迷宮戦隊ウィザードリン 第七話『負けるな斬葉(きりは)! 刀を失くしたサムライ娘』※一~六話は存在しません 作:木下望太郎
――平和な地方都市、有飛市(あるぴし)。しかしその街に今、ドラックェン将軍率いる悪の秘密組織・ゲムゲノムの魔手が迫っていた! これは悪と戦う、勇敢なる六人の戦士の物語である!
~第七話~
「負けるな斬葉(きりは)! 刀を失くしたサムライ娘」――
クリスマスイブを明日に控えた、粉雪散る昼の街。道行く人は北風に肩をすぼめながら足を速め、あるいは商店街を彩るクリスマスの装飾に足を止める、そんな時節であった――日常ならば。
今、雪に交じって散るのは撃ち壊された建物の破片。道行く人々は決して足を止めることなく駆けていた、悲鳴を上げながら。
その光景を見、上機嫌に口笛を吹くのは騒乱の原因、ゲムゲノムの迎魔人(ゲーマじん)。頭にはテンガロンハット、顔を隠すバンダナの下からは長く牙がのぞいている。大柄な体は西部劇のガンマンじみた衣装に包まれ、肩からは四本の腕。その全てが銀色に輝く拳銃を握っていた。
「ヒューッ! 踊れ踊れ、逃げ惑えッ! この街も荒野にしてやるぜッ、この『ワイルド・アームズトロング』様の口笛がよく響くようによッ! ヒュヒューッ!」
長く響く音を立て、四丁の銃から次々と発射される弾丸がビルの表面に弾痕を刻み、コンクリートを立て続けに散らす。やがて中の柱をも砕いたか、ビルの片側が粉塵を巻き上げてなだれ落ちた。
人々の悲鳴に交じるように、ワイルド・アームズトロングが口笛を吹く。
「ヒューゥッ! どうだ人間ども、この眺めを想い出に刻んで……逝けやぁッ!」
転んで逃げ遅れたか、小さな男の子が一人、道路にうずくまっていた。アームズトロングはそこへ銃を向ける。母親らしき女性が駆け寄ろうとしたがとても間に合いそうにない――いや、間に合ったところで何ができるだろうか。ただの人間に。
震えて目を見開く子供を見て、笑いながら。アームズトロングはゆっくりと撃鉄を起こした。
そのとき。
「そこまでだ!」
魔人へ叩きつけるように凛と響く声。澄んだそれは二十歳(はたち)に満たぬ女性のものか。
「誰だッ!?」
アームズトロングが声の方へ顔を上げる。数階建てのビルの屋上に、見下ろすように彼女は立っていた。
その少女は青かった。身につけた胴鎧も、源平武者を思わせる肩の袖鎧(そでよろい)も腰に下がる草摺(くさずり)も。真っすぐに立つその姿はまるで、風にも揺るがず静かに咲く菖蒲(あやめ)の花を思わせた。目元は黒いゴーグルに覆われているが、すらりと通った鼻梁や薄い唇はあらわになっている。真っすぐに伸びる黒髪はポニーテールに結われ、頭の後ろで長く揺れていた。
「勇気の魔法が非道を正し、正義の刀が悪を斬る! 『迷宮戦隊ウィザードリン』――」
声を上げると両の手刀を振って空を裂くように舞い、顔の横へ刀を立てて構えるような形で、ぴしりと動きを止めた。
「『青の侍(サムライブルー)』! 見参!」
まるで名刀を携えた剣豪の如き堂々たる構えであった。が、少女の手に刀はない。腰にも武器を帯びてはいない。
アームズトロングが声を上げる。
「ヒューッ! 出やがったなウィザードリン!」
サムライブルーは静かに、力強く敵を指差す。
「平和な街を荒野へと変え、さらに罪なき子供の命を奪おうとは言語道断! それがしが、この刀の露に――」
言いながら、ゆっくりと腰を落とし、両手を左腰に持っていく。鞘に納めた刀の柄を握ろうとする動きに見えたが、彼女の手は空をつかんだ。
「え? あれ、この刀の……この、あれ? え?」
何度か右手を握っては開き、左手で腰をまさぐる。が、刀などはどこにもない。口元がはっきりと引きつる。
「ヒューッヒュッヒュッヒュ! どうしたウィザードリン、威勢がいいのは最初だけかッ! 来ないなら……こっちから行くぜッ! 必殺【四丁嵐射(シークエンス・クロスファイア)】ッ!」
それぞれが機関銃のような勢いで、四丁の銃が次々と火を吹く。
「ちょ、待、の、んのおおおおおおっ!」
指を伸ばした両手を勢い良く振り、全速力でビルの壁面を駆け下りるブルー。その後ろに遅れて着弾した攻撃が連続して粉塵を散らす。
地面に飛び下りると転がって受身を取り、体勢を立て直す。
「くっ……なんの! それがしが、これしきで折れると思うなよ!」
