僕はハリー・ポッター。9歳になったところだよ。勿論、誕生日パーティなんて、覚えている限りした事ないけど、早く大人になってここから出たいから、誕生日は僕にとっては──まあ、いいものかも。
僕は、いとこ家族のダーズリー家で暮らしている。ダーノンおじさんやペチュニアおばさんは僕が嫌いなんだと物心ついた時には気付いていた。
5歳の頃には家事を全てやらなければならなかった、窓枠に少しでも埃が残っていたり、窓ガラスに指紋がついていたらそれだけでおじさんやおばさんは顔を真っ赤にして「こんな簡単なことも出来ないのか!普通ならできるはずだ!!」と僕を叱責した。
でも僕は知っている。おじさんとおばさんの一人息子のデブのダドリーはそんな簡単なことも出来ないんだって。
まあ、やった事なんて勿論ないから当然かも。
ダドリーは家事なんてする必要がないんだ、いつもその辺にお菓子のゴミや食べカスを落とし、それを僕が拾ってゴミ箱に捨てる。数歩も歩かないからダドリーは豚なんだなって僕は早くから気づいた。不思議なことにおじさんとおばさんは気づかないらしい。
僕がこんな家で暮らさなきゃいけないのは、僕のお父さんとお母さんが、自動車事故で──死んじゃったからだ。僕だけを、残して。僕だけが、生き残ったらしい。
額にある稲妻型の傷は、その自動車事故の時の傷だとおばさんは嫌そうな顔をして言ったけど、僕のお父さんとお母さんが死んだのは僕が一歳になった頃だから、勿論覚えてなんかない。
僕のお母さんとおばさんは姉妹だけど、仲はかなり悪かったようで写真の一つもないから、僕は……両親の顔も知らない。
常識から外れることが大嫌いで、なによりも普通を愛するダーズリー家において、僕は異質だ。
何故かわからないけれど、くしゃくしゃで櫛の通らない髪をおじさんにバリカンで刈られて、変な髪型になってしまった時、明日からスクールで笑われてしまう絶対行きたくない早く髪が伸びればいいのに──そう思って薄っぺらい毛布にくるまって寝たら、次の日には髪が元通りになっていた。
何故かわからないけれど、おばさんが大切にしているカップを洗っていて、うっかり手が滑って割ってしまった時。食事3日抜きでは済まされないどうしよう元通りになって、どうか、バレないで──そう思ってこっそりゴミ箱に捨てたら、次の日にはカップがキチンと食器棚に当然のように鎮座していた。そっとゴミ箱を覗いたけど、中に割れたカップはなかった。
何故かわからないけれど、僕にしか見えない、聞こえないものがある。
「ハリー、何してるんだい?」
「飛んでる埃の数を数えてる」
「最高な暇つぶしだね」
ぺっちゃんこなベッドの上で、小さな窓から差し込む光を浴びてキラキラと光り、部屋の中をふわふわと浮かんでいる小さな埃を数えていたら、「くだらない」というような呆れ口調で言われた。
視線を動かせば、僕の左斜め上あたりに埃のようにふわふわと浮いている人が見える。
真っ黒な髪に、真っ黒な目。頬は真っ白で服から伸びる手足も同じように白い。僕が見た中で、テレビの中にいる子役やキッズモデルよりもかなりカッコいい。
服は上下ともに飾り気のない黒いシャツと黒膝下くらいまでのズボン。全身黒づくめだけど、白い靴下と、赤く薄い唇が妙に目につく。
「だって、暇なんだもん。閉じ込められちゃったし」
ため息をつきながら体を起こし、扉を見る。普通の部屋は、部屋の中から鍵をかけるんだろうけど、僕に与えられたこの部屋──というか、物置部屋を改造した階段下の部屋には、外から鍵がかけられるようになっている。つまり、閉じ込めることができるんだ。
昨日、いつものように家に帰りたくなくて、公園で時間を潰していたらダドリーがやってきて、にやにやと嫌な顔で笑ったゴミ箱にあった生ゴミや空き缶を僕に投げつけて来た。
僕はゴミ箱じゃない!お前の方がゴミ箱にお似合いだよダドリー!そう言って怒ったら。
何故か、不思議なことにダドリーがゴミ箱の中に入ってしまった。
丁度お尻がはまってしまい、抜け出せなくなったダドリーはそのままひっくり返って泣き喚いていた。
