迷宮戦隊ウィザードリン 第七話『負けるな斬葉(きりは)! 刀を失くしたサムライ娘』※一~六話は存在しません 作:木下望太郎
ロードレッドは力強くファイナーを指差す。
「皆が楽しむ聖なる夜を騒がし、プレゼントならぬ恐怖を与えるとは悪鬼の所業!」
モンクイエローが拳を振り上げる。
「つーか、子供のプレゼントまで盗ってるらしーじゃねえか。極悪の上にみみっちいんだよオマエら!」
メイジグリーンが杖を掲げる。
「その非道、ボクらが止める! 覚悟!」
ファイナーが再び五人を見回す。それから小さく息をついた。
「フン……サムライとやらはいないのか。なら、興味もないね。サガン、ドラグオン。お前たちに任せる」
サガンが小さく一礼する。
「はっ。さあて、行きやがれ『スリライム』ども! 奴らに戦慄(スリラー)を教えてやれい!」
小さなガラス玉のようなものを地面へ叩きつける。そこからどろどろと流れ出た青色のゲルが膨れ上がり、やがて何十もの塊に分かれた。
――ドラックェン配下の下級戦闘獣『スリライム』。タマネギのような形をした一抱えほどの体躯に、丸い二つの目と牙のある口のみを備えた外観をしている。戦闘力は低いものの、ドラックェンの魔力によって増殖する彼らはゲムゲノムの戦力を量的に支えているといわれている――。
スリライムたちは体を震わせ、独特の鳴き声を上げながらウィザードリン目がけて跳ねた。
「スリラー!」
「リラリラー!」
レッドが野球の打者のように大剣を構える。
「来たな、そぅりゃああ!」
振り子打法。足を送ると同時に繰り出した、剣の刃ではなく横腹で数匹をまとめてとらえる。そのまま、ゴム毬のように吹っ飛ばした。
地上の敵目がけ、イエローが蹴りの体勢で飛び下りる。
「よっしゃらぁー!」
一匹を蹴りつけ、その反動で跳んで別の一匹を踏む。そのまた反動で別のものを蹴り潰し、繰り返しながら敵の群れを駆けた。端まで行って、一匹を宙高く蹴り上げる。
「しゃおらっ!」
自らも高く跳び、前転しながらのかかと落とし。それが敵の体を地面に叩きつけた。
メイジグリーンは杖を掲げる。
「『我は“囁(ささや)く”異界の言葉』」
プリーストピンクが後を受けるように唱えた。
「『我が紡ぐは平和の“祈り”』」
「『 “詠唱”せしは氷獄の鍵』」
「『今こそ“念じよ”祝福の光』」
グリーンが杖を突き出す。
「攻性呪文(ウィザーズスペル)! 【氷裂波(マダルト)】!」
杖の先からほとばしる吹雪が、北風の音を上げながら敵を包む。小枝を踏み折るような音と共に、多くのスリライムが氷に包まれた。
そこへピンクが杖を構える。
「療性呪文(ヒーラースペル)攻式、【聖炎弾(リトカン)】っ!」
金色に輝く火球がいくつも打ち出され、軽い音を立てて氷漬けの敵を打ち砕いた。
そして、ブラックは。
「んふふ~みんな強いねぇ、頑張れ~、あはは~?」
ニンジャブラックは未だに酔っていた。屋根の上でふらついてどうにか足を継ぐ。
「あらら……おおっと?」
一際大きくよろめいたとき、手に持っていた苦無を地面へ落とした。それを拾おうと手を伸ばした際、懐の手裏剣も全部下へぶちまけた。
「あら~ららら~……」
膝を抱えて地面を見るばかりのそこへ。奇声を上げて、複数のスリライムが跳びかかる。
バランスを崩し、落下するブラック。しかしその顔は笑っていた。
「らららの……ららっと!」
闇の中で獲物へつかみかかるフクロウの爪にも似て、その手はしなやかに閃いた。片手片膝をついて着地したその後に、音を立ててスリライムが落下する。例外なくえぐられ裂かれ、あるいは二つに分かたれて。