相手に向かって駆けつつ、左手の人差指と中指を立てる。空中にそれで何かの印を描いた後、突き刺すように敵に向けた。
「攻性呪文(ウィザーズスペル)、【火球(ハリト)】ォ!」
子供の頭ほどもある火の球が指先の空間に現れ、燃え盛る音を立てて敵へと飛んだ。
「チィッ! 【改造済初弾(アルターコード・ファースト)】!」
アームズトロングの右側上の手、その銃から放たれた弾丸は妙に遅く、肉眼でもその動きが十分見えた。だが、でたらめな方向に放たれたそれは鋭角的に進路を変える。落ち来る弾丸は火球に打ち当たり、双方ともが燃え散った。
「さらに食らえッ、【第二の撃発(セカンド・イグニッション)】ッ!」
右下の手から放たれた弾丸は狙いをそらしたかに見えた。だが、地面に着弾したそれは爆発を起こす。
「ぐっ!」
ブルーは腕を掲げて身を守り、横へ転がって爆風を逃れる。しかし、立ち上がるまでに一瞬の隙。
「もらった、【進化した第三弾(アドヴァンスド・サード)】、【第四の起爆弾(フォース・デトネイター)】ッ!」
左上下の手がそこへ銃弾を放つ。未だ体勢を立て直せていない、サムライブルーにかわすすべはない。
だから、彼女はかわさなかった。
「【装備外す→捨てる→袖鎧(アーマー・パージ)】!」
弾かれたように勢いよく外れた袖鎧が前に飛ぶ。二つの弾丸はそこにぶち当たり、一つは軌道を変え一つは爆ぜて燃え上がった。
「何ィッ!?」
「取った!」
サムライブルーはその隙に駆ける。宙返りしつつ大きく跳び、相手を越えて背後を取った。
だが、振り向きもせずにアームズトロングは笑っていた。
「ああ、取った。【第五の前衛者(フィフス・ヴァンガード)】」
ブルーへ向けられた銀色の拳銃。それは、背中から生えたもう一本の腕に支えられていた。
「小細工……無用!」
またも彼女は避けなかった。前へ出た。右手で敵の手首を押し上げ、銃口をそらす。同時に左手で、敵の小指を取った。ちぎり取るように、逆へ曲げ折る。
「ぎぃや……あッ!?」
ひるんだところで腕を首に、蛇のように巻きつける。そのままくぐもった音を立て、折った。
「あ……が……クソォッ……」
首を九十度曲げたまま、よろめきながらアームズトロングは倒れる。震える手を懐にやると、通信機らしきものを取り出す。
「きゅ……救援、救援だ、誰か……」
「無駄だ」
それを蹴り飛ばし、ブルーは言う。
「他の奴らはそれがしの仲間が倒したはず。貴様はここまでよ」
「な……奴らが、殺られただと……? どんなときでも一人じゃないと……思ってたのによ……ッ!」
そばに倒れていた子供を素早く抱え、ブルーは跳ぶ。一瞬遅く、自爆装置を起動したワイルド・アームズトロングの体が爆発する。
離れたところで男の子を下ろす。母親だろう、駆け寄ってくる人の姿も見えた。
「ふう……少年、怪我はないか?」
「はい!」
そう返事をした眼鏡の男の子は、先ほどまで震えていたとは思えないほど元気そうであった。体には傷一つない。
「ところでー、ひとつ聞いていいですか?」
「ん、何だ?」
子供の目線へと身をかがめた、ブルーの耳を邪気のない言葉が貫く。
「なんでー、サムライなのに刀持ってないんですか?」
そのままの姿勢でブルーは固まる。
駆け寄った母親が男児の手を取った。
「大丈夫!? ああありがとうございます本当にありがとうございます!」
男児は顔色を変えず、眼鏡を指で押し上げる。
「あのー、聞こえました? 青い人はサムライで刀で戦うってみんな言ってましたけどー、何で今日は持ってないんですか?」
サムライブルーは姿勢を変えない。瞬きだけは何度もした。
「こら、お礼言いなさい!」
男児もまた、母親の言葉にも姿勢を変えなかった。
「あとですね、首折って倒しちゃうのも……いやいやいやいや、ヒーロー的にはどうなんですかね~、とか思うんですけどね。それにサムライがマホウ剣士っていうカイシャクは決してイッパンテキではないと思われるんですがそこはありなんですかね? あ、で、けっきょく刀は」
ブルーの指先が震え始めたそのとき。
「大丈夫かブルー!」
頼もしい仲間の声が聞こえた。赤い騎士鎧、ちゃんと大剣を携えた『赤の聖騎士(ロードレッド)』。黄色い道着、両手にしっかりと金属製のナックルをつけた『黄の修拳士(モンクイエロー)』。緑のローブと桃色の鎖鎧をそれぞれ身につけ、杖を手にした『緑の魔術師(メイジグリーン)』と『桃色の僧侶(プリーストピンク)』。黒の忍服に身を包み、ナイフに似た苦(く)無(ない)を持つ『黒の忍者(ニンジャブラック)』。六人揃って、迷宮戦隊ウィザードリン。
