ありふれた錬成師とハイリヒ王女   作:エヒトルジュエの箱庭

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今年最後の更新です。
良いお年を。


5 魔石と帝国使節団

 ハジメは魔物研究家に会えることになり、作品の完成度上昇のためならと休みの日でもないのに会いに行けることになった。これはハジメにとっても大きな収穫になった。魔物の専門家だけあって現場の人間であるメルドや王宮の図書館よりもよっぽど新たな見解と深い知識があった。

 研究家曰く、魔物の素材が受け入れがたい最大の要因は神敵だからだろうとのこと。見た目や凶暴性ももちろん理由の一つだろうが、一番の理由はこの国が宗教国家だということ。神と教会の影響力が強すぎて魔物と魔人族を嫌う人間が多いから魔物を利用してやろうという気にならないように教育されているのだという。

 

 要するに(きたな)い物だという考えだ。亜人族が嫌われている理由と同じとのこと。

 誰が好き好んでヘドロを腕につけたがるかね?と言われてしまえばハジメとしても納得できてしまう。義手作りが難航するなと思った途端、研究家は発想の転換だよと話を続けた。

 魔物のことなんて私のような一部しか詳しくない。例えば帝国周辺にいる魔物のことを王国民は詳しくないし、下手すれば王国内でも遠い地域の魔物だったら王都の人間でも詳しくは知らないだろうと。

 だから、無知なことが悪い。その素材が魔物だと知らない購入者が悪いのだから、わからないように外見を整えてしまえと。

 

 そんな詐欺紛いのことをして良いのだろうかとハジメは悩む。商売については信頼が第一だ。素材不明で売り出すわけにもいかないだろうと。

 

 だが、それにも反論される。

 

 では、魔石について国民も王族も教会の人間も、全てを知っていると思うかと。掻い摘んで概要は知っていても、本質など私のような専門家でなければ全てなど理解できているはずがない。彼らはそれでも便利だからと、魔石を用いたアイテムを日常的に使っているのだと。

 魔石とは魔物の魔力が込められているからこそ、錬成師の錬成によって構築式を刻むことができるのだと。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。錬成を極めればそれもできるようになるかもしれないが、そんな到達者は現状世界で確認されていない。

 

 難しい魔法を覚えようとするより、簡単に加工できて構築式を組み込むことができる魔石に手を出すのは人間の楽をしたいという(さが)そのものが現れているというのに、魔物の素材に嫌悪感が出るのは阿呆としか言いようがないがね。

 それはハジメの思っていたことと同じこと。魔石がOKなら魔物の素材も良いだろうと。

 義手に使えそうな素材になる魔物のことを教えてもらったり、魔石という後付けで用途を変えられる魔力の塊は大きいだけキャパシティがあるということであり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という横道に逸れた話も聞けたが、概ね役に立つ話ばかりだった。

 

 研究家は魔物が専門にしては魔法についても詳しかった。これはどちらかというと魔石の研究を進めるついでに手に入れた知識のようだったが、それでもハジメにとっては欲しい情報ばかり。

 例えば適性がなくても魔法陣を描いて魔力を込めて詠唱をすれば火種くらいは作れる現象。この魔法陣と構築式は長年の研究から学者が作り錬成師が実証することで確立させた技術だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とか。

 魔石はそれを容易にできてしまう物だ。だから巨大な魔石はインフラ整備や王都の結界のアーティファクトへ魔力の充填のために用いられるし、魔物と錬成師が合わさればある意味無敵の軍勢ができるだろうと。魔人族なんて魔物に干渉する術を手に入れた錬成師から始まったんじゃないかという仮説も私の中にはあるよとか。

 

 魔石という柔軟性と容量の素晴らしい道具は人類の発展の功労者であることと同時に、それを持った魔物は人間の最大の敵でもあると。魔物が自分の魔石を改造する手段を手に入れたら、それこそ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ら悪夢だろうねと。

 まあ、これはあまり気にしなくて良い仮説だ。魔物は生きている間は基本自分の能力を発揮することに全ての魔力を使っている。腕力強化、俊敏性。再生能力などだね。魔物が死んだら使っていた魔力の先がなくなって無色の魔石ができるわけだから生きている魔物に魔法が使える人間が食べられようが、自分の技能で手一杯だから魔法が使えるわけもない。

 