スリライムの体液が滴る指を払い、舌なめずりしてブラックは笑う。
「んふふ~。さぁて、雑魚はみぃんな首はねちゃったよ? 次は次は?」
イエローが頬を引きつらせる。
「やべ……【無刀の斬手刀(ヴォーパル・ソードレス)】、相変わらずハンパねぇスね」
レッドがうなずく。
「ああ……あいつらのどこが首なのか、正直分かんないけど」
首を巡らせ、獲物を探していたブラックの動きが止まる。
「お次は、お次はぁ……君だっ!」
黒い風のように速く、身を低めたブラックが駆ける。サガンでもドラグオンでもなく、その向こう。こちらに背を向けた大剣の男を目がけて。
不意に、手首の端末からリィンの通信が響く。酔いのせいか、ぶつ切りの言葉。しかし叫ぶような勢いで。
「待って、待ちなさっ、彼は――!」
その言葉が終わるより早く、ブラックは跳んでいた。大剣の男は振り向いてすらいない。ブラックの人差指が、その無防備な首にかかろうとして。
「アンタには――興味ないね」
向こうを向いたままの男が首の後ろへ手を伸ばす。その小指が、ブラックの人差指へ正確に巻きついた。
「え……」
つぶやくブラックが次の動きを起こすより先に。大剣の男は身をよじる。人差指の関節を極(き)めたまま相手を投げ落とし、流れるような動作で足刀を打ち込む。倒れたブラックの首へと。
ブラックは身を震わせて息を大きく吹き出し、それから動きを止めた。
レッドが口を開ける。
「な……」
リィンが端末から声を上げた。その口調に酔いの気配はすでにない。
「不用意に手を出してはなりません、彼は強い……ゲムゲノム前副将軍、ファイナー・ファンタジェンⅦ世は」
イエローが顔を歪める。
「先の副将軍だかちりめん問屋だか知らねーがよ。先輩離せやゴラァァ!」
駆け出し、跳び上がりざまに側頭部目がけ蹴りを放つ。ファイナーは剣を抜くそぶりも見せず腕で受けた。イエローは着地と同時、刻むような連続の突き。さらに踏み込み、右腰に溜めた拳をひねりながら打ち込んだ。そのどれもがファイナーにいなされたが。イエローは蹴りの体勢に入りながら小さく跳ねた。
「ふん……」
つまらなさそうに息を吐き、ファイナーがそこへ手を伸ばす。イエローはしかし笑った。
「【魔術式閃光脚(ウィザーディック・シャイナー)】!」
足先の空間、空中に具現化させた光の壁。それを蹴って逆側へ跳びつつ、頭部を狙った膝蹴り。
「何……?」
とっさに身を引いたファイナーにかわされる。しかし、イエローはさらに身をひねる。
「――かーらーの! 【胴廻し旋円蹴(ジャイロブレイク)】!」
空振った勢いのままに体を横回転。膝蹴りとは逆の足で繰り出す後ろ回し蹴りが、かかとからファイナーを襲う。
はずであった。イエローの蹴りは再び空を切る。どころか、ファイナーの姿がどこにもない。
「へ?」
「イエロー、上だ!」
レッドの声に顔を上げると、そこにファイナーがいた。輝く闘気を吹き上げる大剣を、こちらへ振り下ろしながら落下してくる敵が。
思わず目をつむろうとしたところでレッドが駆け寄る。
「【君主たる者の楯(ノーブレス・フィールド)】!」
横腹を見せて剣を掲げる、その先の空間に赤く、盾をかたどった紋様を持つ光の障壁が現れる。ファイナーの剣は火花を立ててそれとかち合い、弾き返された。同時、障壁がガラスのように砕け散る。
ファイナーがわずかに頬を緩めた。
「へえ、俺の【無頼刃(ブライバー)】を止めるとはね。手を抜くんじゃなかったな」
レッドは歯を噛み締める。