震えながら『青の侍(サムライブルー)』は身を起こす。無理のある笑顔で言った。
「ふ……それはな、坊や。大きくなったら分かるさ。色々あるって、そうさ世間には色々あるって……」
不意に仲間たちへと向き直る。
「ここは頼む。私、いや拙者……じゃなくて、それがしは行かねばならぬ所がある! さらば!」
「おい、待てよ斬葉(きりは)……ブルー!」
レッドの声を背中に聞きながら、サムライブルーは風のように駆けた。自宅へ向かって。
「おいちょっとオヤジ……じゃなくって父上ーー!」
変身を解いたサムライブルー、セーラー服の太刀村 斬葉(たちむら きりは)は、息を切らして自宅の門をくぐった。時代劇の奉行所を思わせる、鋲打ちの大戸と横に通用口を備えた門。龍の背のように曲がりくねった松の枝が伸びる庭を駆け、玄関の引き戸を開けて廊下を走る。
「どこ行っ、いずこへ参られた父上ー!」
「おねえちゃん! そんな無理にキャラ作らないでいいから」
部屋から顔を出したのは、斬葉とは違う制服の少女。三つ下の妹、鞘果(さやか)だった。
「すまぬ、それよりオヤジは」
「なんか、話があるから道場で待ってるって言ってたけど」
頬を引きつらせながら斬葉は駆ける。鞘果も後をついていった。
庭の一角には『太刀村流居合兵道(いあいへいどう)』の看板を掲げた道場がある。道場といっても大きくはなく、家の離れといったもの。四人が入って稽古するのが精一杯という規模だ。玉砂利を踏み鳴らしつつ、二人はそこへ駆け入った。
道場の上座、掛け軸を背にしたそこには父、太刀村 刃吾郎(じんごろう)が道着姿で正座していた。
「待っていたぞ」
背は高いわけではない。髪はやや薄くなり腹は出てきていた。それでも脂肪の下に、それ以上に分厚い筋肉の存在を感じさせる、武士の体格。その男が背を伸ばし、懐手でそこにいる。
「父上、お話とは」
音を立てて斬葉が正座する。その後ろにちょこんと鞘果も座った。
「うむ、実はな」
彫像が動き出したかのような、重い動作で口を開く。そうして、抜き出した手をゆっくりと開く。床につけた。
勢い良く、頭を下げた。
「ごめん。売っちゃった、あれ。うちの家宝のさ、あれ。刀」
斬葉も鞘果も、みじろぎもしなかった。土下座している父も。
しばらく誰もそのままでいて、庭で高く、ししおどしが音を立てた。
長い沈黙の後、斬葉が口を開く。勢いづくように早口になりながら。
「……村正を? うちの家宝を? わけを話してそれがしの正義の戦いに貸していただけることが正式に決まっているはずのあの素晴らしい力を秘めた強度切れ味とも抜群刃紋もまたえもいわれぬ幽玄さを持って私も大好きだったし今までの戦いでも手に馴染んでいたあの正真正銘の、名刀村正を?」
土下座したまま父は言う。やはり早口になりながら。
「はい。あの徳川に仇なす妖刀として江戸時代は忌み嫌われ持ってると難癖つけられかねないから手放す人も当時は多かったけど逆に倒幕を志す志士なんかには大人気だったという私も私の父も祖父もご先祖もそれはそれは大事にしていて戦中戦後もなんとか隠して持ってて武士の刀本来の役目を果たさせるためお前の戦いに貸すことを決めて変身時には魔法で転送されることを許可したあの家宝の村正を、売りました」
「………………なんで?」
長く息をつきながら、ゆっくりと父が顔を上げる。
「斬葉、鞘果。もう師走だが……我々には、年を越す前に選ばねばならない選択肢が三つある。村正を売るか、この土地屋敷を売るか、密室で焚く用の練炭を買うか」
「そんな黒い三択!?」
「しかも最後年越せてないよ!」
姉妹が声を上げると、父は弱々しく笑った。
「道場も、もう長いこと門下生いたことないしね? お前たち以外。他の槍とか鎧とかも切り売りしてきたが……正直、父さんのコンビニ夜勤では限界を迎えようとしている。もちろん職は探しているのだが……差し当たって色々返すものとかもね、あってですね? 家売っても結局借家住まいで家賃いるわけだし、それで……」
不意に、しわり、と顔を歪め、叩きつけるように土下座した。
「すまん」
斬葉は目を瞬かせ、それから天を仰いだ。刀が当たらないよう高く造られた天井をじっと見る。