まずい、そう思った頃には既に遅く、家の近くの人がおばさんとおじさんを呼びに行ってしまった。
おじさんとおばさんは引き攣った笑いを何度か浮かべて、近所の人に変に思われないように「少々ダドリーはやんちゃでして!」とよくわからない言い訳をして、ダドリーをゴミ箱から救出した。
それで、生ごみに塗れて臭かったダドリーを家に連れて帰り、何があったのかと聞いて──ダドリーは勿論、「ハリーが!あいつがやった!」と叫んだから、僕はこうして閉じ込められてしまったのだ。
「暇なら、図書館に行けばよかったんじゃない?公園なんてあの豚くんが来るに決まってるだろう?」
「嫌だよ。こんな汚い服で……笑われちゃう」
「…馬鹿だねぇ。誰も君のことなんて見てないさ。自意識過剰なんじゃない?」
くつくつと、嫌な感じで笑われてしまい。僕は悔しくて枕を投げた。
けど、勿論、その枕はぶつかることなくすり抜けて壁にぽすん、と当たった。
「……僕のイマジナリーフレンドならもうちょっと優しくしてよ」
「さあ、僕は君の空想のオトモダチなのかな?」
「…そうじゃないなら、幽霊だ」
「幽霊ならば、君はもう呪い殺されているね、ハリー?」
「……うるさいよ、リドル」
リドルはくすくすと笑って寝転び頬杖をつく。まぁ、ベッドに寝転んでいるわけではなく、宙に浮かびながらそうしているんだけど。
幽霊なのか、それとも──本で見たイマジナリーフレンドなのか、僕にはわからない。
リドルが初めて僕の前に現れたのは、僕が6歳の時だ。唐突に、朝目覚めたら真っ黒な目が僕を覗き込んでいた。「ようやく見れるようになったか」とか、よくわからない事を呟いたリドルはちょっと笑いながら「初めまして、君の名前は?」と僕に手を差しだした。
僕は今度こそ頭がおかしくなったんだと思った、僕に友達なんていない。僕のベッドに寝る人なんていない、不法侵入だ泥棒だ!と思って咄嗟にそばにあった枕を投げたけど──その枕は当たらなかった。見間違いかと思って机の上にあったペンケースも叫びながら投げたけど、そのペンケースも壁に激突し、中身がばらばらと床に落ちた。
僕の叫び声を聞いたおじさんが大きな足音を立てながら降りて来て、僕の部屋に入って来たけど、リドルの姿は、見えなかったみたいだ。目の前にいたのに。
この姿は、僕にしか見えないんだ。
この声は、僕にしか聞こえないんだ。
そう、すぐ気付いた。
おじさんが「静かに寝ろ!」と怒りながら勢いよく扉を閉めて寝室に戻ってから、僕はリドルと向き合った。何度も深呼吸をして、にっこりと笑うリドルを呆然と見たことや、その後の会話は今でも思い出せる。それほど、衝撃的だった。
「僕──僕にしか見えないの?」
「そのようだね」
「き、君は、おばけ?」
「さあ、わからないな。気がついたら、ここにいたから」
「僕…ハリー・ポッター。…君は…?」
「…好きに呼べばいい、僕は君に生み出されたのかもしれない」
「どういうこと?」
「そのままの意味さ。そして──僕は僕であり、僕ではない」
生み出した?そういえば、本で読んだことがある。友達がいなかったり、辛かったりすると、空想の友達を作り出しちゃうって。
まさか、僕が、この子を作り出したの?
…たしかに、ずっと、ずっと友達が欲しかった。僕の話をちゃんと聞いてくれる友達が、欲しかった。
「……じゃあ…リドル」
「リドル?……ふぅん、まぁ、いいや」
なんとなく、頭の中に浮かんだ名前を呟く。変なことばかり言うし、答えを教えてくれないから『なぞなぞ』の意味のリドル。
ちょっと、変な名前かなって思ったけどその子は──リドルは拒絶はしなかった。
それで、もう一度僕に手を差し出したんだ。
「ハリー、君のことを教えて?ずっと君を見ていたんだ、話せるようになって、凄く嬉しいよ」
「う、うん…!」
僕はその手を握った。
全く温度のない手だったけど──たしかにそこに形があった。
さっきは枕もペンケースも突き抜けていったのに、なんで触れるんだろう?僕が作り出した空想の友達だから?……触ってるって、勘違いしてるのかな?
