冬も仕事行きたくない。めっちゃ寒いよ‥もっとあったかい装備が欲しい
今回の回はいきなり前回の1週間程前の出来事になります‥早くもネタが尽きかけてる、どうしよう
「ねぇ、撮影手伝って」
それは数日前の出来事だ。彼女の変化の兆候は、この時に既に起こっていた。
自室の扉が急に開いたと思うと、そこには見覚えのある女性が部屋の主人である青年に頼んできた。
めんどくさい。そう思い日が少し傾き朝ほどの眩い光の朝日ではなく、空を垂らす太陽は丁度真ん中に位置する時間帯、そんな時間帯は大抵彼の昼寝の時間だった。
この島に来てから1週間までは結構静かなもんだった、同居人である大柄な男と妙な髪型をした女性とは前程、ギクシャクはしていない。
倦怠感満載に背中を少しずらし、重たい首を後ろに向けてチラッと、そちらを見た。
赤と白のツインテールの兎みたいな頭部で、前髪は片目を隠す髪型、もう片方の目は淡い宝石の様な目、程よく発育した胸部とスラっとした美脚、そのスタイルを底上げする細身のホワイトドレス、他人が見れば美少女と呼ばれそうな女性が、手を挙げて、頼んできた。
「いやだ、帰れ」
そんな美少女に物事を頼まれても、別に過敏に反応するわけじゃなくて、彼は再び横になった。
えぇーっと扉の前に立っている美少女ウタはあっさり断られて、困り始める。
「何でよ。いいじゃん、ちょっと付き合ってよ。少しだけ撮るだけだから」
「俺は忙しい、扉を、閉じて、帰れ」
「何処が忙しいのよ。こっちはちゃんとしたお仕事なのよ。こんな昼間から昼寝をしている人には言われたくありません」
そう、彼の悩みの種はこの少女であった。少女と言っても彼女は男よりも歳上だった。
しかし常識が何故かずれて、世間知らずな所がある様で、子供っぽい性格な彼とは相性が悪い様だ。
部屋の主人の巧は再び横になった。別に仕事をしていないわけではない。一応この大きな城で居候させてもらっている為に多少なりとも仕事はしている。
此処に来る以前に居候しているクリーニング店の二人に散々言われてきたお陰で、律儀にそれなりに代価を支払える様に進歩した。
この城の主人の男は「別に大丈夫‥」と客人に申し訳ないとやんわりと断ろうとしたが、やらせてくれよ、と半ば強引に掃除や洗濯を請け負っている。
別に真面目に仕事をするタイプではない。今日は朝のうちにできるだけ仕事を終えて、自分の部屋に戻ってきた。別段夢中になれる趣味もないので、夕飯が出来るまで昼寝に興じようとベットに横になった。
その矢先にもう1人の同居人に部屋に突入された。
「五月蝿い、別にいいだろう。俺の勝手だ」
「いいじゃん、手伝ってよ。他にできる人がいないの、お願い」
いつの間にか巧に近づいたウタは、彼の背中に手を置くと凄く揺らし始める。
このまま無視を決め込んでこの女が諦めるのを待つつもりなんだが、眠ろうにも体が揺れて、眠気が全然来ない。
何でこいつは、こんなにきやすいんだよ。以前はこんな事はなかった。
最初会った時は巧を警戒していた、そりゃ素性も分からない人間がいきなり現れて、同居する事になったのだ、それは警戒してもしょうがない。
しかし、その警戒は異常だった。道で通り過ぎようとすると距離をとられ、外で昼寝をしていると時折睨みつけられ、飯を食う時は一切言葉を交わさない。