「……いえ……よいのです。父上こそお辛いのに……のに……」
少しだけにじんできた涙を振り払うように、勢いよく前を向く。
「私、あの、バイトします」
父はとたんに眉を寄せ、首を激しく横に振る。
「それはいかん! 悪の組織とやら、変身したお前たちでなければ倒せんのだろうが。他の仲間の方、街の人々に迷惑がかかる」
後ろから鞘果も身を乗り出す。
「そうだよ、それに私、高校に入ったらバイトする……あ、高校行けなくても働くよ!」
斬葉は再び天を仰ぐ。この年の瀬に、神もサンタもいないものかと思ったが。そういえば、うちのサンタは大したものをくれたためしがないのを思い出した。
「ほう、あのサムライが村正を帯びていなかっただと?」
有飛市(あるぴし)郊外、透衣尼(すくえに)山奥地。地下基地の薄暗い広間で、ゲムゲノム首領『ドラックェン将軍』は低い声を響かせた。その体躯を包むのは黒に限りなく近い青色をした鎧と、同じ色の兜。顔は兜の影で隠れていたが、高く通った鼻梁と引き締まった口元は見て取れた。その兜と腰の直剣には鳳凰をかたどったと見られる直線的な鳥の意匠が、いぶしたような金色に鈍く輝いていた。
ひざまずいた茶髪の騎士は声を発しないまま盛んに口を動かす。
横、いや、騎士の頭上高くから別の声が重く響いた。
「『そのとおりにございます。理由は分かりませんが、代わりの武器すら手にせず素手で戦っていた模様』と、こやつは申しております」
そう口にしていたのは大きな体を縮め、翼を畳んだ一頭のドラゴン。
鎖と板金の鎧を身につけた茶髪の青年、将軍の遠縁である『ドラグオン・ド・ラグーン』。そして彼の相棒である赤黒い鱗の竜、キャンセル。将軍には信頼され、他の者からは恐れられる一人と一頭、いや一組の竜騎士(ドラグーン)であった。
「ふむ……伝説の最強刀・村正……ウィザードリンにとってあまりにも重要な武器であるはず。理由もなく手放すわけもない。あるとすれば研ぎに出したか、それとも……?」
ゆっくりと歩きながらドラックェンがつぶやく。ドラグオンがまた口を動かし、キャンセルが代弁した。
「『いずれにせよ、刀が戻らぬ今が好機。強襲を』と、こやつは申しております」
「ふむ……」
その声を耳にして、広間に控えていた者たちが声を上げる。
色とりどりに髪を染め、極彩色のだんだら模様になった着流しの男が、下駄の音も高く足を踏み出す。口上を述べるように声を飛ばした。
「オイオイオイ! 好機だってェンなら、このオレ様の、あ、出番じゃァアねェか~あ?」
派手な隈取(くまどり)に顔を彩った、天下御免の傾奇者(かぶきもの)『天涯 魔京(てんがい まきょう)』。
横の少女が鋭い目つきでにらむ。
「大根役者は下がってな! あの子は可愛いからねェ、狩ってきてアタシんとこで飼ってやりたいね」
植物にも似た鮮やかな緑髪を短く刈った、野生的な少女はブタの腸詰を犬歯で引きちぎる。肉食獣系女子『リンダ・キューブリック・アゲイン』。
「奴らたぁ一回手合わせしてみたかった。いいや、百回でも千回でも遊びたいね」
そう口にした少年の手の上で稲妻が火花を上げ、もう片方の手が旋風(つむじかぜ)を唸らせる。その風圧に彼の三度笠と道中合羽が揺れた。風神とも雷神とも称される、二つの力を備えた強者『風雷の死煉(シレン)』。
――彼らゲムゲノムは人間界の完全支配を目論む悪の秘密組織である。人間の意志や妄念といった感情エネルギーを糧とする彼らは、人類の奴隷化、否、家畜化を計画していた。そのために、有飛市(あるぴし)のどこかに眠る伝説の存在『巨神竜D・D(ダンジョニック・ドラゴン)』の力を求めているという。
一説によればゲムゲノムら自身もまた、人間の想念が『ある種の玩具』を媒介に具現化し、自我を持った存在だと言われているが……真実は、未だ謎のベールに包まれている――。
他の者たちも口々に騒ぎ立てる中、ドラックェンの言葉が強く響いた。
「静まれ」
その一言で全ての声が止む。ドラックェンの目ににらまれた者は、せいぜい「はい」か「いいえ」で答えるのがやっと――そううたわれるほどの威圧感を備えた男であった。
「良いか。うかつには動くでない、何らかの策であるやも知れぬ。だが動かぬもまた下策。まずは斥候を――」
そのとき、異様な声が響いた。地の底で岩をこすり合わせたような低い呻き、あるいは頭に響く耳鳴りのような高い音。それらをないまぜにした、不自然な声。
