ありふれた錬成師とハイリヒ王女   作:エヒトルジュエの箱庭

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今回も死者が出ます。ご注意ください。


8 覚醒

「あんなのがいるなんて聞いてないよ⁉︎」

 

 そんな魔人族の女性の声がオルクス迷宮の六十五階層で響く。

 彼女の名前はカトレア。神代魔法を習得することと勇者の調査のためにガーランドの将軍から借り受けた魔物を率いて進軍していたが、そこにはいてはならないイレギュラーが存在していた。

 魔人族でも見たことのない魔物。カトレアは小手調べのつもりで魔物を三匹ほど向かわせたらそのまま容赦無く叩き潰されて喰われた。

 勇者一行だろうと倒せる実力を持った魔物達でガーランドでも強力な魔物だった。その魔物が三匹がかりで挑んで瞬殺。

 

 レベルが違いすぎるとカトレアはすぐに撤退を決めた。姿を消せる魔物も、猛毒を使える魔物も、その特技を活かせず死んでいった。正確には何一つ通用せず一匹の魔物を残して全滅してカトレアはなんとか逃げ出せていた。

 その場の守護者、ベヒモスは久しぶりの魔物の肉を喰らいつつ逃げ出す者には興味がないように見送った。

 自分を殺す英傑はまだかと。勇気ある存在はまだかと待ち続ける。肉を喰らうことで己を強化し、魔法を用いることで練度を高めていく。最強の名前を汚さないために。

 しばらくしてまた人間がやってくるが。

 待ち人ではなくベヒモスはつまらなそうに重い腰を上げた。

 

・・・・・・

 

 勇者は三度ベヒモスに挑むことになった。戦争前の試金石と言われてしまえばどうしようもない。勇者本人も負けたままではいられないと意気込んで迷宮に挑んでいた。

 騎士団は最終準備で同行できず、神の使徒だけで挑むことになった。戦争でいつでも騎士団が側に居られるとは限らず、戦力的にも神の使徒の方が上。そうなると戦争でも勇者達は突出することになるだろうからと彼らだけで戦うように仕向けられた。

 

 これはとある神の差し金だったが、それを知る者は少ない。

 

 六十五階層に辿り着いて。予想通り奥に片角が折れた傷だらけのベヒモスがいた。冒険者なんて優に超えるステータスを持つ自分達が負けたのだから他の誰も勝てるわけがないと考えていた勇者の考えは当たっていた。

 負けた時よりも自分達は強くなっている。だから大丈夫だと、根拠のない自信を抱いたまま勇者は突っ込んだ。

 そして三分後。

 前衛は全員倒れ、立っているのは後衛の人間だけになっていた。人間の攻撃はどれも通じず、攻撃を当てた瞬間前衛の人間は軽く吹っ飛ばされて鎧などがボロボロになり傷だらけ。魔法も何も効かず倒れ伏していた。

 

 ベヒモスも面倒だと思ったのか階段の奥から動かない。通ろうとしたら邪魔する気だが、自分から叩きのめそうとしなかった。彼らを見るのは三度目だった上に自分の求める人物もいない。やる気がなかった。

 やろうと思えば全員奈落に突き落とすこともできたが、興味もなかったのでただ居座る。虐殺をしたいのではなく闘いがしたいベヒモスは弱い者いじめなんてしたくなかった。

 聖剣以外の攻撃は痛くも痒くもなく、前衛三人の武具は聖剣以外破損していた。聖鎧も少なからず罅が入り、もう一撃受ければ壊れてしまうようなマズイ状況。

 

 回復役もいない状況でこれ以上の戦闘は危険だ。撤退するべきなのだが本来その指示を出すべき勇者は未だに戦う気で、次に指示を出すはずのメルドは今いない。

 勇者は聖剣を杖にしつつも立ち上がり、切っ先をベヒモスへ向けた。

 

「俺は人間を守るためにも、お前如きに負けるわけにはいかないんだ!──"限界突破"!」

 