別に警戒されるのは慣れていた。でもいやだったのは、やられっぱなしである事だった。「おいなんだよ」っと強気に言うと「別に」っと愛想悪く答えられる。
時折それが耐えられなくなって、喧嘩もした。別に殴り合いとかではなく軽い口喧嘩で、ヒートアップするとお互いを罵り合う、馬鹿、アホなどの幼稚な喧嘩で、その際は城の主人であるゴードンに仲裁された。
でも、今はどうだ。最初に会った時よりはマシになっているでも、此処まで気安くされるとは思っていなかった、思い当たる節といえば1週間前の「あの件」、それから段々と話す様になり、今じゃ平気で部屋に入ってくる程になった。
目を閉じてしばらくしても一切、ウタの背中揺らしは終わらず、いい加減めんどくさくなってきた。もういいだろう、いい加減諦めろと背中で訴えるが全然引く気配がない。
仕方ない。相手も一度言ったら譲らない性分の人間だ、此処で無視を決め込んでも、そう簡単に引かない、そう半ば諦めて、重い体を起こして、少女の方に向き直る。
こちらの向いたことを確認すると、よしっと言って腰に手を当てて待ち構えていた。癇癪を起こした子供が諦めた様程度と思われている。
「一応聞いとく、何で俺なんだよ。ゴードン‥さんがいるだろう。俺よりマシだろう」
「私だって本当は頼みたいよ。でも最近私のチャンネルの広告作りとか、グッズのデザインの依頼とかで忙しいでしょ。つまり1人しか暇人はいないの」
「正直、あの人が忙しいのは分かる‥でも肝心な事は、その「暇人」ってのは誰だ‥答えてみろ」
キリッと睨んで狼の様に目で訴えるが、ふっと彼女の指は巧に向けられ、「何当たり前の事言ってるの?」さも当然、事実確認の必要がないっと口で言わずとも、分かってしまう。
その何の躊躇のなさに、半ば張り倒したくなるが、ここで手を出したら自ら認めてしまう為、ふんっと顔を横に振るった。
「よしじゃ、行こう!外へ」
「何が、よしだよ。俺は行かねえぞ」
「えぇーー!いいじゃん、やってよ」
ウタはテンション高めで、外に出るつもりだったが巧自身一切やる気などなかった。報酬も何もないのに自ら誰かを助ける程お人好しではない。
時に他人の為に戦う事を辞さない、仲間に襲いかかる脅威を許さない確かな精神を持ち合わせているが、普段の彼は見返りがない事に付き合うつもりはない。
ウタ自身も引けに引けない。映像デンデンムシの配信で多くのファンを抱えている身、ファンが楽しめる様に映像を世界に向けて送る義務がある。
以前まではカメラを固定して、自分の部屋や城にある展望台、廃墟や牧場などのこの島の色んな場所を紹介していた。
でも、ある時コメント欄に、ウタが色んな場所を移動しながら歌う映像が見たいとファンの依頼があった。普段は1人での撮影は慣れたが、移動しながらは流石に難しい、デンデンムシ自体自動制御である為、軽い動きなら平気なのだが、移動しながらだと1人持つ人間が必要だ。
アシスタントを雇おうにも、不用意に他人をこの島に入れるのは抵抗があり、過去の事件から自ら足を踏み入れたいと思う人間も少ない。
自分のマネジャー件育ての親のゴードンは最近忙しいし、どうしたもんかと悩んだが、もう1人の同居人に頼む事を思いつく。
だから私は引けない!いつも元気づけているファンの皆んなにはたくさん楽しんでほしい!