「く……だが、退くわけにはいかない! 行くぞ、【疾駆する真紅の剣(クリムゾンフェンサー)】!」
赤い光をまとう剣を構え、連続で突き、斬りかかる。そのどれもが弾かれた、片手で軽々と振るう相手の大剣に。
「くそ、先輩オレも!」
イエローも加勢に駆ける。だがファイナーは表情を変えない。
「先に言っておく。安心しろ、峰打ちだ。――【超級・無刃破断(むじんはだん)】」
大剣の刃を返し、峰をこちらに向けた――までは見えた。気がつけば、レッドは宙を舞っていた。地面に倒れる。横では同じく吹き飛ばされたイエローが、小さくバウンドして落ちた。その後でようやく、体の上で無数の箇所が痛み出す。
グリーンとピンクが駆け寄ろうとするが、目の前の地面が突如炎を上げる。二人の頭上、空中には羽音も重く、赤黒いドラゴンが羽ばたいていた。その背には長剣を手にした騎士。
竜が残り火を口から吹き出し、重い声を響かせた。
「『貴様らの相手は俺たちだ』と、こやつは言うておる。無論我も同感よ」
地上ではサガンがチェーンソーを唸らせた。
「ヒャハハァ、すぐ楽にしてやるぜェ!」
グリーンは唾を飲み込み、ピンクはグリーンへ身を寄せる。
肌の色が変わるほど左手首を握り締めながら、斬葉は端末が送ってくる音声を聞いていた。
「皆……」
鞘果が言う。
「おねえちゃん。行くの?」
握り続けていた手の震えが止まる。斬葉は顔を背けた。
「……来るなと、言われた。私が行っても、何も――」
「おねえちゃん?」
たしなめるように言った妹。聞き慣れない声色に、斬葉が顔を上げると。その鼻を、強くつままれた。
「ふがっ!? にゃ、何を」
白い息がかかるほど、顔を近づけて妹は言う。
「知ってるよ。行きたいんでしょう、皆の所。おねえちゃんならそう言う。そういう人だから」
手を離し、背を向ける。
「刀になりたい、なんて言ってたけど。とっくにそうだよ、刀みたいな人。まっすぐで、ぜったい折れないし曲がらない」
斬葉は苦く笑い、息をつく。
「私は、そんな立派なものじゃない」
鞘果は笑う。
「そうでなけりゃ昨日だって、刀もないのに戦ったりしないよ。しかもそのまま勝ったりしない」
「鞘果。……止められると、思っていたよ」
見上げて微笑む斬葉に、妹は苦く笑う。
「止められるもんなら止めたいんだよ素手で行くとかバカみたいなの? でも、止めた方が死にそうなんじゃさ」
うつむいて、深く深く息を息をつく鞘果。顔を上げ、ささやく。
「行きなさい、おねえちゃん」
斬葉は思わず口を開けたが。その口をきつく引き結ぶ。小さくうなずき、立ち上がる。
「……行ったところで、何ができるかは分からない。刀はない、刀のような精神も、私が持ち合わせているとは思えない。だが、戦えるのは私だけだ」
雪の散る空へ向け、強く息を吐き出した。
「ならば。それがしが、刀になろう」
仲間の、そして敵のいる先を見据えながら言う。
「鞘果。一つだけ頼まれてくれぬか」
「ぐ……うぐ……」
凍るようなアスファルトの上、レッドはうつぶせに横たわっていた。そばでは他の四人も同様に倒れていた。
黙って口を動かす騎士がこちらに剣を向け、傍らの竜が声を上げた。
「『ここまでだ。いかな選択をしようと、お前たちを待つのは“非業の死(バッドエンド)”のみ』と、こやつは言うておる」
サガンがチェーンソーの音を立てる。
「ヒャッハァ、今度こそ血を捧げてくれるぜェ!」
後ろに下がったファイナーがかぶりを振る。
「やれやれ、思ったほどの奴らでもなかったな。後は任せる、好きにしろ」