 ドラゴン種の中でも比較的に弱いとされているワイバーンとかの魔石は王都の結界にも使われているんだけど、そんな()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()かもね。ドラゴンとかはブレスとかそもそもの能力が強いから魔法なんてチンケな物使わないだろうけど。

 その仮説に何か引っかかったハジメだが、あまり気にせずに魔石のことばかり聞いて帰った。ハジメとしては魔物の素材を使えば、それこそ強い魔物の何かなら強さに比例して優秀な道具だということが分かれば十分。

 

 それに魔石を日常的に使っているのだから魔物の素材だって使えることはゴリ押せると思った。カエル魔物の皮膚くらいならちょっとの嫌悪感は噴出したものの結局は受け入れている。義手だって『ちょっと』魔物の素材を使っていますと誤魔化せば行けるとわかった。

 それと、アーティファクトへの道標も。

 ハジメは研究家の話を頭で纏めつつ、ウォルペンに相談した。

 

「まあ、義手の話はわかった。コストを考えれば魔物の素材が一番良い。金属はできるだけ武具に回したいからな。んで、ハジメ。アーティファクトを作れる可能性だと?眉唾じゃねえんだろうな?」

 

「はい。高性能の魔石を使うんです。それしかありません。神代魔法を使わずに僕達が取れる手段はそれだけです」

 

「……確かに魔石はこの街の結界にも使われている。武具に魔石を埋め込むっていうのか?」

 

「その上で、有効な構築式を埋め込む必要があります。それこそ聖絶の構築式を埋め込んだ盾とか戦場で必要じゃないですか?」

 

「必要どころか、作れたら戦場が一変するじゃねえか……!」

 

 ウォルペンどころか、工房全員の錬成師が呻きながら即座に考えを出していく。もし本当にアーティファクトが作れるのなら。たとえ純正のアーティファクトではなく準アーティファクトと呼ばれようと。

 作れれば人類は大きな一歩を踏み出せる。ウォルペン工房は伝説になる。

 

「そりゃそうだよ!この街の結界だってアーティファクトとはいえ魔力の充填のために魔石を使ってるって言われてるじゃねえか!こんなところに落とし穴が!視野狭窄ってレベルじゃねえぞ⁉︎」

 

「おい、聖絶って確か構築式も特許料必要じゃなかったか⁉︎一々魔法陣を書いて込める魔力がバカみたいにかかるからって実用性もなかったが、開発したこと自体は偉業だからって特許取得したやつ!」

 

「聖絶に拘らなくて良いだろ!先ずは色んな魔法を魔石に組み込むことからだ!クソ!生活魔法を組み込むなんて当たり前のことを仕事でやってたのに、当たり前って常識が開発の妨げになるなんて!」

 

「盾に組み込むなら盾にはもちろん、魔石の保護にも気を使うべきだ。強固にしなければ魔石を砕かれた時点でただの盾に成り下がる……」

 

「とにかく魔石と構築式の調達だ!予算足りるか⁉︎」

 

「馬鹿野郎!なんのための国家公認工房だ!──今すぐ俺が企画書を書いて国家事業にしてやる!」

 

「「「「「さすが親方ァ!そこに痺れる憧れるぅ!」」」」」

 

 全員が慌ただしく動き始める。今日の仕事が終わった者は材料の確保に。仕事が残っている者もさっさと片付けてこの事業に取り組もうと急ぎつつも丁寧に作業を進めていった。

 誰も彼もが駆け回り、ハジメとウォルペンが企画書を作成していく。二人は魔物研究家の元にもう一度行って魔石の拡張性について保証してもらい、実証する価値ありと認めてもらう必要があった。

 こうなれば義手の作成も他の工房に任せたいのだが、教会と国から作成依頼を受けてしまったので試作品をある程度の形に纏めて他の工房でも作れるようにしなければならなかった。

 

 王国から認可が下りるまでの間にまずは義手問題を片付けることにした。良質の魔石なんてあまり在庫がなく、全てを工房だけでやろうとすれば確実に破産する。だから義手は予算ももらっているのでちゃっちゃと片付ける方向に舵を取った。

 ハジメの推察から一週間。

 試作品の魔法の杖ができた。杖の先端に魔石を付けただけの物だが、火の上級魔法が組み込まれていて魔法適性がなくても魔法が使えることは実証できた。消費魔力が大きいために一般人では使えない代物だが、戦場で使う物とはそういう物だ。