「じゃあさ、勝負しない。私が勝ったら今日一日、大人しく仕事を手伝って」
「はぁー、何で俺がお前の勝負にのるんだよ。ガキじゃねえんだ、俺はもぅのらねえぞ」
「ふーん、そうなんだ。まさか勝負するのが怖いのー、負けるのが怖いんだぁー」
アホらしい、勝手にやってろ。自室での安眠をできないと思った彼は部屋を出ようと歩き出す。この城は空き部屋が多い、以前は大勢の人間が城内にいたらしいが、今じゃ自分を入れて3人だけ、空き部屋なら腐る程ある。
どっかのベットで昼寝を再開しようと、取っ手に手をかける。
「ふーん、そっか残念だねぇ。巧が勝負に勝ったら私のオヤツあげるつもりだったのに」
何ともわざとらしく、伸ばしてきた。ウタの策略は終わってはいなかった。この男を釣るにはそれなりに必要なものがある。
巧の脳裏に一瞬写ったのは、ウタが気に入っているパンケーキだ。ただのパンケーキではなく、生地の上に色とりどりの果実とたっぷりの甘いホイップクリーム、午後のおやつには何とも贅沢で、何とモノ甘美なそれは、食欲を刺激してくる。
ウタ自身も大好物らしく、ゴードンがオヤツに作ってくれて、ウタははしゃいでいた。でもカロリーもあって毎日とはいかず、動画や歌手活動で疲れた際に出されている。
チラッと再びウタの方を見た。やはりこちらの弱点を知っている。誘いにのれば面倒な仕事を押し付けられるが、勝てばあの甘みを独り占め。
一瞬悩んだが、ゴードンは巧の分も用意して作ってくれる。彼の料理の腕は確かだ、それを追加で食べられるなんて、甘いもの関しては単純な思考回路は迷わず、脳に電磁波を流す。
「それ嘘じゃねえよな‥」
勝負をあっさり受けた。目の前には挑戦的な笑みを浮かべるウタがいた、彼女も負ける気はない様で、軽いステップを踏んで、やる気は充分。
勝ってやる‥、絶対に日常生活で殆ど発揮されない闘志を胸に秘め、いざ勝負に挑んだ。
「皆んな、元気してる!ウタだよ。今日はエレジアの街の噴水から皆んなに歌を届けるよ。最後まで楽しんでいってね」
既に廃墟となり無人となっている街、その中心にポツンとある噴水は変わらず水を出し、小さな傘を作っている。
その前にはホワイトドレスに身を包んだウタが元気いっぱいな可愛らしい笑顔を浮かべ、目の前の映像デンデンムシに向かって、ファンに挨拶した。
(おぉー、ウタちゃん。今日も来たよぉー)
(君の歌声はいつ聞いても、癒しだよ)
(イェーイ、ウタちゃん元気いっぱいです。俺たちも楽しくなってきたよ。既にテンション爆上げ上げマウンテン)
(ギャグのセンスが、アレなヤツがいるぞ。気持ちはわかるけど)
画面越しには多くの人間が写って、それは老若男女の問わず様々な国の人間達が彼女の登場に、湧き立って盛り上がっていた。
歌姫「uta」の人気の高さは世間ではかなりの認知を超えて、画面に収まりきらないコメントが、流れ続ける。
「‥‥‥」
その光景を興味もなく見ている男「巧」は映像デンデンムシを片手に持ち、カメラの調整などに気をつけながら、ウタを撮っている。
その顔は明らかに不機嫌そのもので、顔は引きずり、眉毛は狭まり、普段悪い人相が更に悪化している。
ウタに挑まれた勝負は単純な「レース」
コースは城の入り口から、裏の山の丘の木のてっぺん長い距離だったが、双方運動神経には自信があって、スタート時点に着くと一斉にスタート、最初はお互いに譲らない中々を勝負を演じた。
しかし、事木登りになると巧は度肝を抜かれる。元々運動神経は悪くなく、体も軽いので、木の枝に手をかけて少しずつ進む巧と、その横をヒョイヒョイとジャンプして、あっという間に木のてっぺんまで着いてしまった。
勝負は呆気なく終わり、敗者になった彼は大人しくカメラマンを請け負う事に、彼女の大雑把な支持にイラつきながら、言い返せず真面目に仕事をしている。