「〔我ガ仔ラ……よ、妾(わらわ)は…………ヲ望ム〕」
ドラックェンはつぶやく。
「『Mother(マザー)』……」
広間正面の岩壁が二つに分かれた。扉のように横へ広がったその向こうは一面、分厚いガラスに包まれた一つの水槽となっていた。薄青い液体が満ちるその中にいたのは。頭に大量のパイプやチューブをつながれた、巨大な胎児。体の全てを機械で構成したそれは液体の中をゆったりと漂っている。見ようによってそれは、長い髪を波打たせた歪(いびつ)な聖女の姿にも思われた。
マザー、そう呼ばれた彼女はもぐもぐと口を動かし、再び歪んだ声を上げた。ゲムゲノムの誰もが知る懐かしい声を、彼らの脳内に。
「〔我が仔ラ、我ガ愛シ仔ら、ヨ。妾(わらわ)ハ……血ヲ望ム。血ヲ、血ヲ、ヒトかラ解キ放たレし最期ノ想念、血、血ノ歌ヲ妾、妾、に……〕」
「はっ、太祖Motherよ!」
ドラックェンが彼女にひざまずく。同時、全ての者が音を立ててひざまずいた。何度か瞬きをしたマザーはやがて白く濁った目を閉じる。それに合わせてか、岩壁が再び閉ざされた。
ドラックェンが立ち上がる。
「Motherのお言葉である! ウィザードリンへの斥候は積極的威力偵察とする! 出方をうかがうことは忘れるな、だが隙あらば……見(けん)に徹する必要は無し! 存分にやれい!」
マザーの名を呼ぶ声が何度も響く広間で、我こそはと名乗りを上げる者たちが他者を押し退け、前へ押しかける。
突如として切り裂くような爆音が響き、戦士たちはその動きを止めた。身の丈ほどもあるチェーンソーを駆動させ、振り上げた男がその前に立ちはだかっていたのだ。
「うるせェぞ雑魚ども! そりゃあ闘争こそがオレらの本性(サガ)だがよ……ここぁテメエらじゃ務まらねェぜ!」
盛り上がった筋肉と簡素な鎧、暴走族じみた鉢巻の他はただの人間の男にも見えたが。その目は全てを切り裂くように鋭かった。『魔怪闘士・サガン』。その巨大なチェーンソーを以て神をも一撃でバラバラにする、そう噂された古兵(ふるつわもの)である。
ドラックェンがわずかに頬を緩める。
「ほう。貴様ほどの男が出るか」
「ああ、現役を子らに譲って久しいが……もう一花と思ってね」
サガンが同じく笑っていたところで。後ろから娘たちが声を上げた。
「いえ、ここはぜひわたくしたちに!」
「そうです、何もお父様自らが」
チェーンソーを一際高く鳴らし、二人の娘をさえぎる。
「うるせェぞロマンシーヌ、フロンティーナ! ここはオレに……て、オイ。末っ子はどうした、アンリの奴はよ」
言いにくげに目を見合わせる姉妹。
「あの、それが。アンリは操縦が難しい、といいますか」
「来たくない、と言い出してどこかへ」
かっ、とサガンが喉を鳴らす。
「何やってんだあいつは、アンリ・ミテッドはよォ! 誰かあいつの説明書を作ってくれ、マトモな説明書をな! まあいい、テメエらみんなお留守番だ。従妹のミンストレーユにもそう言っとけ」
ドラックェンが声を上げる。
「では行くがいいサガンよ! 太祖Mother(マザー)の意思のままに! 任天(ニーテ)・Mother!」
サガンをはじめとした広場の者全てがドラックェンにならい、右拳を掲げる。
「任天・Mother!」「任天・Mother!」「任天・Mother!」
『天の意たる太祖に我が身の全てを任す』忠誠の言葉は波のように、広間の中を響き続けた。
翌日、クリスマスイブの昼間。川原の草むらに腰かけて、斬葉は長く息をついた。
「ていうかさ? ていうかさ、でござるよ? 『仲間に迷惑かけるな』ってんなら売るなっつーのでござるよそもそも」
力なく川へ小石を投げる。
「そう言うなよ……さすがにしょうがないさ、それじゃあ」
生まれつき赤茶けた髪をした、クラスメイトのフェンシング部員――ロードレッドこと赤貴 剣志(あかぎ けんじ)――は困ったように視線を落とし、そう言った。
小柄な坊主刈りの男がことさら明るく言う。
「それより言っていいスか? 何で今もサムライキャラ作ろうとしてんの、急にござるとか言ってんじゃねェっスよ先輩よォ」
一つ下の空手部員――モンクイエローこと突野 連太(つきの れんた)――はなおも口を動かそうとしたが、斬葉がうつむいたままなのでやめた。