 一時的なステータスの急上昇。これならベヒモスに勝てるだろうというのが勇者の考える勝算だった。

 前回はこれを使う前にやられた。だが、これさえ使えていれば負けなかっただろうという自負があるのだ。

 勇者にしか使えない、最強の魔法。元から強いステータスが更に跳ね上がり、この世界でも勝てる者がいなくなる最強の祝福。

 これを使った上で更なる最強の攻撃魔法を用いる。

 

 

 

 

 

「神意よ!全ての邪悪を滅ぼし光をもたらしたまえ!神の息吹よ!全ての暗雲を吹き払い、この世を聖浄で満たしたまえ!神の慈悲よ!この一撃を以て全ての罪科を許したまえ!──〝神威〟‼︎」

 

 

 

 

 

 聖剣から放たれる直線状の斬撃を模した光の一撃。それがまっすぐベヒモスへ向かった。

 見ていた者が全員、勝ったと思った。"限界突破"を用いた上で放つこの一撃を防げた敵はいない。ベヒモスも避けられずに直撃コースだ。

 その斬撃が当たる前に、ベヒモスは自分の背中の体毛に絡まっていたある物を取り出す。

 それは自身の折れた片角。何を後生大事に持っていたのか、その理由が今明かされる。

 

『グオオ』

 

 短い唸り声。

 それだけでベヒモスは右手から魔力を迸らせ、角が変形する。

 とても武器とは呼べない、歪な形だ。ただ巨大化しただけのような、剣とも斧とも呼べないただの巨大な物体。

 それを横薙ぎで振るう。

 

 

 ──無敗の一撃は、それだけで霧散した。

 

 

「は……?」

 

 誰の呟きだったか。

 この現実を受け入れられる者はいなかった。

 勇者の最強の一撃が放たれればそれだけで勝ちが確定していた。前回敗れたものの、この状態になった勇者なら勝てるだろうと、教会の指示でベヒモスと戦うことになっても大丈夫だろうと考えていたのだ。

 そんな楽観視を、根拠のない妄想を、完璧に破壊した瞬間だった。

 

「あ、あああああああ⁉︎」

 

「光輝⁉︎」

 

 一番信じられなかったのは本人だった。彼は勇者として選ばれたのだと。自分が人類を救うのだと信じ切っていた。レベルは上がり切っていないが、それでもこの一撃だけは防がれないと信じていたかったのだ。

 "限界突破"の制限時間が終わる前に突っ込んでいた。魔法が効かなくても接近戦ならどうにかなるのかもしれないと。突然現れた何かの塊が魔法を無効化する力でもあったのだろうと信じたかったのだ。

 斧のような物は大きすぎる。振り回すのも難しいだろうと勇者は突っ込んでいった。

 だが、それでどうにかならないことはとある存在の命令でこっそりとついてきていたシスターには分かり切っていた。だからこそお伺いをたてる。

 

「主よ、どうなさいますか?」

 

『もう一段階上がある。それでもダメだったら……()()()()()()()()()()()()()。女を殺すとめんどくさそうだから男の一人でも殺せば良いだろう』

 

「かしこまりました」

 

 シスターはまだ状況を見届ける。

 勇者は自分の中にある力に気付いたのか、一人語りをし始めた。

 

「ああ、認めるよベヒモス。お前は強敵だ。でも、お前のような強敵だからこそ俺は新しい境地に至った。今度こそ決着だ。──"限界突破・覇潰"‼︎」

 

 これまで以上の魔力のうねりが勇者を包む。その圧倒的な魔力量に神の使徒一行は勝機が見えて目を輝かせた。

 あんな魔力を見たことがなかった。これなら今度こそと。

 まるで漫画の主人公のようだった。強い相手との戦いで覚醒する。

 ご都合主義を発揮し勝ってしまう。そういう星に生まれついた人物かのような有り様だった。

 