そもそも、こんな細かい作業は不向き、そう自覚している彼は時折、デンデンムシの調整をミスったり、音量のバズルを外しそうになるなど、トラブルが連発していた。
そんな彼の心中など何のその、ウタは気にせず天真爛漫な笑顔を浮かべてカメラの前で、キレッキレのダンスと歌を披露している。
「ウタちゃぁぁぁん、今日もキレッキレだよ」
「歌声も天使そのものじゃねえか、涙が出る程感動する」
「UTA、UTA、UTA」
「ウタ様のダンスに、オラは‥オラは‥嬉しさでドキドキだっぺ!」
ファンもその頑張りに応えようと、コメント欄は喝采の嵐、カメラの前の彼女は天真爛漫で明るく、朗らかで、優しく、少し天然だが、非の打ち所がない女性だ
あぁー帰りたい。そう思いつつ左右にステップを踏んでいるウタにデンデンムシを向け続ける。ここでもし手抜き作業をすれば後で、嫌味を言わそうで、黙ってするしかない。
勝負には負けたが、最低限仕事をする口では言わないが自分を無性に褒めたくなった。普段は仕事しなさすぎると人は言うが、他人の賛辞でも今は欲しくなる。
それにしてもっとふと手元のデンデンムシに目を向ける。自分の故郷にも似た様な生物はいたが、こんなに図体はデカくなく、何より電波を飛ばしたりは一切できない。
見た目はまんまナメクジ、皮膚は粘着質、目は大きくジーと見られたら逸らしたくなる不気味さ、口は人と大差ない、甲羅には「SGG」っとこれの製造元らしく名称が書かれている。
ゴードンから聞いた所、一般的なデンデンムシはこんな風に広範囲に映像を送る事はできないらしい。
一般家庭に広まっているデンデンムシは、甲羅の横に受話器と数字の番号がついていて、連絡先を入力するとデンデンムシが出た相手の表情そのままに声を出す。
一応映像を送ることも可能らしいが、数十倍の大きさで国内に数台程度しかなく、持ち運びもできない。
まぁ、ここは自分のいた世界とは違って色々と状況が異なる。生物の進化などの小難しい話など考えるだけ無駄だと思い、無心で撮り続ける
最初は異世界にいるなんて信じられなかったが、こんな奇怪な生物、それを片手に持って、操作している時点で、信じるしかない。
ウタのダンスが終わると、今度はエレジアの街を歩き出し始めた。
此処は世界の音楽の中心地で、歴史的な建物が多く残っている。その殆どが無人となっているが、ウタはそれを皆んなに知ってもらおうと、おすすめのスポットを紹介し続ける。
「それにしても、今日は1人で撮影しているわけじゃないの?音楽の先生のゴードンさんは忙しいって言ってたし」
ファンの1人が疑問に思い、質問する。うんっと頷くとそれに直ぐに答える
「今日は私1人じゃないの、ゴードンは今日はお仕事で忙しくて、誘えなくてね。今日はもう1人の同居人に手伝ってもらってまーす」
ど、同居人?一瞬ファン達はザワザワした。前までは2人しかいないと言われている島に新しい住人が来た。世界的な歌姫同居している幸せ者は誰だっとザワザワは大きくなる。
「彼は、1ヶ月前にこの島に流れ着いてきて、あっという間エレジアに住み着いたの、最初は私も怪しんじゃったけど、話してみると結構良い奴で、不機嫌そうな顔してても、目の前で仕事をしてくれてます」
不機嫌そうは一言余計だ。カメラマンである巧は別に自分に対して触れてはほしくない。ファンの嫉妬のオーラに当てられるなんてごめんだし、さっさと進めてほしいと、目で訴える。
案の定コメント欄は荒れ始めた。ウタのファンは性別も年齢層も関係なく広がっている為に、親以外の特定の異性との関係はファンとしては気になるだろうし、世界一の歌姫なら余計だ
「彼って、つまり男じゃねえか!どういう事ウタちゃん」
「誰じゃ、俺達の歌姫の家に土足で上がり込んで、同居している男は、嫉妬で狂いそうだ」
「カメラ前に出てきなさい。何もしないから」
「不機嫌って、何が不満なんじゃ、歌姫と仕事ができて一緒に住めるなんて‥‥そのポジション変われ、お願いします」