 

 人間の適性とは不思議なもので、魔法に一切適性のない者でも膨大な魔力を持っていることがある。近接天職が使うことのできる攻撃用の魔法もあるが、それを用いるにしても余る魔力がある。

 その魔力を治癒や防御に回せれば戦略の幅が広がるというものだ。近接特化に見せかけて強力な魔法を使えば相手だって混乱するかもしれない。近接天職の人間の方が純粋な後衛天職よりも敏捷が速いので移動砲台の真似事もできる。

 これは確実に技術革新と呼ばれるものだった。

 

 ウォルペン工房がいつも以上に熱意に溢れている頃、来客があった。もう夜も遅い時間で依頼などの受付はもう締め切る直前だった。

 ハジメがたまたま出入り口の近くにいたので対応をする。兵士のような格好で全身鎧を着けて剣を帯刀している。顔はどこにでもいそうな平凡な顔だった。

 

「いらっしゃいませ。どのような御用向きでしょうか?」

 

「オレは帝国の人間なんであまりこの工房のことについて詳しくないんだが……。片手剣にロングソード、両手剣で自慢の品を見せてほしい」

 

「かしこまりました。少々お待ちください」

 

 ハジメは要求された品を奥から持ってくる。試し切りがしたいということだったので銅でできた柔らかい鎧ではあるがそれで試し切りをしてもらうことにした。斬鉄ということに近いことをしてもらえば性能はある程度測れることと、試し切りで高価な鎧を使っていてはいくらお金があっても足りないからだ。

 作品の一つ一つの詳細を説明していくハジメ。その内容にホウホウと感心しながら男は説明された内容を確認していく。使い方がわからなかったところは質問し、ハジメも販売員としてきちんと全てを説明していく。

 お客様に曖昧なまま武器を使って欲しくなかったからだ。この武器達は魔物の素材を使ったわけでもないので使った鉱石までどんな効果があるのか説明した。

 男は全部を聞いた上で両手剣を選んで鎧に向かって一閃。袈裟斬りで見事に鎧を二つに分けていた。

 そん太刀筋にハジメはお世辞抜きに、純粋に兵士のことを褒めた。

 

「おお、凄い!全然剣筋が見えませんでした!」

 

「おう、ありがとよ。こいつもいい剣だ。買わせてもらうぜ」

 

「お買い上げありがとうございます。お包みいたしますか?」

 

「いやいい。背中からかけられるなら十分だ」

 

 買ったのは両手剣だけだったが、かなり良い品だ。飛び込みの客はこの工房で何かを買うことを決めていたのか現金一括払い。かなりの大金を持ち合わせていた。ハジメが作った剣ではあるが、ウォルペンと決めた値段は高すぎではないかと思ったがこの辺りが適性とのことでそのまま売ってしまった。

 男は買った後も工房を見渡していた。

 

「随分な熱気だな。いつもここはそうなのか?」

 

「いつもではないですね。最近は仕事が立て続けに入ってきて。やる気に満ちていますよ」

 

「それはアレか。義足の開発か」

 

「ああ、帝国にも噂が流れているんですね?確か帝国の兵士用の高性能義足はラニー工房が最大手だと記憶していますが……」

 

「あの画期的な、安価な義足はここで産まれたと聞いている。お前さんの左足もそうだろう」

 

「ええ。事実ですね」

 

「オレからすりゃ兵士の戦線復帰もありがたいが、ただ歩けるようになっただけで助かるんだよ。民の目が輝いた。希望を抱けた。勇者よりもよっぽどの英雄様だぜ」

 

 ハジメは他国の人間にいきなりそんなことを言われて照れてしまった。王国民からは結構な感謝の言葉も届いているが、帝国の人からそんな評価を聞くのは初めてのことだ。

 だから照れ隠しをする。

 

「あなたは帝国の方がとても好きなんですね。もしかして兵士様だったりします?」

 

「ん、まあな。軍事国家だから傷病軍人も多くてよ。特に歩けないってのは致命的だった。英雄たる帝国の皇帝でも足を生やしてやることなんてできなかった。戦果でしか希望を与えてやれなかった。そんな苦境を救ってくれたのはこの工房だぜ?」

 

