ありふれた錬成師とハイリヒ王女   作:エヒトルジュエの箱庭

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6 襲来

 その襲来は突然だった。

 ハジメはいつも通り工房に出向いて様々な意見を出しながら武具の作成に当たっていた。魔石を用いた準アーティファクトの作成は軍の能力を引き上げるものだ。突出した個というのも大事だが、人材は神の使徒一行がいる上に人類では作成不可能と呼ばれるアーティファクトを装備している。

 そんな勇者一行を強化するような武具は今の所作れない。小さい援助ならできるが、それよりは次に強い存在をもっと強化した方が上がり幅も多いだろうし神の使徒の負担も減るだろうと考えて現地民の強者に向けた武器を作ることを優先した。

 

 王国でいえば騎士団や神殿騎士の面々の武具の強化だ。その層に向けた武器開発を試金石としてアーティファクトに迫る武器を作成しようというのが長期的な目標だが、いつ本格的な開戦となるのかわからないので総合力の強化を優先した。

 イシュタル教皇の話でも魔人族の厄介なところは最近増えた魔物だという。つまりは今まで想定していなかった戦力の増加。数が増えたことは確実で、この世界には核爆弾のような一撃で戦況を変えられるような戦略兵器に似た物があるわけでもない。

 

 遠距離攻撃が魔法のみで、その魔法の射程もそこそことなると頼れるのは武具となる。兵士の数もすぐに増やせないのだから強化するのは武具の性能しかない。そもそも鍛治工房にできるのは武具を作るだけだ。

 だから準アーティファクトを量産する方針は誰も反対しなかった。教会も王国もウォルペンの企画書に一切反対しなかったほどだ。

 だから工房全体が高い意識を持って仕事に真摯に取り組んでいる最中、その珍客は現れた。

 

「南雲!どういうことだ!」

 

 そんな怒鳴り声に工房内の誰も反応しなかった。店舗の客ならまだしも、工房にいきなりやってきて怒鳴ってくるような者は客でもない。

 店舗で接客をしていた人間がその人物を止めたものの、聖鎧を着た人物を止めることなどできなかった。騎士団長のメルドよりもステータスが高い人間をただの人間が止めることなどできない。

 聖剣も背中に背負ったその人物は目的のハジメを見付け、そこへ一直線に向かう。三人ほどが大きな魔石に錬成の魔法を使い続けるハジメを囲いながら見守っていた。その周りの三人を無視して予期せぬ来客は腕を伸ばした。

 

「おい、南雲!」

 

「ウワァ⁉︎」

 

 バキン!という音が工房に響き渡る。そこでようやく工房の人間も異常事態に気付いた。

 金属を槌で打っていて失敗した時のように、工房で何かが割れるような甲高い音が鳴ることなどしょっちゅうだ。

 だが今回はそんな日常茶飯事とは呼べない出来事だと全員が気付いた。自分の作業を止めてどこだと視線を向ける。

 初めてだったのだ。ハジメが悲鳴を上げて何かを壊すような音を発するなど。

 

 ハジメだって最初の内は失敗もしたが、今は大きな仕事をいくつも任されるようになったハジメだ。工房に来て三ヶ月も経てばどういう人間かも理解する。ハジメの職人気質な集中度から本人が本当に無理をしない限り失敗しないだろうという信頼を得ていたからこそ異常だと誰もが思えた。

 粉々に散った魔石。その前に呆然と立ち竦むハジメ。そしてそんなハジメの肩を掴んでいる若造。

 それだけで若造がいきなり肩を掴んだことでハジメの繊細な魔法行使が乱されて魔石が砕け散ったのだと察した。

 

 工房にいる全員がそんな事態を引き起こした若造に殺気を向ける。練成の作業中は集中力こそが物を言うのでたとえ用事があっても魔法行使が終わってから声を掛けることが工房に入ってまず教わることだ。

 そんな当たり前のことを守らなかった見覚えのないバカはどこのどいつだと職人だからこそ殺意を迸らせる。

 ハジメが受け持つ案件は今やどれも高級素材を用いた物ばかりだ。試作が多いために初めて扱う物も多く、失敗が許されない作業が多い。だからこそ作業中のハジメには誰も話しかけない。その代わりに作業が終われば作業中に感じた疑問をとにかくぶつける。改善点などもあれば話し合う。

 

 そういうルールができていたのに破ったのは誰だと。早く摘み出せと誰もが詰め寄る。

 当事者のハジメがようやく振り返る。ここ最近ではそれなりに大事な大きめの魔石だった。あまり手に入れられない品で、これを用いれば良い防具ができそうだと作業前に喜んでいた逸品が無残に砕け散ったのだ。

