよ、達也。この瀬田薫、これからは君に生涯全てを捧げると誓おう」
「えっ何急に重い重い重い!!!」
視線集まってるじゃん急にどうした!? と焦る達也。でも、私に覚悟を決めさせたのは他でもない、君のはずだ。
それにしては、なんだか反応が鈍い気がする。というか、無自覚な気がするんだ。本当は彼の口から聞きたかったけれど、思い切って私の方から彼に話を振ってみる。
「だって、今日は、そのだね……なんでも、する日なんだろう……?」
「急に潤んだ瞳で見つめてきてどうしたの!? 俺なんかやった!? なんでもも何も、今日は普通に一緒に過ごすだけだけど」
「え? 何も……しないのかい?」
「え、むしろ俺がなんかするように見える? ヘタレチキン薫以外の女子との交流わりとガチでないボーイの俺が薫になんかするように見える?」
……あれ、私が思っていたのと違う? 別に彼は、えっちなことをする気がない……?
そう気づくと同時に、ふにゃりと身体の力が抜けていく。
ああ、どうか私のドキドキを返して欲しい。これじゃあ、私が勝手に勘違いして、勝手にもんもんして、勝手に期待して……
「むしろ、薫は薫でなんか期待してたの?」
「そ、そんなことは……」
「まあそこら辺はプライベートな話だもんな。根掘り葉掘り聞く気はないよ」
普段の君なら根掘り葉掘り聞いてきそうなのに、今日はどうしてそんな大人な対応をするのだろうか。
──ああ、君は本当に、ずるいよ。
「まあ、そんなことは置いといて! クリスマスの街を散策と行こうぜ!」
「あ、ああ、そうだね!」
私は彼に手を引かれ、クリスマスの街へと繰り出す。少しだけぎこちなくなる二人の歩幅が、なんだかくすぐったいような、愛おしいような。
私の頬が少し赤いのは、きっと寒さのせい、ということにしておこう。
〜
それからと言うもの、私と達也はクリスマスの街を楽しみ尽くした。と言っても、たくさんの人で溢れていたから、あまり満足には回れなかったけれど。
でも、いいんだ。隣に君がいてくれる、それだけで嬉しいんだ。普段は少しいい加減で、ざっくばらんなところもあるけれど、とても面白くて優しい人だから。
そんな大好きな人とクリスマスを一緒に過ごせるなんて、私は世界で一番幸せものだ。だからこそ、あの取引を持ちかけたのは正解だったのかもしれないな。
薫のおかげでレポートが終わって本当によかった、と安堵する達也を見て、思わず笑みが溢れる。でも、そうだね、君と一緒にレポートを解くクリスマスもそれはそれで楽しそうだったりして。
だけど。そんな幸せな時間にも、いつか終わりは来る。このイルミネーションが消えてしまったら、私たちはそれぞれの日常に帰るのだ。
それに、来年以降は私たちはそれぞれ違う道に進む。達也はたしか……卒業したら地元の専門学校に進むと話していた。
彼が地元に帰ってしまったら、今みたいにこうして気楽に会えなくなるのかな。一緒にレポートを解こうと頑張ることも、出来なくなるのかな。
光は、綺麗だ。綺麗で、儚い。だから、私は。
「薫、泣いてる……?」
「ふふっ、おかしいね……なんで、だろう」
気づけば、私の瞳からは一雫の涙が溢れていて。泣かないようにすればするほど止めどなく溢れてくるんだ。
そんな時、達也が私を呼ぶ声が聞こえる。それと同時に、私は彼に抱きしめられていて。
「その……薫にはさ、これからも俺と一緒にいてほしいなー、なんて」
「こうして薫と過ごしてさ、また来年も薫と課題でひいひい言ったり、イルミネーション見て綺麗だね、って笑い合いたいなって、すげー思った」
「そりゃあ住んでるとこは少し遠くなるけどさあ、頑張れば全然会える距離だろ? 俺の地元と東京なんて電車何本か乗れば一発よ! ……たぶん」
ああ、君には、全部お見通しなんだな。私が達也と会えなくなることを恐れていることも、これからも一緒に過ごしたいと思っていることも。
その上で、私が一番欲しい言葉をかけてくれるから。だめだ、これじゃあ、もっと君を好きになってしまう。
「これだと、なんかプロポーズみたいだな」
そう言って照れ臭そうに笑う達也のことが、私はたまらなく好きだ。
だからこそ、私は勇気を振り絞って彼にこう言うんだ。
「……いいよ」
「君となら、いいよ」
その時の私の声は、彼と過ごしているどんな時よりも、震えていたと思う。
私のその言葉に、達也は目を見開いて固まるばかり。でも、誰だってそうなると思うんだ、友人にいきなり告白されたのだからね。
達也は少しの間固まったあと、私にこう返す。
「……いいの?」
「むしろ、俺でいいの?」
……きっと、振られると思った。優しく突き放されると思った。だからこそ、達也が俺でいいの? と不安そうに聞いてくれるのが、たまらなく嬉しかった。
そんな彼に、私は答えるんだ。
──君だからいいんだよ、と。
〜
「がお゙る゙だずげで仕゙事゙の゙資゙料゙作゙成゙が゙全゙然゙終゙わ゙ら゙な゙い゙!゙!゙!゙」
「ええと、一応聞いておこうか? その資料は……」
「明日の会議に使います……」
「大ピンチじゃないかい!?」
私と達也が付き合い始めてからかなりの時間が過ぎ、同棲を始めてから少し経ったある日のこと。
たまたま今日は久々の休日だったから、シェイクスピアの戯曲に読み耽っていたのだけれど、いきなり大きな声がしたから、思わずびっくりしてしまったな……
「……だけどさあ! できれば今日はやりたくないの! 積んでる新作ゲーム早く遊びたいし! だからそうだな、明日の朝早起きして作れば……」
「君も私も、朝が弱いことを忘れたのかい?」
「そうっすね……」
私がそう言うと、がっくりと落ち込む達也。彼の期限ギリギリでようやく動き始める癖は変わっていないようで、それが愛おしくなるような不安になるような。
だから私は、そんな彼のやる気を引き出すために魔法の言葉を口にするんだ。
「今日中に課題を終わらせたら、なんでもしてあげるよ」
……ちなみにその一時間後、完璧に仕上げられた資料とメイド服を持った達也が私の部屋にやってきたのは、また別の話。
冬のバンドリ祭ありがとうございました〜!
それでは皆様、メリークリスマス!