「誰かの力になれたなら、それ以上に嬉しいことはありません。特に体を張って前線で戦ってくださる兵士様には頭も上がりませんよ。死と隣り合わせになっても、誰かのために戦ってくださっているんですから」

 

「それはお互い様だろ。お前らが武具を作ってくれるからオレ達も戦える。……図々しい頼みかもしれないけどよ。義足が作れたのなら義手もできるんじゃねえかって思っちまう。その辺りはどうなんだ?」

 

 その質問に、自分の剣を買ってくれた相手だからかハジメは口が軽くなってしまう。ここ最近の忙しさによる過労と深夜テンション、それに既に義手の作成講座を昨日終わらせたことでそこまで秘密にすることではないかと思ってしまった。

 

「この忙しさが答えですかね。戦闘にも用いれるかはまだ未定ですが、ある程度の物なら期待していただいて構いませんよ?」

 

「マジか!今日来て良かったわ。んじゃ帝国で吉報を待ってるぜ!ガハハハハ!」

 

「ありがとうございました」

 

 高笑いをしながら帰っていく兵士の男。ハジメもお店のドアを閉めてこれからは作成に集中する。お店は終わりだが、工房としてはまだまだ稼働時間だ。

 何で帝国の兵士が王都にいるんだろうとも思ったが、ハジメは頭から追い出して仕事に熱中した。

 

・・・・・・

 

 ハジメがとある帝国兵に大剣を売った次の日。

 帝国から来た使節団が王宮に訪れていた。勇者が召喚されて二ヶ月以上経ったためにそろそろ一人前になったのか確認がしたいという理由で訪れていた。勇者には人類の旗頭になってもらわねば困る。ならその勇者は軍事国家である帝国が下に就くほどの傑物なのか知る必要があるのだ。

 魔人族は確かに脅威だ。最近は特に従えている魔物も凶悪で負傷者、戦線離脱者も増えている。だからさっさと勇者に状況を変えてもらいたかった。勇者が戦線に加わるかどうかで戦場での動き方も変わってくるからだ。

 

 同盟を結ぶだけの価値があるか。それを見極めに来たということ。

 王国としても帝国という肉壁は必要だと感じていた。いるのといないのでは戦場での優位さが変わってくる。だからこの訪問を失敗させるわけにはいかなかった。

 幸いにも勇者は快復しており、既にリハビリを兼ねた訓練を再開させている。実力を見せろと言われてもどうにか対処できる状態だった。

 やはり使節団は神の使徒一行がどの程度使えるのか確認したいという話になった。王国側はオルクス迷宮の攻略具合を説明し始めたがそんなものは証明にならないだろうと一刀両断。一人の兵士と手合わせをしてくれることを要求。模擬戦で実力を見ようという魂胆だった。

 

 帝国がそういう手段で来るとわかっていたので王国もそれを許可した。勇者のステータスは王国内でも最強だ。一兵士では絶対勝てず、大丈夫だろうと許可を出した。

 一兵士は腰に片手剣を帯びており、背中には大剣があった。その風貌はどこにでもいそうな人間だった。彼が帝国でも優秀な兵士だと誰もが思えなかった。覇気が感じられなかったのだ。

 ただリリアーナと白崎はその人物のことを注視する。というより二人が注目したものは男の背中の大剣だった。何だかグリップと柄頭(ポンメル)の部分に見覚えがあり、逸品だとしてもどこで見ただろうかと思考に引っ掛かったのだ。

 

 結局木刀で模擬戦をすることになる。お互いを傷付けるのはまずいという判断からだろう。神の使徒も集まってその模擬戦を見守る。神の使徒は健在なのだと見せたい教会と王国の意向で王宮にいる全員は出席を義務付けられたのだ。

 そして殺し合いではない試合が始まる。当初は勇者の圧倒的ステータスから聖剣がなくても圧勝するだろうと思われていたが。

 

「遅え」

 

 上段からの振り下ろし、剣道で言うところの面にも似た一撃は水平にした木刀に受け止められて、その後すぐ足技で勇者は地面に転がされていた。

 剣技による模擬戦だと思っていた勇者は突然の足技に異議を申し立てる。

 

「足を使うのは卑怯だ!」

 

「卑怯ぉ?お前、命をかけた戦いの最中にそんなこと言うのかよ?正々堂々の戦いに、剣以外用いるなって?お前だってお得意の光魔法を使うだろうに」

 