 集中を途切らせた人物に、普段は温厚なハジメも喰って掛かる。

 

「誰ですか、邪魔したのは⁉︎これ、かなり貴重な魔石だったのに……!」

 

「そんなことはどうでもいいんだ、南雲‼︎」

 

「『そんなこと』だって⁉︎聞き捨てならないよ天乃河君!すぐに出ていけ!ここは工房だ、部外者は立ち入り禁止なんだよ!」

 

「そっちこそどういう了見だ!見損なったぞ南雲!」

 

 お互いが掴み合いの大声で怒鳴り散らす。

 聖剣と聖鎧を見たことと、ハジメが言った天乃河という名前で下手人が勇者だとわかった。

 人類の希望だろうがなんだろうが、ここのルールを破っていい理由にならない。いっそ自分の作った作品が聖鎧に通じるか試し切りしてやろうかと武器を持ち出す者まで出て来た。

 貴重な素材を壊され、その素材のことをどうでもいいと切り捨てられ、ルール無用とくれば問答無用で鍛治師の敵だ。自分達の聖域を守るためなら不得意な武器を振るうこともする。それだけ覚悟が決まった集団のことを職人と呼ぶのだ。

 周りの人間も落ち着かせる必要があると、棟梁であるウォルペンが口を開く。当事者二人は頭に血が昇っていて周りに気付いていない。

 

「ハジメ、まずは手を離せ。勇者殿も。どのような用件があろうと、ここの主人は俺だ。俺の言うことが聞けないならハジメであっても謹慎処分を下さなければならん」

 

 その言葉にハジメは手を離すが、睨んだまま。一方の勇者は手を離さないままハジメを諸悪の根源かのように睨みつけている。

 その態度に、ウォルペンはキレた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「手を離せと言った、小童‼︎貴様、これ以上我が工房に被害を出すと言うのならばその聖剣も聖鎧も鈍に変えてやろうか⁉︎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 初めての叱られるという経験だったのか、あまりの音圧に勇者はようやく手を離す。

 ウォルペンを信じられないような目で見たものの、すぐに勇者はハジメへ目線を向け直した。ハジメさえどうにかすれば何もかも解決すると思っているようだ。

 ウォルペンの言葉すら軽視するような輩に、工房の者は一層武器を握る手に力を込める。ここにいる人間は全員ウォルペンとハジメに敬意を持って仕事をしている。二人に追い付きたい、追い越したいと思って仕事をしているのだ。

 その二人を蔑ろにするこいつは何様なのだと彼らの堪忍袋も切れる寸前だった。

 

()()。どのような用件があるのか知らないが、まず壊した魔石の賠償をしてもらおうか。ベヒモスと同程度の魔物の魔石。それが最低条件だ」

 

「待ってください、何の話ですか⁉︎なぜベヒモスの魔石を……」

 

「貴様が邪魔して魔石を壊したからだろうが。練成は繊細な作業だ。魔法行使中に邪魔をされれば魔力が暴発して魔石は砕け散る。お前が怒鳴り、肩を掴んだせいだ。壊した物を弁償してもらうのは当然のことだろう?」

 

「それは南雲の腕が未熟だったからでしょう⁉︎声を掛けたくらいで失敗するなんて、南雲の実力がその程度だったというだけの話です!俺が弁償をするというのは道理が合いません!」

 

 勇者の反論に工房内が静まり返る。

 その静けさに逆に恐怖を覚えた勇者が冷や汗を流した途端、誰一人欠けることのない笑いの大合唱が巻き起こった。

 いきなり笑われたことに意味がわからず困惑する勇者。しばらく笑い続けた鍛治師達はひとしきり笑うと、持っていた武器で床を叩いたり、拳を鳴らしながら勇者を睨み付ける。

 

「じゃあよお、勇者様。ハジメより腕の良い練成師、連れて来てくださいよ。声を掛けても、体を掴まれても失敗しない練成師って奴。ハジメはその程度なんでしょう?」

 

「おーおー。俺も見てみてえ。どこにいっかな?王都に居たっけ?」

 

「案外ブルック辺りならいるんじゃね?大穴でエリセン。いや?商業都市のフェーレンならワンチャン」

 

「おいおい、軍事国家の帝国を忘れてやるなって。軍事国家名乗ってるのは伊達じゃねえよ」

 