 勇者が聖剣を振り下ろす。ベヒモスは角剣で防いだ。だがあの魔力量の一撃を防げるはずがないと誰もが思ってしまう。聖剣という武器にあの魔力が籠っているのだ。

 角剣など簡単に寸断されるだろうと、そう思い込みたかった。

 見事に受け止めた瞬間には、自分達の目が点になっているなんて予想もできない。

 

「な、なんで……?」

 

 呟いた勇者は角剣の横払いで吹き飛ばされて後衛組の近くの壁に叩きつけられていた。防御のステータスも上がっていたために意識もあり傷も深くないが、攻撃が効かなかったことに呆然として立ち上がれていなかった。

 そもそも切れるわけがない。角剣はベヒモスの魔力が籠められた武器だ。魔力量で言えば勇者を圧倒している。魔力量の劣る一撃で切れるわけがない。

 ここまでかと、シスターは嘆息してから行動に移す。

 彼女には神に与えられた洗脳術がある。言葉に命令を乗せて一人を殺害させるために駒にする。

 

「"全員を守るために突貫しなさい”」

 

「『てめえええ!よくも光輝を‼︎』」

 

「龍太郎⁉︎やめなさい!」

 

 シスターに洗脳された拳士は武器として使っていたナックルもボロボロなのに突っ込む。

 ベヒモスはシスターの言葉が聞こえていたのか、隠れていたシスターの方へ目線を向ける。視線が合ってしまったシスターは侮蔑の表情を浮かべた。

 

「獣如きに見破られるとは、屈辱です」

 

 ベヒモスはシスターをどうにかしようと考えた頃に拳士の拳が自分の足にぶつかる。全くダメージにならず、更に攻撃を加えようとしてくるので。

 邪魔だからと。角剣を振り下ろして叩き潰した。

 

 

 べチャリ、と水分の多い音がフロアに響く。

 

 

 ベヒモスは角剣を引き上げて、濡れてしまったので軽く振ってこびりつく前に液体を払った。水分は全て奈落へ落ちていき、嫌に赤いそれは人間にとっては随分とスローモーションで落ちていったかのように見えた。

 ベヒモスは歩き出す。シスターが厄介だとわかったからだ。あの強者を喰えばまた高みに至れるのではないかと思い、久方ぶりの極上の餌にありつくために動き出す。

 ベヒモスがまるでそこにある血溜まりを、なんでもなかったかのように乗り越える様子を見てその人物がどうなってしまったのか理解してしまった。

 

「りゅ、龍太郎〜〜〜〜ッ⁉︎」

 

「坂上までやられちまった……⁉︎あのバケモノ、こっちに向かって来るぞ⁉︎」

 

「に、逃げようぜ⁉︎アレに挑むなんて間違ってたんだ!檜山だって近藤だってアイツに殺されたじゃねえか!」

 

 八重樫の絶叫に続き、炎術師と風術師の声が恐怖に狩られて響いた。それが正論だとわかったのか、結界師が腰の抜かした八重樫をどうにか引っ張って逃げようとする。小柄ながらも脱出に向けて力を振り絞っていた。

 神の使徒一行が何をしようとベヒモスは気にせずのっそのっそとシスターだけに注目して歩く。敵と認めているのはシスターだけだった。

 

 そのシスターへ攻撃を仕掛ける前に、もう一度魔力の奔流が現れる。

 ベヒモスとしても無視できないレベルの魔力だったので目線を向ける。その魔力を放っていたのはゆらりと立ち上がった勇者。

 両目から滝のような涙を流し、聖剣を両手で握っていた。

 

「龍太郎は俺の親友だった……!俺から親友を奪ったお前のような悪を許してたまるか!」

 

 それは"覇潰"さえも超える魔力の渦。

 これなら勝てるのではないかと、もう一度希望となる光だった。

 

 

「神意よ!全ての邪悪を滅ぼし光をもたらしたまえ!神の息吹よ!全ての暗雲を吹き払い、この世を聖浄で満たしたまえ!神の慈悲よ!この一撃を以て全ての罪科を許したまえ!──〝神威〟‼︎」