「まさか、前に聞いたエレジアの「仮面の戦士」本人?だとしたら、気になる」
仮面の戦士、そうファンの1人が指摘すると巧の眉毛がピクンと動いた。その単語を見たファン達は嫉妬に満ちたコメントを止め、「仮面の戦士」について聞き始める。
「仮面の戦士?何それ、何かの漫画の話」
「いや此処は現実だよ。海賊が蔓延っている世界にヒーローみたいな奴いるわけねえじゃん。海軍のガープさんじゃあるまいし」
「いや、前にエレジアの補給船が襲われて、ウタちゃんが撃退したって聞いたけど、その時一緒に海賊と戦ったヒーローがいたって」
海賊による略奪が日常化している世界で、それ程珍しい話ではないが、その中でヒーローというワードが注目される
エレジアのある補給員が酒場で話した事で、この噂が広まっているらしい。
「それって、顔がV字みたいな仮面つけて、体が赤いスーツのヤツだって、能力者もいたらしいけど、それをキックで吹き飛ばして、倒したって」
「俺が聞いた話だと、人型のロボットみたいなヤツが相棒で、海賊50人を吹き飛ばしたって、パンチで」
「マジで、スゲェーよ。それが本当だったら、ガチのヒーローじゃん。絵物語のソラみたいじゃん、もしかして、今撮ってるの本人⁉︎、顔見てぇぇ」
嫉妬のコメントは、謎のヒーローの存在の探究へと移る。
やっぱり面倒ごとになったっと思わず頭を抱える、半ば自分に責任があるが、馬鹿正直に紹介してしまうウタも、ウタだ。もっと上手く誤魔化す方法はあっただろうに、声を出さない様に、口をしっかり閉じる。
ウタは「皆んな落ち着いて‥」コメント欄の騒ぎを止めようと、静止するが、テンションが上がりまくったファン達は止まらない。
それは半ば狂気じみていた。彼女のファンの中には普段から悪どい犯罪者が蔓延るこの時代を憎み、恐れ、悲しむ多くの人間が見ていた。少し巧は頬を引きずった。
だから自分達に差し込んだ新たな光に縋りたいのだ。いつからスイッチが入ったのかよく分からない。
仮面の戦士の情報を人伝で聞いただけの話、そんな可能性でも信じたい、いや信じるしか選択肢なんてない。
「悪い海賊から、市民を守るヒーロー現る!ひゃーテンション上がるなぁ!」
「綺麗な歌声でみんなを導く歌姫と、悪い奴等から歌姫と市民を守る仮面のヒーロー!マジ絵になる!キタコレ!早く姿見てぇ!」
「やはりウタは俺達を救う為に来てくれたんだ。悪い海賊が溢れるこの時代に光を差し込む存在、そこに現れるヒーロー、2人はまさしく「救世主」だ!」
「救世主」、それを聞いたウタは一瞬かなり動揺した。ファン達は狂喜乱舞しており、画面越しでは気づいていない、でもカメラを持っている巧は分かった。
先程まで楽しそうにしていた彼女は、一瞬表情を曇らせ、腕は微小に震えていた。
天気は快晴、陽の光で寒くはない。その震えはきっと別のものだ。
反射的にデンデンムシを左手に持ち替えて、ハンドサインを送った。もし撮影中にトラブルがあった時に出す指示を先程、ウタから教えられていた。
目線が合うとウタは首を横に振って、笑顔を作ったが、それは強がりにである事は鈍い彼でも分かった。グッと目線を強める、それが不機嫌になっているためのそれではない。
暫く考える素振りを見せると、ウタは大きく手を挙げてファンに言い聞かせる。
「ごめんね。皆んな今日は色々と混乱している様だし、今日のウタLiveはここまでぇー!皆んなが落ち着いたら、明日も配信するから、じゃ、また明日」
半ば強引だが、無理に続けていると何処かで支障を来たす何より、主役である彼女が持ちそうにない。
歌姫と仮面の戦士の関係性が騒がれたこの日のライブは、ウタの静止でお開きになった。
liveを終えたウタはタオルを首に巻き、教会内の大きな瓦礫の上に座っていた。その表情はどこか暗く、寂しげな背中である。
「ほら」