「アンカジ公国だってバカにしちゃいけねえよ。砂漠に囲まれながらも国を維持してるんだから技術力が高いんだろ」

 

 候補地を挙げては誰かと賭けをし始める始末。人類国家の街全てが挙げられ、その上でどこにいるだろうなあとヘラヘラ笑っている。だが、目は笑っていない。

 そんなある意味キマった状態の人間に囲まれていて、勇者はえもしれぬ恐怖を感じていた。

 茶番が終わった時点で、棟梁であるウォルペンが口を開く。

 

「俺は王国で一番の錬成師だ。だからこそ王国からも認定された工房を名乗れている。そんな俺でもできんよ。怒鳴られて肩を掴まれれば絶対に失敗する。さあ、教えてくれ。王国一と言われる俺でも失敗するようなことを引き起こされて、弁償する道理が合わない?その道理ってのはどこの何に記載されてるんだ?王国の法でも犯罪だぞ。勇者ってのは何を壊しても我が物顔で居られる天職なら、こんなのが人類の希望などと認めんよ」

 

 ウォルペンの正論は、続く。

 

「それに客だろうがなんだろうが、工房内は関係者以外立ち入り禁止だ。貴様、工房の関係者か?仮にハジメが神の使徒だからという理由なら図々しいにも程がある。同じ神の使徒のシラサキも入れなかった。出資者の一人でもあるリリアーナ王女殿下だって店舗以上に踏み込んだことはないぞ。そんな安っぽい関係性で超えてはならん境界を貴様は踏み越えたんだ。貴様は我々の聖域を踏み躙ってまでハジメに会う理由があったというのなら言ってみろ。話だけは聞いてやる」

 

「こいつは帝国に武器を売ったんですよ⁉︎奴隷制度なんて敷いている国に武器を!」

 

「……ああ?」

 

 全員、勇者の言葉の意味がわからなかった。ハジメも同じ地球出身の常識で考えても全く意味がわからなかった。

 帝国に武器を売った覚えはある。というか、皇帝陛下に。だが、それがなんだと言うのか。

 

「奴隷なんて誰もが苦しむ制度を取っている帝国は悪い国です!そんな所に武器を売るなんて苦しむ人を増やすだけじゃないですか!俺はそんな悪を見過ごせません!帝国に手を貸す南雲も同罪です!」

 

「……それだけか?」

 

「それだけ⁉︎俺はこの世界を救うために勇者に選ばれたんです!奴隷制度なんて今すぐにやめさせなくちゃいけない!人間はそんなことをしちゃいけない!聞けば奴隷は戦争で手に入れた捕虜だって言うじゃないですか。なら、武器を売った南雲は悪行に手を染めたことになる!」

 

 そんな『勇者の中での正論』を聞かされて、全員が言葉を返せなかった。

 武器を売った。売った国は悪い国だ。だから売った奴も悪人だ。

 そんな論理が成立してしまうなら、鍛治師なんて全員ブタ箱に入っている。盗品にしろなんにしろ、犯罪者が使っている武器も誰かしらが作った物だ。犯罪者があなたの作った武器を使っていましたのであなたも同罪です、なんて聞いたことがない。

 

 そもそも帝国には王国を通して武器を販売している。他国へ販売することを禁止されてもおらず、義足や義手なんて率先して売り飛ばしている。

 誰かの役に立つ物を売った相手が悪だから売った者も作った者も悪だと処罰されたら、この世界から生産者はいなくなる。経済は成り立たなくなり人間社会は崩壊する。

 もちろんシンジゲートのような犯罪集団に意図的に武具を卸せば、それは処罰されるだろう。だがハジメやウォルペン工房がやったことは国や個人への販売。王国も認める隣国の者であり、魔人族に売り飛ばしたわけでもない。

 

 これを悪と言われる根拠がわからず誰もが二の句を継げなかった。

 王国には奴隷制がないので、その点は帝国よりマシかもしれない。だが、所詮は他国の一制度。奴隷になった者は可哀想だが、帝国にやめさせることなんてできないだろう。帝国は帝国なりにメリットがあって行なっていることなのだから。それ以上のメリットを提示できない以上やめさせることはできない。

 倫理に基づいてやめろ、なんて言ってやめさせられるほど国家の運営は簡単ではない。

 

 そもそも奴隷制だが。

 

 生命倫理に基づいての発言であれば突き詰めていくと家畜は可哀想だから牛や鶏を飼育するのはやめましょう、ペットは可哀想なので犬や猫を飼うのはやめましょうという話にもならないだろうか。これは極論すぎるので誰も口には出さないが。