 

 

 先程の一撃よりも魔力を濃縮した、橋も何もかもを破壊するような超巨大な光の一撃が聖剣から飛ぶ。

 その一撃は流石にまずいと思ったのか、ベヒモスは奈落で手に入れた硬化の技能を使う。自身の全てを硬くして一時的な防御力を一気に引き上げる技能だ。これを使った瞬間は一歩も動けず、使い終わった後も数秒は体の硬直があるが、物理的な防御力では同格でも抜けなくなるような使い所のある技能だった。

 

 使う際にはそこそこ魔力を持っていかれるが、魔力がすっからかんになるわけでもない。ベヒモスはこれを使ったことで角剣も本体も傷がないまま切り抜けた。

 "神威〟を受けても傷が見えない様子のベヒモスの姿は、もう一度神の使徒を絶望へ叩き落とした。あの一撃でも無傷なら倒せるわけがないと。

 そして勇者も膝を着く。"限界突破"の使用時間が過ぎ体が動かせないほどの疲労感が押し寄せていたのだ。

 

 もう勇者も戦えないとわかって肩を貸して逃げ出す。その勇者達をベヒモスが追うことはない。最後の一撃は驚いたものの勇者よりも気になる存在がいたからだ。

 ベヒモスは硬化の反動がなくなって動こうとしたら既にシスターは姿を消していた。シスターは勇者が覚醒すればもうこの場所に用事はないのだ。ベヒモスと戦うことは命じられていない。勇者も逃げたのなら留まる理由がない。

 獲物がいなくなってしまったことでベヒモスはつまらなそうに角剣を元の角に戻していた。次は見かけたら真っ先に殺しに行こうと決める。

 

 逃げられるくらいなら初手から全力で行くべきだと。今回の戦いで学習した。

 勇者のことは次ならもっと強くなっているかもしれないので、初手で殺し肉を喰らうことを決めた。あの斬撃と魔力を迸らせる力が欲しいと思ったために。

 その機会は、もう二度と訪れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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天之河光輝 17歳 男 レベル:67

天職:勇者

筋力:1980

体力:1980

耐性:1980

敏捷:1980

魔力:1980

魔耐:1980

 

技能:全属性適性[+光属性効果上昇][+発動速度上昇]・全属性耐性[+光属性効果上昇]・物理耐性[+治癒力上昇][+衝撃緩和]・複合魔法・剣術[+無念無想]・剛力・縮地[+爆縮地]・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破[+覇潰]・言語理解

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・・・・・・

 

「え?また死者が?まさか地上でクラスメイトを殺せるほどの魔物がいるなんて……」

 

「いえ。ハジメ様には告げていませんでしたが、迷宮組の皆さんは再度オルクス迷宮に向かっていたのです。神の使徒たる者、ベヒモスに負けたままだというのは風聞が悪いだろうと。そしてまた……」

 

「評判を気にして戦力を失ってたら本末転倒だよ……」

 

 またハジメの家に来ていたリリアーナから、情報を聞いていた。休みの日ということで最近のハジメはリリアーナと過ごすか白崎と過ごしていた。白崎と休みが被っていたらご飯に誘われて話をする。リリアーナは時たまこっそりと来ていて、いろいろな話をしつつご飯を作ってもらうという感じで過ごしていた。

 今日も目を覚ましたらリリアーナがいたのだが、料理を作った後は真剣な顔をしていたので料理を食べた後に聞いてみれば坂上が死んだと伝えられたわけだ。

 

「ごめんなさい。食事が終わったばかりとはいえ、このような話を……」

 

「いや。遅かれ早かれ知ることになったんだし。……これさ、どこからも信用が落ちない?教会も王国も、神の使徒も」

 

「三度も敗北したとなると、信用なんてガタ落ちでしょう。ここから信用を勝ち取る方法は一つ、魔人族との戦争に終止符を打つことだけです」

 

「だね。また箝口令を敷くの?」

 