声の聞こえた方を見ると、デンデンムシの撮影を終えた巧がいた。片手にはピンク色水筒が握られており、それをふっと彼女の前に出した。
彼の表情は相変わらずだったが、寧ろそれが安心できた。ありがとうっと小さく礼を言うと、ゴクゴクと飲む
「liveめちゃくちゃだったな」
彼女の隣のどかっと座るとしばらくの静寂が訪れる。教会内は本当に静かで、美麗なステンドガラスが光を室内に通して、空いた天井からは小鳥の囀りが聞こえてくる。
「うん、ごめんね。折角付き合わせたのに」
「別に、気にしてねえ‥仕事だからな」
「いやぁー、今日は皆んなテンション高くて困っちゃった。私だけじゃなくて、巧まで救世主なんて、あはは」
ぎこちない会話は日常的だ。しかし今日はやはり調子がおかしい、ウタは笑っているが、普段のあれとは違って光ではない。
そんな彼女にどう声をかけていいか、彼には分からない。こういう場合は慰めたり、同調して作り笑いする所なのだろうが、そんなの自分にはできない。
「救世主」
先程ファンの一人のコメントが頭から離れなかった。ウタの人気は世界的で多くの人間がそれを見て、拠り所にしている。
でも、いつからかその天使の様な歌声の彼女を「救世主」と読んで崇拝する者が現れた。最初はものの数人程度だったが次第にその数を増やして、いつの間にかかなりの数の人間が、彼女に縋り始めた。
アホらしい、馬鹿じゃないのか。そんな言葉で片付けられたらどれほど良いだろう。
短い時間だが、彼女を見ていてそんな、人外的な存在じゃない事は直ぐに分かった。唯彼女は歌が好きなだけの世間知らずな箱入り娘だ。
こんな彼女に縋るこの時代は狂っている。この世界の住民ではない彼でも、その狂信的が広まっている事にどこか冷たさを感じた。
でも、目の前にいるウタはそんなファン達の期待にすら応えようとしている。必死に笑顔を浮かべ、大衆を導こうと、「別の人間」を演じている。
「俺がそんな大層な人間に見えるか、もっと似合うやつなんて山程いるだろう、お門違いだ」
あいも変わらない憎まれ口、いつも叩いているそれとは違って何処か弱々しい、もっと並べる事ができる言葉がある筈だ、なのに出てくるのは、捻くれた言葉だけ。
何にイラついてるんだ俺は、その対象は仮初の救世主を名乗る「ウタ」
的確な言葉が言えない「乾巧」自身
それとも理想を押し付ける「ファン達」か
「ホント、巧は変わらないね。あんなに皆んなに期待されてるのに、自分を持っていられるなんて‥私は‥どうだろう」
ウタの口が吃る。
今まで無理をして演じ続けた仮面、でも最近その言葉を聞くと胸を締め付けられる。さっきだって言葉が出なくなって、どうしようもなくなる。
そんな資格は自分にあるのか‥ほんの前の自分だったらきっと無神経にそう考え続ける事ができた、でも今は‥無意識に拳の握る力が強くなる。
「何も変わらねえ。俺もお前も簡単に「それ」が出せたら、苦労なんてしてねえし、悩んだりしてねぇ。それが人間だからな」
巧は立ち上がる。むしゃくしゃした気持ちを誤魔化したいのか、それともその答えを出せない自分に言い聞かせているのか、分からない。
彼が知っているのは「歌姫」ではなく「ウタ」だ。救世主なんて大層な存在ではない。今彼女が何を背負って苦しんでいるのか、分からないが、不器用な自分が今言える精一杯の言葉だ。
「ぷっ」っと何かを吹きかける。何とも捻くれた言葉、それを何の脈絡もなく吐ける男にウタは思わず笑いそうになった。
「何それ‥似合わないよ。そんな言葉」
「五月蝿い‥分かってる。いちいち言うな」
確かに未だ彼女の表情には曇りが残っていたが、話している間は作り笑いではなかった。
いつか、彼女の背負っている「荷」の正体が何なのか、もし知れたら一緒に背負いたい。役者違いだとは分かっている、自分の周りの人間には笑顔でいてもらいたい。
巧は自分の水筒を開けると、ぐいっと流し込んだ。
展開が早いようで困る‥どうしたものか