 それと、王国内でも一部で亜人族の奴隷は存在する。奴隷商から高額で買い取って飼っている金持ちもいる。

 なら、王国の人間に武器を売っているのは悪ではないだろうか。

 こういう突き詰めれば突き詰めるほど簡単にボロの出る理論だったので誰もそんな今更なことを悪だと言われても困るのだ。

 

「おい、勇者。なら何でハジメだけなんだ?俺だって帝国の軍に卸すための剣を作ったぞ。五十本は売った」

 

 一人が声を上げる。

 帝国に武器を卸すなんてハジメが来る前から行われていたことだ。準アーティファクトと呼ばれる物は最初の三本の剣以外は王国を通して売りに出されているが、他の一般的な武具であればかなり売っている。

 ウォルペン工房の名声は帝国にも轟いているので、向こうから注文が入るのだ。別に王国と帝国が戦争をしているわけでもなし。国交も開いているのだから武具の流通くらいする。

 

「俺も帝国の冒険者にオーダーメイドで手甲作ったわ。結構良い額になった」

 

「俺も軍人にファンがいるのか、何個か武器作ったな。ってか、ウチならそれくらい珍しくなくね?」

 

「依頼料と期日が適正なら犯罪者でもない限り作成を断らねーし。鍛治師ってそんなもんじゃねえの?」

 

「帝国の軍の剣をメンテナンスしたこともあったなー。ダメなら新しいの買ってくれるし、良い客だぜ」

 

「いやー、良い客だったんだけどなー。勇者様が言うには悪の国家で俺達はしょっぴかれるらしいぜ?お先真っ暗だー」

 

「犯罪者なんて出したら工房も取り壊しか。すんません、棟梁。ご迷惑おかけしました」

 

「俺、ちょっと他の工房に行ってきますよ。勇者様による断罪が始まるから王国から逃げろって。他国なら王国の法で処罰されませんし」

 

「そりゃあ良い。俺も出てきます。元々俺達から始まった義手販売ですからねえ。諸悪の根源の俺達のせいで他の工房に迷惑をかけるなんて死んでも死にきれねえ」

 

「おい、誰か勇者様止めろよ。俺は捕まる気ないから逃げるぜ!」

 

「良いな!一緒に行こうぜ!親方、お世話になりやした!」

 

 鍛治師達が思い思いの茶番を始める。なぜこうなったのかと勇者は終始困惑しかしておらず、ハジメは工房の皆の遊びに苦笑しつつこんな事態を引き起こした勇者には冷めた目線を向け続ける。

 この事態を収拾する方法は二つ。

 勇者が謝るか、ウォルペンがこの茶番を終わらせるか。それだけだ。

 

 ハジメは何もする気がない。勇者がどういう取っ掛かりでハジメへヘイトを向けてくるのかわかったものじゃないからだ。どんな理論を武装して口撃してくるかわからなすぎて動けないと言っていい。

 本当に工房から出ていく者も何人か。一応勇者を警戒しているのか武器を持ったまま出ていく者もいた。勇者がわからなすぎて警戒を解きたくないのだろう。

 最初がハジメへの怒りで行動していた。怒りで何をするかわからない人間だと印象付いたために誰もが身の保全のために茶番をしつつも無防備にはなっていなかった。

 もう良いだろうと、ウォルペンが動く。

 

「全員戻れ。お前らに出ていかれたらこの工房は終わりだ。ハジメもな。……勇者、出て行け。これ以上戯言を言うなら本当にその武具をゴミに変えるぞ?」

 

「戯言って……!それにこれはアーティファクトです!たとえあなたが王国一の錬成師であってもアーティファクトを弄るなんてできるはずがない!」

 

「本当に常識がないんだな。錬成師からすれば武具を破壊するなんて一瞬のことだぞ?特にアーティファクトなんかは逆にやりやすい。錬成で武具の構造を適当に変えて放置すれば良いだけだ。構成があやふやになった武具は自壊する。黄金比で調整されているアーティファクトなんてちょっとでも弄ればすぐだ。魔力をちょっと引っ掻けば、それと同じく粉々になるぞ?」

 

 ウォルペンが指したのはハジメの近くでバラバラに砕け散った魔石の残骸。

 魔石とアーティファクト。どちらも魔力がある物体だ。その魔力の制御と正しい道筋作りを失敗したらどうなるか、勇者本人が結果を導いている。

 ウォルペンが手を向ける。後は一言錬成と口に出せば聖剣か聖鎧のどちらかは脆く砕けるだろう。

 