「その予定です。特に今回の件を主導した教会と貴族達は大慌てで……」

 

「ベヒモスなんて放っておけば良かったのに。迷宮の魔物なんて滅多なことがない限り出てこないんでしょ?」

 

「はい。とても少ない事例です」

 

 本当に何をしているんだと言いたくなるような出来事だ。

 戦争に神の使徒を運用すると決めた直後にこの大失態。もしもどこからでも漏れたらリカバリーなんて効かないだろう。それこそホルアドでまた目撃されればおしまいだ。

 やはり自分達が転移して来たのは失敗だったなと、ハジメはしみじみと思っていた。平和な国の人間が戦うなんて無理なんだと。

 

「それで、これが一番重要なのですが……。勇者の聖鎧が壊されたようです。その代わりとなる物をウォルペン工房には依頼されるのではないかと……」

 

「え……?アレ、他に代わりはないの?」

 

「ありませんわ。聖剣と同じく一点物です。それが壊れてしまったので性能の良い防具を依頼されると思いますわ。あとシズクの防具も破損したようなので、彼女の分の防具も要求されると思います」

 

「八重樫さんの分もか。……待って、戦争に派遣されるのっていつだっけ?」

 

「半月もありません。ベヒモスを倒した後一週間の休養に充ててすぐ送り出す予定だったので……」

 

 そんな急なオーダーにハジメは頭が痛くなってくる。ここ最近だって騎士団や神殿騎士のための装備を整えるためにフル稼働だった。今日の休日なんて実に半月ぶりのものだった。それくらい工房ではひっきりなしに準アーティファクトを生産しているのだ。

 納期が短く、しかもその上で人類の希望たる人間を守れるような防具を作れなんてめちゃくちゃな無茶振りだ。

 

 勇者の防具を作るというだけでウォルペン工房の全員は嫌がりそうだが、自分達以上の錬成師が王国にはいない。そうなると確実にお鉢が回ってくる。

 王国にも援助してもらっているので依頼されれば断れない。どうしたものかと思っていた。

 聖鎧もアーティファクトだ。それに匹敵する物なんて作れるかどうか。作れなかったら工房が批判されそうだ。

 いろいろな意味でやりたくない仕事だった。

 

「まだ正式には下されていない依頼だよね?」

 

「ですが今日中には遅くても……。防具なしで戦場に向かわせるわけにもいきませんし」

 

「休み返上かも……。そもそも素材があるのかって問題もある。今ウチの工房は準アーティファクトの量産をしてるから最高級鉱石や魔石なんて残ってないかも……」

 

「でしたらわたくしが工房へ顔を出しましょう。状況を知っておく必要があります。すぐにでも──」

 

 リリアーナは立ち上がろうとしたが、なぜかふらついて倒れそうになる。それを見てハジメはどうにか手を伸ばして床に激突することだけは防げた。

 

「リリアーナ⁉︎急にどうしたの⁉︎」

 

「ごめんなさい……。最近政務が溜まっていまして……。その皺寄せが来たのかと」

 

「え?忙しかったならわざわざ僕の家に来なくても良かったのに……。料理だって……」

 

「ふふ。これが息抜きになっているのです。それを奪わないでください。……皆様も、ハジメ様も頑張っておられるのに、わたくしだけ休んでいるわけにはいきません」

 

「……そんなに忙しいの?いや、僕みたいに離脱したクラスメイトの面倒を見てくれているのは知ってるけど、そんなに仕事が溜まって……?」

 

「いえ、他にも税収の差配や戦争に向けた資材の保管。騎士団の人員配置などすることが多くて……」

 

 本来なら国王がやることなのだが、最近の国王は教会へのお布施やら勇者の敗走に関する名誉挽回などを手掛けるばかりで政務が溜まっているのだという。帝国との同盟の話も流れて戦力の確保も必至だというのに、トップたる国王がほとんどの仕事を軍務尚書(しょうしょ)などの下に丸投げ。