三人はウィザードリンメンバーで予定している忘年会の準備で――なぜクリスマスイブに忘年会なのかは誰も尋ねなかった――集まっていた。プリーストピンクは実家である教会の行事、メイジグリーンとニンジャブラックはそれぞれ大学のサークルだとかで、今はいなかったが。だが、この場には三人の他にもう一人いた。一人、と言っていいかどうかは分からないが。
レッド――剣志が手にした透明のビンの中から、澄んだ声が響く。
「気に病むことはありません、斬葉。それよりもこれからのことを一緒に考えましょう」
その中には小さな女性がいた。トンボやセミにも似た透明の羽根を背で震わせてビンの中を飛ぶ、波打つ長い金髪の女性。斬葉たちに力を与えた存在。
――『 “大魔導師(ウィザード)”リィン』。彼女はゲムゲノムの中でも最古参の者たちの一人であったが、人間との共存を強く唱えていた。そのためドラックェンに反発し組織を離脱するものの、追手との戦闘で傷つき大半の力を失ってしまう。そこで、彼女は残された力をウィザードリンに与え、人類の未来を託したのであった――。
「リィン殿……申し訳ない」
頭を下げる斬葉を見つめ、リィンは羽ばたきながら優しげに微笑んだ。
「いえ、本当に気に病む必要はありませんよ。ここには、『強い武器と分かってて売るかな普通』とか『そーいう事情があるなら先に言っておくべきなんじゃないかなぁ何考えてんのこの親子』とか、ましてや『村正がないことに敵もすぐ気づくだろうし、その隙を突かれたらいったいどう責任取るんだろうねーどうするのかなーなんだかなーこの人』だなんて、考えている人はいませんから。たとえ考えたとしても、口に出して責める人なんかいるはずがありませんから、ね?」
固まった顔のまま、斬葉はどうにか口を動かす。
「……あの……ご、ごめんなさい」
「何を言うのです、謝ることなどないと言ったはずですよ?」
変わらずに微笑むリィンの表情は本当に、優しげではあった。
小さく咳をして剣志が言う。
「それより。リィンの言うとおり、これからのことを考えよう。とりあえずは、余ってる武器に使えるのがあればいいんだが」
剣志は腕時計型の端末を操作した。その上の空間にホログラムで、いくつかの武具のビジョンが小さく浮かぶ。
――ゲムゲノムら迎魔人(ゲーマじん)は『想念体』と呼ばれる、人間の想念――ある種の『情報』――が物質、あるいは生命体として具現化した存在である。本来実体ではない彼らに、通常の物質ではわずかな例外を除き、打撃を与えることは不可能。唯一有効な武器となるのは、同じ『想念体』。
ウィザードリンたちはリィンより与えられた力により、想念体で構成された武具を具現化し扱うことが出来る。それらは通常、『情報』として端末に保管されていた。――
「うーん……俺の方は悪いが、大したものはないな。並の西洋剣(ロングソード)ならいくつかあるけど」
端末をしばらく操作した後、剣志はそう言った。
――想念体である迎魔人(ゲーマじん)を倒した際、武具として使用可能な想念体が得られる場合がある。ウィザードリンはそれをストックすることができた――。
同じく、端末を操作しながらイエロー――連太が言う。
「こっちも先輩向きのはなあ……ヌンチャクならあるけど使うスか、この武器?」
「いや、刀の代わりにはならないよなその武器?」
真顔で剣志がそう言い、斬葉は深く息をついた。そう、そもそも村正の代わりになる武器などそう簡単にありはしないのだ。
――想念体に対して通常の物質で攻撃できる、そんな例外が一つだけある。それは『強力な想念を込められ続けた物質』。それがすなわち、村正。
民間伝承の類ではあるが、このような説話がある。刀匠村正が刀を打つ際「斬れよ、斬れよ」と念じたため、その刀は無双の切れ味を持った。だが同時に、争いを呼び寄せる妖刀ともなってしまった、というものだ。
その話は極端であるにせよ、刀匠の強い念が刀身に込められていたことは十分に考えられる。そして妖刀と畏れ、あるいは名刀と恃(たの)む、数百年に亘る代々所有者らの想い。おそらくはそれらが村正を、通常の日本刀はおろか想念体武具をも上回る『対想念体特化武器』たらしめていると考えられる――。
「とりあえずロングソードをそっちに転送しておく……ん?」
剣志が操作していた端末の画面が突然点滅し、警告音を上げる。斬葉、連太のものも同様であった。
リィンが声を上げる。