「謝罪も弁償も要らん。もうその顔を見せるな。不愉快だ」

 

「不愉快って……!南雲!お前はどうして皇帝に武器なんて売ったんだ!そんな物を作る暇があったなら何で檜山と近藤の防具を作ってくれなかったんだ⁉︎それがあれば二人は死ななかったかもしれないのに‼︎」

 

「……え?本気で言ってるの?それ」

 

 いきなり矛先を向けられたハジメは勇者の物言いに、正気か疑った。

 ハジメだって勇者が自分を嫌っていることはわかっている。だが、この八つ当たりはあまりにあんまりすぎやしないだろうか。

 それはいくらなんでも、周りが見えていなさすぎる。

 

「……僕も後から帝国使節団の話は聞いたよ。君もガハルド皇帝の変装を見抜けなかったんだって?僕も前日姿を隠された陛下が直接買い付けに来たから、普通に売っただけだよ。値段も規定の額を即金で払ってくれたしね」

 

「変装してたのは嘘なんじゃないか⁉︎後から使節団の話を聞いて、口を合わせているだけじゃないのか⁉︎」

 

「話が進まないから全部に突っかからないでくれる?順を追って話そうか。僕がこの工房に来て初めて作ったのは義足だ。なにせ歩けないからね。そういう人が多かったから最初の一ヶ月はずっと義足を作ってたよ。武器を作る暇なんてなかった」

 

 何でもかんでもいちゃもんをつけてくる勇者に、一から説明をしてやる。

 これで理解できないならもう、会話が通じない宇宙人だと思い込むことにした。

 

「次に、義手を作り出した。義足を作り出したならできるんじゃないかって。これはむしろ自分っていう実験台が居なかったから作成に時間がかかった。試作品ができたのは更に一ヶ月が経った頃だったよ。……これが、君達が二度目のベヒモスに敗れた日の前後だ。僕は武具を作る余裕なんてなかったし、たとえ武具を作っていて渡そうと思ってもオルクス迷宮の中にいる君達にどうやって武具を渡せって言うのさ?まさか同じ階層まで降りてこいなんて言わないよね?僕はこんな足なのに」

 

 左足を強調するように見せつける。そのまま、ハジメは捲したてる。

 

「それから魔石へのアプローチを聞いて武具作成を本格的に始めた。工房で働いているだけあって知識だけはあったからこっちはあまり時間がかからなかったよ。それで、やっとできたのが皇帝陛下が買ってくれた剣だ。僕にとっても自慢の武器だから棟梁と決めた金額で売れたことは嬉しかったよ。画期的な技術の試作品だから相当金額は吹っかけたのに買ってくれたんだから、皇帝陛下に文句はないし買人としても問題ない行動をしている。示した身分証も戦う皇帝なんだから帝国の一兵士というカウントをしてもおかしくはない。だから皇帝陛下の武器購入は何も問題がないんだ」

 

 後から王国の承認も得たという話はしない。したって無駄な話はしないまま伝えるべきことを伝えていく。

 

「君の言い掛かりはそもそも時系列的に無理なんだ。その頃の僕はまともな武具なんて作っちゃいない。それに、彼らが僕の作った防具を身に着けるはずがないじゃないか。彼らは僕のことを嫌っていたんだよ?イジメの現場を、君も王宮で見ていたのに」

 

「あれは訓練だろ!お前を鍛えようと……!」

 

「ふーん?錬成師でステータスも貧弱な僕が、どうして戦闘訓練をする必要があったのか甚だ疑問だけどね。既に負傷している人間に追加で魔法を叩き込むなんてものが訓練なら、君も同じ訓練をしているんだよね?もし僕より強くて優れた天職を持っている君がやっていないならあの行動を訓練なんて呼べないだろう。──あの時は僕に戦うことを強制させて、今では錬成師としての僕の力をアテにしている?ダブルスタンダードですらない。自分自身の軸がブレブレの君の言葉は、全部言い掛かりだよ」

 

 そう言った瞬間、ハジメは勇者に左手で胸倉を掴まれた。怒りでも込めているのか、ハジメ程度の力では引き剥がせそうにない。

 

「──そうか、わかったぞ!お前は魔人族に内通してたんだな⁉︎そうに決まってる!」

 

「──は?いやいや、待って。なんでそんな結論になった⁉︎」

 

 いきなりの妄言にハジメは頭でも殴られて幻聴でも聞こえたのかと思った。この会話で何故魔人族に内通しているという話になるのかが全くわからない。道筋が、脈絡がなさすぎた。

 