それから、リドルはずっと僕のそばにいる。リドルがいうには、ずっと昔からそばにいたらしい。
はじめは優しかったリドルだけど、月日が経つにつれなんか優しくなくなっちゃった。
昔はリドルの方がずいぶん高かった身長も、かなり近づいて来ている。
リドルの見た目は、僕と出会った時から全く変わっていない。成長もしないし、服もいつも同じだ。
12歳か、13歳くらいの姿のまま、ずっと変わらず僕だけが成長している事が、ちょっとだけ悲しかったのは──僕だけの秘密だ。いつか、僕は彼の身長を越してしまうのかもしれない。そうなった時に、リドルは…消えずにそばにいてくれるのかな。
全然優しくないし、嫌味ばっかり言うけど。
……リドルは僕のたった1人の友達なんだ。…たとえ、幽霊でも、僕がつくりだした存在だとしても。
ーーー
部屋に閉じ込められてしまい、顰めっ面をしていたハリーはどうやらふて寝してしまったようだ。
ふわり、とひび割れた姿見の前に飛んで移動してもやっぱり僕の姿は写らない。
ただ、自身の目で見える範囲の手や足やハリーの目に映った僕の姿を考えれば──多分、僕の年齢は12.3歳程度だろう。
僕は、ハリー・ポッターという少年につく幽霊なのか、なんなのか、それは僕自身もわかっていない。
ふっと、目が覚めるように意識を持ち、暫くはハリーの日常を見ていた。その時は意識はあったけれど思考はなく、ただそこに存在するだけのものであり、ハリーに干渉することも出来なかった。
月日を重ねるにつれ、僕は僕としての思考を取り戻していった。
僕は、トム・マールヴォロ・リドル。
ホグワーツの2年生だ。最後の記憶では、普通にスリザリン寮の自室で寝たはず。
何故この僕がこんな何処にでもいそうな少年の背後霊のようになっているのかわからない。
記憶がないだけで、僕は死んだのだろうか──と、何度も考えたが、もし死んだとすれば突然死だ。僕は病気なんてしてなかったし、誰かに呪い殺されるような恨みは買っていない。優秀で善良な模範生だったからね。そりゃ、ホグワーツに行く前は色々したけれど、何の力も持たないマグルのガキが僕に何か出来るわけがない。それに、ホグワーツでは誰かを虐めたり呪ったりなんて、まだ、何もしていなかった。
死をなによりも恐れていた。死んだら終わりなんだ。母親も死んだ。魔法使いである父親も死んだのだろう。死にたくない、消えたくない──だから、死から逃れる方法を探していた。ホグワーツを卒業するまでには見つかるかなと思ってたけど、まさかそれを見つけ出す前に、2年生になったばかりで突然死だなんて。認めたくはなかったけれど、そうでなければここにいる理由が説明できない。
……何故、この少年に取り憑くゴーストになっているのかは、さっぱりわからない。離れたくても、ハリーから10メートルとして離れることは出来なかった。
不可解な点は幾つもあるけれど、それを解明する方法もなくて、惰性でハリーの何の刺激もない日常を見ていた。
何年か過ぎた頃、突然ハリーが僕の姿を見られるようになった。きっかけは何なのかわからないけど、ハリーの魔力の発現によるものなのかも、しれない。
ここがつまらないマグル界だとわかった時は、本気で絶望した。あの孤児院で過ごしていた日々を思い出す最低な世界。
孤児院で暮らしていた僕よりも、ハリーの扱いが酷いものだったのは──まぁ気の毒だな、とは思ったけれど、本当の子どもじゃないなら仕方ないのかもね。やっぱりマグルはクソだな。
ハリーは自分では気づいていないけれど、魔力を持っていて、魔法が使えている。
まぁ、昔の僕と同じで感情が昂った時に使えているだけだ。僕みたいに意識的に使ってないし、普通の魔法族なんだろう。
親は死んだって言ってたし、……多分、僕と同じ半純血だろう。ハリーの育て親の女がハリーがいないところで「妹にそっくりできみが悪い」と呟いていたから、多分ハリーの母親が魔女だったんだ。