「これは……迎魔人(ゲーマじん)の反応です! 近くですね、すぐ向かって下さい!」
「了解!」
剣志は言い放つと素早く辺りを見回す。人目がないのを確認すると、手の甲を外に向け左手を顔の前に掲げた。右手でその腕を支え、宣言するように言葉を放つ。
「想念魔術武装赤(ウィザードリックレッド)、転化(アクセス)!」
端末が電子音を上げながら輝き始める。その画面から飛び出した幾筋もの赤い光、明滅する数字と文字の羅列で構成されたそれが剣志へ巻きつき、体を包み込む。一際強く輝いた後、輝きが収まると。赤い騎士鎧に身を包む、赤の聖騎士(ロードレッド)がそこにいた。
「想念魔術武装青(ウィザードリックブルー)、転化(アクセス)!」
「想念魔術武装黄(ウィザードリックイエロー)、転化(アクセス)!」
斬葉、連太も同じく青と黄の光に身を包み、青の侍(サムライブルー)、黄の修拳士(モンクイエロー)へと姿を変える。
「行くぞ!」
「おう!」
レッドの言葉に二人が同時に応え、三人揃って駆け出した。
「ヒャッハー! 刻むぜ刻むぜ、切り刻むぜェー!」
悲鳴を上げて街を逃げ惑う人波の中、迎魔人(ゲーマじん)が天へ掲げたチェーンソーが耳障りな駆動音を上げる。でたらめに振り回された長大なそれは、付近の街灯を苦もなく輪切りにし、火花を散らして自動車を両断した。それを見た人々からいっそうの悲鳴が上がる。
「ヒャハハハハ! いぃツラだぜ人間ども、テメエらもすぐにバラバラにしてやらあ! この魔怪闘士・サガン様がよォ!」
そのとき、鋭い声が上から降った。
「待てい!」
「何だァ!?」
近くの商店の屋根の上に構えを取って立つ三人。中央にいたレッドが声を上げる。
「迷宮戦隊ウィザードリン、推参! ゲムゲノムめ、悪事もそれまでだ!」
サガンが顔を歪め、チェーンソーを三人に向ける。
「チィっ、来やがったなウィザードリン! ……んん? おやおやぁ?」
卑しく顔を緩めながら、サガンがブルーを指差した。
「あれれ~? おかしいなァ、なんか違うなァ? おサムライさんよ、お腰の刀はどうしたんですかね~ェ?」
「ぐっ……!」
ブルーは思わず後ずさる。腰には借りたロングソードを帯びていた。
イエローが拳を握り、前に出る。
「うっせ、細けえことグダグダぬかしてんじゃねーぞチェーンソー野郎! その冗談みてーな顔ホッケーマスクで隠してから喋れや!」
「突野……」
ブルーは小さく息をついた。
イエローはなおも啖呵を切る。
「いいか? オトコならそーいうのはいちいちオンナに言わないもんだぜ。特に、先輩がおうちの事情でやむにやまれず村正を売っちゃったとかそーいうデリケートなことはなぁ!」
構えて正面を向いたまま、レッドが肘でイエローをつつく。
「待って、連太、待とうかちょっと、な?」
「何スか先輩、今オトコの、いや紳士の心得をっスね――」
「いいから黙れ、今のお前紳士とか以前だから、すっごいデリケートゾーン踏み込んだからな土足で今」
チェーンソーを唸らせてサガンが言う。
「ほほう、コイツぁいいことを聞いたぜ! これでサムライブルーも雑魚同然だなァ!」
「ほら見ろ、ほら見ろもう! ……えーと……あの、紳士的に忠告しておくぞゲムゲノム! 今のはウソかも知れない! お前たちを混乱させるウソかも知れないから、その辺も踏まえて判断しろ! 頼むぞ!」
背筋を伸ばして腕を組み、力強く敵を指差すレッド。
ブルーは剣の柄に手をやった。
「もういい。奴をこの場で倒せば同じだ……ゆくぞっ!」
敵を目がけて飛び下りる。腰の剣を抜きながら同時、抜き打ちに斬りかかる――つもりであった。だが実際にはそうならず、直剣は鞘の先で引っかかり、動きを止めた。
「しまっ――」
た、と言う前に、目の前でサガンがチェーンソーを振り上げるのが見えた。
「ヒャッハー!」
空気を震わせ、高速で駆け回る刃がブルーの眼前に迫る。
「ぐ……!」
それは判断ではなく反射的な動き。ブルーはとっさに剣を手放し、刃のないチェーンソーの側面を白刃取りに挟んでいた。
「先輩!」
イエローが跳び蹴りを放ちレッドが斬りかかる。サガンはチェーンソーを引き、大きく後ろへ跳んだ。
「すまぬ、助かった」