「そうじゃなきゃおかしいじゃないか!最初にベヒモスを抑えられた理由の説明がつかない!お前程度に抑えられた敵に俺達が負けるはずがない!魔人族は魔物を従えてるって話だ。あのベヒモスに何かしたんだろう!それで嫌いな檜山や近藤を謀殺したに違いない‼︎」

 

「あの時は必死だっただけだ!それに言わせてもらうけど、一回目は君達の尻拭いをして僕は左足を喰われたんだぞ⁉︎僕が復讐のために左足を喰わせるような狂人だって言うのか⁉︎それにあの時の魔法の誤射はどうなる!そんな誤射まで計算の上で、しかも嫌いな人物だけを魔物に殺させるように誘導なんてできるわけがないだろ!」

 

「クラスメイトを殺そうとする奴は狂人だろう!」

 

「後付けでそうしたいだけだろうが⁉︎僕はオルクス迷宮から帰ってきて、一度も王都を出たことがない!結界に守られたこの王都で、どうやって魔人族と会ったって言うんだよ⁉︎」

 

「オルクス迷宮を出た直後なら外にいただろう!」

 

「意識がなかったのを知らないのか⁉︎僕は失血死する寸前だったんだぞ⁉︎そんな状態で君達全員の目を掻い潜って敵と交渉して復讐の準備をする⁉︎無理に決まってるだろ!それにそういう話なら一回目とは時系列が合わないじゃないか!話がおかしすぎる!」

 

「なら何で香織が戦線を離脱するんだ!香織は俺の隣にいるべきなのに!お前が何かしたんだろう⁉︎」

 

「死人が出てるんだぞ⁉︎心優しい白崎さんがショックを受けて前線を嫌う、これのどこがおかしいんだ⁉︎戦争も知らなかった日本人で、ただの高校生が死に恐怖することがおかしくないんだとしたら、君の精神の方がおかしい!」

 

「俺はトータスの人々のことを思って、勇者として──!」

 

「それは随分ご大層な勇者だね!クラスメイトも守れず、その責任を全部僕に押し付けようとする!心の弱った女の子を無理強いして戦場に引っ張ろうとする!勇者どころか、男として、人間として最低じゃないか!」

 

「人々を守るために皆で団結する!それのどこが最低なんだ──!」

 

 勇者はとうとう、聖剣を抜こうとする。そのモーションが見えた瞬間、ハジメは魔法を使った。

 

「錬成!」

 

「なっ⁉︎」

 

 鞘の革が変形し、それが聖剣のガードに絡みついて抜けなくなっていた。簡易義足を作り続けていたハジメだ。革を変形させるなんて序の口だった。

 剣が使えないなら殴ればいい。そう考えたのか勇者の右ストレートが飛んでくる。

 勇者のステータスは人類最高峰だ。そしてハジメは戦闘訓練なんて最初以外にやっていない、一般人レベルの弱さだ。勇者の拳を止められるわけがないし、受けたら死ぬ。

 死を覚悟した瞬間、ハジメと勇者の間に透明な壁が現れていた。それは勇者の拳を受けて弾け飛んだものの、ハジメの命だけは守った。ハジメがそのまま勇者と距離を置いてウォルペン達の元まで下がると、結界を張った人物が声を出す。

 

「聖域と承知の上で失礼します。──何事ですか。この騒ぎは」

 

 茶色いウィッグを被り、質素な服を着た十代半ばの少女。勇者はそれが誰だかわからなかったが、ウォルペン工房の全員はすぐに立て膝となり、左手を背中へ、右手は胸へ持ってきて平伏していた。

 代表してウォルペンが口を開く。

 

「お見苦しいところを見せました。リリアーナ王女殿下」

 

「な!リリィ⁉︎」

 

「あなたにそう呼ばれるような許可を出した覚えはありません。勇者様、これはどういう状況ですか?外に出ていたウォルペン工房の方から話は聞きましたが、なぜあなたはハジメ様に対して聖剣を抜こうとしたのですか?」

 

 ウィッグを外して本来の金紗の美しい髪を露わにしたリリアーナの横に従者であるへリーナも現れる。

 勇者はきっとリリアーナなら味方になってくれるだろうと、自分に助けを求めた国の王女なのだから自分の言葉を信じてくれるだろうと思って話し出した。

 

「リリィ、南雲は魔人族と内通していたんだ!ここで倒さないと皆が悲しむ!」

 

「なるほど。その証拠は嫌いなクラスメイトをベヒモスが殺したからと、カオリが戦線から離脱したからですか。──あなた、バカですか?」

 