「これはただの模擬戦です!魔法は使いません!」

 

「うん、だからな?お前さんの実力を見るための模擬戦なわけだ。剣技、魔法、状況判断力。一対一だから指揮能力は見れないが……。お前に帝国兵の命を預けられるのか、それを見るための戦いだ。そこに足技が卑怯とか言われても困るんだよ。戦場で卑怯・汚いは日常茶飯事だぞ?」

 

「ここは戦場じゃないでしょう!」

 

 そうまっすぐ言われて、兵士は特大の溜息を吐く。そしてやる気がなくなったのか木刀を肩の後ろに回してしまった。取り合う気がなくなったのかもしれない。

 そんな動作の時に新しく買った大剣を背負ったままだったからか、今回持って来るつもりのなかった物があったためか木刀に大剣が当たってしまった。その衝撃で大剣のことを思い出し、どうしたものかと考え込む。

 

「ならリアリティを出すために真剣でやるか?その方が帝国としてもお前の実力を測りやすい。木刀じゃ力なんて測れないよな。──いいか?」

 

「いいですわ。して、王国側はどうされますか?」

 

 兵士は使節団の中で一番偉い人物であるヘリシャー帝国皇女のトレイシー・D・ヘリシャーに許可をもらって王国側に確認を取る。

 このまま勇者に土が付いたままというのはまずいと考えて勇者に聖剣の使用を許可した。いつもの武器じゃないと本調子ではないだろうという理由でだ。

 治癒師も控えていたのでもしもな事態にはならないだろうという希望的観測も込みでの許可だった。

 

 勇者が聖剣を抜いたことで兵士も後ろの大剣を抜く。どちらも大剣同士、比較はしやすい状況になった。

 その上で、リリアーナと白崎は先ほどから兵士を注目していた理由がわかった。その大剣はハジメが作った物だとわかったからだ。柄頭(ポンメル)に魔石を組み込んである大剣なんてハジメの作品しか知らなかった。

 身体強化の魔法が魔石には組み込まれており、魔力を通せば詠唱もなしに身体能力を向上させられる。ハジメも出来に自信を持っている準アーティファクトたる剣だった。その完成の際にリリアーナと白崎は工房を訪れており、大剣に魔石を組み込む作業を見守っていたのだ。

 

 大剣の全体像を見てハジメの剣だと理解したのはいいが、問題はいつ手に入れたのかという話だ。どうにも兵士はその剣を使い慣れているかのように片手で振り回してから正中に構えていた。

 白崎はハジメから魔石を組み込んだ剣達を売りに出すけどかなり吹っ掛ける予定だと聞いていたし、相手は帝国の人間。ウォルペン工房でそんな剣を開発しているなんて話は聞けていないだろうと思った。

 リリアーナは兵士の素性を把握していたが、いつからハジメを狙っていたのかと疑問に思っていた。まさか昨日買ってここに来るまで兵士が馴染ませるために剣を振っていたなんて事実を知るはずもない。

 

 真剣同士の鍔迫り合いが起こる。膂力はほぼ互角、技術は確実に兵士の方が上。勇者は地球にいた頃から剣道をしていたとはいえ、戦闘用の剣技を身に付け始めたのは最近のこと。実戦経験豊富な兵士には当然劣る。

 今まで剣技を競い合う相手もいなかったからか、それとも相手が人間だからか、どうにも勇者の剣筋は甘い。どこかぎこちない。何合か打ち合うが、勇者は急所を狙うようなことはなく止めやすい攻撃しかしなかった。

 真剣だからこそ、もし一歩間違えれば相手を死に至らしめる攻撃だと本能でわかったのかもしれない。

 

 そんな勇者の内情を剣を通して完璧に理解し、表情には出さなかったものの兵士は心の中で舌打ちをした。模擬戦とはいえ力を示すチャンス。これが二カ国にとって重要な決定になるかどうかを左右する一戦。

 そこで手加減をされてはやる気もなくなるわけだ。

 そしてそれは確実に隙になり、やはり搦め手を用いられる。

 落第だなと兵士は考えながら、また足を絡ませた。

 

「足元がお留守だって言ってんだろ」

 

「がっ⁉︎」

 

 また転ばされる。転んだ先の勇者の顔に兵士は大剣の切っ先を向けていた。

 