「はっ! さて、死ィねッ……!」
そのとき別の声がした。けして大きくはないその少女の声はしかし、切り裂くような駆動音には紛れず、鍔音(つばおと)のように凛と響いた。
「やめておけ」
誰もが声のした方を見る。そこには丸腰の、青い剣士がいた。刀を持たないサムライブルーが。
倒れたままのグリーンとピンクが声を上げる。
「何で、ここへ」
「先輩……来ちゃ、ダメです」
表情は変えず、ブルーは目だけでそちらを見る。
「思い違うな。それがしはそれがしのため来たまで」
敵の方へと向き直る。構えは取らず、静かに言い放つ。
「勇気の魔法が非道を正し、正義の刀が悪を斬る。迷宮戦隊ウィザードリン、『青の侍(サムライブルー)』――見参」
サガンが声を上げる。
「何が正義の刀だ、丸腰の――」
さえぎるようにファイナーが口を開く。
「サムライブルー……剣を失くした剣士、か。アンタの声を聞いてみたかったが――」
倒れ伏す五人に目をやる。
「――こいつら程度とお仲間じゃ、たかが知れてるか。興味が失せたね……サガン、そいつから殺れ」
「ははっ! さぁて、今度こそ切り刻んでやるぜェ!」
ブルーは敵に向かい、左足を前に出した。半身を切り、腕は構えないまま。
敵を見据えたまま言う。
「皆、すまぬが。使っていない武器を全て、それがしに送ってくれ」
レッドが言う。
「だが、使いこなせ――」
「全てだ。頼む」
「……分かった。皆、ブルーに武器を!」
五人が端末を操作し、武器をブルーの端末へ転送する。
ブルーは自分の端末を操作した。文字と数字の羅列でできた青い光が両手へ走り、斧とヌンチャクを形作る。
サガンは肩を揺らして笑う。
「オイオイ、そんな武器で――」
「来い」
サガンの表情がとたんに歪む。舌打ち一つ、チェーンソーを高く構えた。
「言われんでもよ。死ねェェ!」
唸りを上げて連続で襲い来る凶器を、ブルーは舞うようにかわし続ける。武器は使わず、両手に持って垂らしたまま。
サガンがしびれを切らしたか、一際大きく声を上げる。
「チョコマカと……死にさらせェェェ!」
草を刈るように、足元を大きく薙ぎ払う。ブルーはその場で垂直に跳び、身をかわした。
が。サガンは口の端を上げる。わざと跳び上がらせ、身動きの取れない空中にいるところを追撃で仕留める、それが狙い。
が。斬葉の狙いもまた、そこにあった。あらかじめ仕掛けてあった端末の、最後の決定ボタンを押す。
「【アイテム→捨てる→全て(オール・パージ)】!」
端末から数え切れぬほど幾筋も、青い光がほとばしる。剣に杖に鎚に、手甲に短剣、槍に、次々と実体化した武器は重力のままに落下した。チェーンソーを振り上げようとしていた、サガンの上に。雪崩のように。
「な……あああああァッ!?」
降り注ぐ武器の雨のうち、いくつかはチェーンソーに両断される。それ以上のものがサガンを傷つけ、またそれ以上のものがただ地面に落ちた。舞い上がった雪と粉塵が辺りに漂う。
頭を押さえていたサガンはやがて辺りを見回す。
「クソ、脅かしやがって……野郎、め――?」
鮮やかに、サガンの体は縦回転させられていた。
武器に気を取られたサガンの視界の外、地面すれすれをブルーは駆けていた、背後へ。そこから両脚を腕ですくい上げ、勢いよく逆さにしたところで。頭から、突き刺すように叩きつける。手放して地面に置いていた、斧の横腹へ。
逆立ちのまま何度か震え、ゆっくりとサガンは倒れた。地面に転がったチェーンソーが駆動を弱める。
イエローが声を上げた。
「うお……さすが過ぎだろ、先輩」