「──へ?」

 

 リリアーナがそんな毒を吐くとは思わなかったのか、それとも自分が否定されると思わなかったのか。

 勇者はそんな情けない声と共にだらしない表情をしていた。

 

「ハジメ様の作った義足。これのおかげで我が国の経済力は上昇しました。職に就けなかった人へ雇用を生み出し、事実農業従事者が増えています。義手も同じこと。魔人族に内通していたとしたら、なぜ人類のためになることをするのです?」

 

「それは……俺達を謀るために……」

 

「無駄が多すぎます。義足だろうと武具だろうと、その技術を持ってガーランドに渡った方が利益が大きいでしょう。足を負傷して前線にも行っていない人間をスパイとして置いておくにしてもロクな情報なんて得られませんからこれも意味がありません。今この工房ではメルド騎士団長の武具を作成していますが、王国の要たる騎士団の戦力を増幅させるような行為をする理由はどこにありますか?あなたの妄言には、辻褄の合わない点が多すぎる。証拠もないことで神の使徒たるハジメ様を殺させるわけにはいきません」

 

 騒ぎを聞きつけたのか騎士団の巡回騎士が多数集まっていた。その騎士達もこの状況に困惑していたが、この場で一番階級の高いリリアーナへお伺いを立てた。

 

「リリアーナ王女殿下。どういたしますか?」

 

「勇者様を王宮へお連れして差し上げなさい。お疲れのようですから。それと聖剣の没収も。このような街中で剣を振るうなど言語道断です」

 

「かしこまりました」

 

 騎士団は速やかに命じられた内容を実行していく。騎士団は流石に味方判定なのか、勇者は抵抗することもなく大人しく連れて行かれる。

 何があったのかと見に来ていた野次馬達も勇者やリリアーナがいたことには驚いたものの事態が収まったとわかると徐々に去っていった。関係者以外去った後に、それまで気丈に振舞っていたリリアーナが大きく息を吐きながら床に腰を付けてしまった。

 緊張の糸が切れて安心してしまったのだろう。ヘリーナの手で椅子に座らされて、水をもらって落ち着いていた。というか全員、椅子に座って項垂れていた。全員が疲労困憊でしばらく仕事を再開できそうになかった。

 

「ハジメ……。アレが勇者なのか?アレに俺達は命を託さなけりゃいけないのか?」

 

「残念ながら、はい。棟梁も皆さんも、リリアーナも。ありがとうございました。危うく殺されかけましたよ……」

 

「それがシャレにならない事態でしたね……。わたくしは途中からしか話を聞いていませんが、あのような支離滅裂な発言をすれば自分の立場も危うくなると思わないのでしょうか……?」

 

 ウォルペン、ハジメ、リリアーナがそれぞれ言葉を漏らす。

 突然の襲撃に、ルール無視の横暴。更には訳のわからない悪認定。その悪っておかしいんじゃないのって言えば魔人族との内通とかいう理論を持ち出した。

 魔人族と内通するのは無理があると証言すれば暴力沙汰だ。どうしようもない。

 

「姫様。この後あの勇者はどうなるんですかい?」

 

「おそらくこのまま無罪放免でしょう。わたくしが神の使徒の行動を縛れる訳ではありません。聖剣も今日中に返却されて、すぐに遠征に出て行かれるでしょう」

 

「あ、遠征決まったんだ……」

 

 リリアーナは王国の第一王女だが、イシュタル教皇や国王の決定には逆らえない。勇者の威光を汚したくない教会も王国も謹慎処分なんてしないとリリアーナはよくわかっていた。

 結局オルクス迷宮が使えないとわかって遠征が決定されたが、この遠征に行く人間は少ない。まともな神経をした人間は戦線復帰を拒んで王宮に篭るか、畑山の護衛に回った。遠征に行く神の使徒はなんと一桁。三十人以上いたのにこれではと、教会と王国の上層部は頭を抱えていたとか。

 

 人数が少なくなったことで費用が抑えられるという利点もあったが、そもそも求めた戦力が次々と脱落していく姿は想定外だったのだろう。

 本来なら死者を出してしまったメルドや同行していた騎士は左遷されるところだったのだが騎士団でも上澄みの戦力を捨てるのはもったいないということでまだ迷宮組の教官を務めていた。

 

「もしかしたらあの者が法螺話を吹聴して教会が動くかもしれませんわ。ハジメ様も詰問をされるかもしれません。今の功績を考えれば異端者認定はされないと思いますが……」

 