「一対一で相手に集中しすぎたらやられるに決まってるだろ。他の相手から援護の魔法が飛んで来る。後ろに回られた敵から毒矢が飛んで来るかもしれない。そういう教えは騎士団から習わなかったか?」

 

「ま、まだ……!勇者の俺が負けるわけには……」

 

「はいはい。勇者様はすげーな。戦場ではなんだって起こり得る。あり得ないことなんて存在しない。もし敵に罠の場所まで誘導されていたらどうするんだ?その地面に魔法が仕掛けられているのかもしれないぞ?」

 

「俺は一人じゃない!頼れる仲間がいる!そんな卑怯な罠があっても、皆と一緒なら乗り越えられる!」

 

 その発言を聞いて、もういいと感じたのか兵士は後ろを向いて大剣を納刀した。これ以上はやっても無駄だと感じたからだ。

 少しばかりアドバイスを送ってもそれをアドバイスだと思ってくれないようなので模擬戦を続ける意義を見出せなかった。底も知れたのでこれ以上王宮にいる意味もなく、これからの方針も決めた。

 大剣の使い心地も実戦で確かめられたことくらいしか良かったことはなかった。

 兵士は使節団の元へと戻っていき、今の結果を使節団に報告する。

 

「いかがでしたか?」

 

「帰るぞ。やることがたくさんある。まずはある人物の引き抜きだ。最悪引き抜けなかったら作った物だけでも買い取る必要がある。それを帝国の工房で解析させろ。時間がないぞ」

 

「かしこまりました」

 

 帝国の皇女と呼ばれた人物が一兵士に頭を下げている。その状況を理解できなかった神の使徒一行だが、そこへタネがわかっているイシュタル教皇が声を掛ける。

 

「随分と意地の悪いことをしますな。ガハルド皇帝陛下」

 

「オレは自分の目で見ないと気持ちの整理ができないんでな。失礼させてもらった」

 

 姿を偽るアーティファクトを外してヘルシャー帝国の皇帝ガハルド・D・ヘルシャーは本当の顔を見せる。

 国王と呼んでもいい人物が姿を偽っていたことに驚いたり、何でここにいるんだと考えたりこんなに強いのかという感想が出た神の使徒達。流石に隣国とはいえ皇帝の顔写真を見せられたわけでもなかったので教皇がそう言わなければ本人だとわかりもしなかっただろう。

 

「して、勇者殿はどうでしたかな?」

 

「うん?ああ、まあ好きに任せるさ。王国でしっかりと鍛え上げてくれ。まだソイツは若い。レベルだって全然上がってないんだろう。しっかり教練をつけてやれば戦場でも戦えるようになるだろうさ」

 

 その言葉を褒め言葉だと捉えたのか、勇者は顔を綻ばせる。そして負けた皇帝に勝つ目標の一人として設定した。

 姿を隠したり手段は卑怯なものばかりだったが、試合に負けたのは事実だ。皇帝は人間国家最強の人物と聞いていたので()()()()のは仕方がないと受け入れられていた。

 イシュタル教皇への返答が皮肉でしかないと気付けた者はどれだけいることか。

 誰も使節団と王国・教会で話題に挙がった同盟の話に、ガハルドは一切返答していないのだ。使節団は勇者との模擬戦を経て帝国に持ち帰って決めると先程は話を濁したのだが、ここに意思決定ができる皇帝本人がいる。

 ここで答えを渋る意味がないと、高校生では気付けない。

 

(同盟は失敗ですか。それにしても、皇帝陛下も隠そうとしていませんわね……。今は教皇の口約束のおかげで王国に留めておけていますが、良い条件を出されたら、それこそ帰還の道標を提示されればこの国に留まる理由はありません……)

 

 リリアーナは絶対に口に出さずにそう考える。

 この状況がどれだけ危ういのか、どれだけの人間が気付いているのか。

 そして正当な評価と環境はある一点を除いて確実に帝国の方が良さそうというのが問題だ。

 使節団は有意義な時間だったというおべっかを使って帰ろうとしたが、それに待ったをかけた人物がいた。白崎だ。

 

「す、すみません皇帝陛下!一つ質問よろしいでしょうか?」

 

「おう?なんだい、神の使徒のお嬢ちゃん」

 

「その大剣は、どのように手に入れたのでしょうか?」

 