ブルーは剣を抜き、構える。その瞬間に愕然とした。武器のバランスが全く違う。カミソリのように繊細な一面を持った日本刀と異なる、気の利かないナタのような分厚さ、重さ。『斬り裂く』ための日本刀とは違う『断ち割る』ための武器。たとえるなら細長い斧か金属製の尖った棍棒。種類によっては異なるが、それが多くの西洋剣(ロングソード)の姿であった。
「いぃ、やあっ!」
切先をふらつかせながらも振り上げ、踏み込んで斬りつける。その目の前をチェーンソーが横なぎにかすめる。火花を散らして、剣は中ほどから二つに削り切られた。
「な……!」
サガンが笑う。
「ヒャーハハァ! どうしたどうした、ガラスの剣みてェにもろいじゃねェか。どうやらマジに村正がなくって、仕方なしに使ってるらしいなァ? まあどっちでもいい」
駆動音も高く、サガンがチェーンソーを振り上げる。ブルーは飛び退こうとするが、おそらく間に合う距離ではない。レッドとイエローも間合いの外にいた。
「オラ、死ねェ!」
チェーンソーが振り下ろされようとしたそのとき。別の男の声がした。
「攻性呪文(ウィザーズスペル)、【連火炎(マハリト)】!」
横合いから飛んだいくつもの火球がチェーンソーの側面に当たり、燃え上がる。
「フッ……反応を追って来てみれば。間一髪、といったところかな」
気取った仕草で杖を構え直したのは緑の魔術師(メイジグリーン)。両隣には桃色の僧侶(プリーストピンク)、黒の忍者(ニンジャブラック)の姿もあった。
サガンは後ずさり、武器を下ろす。
「チィっ! まとめて血祭りに上げてやりてェが……ここは斥候の務めを果たすとするか。あばよカスども! 次に会ったときがテメエらの命日だ!」
「おのれ、待て!」
背を向けて駆けるサガンを追ってブルーは走り出そうとしたが、グリーンがそれを制止する。
「ボクらが追う、無理はしなくていい! ピンク、残って診てやってくれ。みんな行こう!」
「ああ! 待てゲムゲノム、さっきのはお前らをはめる罠だからなー! ホントにウソだからなー!」
レッドの未練がましい声が遠ざかっていくのを聞きながら、ブルーはその場に膝をついた。
「大丈夫ですか先輩!」
少女らしい澄んだ声を上げてピンクが駆け寄る。ブルーは顔を背けた。
「いいんだ、怪我はない……それより奴を追わねば」
立ち上がろうとしたところで、離れた所から幼い声が聞こえた。
「あのー、おねえさん」
昨日ワイルド・アームズトロングから助けた、眼鏡の少年だった。
ブルーは小さく微笑む。
「君か。またあんなのに出くわすとは、災難だったな」
眼鏡を、くいっ、と押し上げながら少年が言う。
「あのー、サムライのおねーさん。今日もまた、刀持ってないんですね」
ブルーの動きが止まる。
少年はまた眼鏡を押し上げた。
「しかもなんか黄色の人、刀売ったとか言ってましたよね、あ、あくまでぼくの聞きまちがいでなければですけど」
ブルーはそのままの姿勢で視線をそらせた。
少年はしきりに眼鏡を押し上げる。
「いや~、でもまさかね、正義の味方が大事なブキを売っちゃうなんてありえませんよね、まーさーかーね? ありえませんよホントひどいこと言うなあって思いましたよあの人。まったくもー、おねーさんがそんなバカみたいなことするワケありませんよねまったくもー。ね?」
「そそそそうだな、まったくだなあり得ないよなー、それがしもそう思うなー」
ブルーは変わらない姿勢で、ちょっとだけ小刻みに震え出していた。
「せ、先輩気をしっかり!」
ピンクがブルーの肩に手を置く。それから子供の方を向いて笑いかけた。
「きみ、ごめんねーちょっとお姉さん具合悪いみたいだからここまでで、ね?」
「はーい! ありがとうございましたー!」
子供が駆けていった後、ブルーは宙に視線を漂わせながらつぶやいた。
「そうだなまったくだなおかしいよなそう思う、それがしもそう思うんだよなあ、こんなので街を守ろうとかおかしいよな正義っていったいなんだろううふふふふふ」
力ないその体をピンクががくがくと揺さぶる。
「先輩、帰ってきて下さい先輩! 楽しいこと考えましょう、ほら今晩忘年会ですよ、忘年会!」
ブルーは力なく微笑みながらピンクを見る。
「そうだったな忘年会だ、年頃の男女が六人も雁首揃えて忘年会だよクリスマスイブにな、うふふふあはは嫌だもう何もかも、そうだ京都行こう清水の舞台から飛び降りる予定で京都行こう」
「先輩っ、せんぱぁぁぁい!」
ピンクの悲痛な声は吹き荒ぶ北風に混じり、よく晴れたイブの空へと消えていった。