そのとき、ゆっくりとした拍手が響く。大剣の男、ファイナーが手を叩いていた。
「見事だ。得意の武器もなしにあのサガンを倒すとはね……正直、予想してなかった」
ブーツの音を響かせ、ブルーの方へゆっくりと歩く。
「また少しアンタのことを知りたくなったよ、青い剣士。声を聞かせてくれ、アンタの言葉を――武士の魂、かけがえのないものを失って、なぜ尚も、戦うのかを」
斬葉は身構えながら口を開く。端末に武器はもうない。
「失ってなどいない。折れず、曲がらぬ、心こそが刀。それだけよ」
「なるほどね……俺には、分からないな――」
ゆっくりと、ファイナーが剣の柄に手を伸ばす。
不意に、地面を這いずる音がした。
「おのれ、クソがァ……ッ!」
サガン。頭から血を流し、首を不自然に曲げたサガンが這い寄ってきていた。懐から何か端末を取り出してみせる。
「許さねェ、許さねェぞ……オレ様によくもォ! テメエにも、テメエにもこの屈辱味わわせてくれらァ!」
ファイナーの表情が変わる。
「待て! そのスイッチは置いていくと言ったはずだ」
サガンの歪んだ笑みは変わらない。
「へっ、今さら聞けませんや……そゥらァ!」
スイッチが押される。何も変化はない、そう見えたが。突然、付近の住宅から物音が上がる。扉を叩きつけるように開けた音。
玄関の先に子供がいた。小さな子供、ただしその目は青い光を宿し、手にはハサミを握り締めていた。口からはわずかに青い煙が上がっている。別の家々からも同じように、光る目をした子供が歩み出る。
サガンが嘲笑う。
「ヒャ、ヒャハハ……何人かにゃあムリヤリ飲ませといたぜ、あの薬(ポーチョン)をよ。さあガキども……そのクソどもを殺せェ!」
竜が炎を宿す口を開く。
「品のない奴め……」
ドラグオンもうなずき、剣を構えようとする。しかしファイナーが手で制した。
「待て。もうしばらく、奴らの様子を見る」
ブルーは歯噛みして辺りを見回す。子供たちの足取りは遅いが、確かにこちらへ近づいていた。後ろの方には追ってきた家族らしき者らの姿も見えたが、子供たちから上がる煙にあてられてか、次々と倒れていった。
イエローが歯噛みする。
「ちくしょ、何だこいつら!」
倒れたままの五人へと子供たちが向かう。一人がハサミを振り上げた。
「皆!」
ブルーが駆け寄ろうとしたところで。子供たちへ逆に、ブラックが抱きついた。
「くふう……ちょっと何がなんだかだけど、何とかしとくわ。そっち、お願い」
ピンクも別の子供の足をつかむ。
「この子たちは行かせません、スイッチを奪って下さい!」
ブルーはうなずく。
「……承知した、そちらは任せる」
そのとき、聞き覚えのある声がした。
「おね……ブルーさん! これを使って!」
鞘果。民家の庭木に登った上から投げてきたのは日本刀のようだった。
ブルーは受け取ると鞘を腰帯に差し込み、刀身を抜き放つ。構えた。
「かたじけない、下がっていてくれ」
ドラグオンが口を動かし、竜が喋る。
「『予備の刀があったのか?』か、いいや……我の目にはただの実体としか映らぬ。想念体には無力のはず、どころか。刃すらついておらぬぞ。模擬刀なぞ持ち出してどうする気だ」
サガンが息も荒くチェーンソーを拾い上げる。アイドリング音を立てていたそれを、爆音を上げて再駆動させた。
中段に構えたブルーが駆ける。
「しぃやっ!」
矢のように繰り出す突き。それはふらつくサガンの喉を正確にとらえていたが。
「チイッ、うぜェ!」
まともに受けたはずのサガンはひるんだ様子もなく、払うようにチェーンソーを振るう。