「その時はもう王国から出て行くよ。ちなみに詰問ってどんな形でされるの?」

 

「軽く質問をされるだけですよ。素行調査などは教会がしますが、教会としてもどちらも失いたくない人材ですからなあなあで済ませると思います」

 

「だといいけど」

 

 ハジメの心配は杞憂で終わった。本当に簡単に質問をされて、どちらも無罪放免。勇者は最強の戦力として、ハジメは技術革新の第一人者として手放すのは惜しいと思われたのだろう。コツコツと実績を積み上げていて良かったと思えた瞬間だった。

 その後勇者についていけなくなったクラスメイトによる慰め会ではないが、そんな食事会が催された。王都の美味しい食堂で今回の事件やオルクス迷宮であったことなどを全員で愚痴りあった。

 迷宮での独断専行、自由時間の訓練の強制。ハジメがベヒモスにやられたのは本人の努力不足だと散々言っていたことなど、様々な話をし合った。美味しい料理に舌鼓を打ちつつ、近況報告のような物もしていた。

 

「南雲のその義足すげえよな。ホルアドでも助かるって言われてたぜ。あそこも結構炭鉱夫が多くて、落盤事故とかで足をなくした人もいたからまた働けるって喜んでたぞ」

 

「そう言ってもらえたら嬉しいよ。僕が歩けるようにって改良した物を市場にも流してるだけだけどね」

 

「それが凄えんじゃねえか。俺だったら義足なんて作れねえーよ」

 

「確かに」

 

 あまり交流のなかった永山パーティーと交流したり。ベヒモスの話は一度目も二度目も彼らにとっての転換点だったので大いに語り合った。

 一回目はハジメの機転に助けられたとか。二度目のアイツはバケモノだったとか。遠藤と野村が撤退の時に見事な働きをしたとか。

 その時にベヒモスが奈落から上がってくる時に使っていた魔法が土魔法っぽくないとか、一回目のベヒモスより相当強かったとかの話もあり。

 

 今ハジメが作っている準アーティファクトの話は特に男子の喰い付きが良かった。強い武具というのは憧れがあるらしい。特に聖絶を施した盾なんて欲しいと連呼されたほどだ。ただそれは前線に最優先で配備されるので迷宮組(もう迷宮には行かないが遠征組では区別が付かないので勇者一行を迷宮組とする)から外れた面々に行き渡るのは遅れそうだと話したら残念がられた。

 それと今回の勇者暴走の件も知れ渡っているようで、ハジメは特に慰められた。

 

「帝国に武器を売ったから悪で魔人族と内通してるって、どういうこと?」

 

「わかんないよ。怒鳴られたけど、全く話が頭に入ってこなかったからね。とにかく僕を排除したかったみたい」

 

「地球にいた頃からアイツ、南雲を嫌ってたもんな……。地球でもトータスの最初の方でも助けられなくて済まなかった。これからは俺達がお前を助けるよ」

 

「永山君……」

 

「俺も俺も!地球にいた頃と最初の内はクラスの除け者にされたくなくて庇えなかったけど……。もうあんな奴のご機嫌伺いなんてしたくねーよ!死にかけたし!」

 

「遠藤君」

 

「地球に帰る手段を得るためにって頑張ってきたけど、限界だよな……。アイツの下にいたら命が足りない。それに、好きな人に死なれたら俺、生きていけねえよ……」

 

「野村君……。え、好きな人?誰のこと?」

 

 ハジメはいきなりの告白にびっくりして野村の好きな人について聞き出してしまった。まさか同じパーティーの辻のことが好きだなんてハジメは気付かなかったが、同じパーティーの男子である永山と遠藤にはモロバレだったらしい。

 トータスに来てようやくクラスメイトと打ち解けられた気がして、ハジメは嬉しかった。友達というのはこういうことかと感慨深くなっていた。

 そんな風に笑っているハジメを見て白崎も笑い、その白崎を見ていた女子はまた始まったなと思っていた。

 

 いや、彼女達もとやかく言えないのだ。白崎なんて好きな人が目の前で足を失った瞬間を見ている。しかも最初から撤退戦に終始していれば失わなかったかもしれない。

 そんな好きな人が今楽しそうに、平和そうに笑っている。あの地獄を経験した後だと笑みくらい溢れて当然だとわかっている。

 でも視線があからさますぎることに溜息をつき、その相手たるハジメも全然その視線に気付かない鈍チンなのでどうなってるんだこいつらと呆れていた。

 




明けましておめでとうございます。
これからもよろしくお願いします。
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