想像であっているかどうかわならないからハリーに教えるつもりはないけど。
僕は机の上にある破れた本に向けて指を振った。
ふわり、と本のページが捲れて開かれる。暇つぶしに本を暫く読んでいたけれど、全然面白くなくてすぐに閉じる。
この部屋には娯楽というものは何もない。勿論、壁を通り抜けて外へ行くこともできるけど、ハリーと離れられないからどうせ家の周りをうろうろする事しかできないし、魔法も杖が無ければ──そもそも、持っていたとして触れられるのかわからないけど──簡単な魔法しか使えなくて退屈だ。
僕は、なんでここにいるんだろうか。
ゴーストなら物を動かせないし、ハリーに触れられないし、魔法は使えないはずだ。
多分ハリーは11歳になればホグワーツに入学するだろうし、その時に僕が何故死んだのか、何故ハリーの背後霊みたいになってるのか原因を探ろう。僕がゴーストならば、きっと魔法族には僕の姿が見えるはずだ。
ホグワーツに答えがあるかどうかわからないけど、僕が本当に死んだのなら、死因くらいはわかるだろう。ホグワーツで死者なんて珍しいし、資料として残っているかもしれない。
僕は、誰もが僕の存在を知る偉大な魔法使いになるつもりだった。
まだ2年生になったばかりだったけれど、同級生の中で1番僕が賢かったし、上級生や教師を欺くなんて簡単だった。ダンブルドアを除いて、だけど。
まだ学びたい事がたくさんあったし、やりたかったこともあった。魔法使いの父親の事も探しきれてない。なのに、何で僕は──こんなところに居るんだろう。
何度も考えたけれど、やっぱりいつもと同じで答えは出なかった。
僕は目を閉じて、ハリーの意識の奥底に戻った。
目を開けば真っ暗な空間で、僕だけが色付いている。ハリーが目を覚ましていれば、この世界はハリーが見ているものが映るんだけど、今は寝ているから真っ暗だ。
……もし、僕が消える事が出来る方法を見つけたとして。──癪だけどディペッドかダンブルドアにハリーから頼んでもらって、僕が本当の意味で消えることが出来るとして。
僕は、それを望むのだろうか。
死にたくはない、生き続けたい。
だけど、僕の今の状況は生きているとは言えないだろう。だって、ハリーにしか存在を認識されないんだ。魔法界で過ごすゴーストになったところで、世界に大きな影響を与えることなんて不可能だ。
世界に対して何もできない。認めたくはないけど、無力だ。
ただ、思考して、ほんの僅かに子どもじみた魔法が使えるだけの矮小な存在。
生き恥を晒すのなら、いっそのこと消えた方が、何もわからなくなった方がマシじゃないかと思ったことも、あった。
だけど、ハリーがどう成長するのか見てみたい気持ちも──ほんの僅かにあるのは──事実だ。
おそらく、僕と同じ半純血で、マグルから不当な扱いを受けていて、親が死んでいる。
そんなハリーが誰と出会い、どう成長していくのか気になる。
だって、ハリーの事は2歳くらいから見ていたんだ。ハリーの悲しみや痛み、憎しみや苦しみ、そしてごく稀に──喜びや幸福といった感情を、僕は受けていた。
僕とハリーは何処かで繋がっているんだろう、ハリーが強い感情を抱いた時、何故か僕にもその感情が伝わった。
何より、初めて僕を見た時のハリーの感情と言ったら!
驚愕、怯え、そして──喜び。
ハリーが悲しめば、僕の胸は締め付けられるし、ハリーが喜べば気分が良くなる。
他者の感情が自分の精神に影響するなんて、はじめての経験だ。──はじめは、気持ち悪かったし、嫌だったけど。もう何年もこの状況なんだ、慣れた、といえる。
──多分、僕は歳の離れた弟のように、ハリーを見ているんだね。奇妙な感覚だけど。
息抜きに思いついたネタ。
今連載しているものがどれか終われば書いていきたい。