ブルーは跳び退いてかわす。脇の下に汗がにじむのを感じながら、刀を構え直した。
ブルーは、斬葉は考えていた。村正が強い想念を受け続けたゆえに想念体を斬ることができるのならば。自分の想いが染みついたものなら、多少は同じことができるのではないか。たとえば稽古で愛用してきた、来る日も来る日も懸命に振るい続けてきた、居合刀でも。
リィンが端末を通じて声を上げる。
「退きなさいブルー! その武器では無理です!」
敵を見据えてブルーは答える。
「無理だとしても、それがししかおりません」
中段に構え、後足を前へ寄せた。効かないならば数を繰り出し、小手打ちで端末だけを打ち落とす。そのつもりで踏み込んだ。
「けぇえやっ!」
遠間からチェーンソーの隙間を縫い、胸を突く。横へ変化しつつさらに打ち込み、不意に引きながらの小手打ち。
「チイッ!」
敵もその策は予想していた。片腕で端末を抱え込み、居合刀からかばう。
「く……」
ブルーは体勢を立て直す。打ち続けながら大きく飛び込み、組みついて奪おうと手を伸ばした。しかし、サガンは大きく跳び退き距離を取った。
荒い息の下からサガンが言う。
「小ざかしい野郎だ、チマチマとよォ……次でケリつけて――」
ブルーは息を短く吐く。決着をつけるというなら全力の攻撃が来るはず。奴も負傷している、片腕では思うさま振るえない。なら、端末をポケットにでも入れるのか――チェーンソーをかわしてそこを狙う。そう考えた。
しかしサガンは構えを取らず、何かに気づいたように後ろを見た。その顔が卑しく歪む。
「オォイオイオイオイオイィ? どうやら、オレァいい子ちゃんだったらしいぜ? とんだプレゼントが来たもんだ」
背後へ手を伸ばし、引っ張ってきたのは。子供。仲間たちが止めてくれているのとは別方向から来たらしい、操られた子供だった。
「なっ……!」
ブルーは息を飲み、レッドが声を上げる。
「なんだと……卑劣な、その子を離せ!」
サガンはなおも顔を歪める。
「んん? あぁあイイぜ、オレもそろそろ限界だ。こんな茶番はやめにしたかったところよ……こんな風にな!」
端末を子供に押しつけ、背を押す。ふらふらと歩く、その小さな背中を見据え。サガンは、駆動音も高くチェーンソーを振りかぶった。
「くそっ……!」
刀を振り上げ、ブルーは駆けた。
端末からリィンが声を上げる。
「待ちなさい、その武器では!」
それでもブルーは、斬葉は駆けていた。リィンの言葉も頭の隅には聞こえていたし、居合刀では通用しないことも分かっていた。それでも駆けた、止まれなかった。
天を指したチェーンソーが動きを止め、子供へ向けて振り下ろされる。
斬葉は大きく跳び込んだ。奴を斬れずともいい、奴の武器だけ止まればいい。斬れなくていい、折れなければそれでいい。曲がらず受けられれば、それだけでいい。
折れるな私の武器、擦り切れるほど振るった私の愛刀。曲がるな私の刀、今ただこの一撃だけは。折れるな。曲がるな。
「うおおおっ!」
その一撃は間に合った。居合刀はチェーンソーとかち合い、火花を上げる。
サガンが唾を飛ばして笑う。
「バカめ、切り刻んでやらァ!」
しかし斬葉の目は、それをとらえてはいなかった。火花を映す焦点の合わない瞳のまま、つぶやく。
「折れるな、曲がるな、折れるな。曲がるな――」
震えながらもチェーンソーに大きく押され、やがて声がかき消される。そして小さく、唇だけが応える。
――折れぬ。曲がらぬ。折れぬ、曲がらぬ――――斬る。
叫んだ。
「おお……うおおおおおおっっ!」