 王家の承認が必要な書類も多いのでリリアーナや王妃が捌いてどうにかしているらしいがとにかく仕事が溜まっていてまずいのだとか。

 リリアーナも以前から政務は手伝っていたのでどうにかなっているが、最近は国王がそもそも神山にずっと赴いていて王国は混乱しているという。

 今日来たことは正直、逃避行の一種でもあるらしい。

 

「今、そんなことになってるんだ……」

 

「どこまでお父様が承認したのかもわからないので、その確認が特に多くて。お父様は最近本当に変わってしまいましたわ……」

 

「これから戦争だっていうのに……。とりあえずリリアーナ、今日はゆっくり休みなよ。工房の方は僕がどうにかするからさ」

 

 ハジメは食器を洗いながらそう言う。

 いや、それくらいしかできなかった。政務のことなんてハジメではわからないし、リリアーナの疲れを癒す方法なんて思い付かなかった。

 だから自分のことは自分でちゃんとやって、工房へはハジメが伝えようと思っただけだ。

 

「……そういえばハジメ様はずっとわたくしのことを名前で呼びますね?」

 

「あ、嫌だった?なら変えるけど……」

 

「あだ名で呼ばれるというのも良いなと思ったので。こうして過ごす時間も増えましたし。いえ、名前で呼ばれることもそれはそれで特別なのですが」

 

「皆にはリリィって呼ばれてるんだっけ?」

 

「リリィだと捻りがないので。()()()()()()()()()()()呼んでいただけませんか?」

 

「リリィ以外で?そうなると……それこそ捻りもないけど、リリア、とか?」

 

「リリア。……はい。とても良いですね。特に三文字というのが」

 

 リリアーナは顔を綻ばせる。それはとても疲れている人間の表情ではなかった。

 笑顔にできたのなら良いかと、ハジメも気にしなかった。

 

「では二人きりの時はそうお呼びください。あ、へリーナがいる前でも大丈夫です」

 

「わかった。じゃあリリア、ちゃんと休んでね?僕は工房に顔を出してくるよ」

 

「あの、ハジメ様。少しここで休んでから帰っても良いですか?」

 

「ん?良いよ。王宮まで距離があるからね。鍵閉めだけよろしく」

 

 ハジメは疑いもなく家を出ていく。

 それを確認してからリリアーナはハジメのベッドに向かい、そこへ全身を預けた。

 自分のベッドよりも柔らかくない。だが先程までハジメが寝ていたからか熱も残っており、そして何よりハジメの香りがすることが堪らなかった。

 リリアーナは掛け毛布に包まる。

 

「リリア。リリア……!呼び名一つでこんなに違うなんて。吟遊詩人の詩の意味がようやくわかりました……。ふふ、とても良いものですね」

 

 そんな風に浮かれていたのも束の間。

 本当に疲れていたので、リリアーナはそのまま眠ってしまった。暖かい日差しと残った熱とハジメの匂いという安心感のあるものに包まれてそれはもうぐっすりと。

 それは合鍵をこっそりと作ってやってきた白崎に見付かるまでずっと眠ってしまっていた。

 

 見付かってからはさあ大変。ずるいだの私でもそこまでしなかっただのということを白崎は叫んだが、リリアーナとしては休ませてもらうことをハジメから許可を取ったことと、白崎が勝手に合鍵を作っていたこと、そして見事に侵入していることを問題として伝える。

 ここに休戦条約が締結された。お互い黙っていようと。

 一通りハジメの話題で盛り上がった後、二人はハジメにバレないように家を出た。

 リリアーナは王宮に戻ってすぐ激務が待っていたが、なんとか耐えられそうだった。

 

(でも三日おきくらいにはあそこで寝させてもらおうかしら……?)

 

 そんな色ボケも発揮しつつ、仕事に取り組む。

 ハジメが休みを返上したこともあって、鎧は完成。

 そして魔人族との戦争が始まる。

 




ベヒモスが使っていた硬化の技能はド○クエで言うところのアストロン、的なやつです。
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