 彼女にとって一番気になること。先程の皇帝の発言にあった確保すべき人物と白崎が思い浮かべる人物が繋がらなかったために、彼女にとってはそのことが最重要案件になっていた。

 ガハルドも気にせず、本当のことを言う。ついでに白崎がどうして気になったのか質問してみた。

 

「いやなに。()()()()寄った店でオススメされた武器でな。気に入ったから買っただけだ。お嬢ちゃんはどうして気になったんだ?」

 

「え、えっと。聖剣とも打ち合える剣なんてとても凄い剣なんだなあと思えたので!」

 

「おう。確かに逸品だな。お嬢ちゃんは剣を使う人間じゃないっぽいのにお目が高い。この後良い武器だったと報告に行くつもりだ」

 

「そうですか!」

 

 その言葉を自分のことのように嬉しそうに喜ぶ白崎。ガハルドはおや、と思ったが口に出すほど野暮ではない。

 使節団は去って行く。同盟は成り立たなかった。それに気付くのはしばらく後のこと。

 リリアーナはまた人類の勝利への道が一歩遠ざかったと、青い空を見上げながら思った。

 その後使節団は今度こそ本当の顔でハジメの元を訪れ、引き抜きをしたがハジメは断った。昨日の人物が皇帝だったことと、そんな皇帝が直接買い付けに来たことには驚いたが、まだ教会の監視があるので断るしかなかった。

 その代わり正規の値段を払ってくれるのであれば、そして王国からも許可をもらえればきちんと帝国にも武器を卸すことを書面に起こして契約した。あくまで王国を通してでの決め事だったがガハルドはこの契約が取れて良かったと思っている。

 帰りの馬車の中で娘と笑顔で話し合う。

 

「アレが別の世界の知識なのか、あのハジメって奴自身の才覚か、はたまた神に与えられた力なのかわからんが。とにかくアイツは有用だ。本人は準アーティファクトが精々と言ってたが聖剣と斬り合いができるなら十分すぎる」

 

「結局提示された残り二つも買ってしまいましたからね。あちらはまだこの作品を隠しておきたいようでしたが……。そこはお父様の変装が上手く作用しましたわね」

 

「昨日の自分を褒めてやりたいぜ。義足さえ見られれば良かったんだが、それ以上の成果だ。引き抜けなかったのは独占って意味で惜しいが、金さえ払えば手に入るとわかったこともデカイ。戦力補強に使えるぞ」

 

 予算などはどうするかと考えるガハルド。

 亜人族の奴隷はかなり金になる。好む嗜好家も多く、大きな市場だ。神に見捨てられた種族だからと顔やスタイルが良い者は特に高い。

 その辺りから資金を捻出するために軍の実戦経験を積ませることも踏まえてフェアベルゲンに攻め込むかと決めたガハルド。

 

「それで。一応聞きますが勇者はどうでしたか?」

 

「最悪だな。人を殺す覚悟もない。搦め手に弱すぎで視野も狭い。集団戦とかはもっとダメだな。戦場を知らなすぎる。搦め手を嫌うあの態度は、正義に盲信した愚者のそれだ。あのままだったら戦場で早死にする。アレがトップなら他の奴らも似たり寄ったり。魔物は良くても魔人族なんて絶対に殺せないだろ。……アイツが成長したり考えを改める時間を待っているよりも、帝国は帝国で準備した方がマシだ。むしろあんなのの下で戦ってみろ。絶対戦場に混乱を撒き散らすぞ」

 

「でしょうね。ではそのような方針で。……王国も教会も、未だに勇者達がベヒモスから二度も逃げ帰ったことを隠せているつもりなのでしょうね」

 

「ホルアドの監視員に気付いてないのか、撤退に必死すぎたのか。魔物一匹で瓦解する少数の戦力なんて必要ない。こっちだって戦力の抽出はどうしたもんかと頭を抱えていたが、武具っていう一つの解決策が出てきた。後はオルクス迷宮のような適度な訓練場があれば言うことなしなんだがな……」

 

「ハリツィナ樹海に七大迷宮の一つがあると言われていますし、攻めますか?」

 

「そういやそんな噂もあったな。よし、攻めよう」

 

 彼らが帰ってしたことは溜まった資金の用意と王都への買い付け任務。そして軍編成の準備だった。

 帝国は亜人の国であるフェアベルゲンへ、本格的な軍事行動を開始する。

 




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