そこから踏み込み、刀を振り抜く。サガンの後ろまで駆け抜けた。
やがて武器は中ほどから、二つに斬られて地に落ちる。未練がましく弱い駆動音を上げる、チェーンソーは。
「あ……あ……?」
切断されて吹き飛んだ鎖刃(チェーン)を見つめながら何度も瞬くサガン。振り返るその目に映るのは。白く輝く炎を噴き上げる、斬葉の刀。
斬葉は刀を掲げる。血を払うように、半円を描いて斜め下へ振るう。炎の軌跡が夜を裂き、火の粉が白く雪に交じった。
レッドが声を上げる。
「あれは、いったい」
リィンの声が端末から響いた。
「『想燃』……気化した物体が高エネルギー下で炎となるように、彼女は燃焼させています。おそらくは自らの想念、また防具を構成する想念体を。あれは斬葉の魂の刀――いわば、【命刀 焔正(めいとう ほむらまさ)】」
焔正をゆっくりと、斬葉は腰の鞘に納めた。その鞘もまた輝き、白い炎を吹き上げる。鞘を支える左手の、親指で鍔を押し上げる。右手で柄を握り直し、腰を落とした。
サガンが後ずさり、小さく悲鳴を上げる。
「ひ……!」
斬葉は静かに声を上げた。
「参るぞ。太刀村流居合兵道・奥伝(おうでん)――【万刀帰一(ばんとうきいつ)】」
足音も立てず斬葉は駆けた、まるで刃が滑るように。一直線に。折れず。曲がらず。最後の一足を踏み出しざま、腰をひねり鞘を引く。焔正が鞘走り、その一刀が敵を斬った。斜め上へと一文字の逆袈裟(ぎゃくげさ)に、炎の軌跡を残しながら。
二つに分かれた体のままでサガンがつぶやく。
「ヘッ……キレイなもんじゃ、ねェか……人間の、本性(サガ)もよ」
そのまま小さく爆発し、斬葉は熱風に打ち倒された。
「ブルー!」
傷ついた体を引きずるようにしながらも仲間たちが駆け寄る。
炎の消えた居合刀を手に、斬葉は倒れていたが。どうにか身を起こした。
「皆……大事ないか」
グリーンが苦く笑う。
「こっちのセリフだよ、ブルーちゃんさ」
そのとき、涼やかな声が響く。
「見事。見事だ青い剣士……いや、サムライブルー」
ファイナーが、小さなクリスタルを手にこちらを見ていた。六人は身構えるが、ファイナーは背に納めた剣を取る様子はなかった。音を立ててクリスタルを握り砕く。そこから青い光が幾筋も飛び立ち、子供たちの体へと吸い込まれていった。
「奪ったものは返しておいた、煙にあてられたものも目を覚ますだろう。安心しろ、どちらも後に害はない。――帰るぞ」
言い捨てて、ドラグオンらの方へと歩く。竜の背に手をかけ、くくりつけられていた袋を外した。地面に落ちたその中からは、色鮮やかなリボンをかけられた包みがいくつも顔を出していた。
斬葉は言う。
「お前は、いったい」
目だけ斬葉へ向けてファイナーが答える。
「万全ならともかく、今のアンタに興味はない。サガンの仇はそのときに討とう」
ファイナーとドラグオンは竜の背にまたがる。降り続く雪を吹き飛ばすような風を起こして竜が羽ばたき、浮き上がったかと思うと夜空へと消えていった。
空を見上げてレッドがつぶやく。
「ファイナー・ファンタジェン……恐ろしい敵だった」
ブラックが言う。
「それでも、ま。助かっちゃったねー、斬葉ちゃんのおかげで」
皆が笑ったところで、傍らから幼い声が聞こえた。
「あの、おねえさん」
操られていた子供たち、その一人。よく見れば、斬葉には覚えがあった。昨日と今日の昼に助けた、眼鏡の少年。
斬葉は息をついて笑う。
「君か。……すまないな、本物の刀はまだないんだ」
少年は首を横に振った。
「カッコよかった。カッコよかったです、おねえさんは」
斬葉は微笑む。
「ありがとう。それがしも、そう思うんだ」
変身を解き、六人で夜道を帰る。
イエロー、連太が大きく伸びをした。
「いやー、しっかしえらい目に遭ったスねー。イブだってのに」
ブラック、しのぶが一つ手を叩く。
「よっし、じゃ景気づけに二次会しよっか!」
ピンク、泉が控えめに苦笑いした。
「元気ですね先輩……」
レッド、剣志が言う。
「それより。今日は本当に助かった。ありがとう、斬葉」
グリーン、晴明が首の後ろをかく。
「そーだね、ま。これからも一緒に頑張ろう。六人で、ね」
ブルー、斬葉は口を開け、それから笑った。
「……はい!」
剣志が拳を出し、斬葉らもそれにならう。六人で円陣を組み、力強く拳を突き合わせた。
笑い合っていたそのとき、鞘果の声がした。
「おねえちゃん」
そちらを見ると。鞘果が連絡を取ったのか、父が一緒にそこにいた。
父は斬葉をまっすぐに見る。
「斬葉よ。すまなかったな、父さんが刀を手放したせいで、危険な目に」
斬葉は笑って、首を横に振る。
父もまた首を横に振った。
「いや、すまなかった……そう思ってな。父さん、また行ってきたんだ。刀を売った所に。色々どうにか工面してな」
斬葉の表情が固まり、それから輝くような顔で笑う。
「父上、それでは……まさか」
「ああ」
父は笑って。それから、落下する勢いで地に伏した。土下座して。
「ごめん。あの、誰かもう買っちゃったって。村正」
斬葉がそのままの顔で瞬きする。そしてすぐに、声を上げた。
「オォヤジイイィィィイ!」
駆け出し、父の襟首をつかみ上げる。かばうように妹が駆け寄った。
「うわあ……」
剣志がつぶやく横で、連太がぽつりと言った。
「ま、何スかね。先輩らしいんじゃねえっスか」
「え?」
「折れず曲がらず。よくキレる、って」
五人がため息混じりに笑い、太刀村一家が声を上げる。
それらの声を吸い込むように、聖夜の空からは雪が降り続けていた。
――続く(※キミの心の中に)
(新春特別番組のため次週は放送を休止します)
次回予告! 大人気御礼、新春スペシャル二本立て!
――社長室のドアを斬葉が開ける、と同時。なだれ込むように五人と、太刀村一家は土下座した。
「お願いします! 村正、買い戻させて下さい!」
「いや、なんやあんたら」
桃色の背広を着た、老社長がうさんくさげな視線を投げる。窓の向こうにはしかし、その様子をうかがう迎魔人(ゲーマじん)の姿があった――。
太刀村家が手放した村正を買ったのは電鉄会社社長、桃田老人。彼のもとへ直談判に来たウィザードリンだったが。そこへ、復讐を誓うサガン一族の魔手が迫る!
第八話『カムバック村正! きびだんごは復讐の味!?』
――下校中の剣志を突如、迎魔人の攻撃が襲う。不意を突かれたそこをかばったのは、今日出会ったばかりの転校生だった。
「君は……」
「話は後だ、下がって。僕は……我は、魔王……!」
転校生の右手には、黒い闘気がもやのように漂っていた――。
新学期、剣志と斬葉のクラスに転校生、来場 雷武(らいば らいぶ)がやってきた。彼はゲムゲノムについて何かを知っている様子だったが、突然態度を豹変させ……?
第九話『LIVE or EVIL――敵か味方か? 現れた謎の転校生』
次回も、君の心に想念魔術武装(ウィザードリック)・転化(アクセス)!
(※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・地名・商品・事件・作品等とは一切関係なければどんなにか良かったろうにね。)