ありふれた錬成師とハイリヒ王女 作:エヒトルジュエの箱庭
BANされないよね…?大丈夫だよね…?
それは神山での一幕。夜の帳が落ちて世界が眠りに就いた後の会合。
そこにはボブカットの少女とシスターがいるだけ。他の者は誰も立ち寄れない神聖な聖域になっていた。
「なるほど。つまりあなたは不遜にも代わりの肉体が欲しいと」
「はい。ボクが欲しいのは中身、魂だけです。それをいただけるのであれば外側は要りません」
「その代わり魂の入れ物が欲しいと。私や、まして主にそのように願い入れるなど不遜以上の言葉が見当たりませんが……。ええ、神はあなたの行いを評価しておられます。『お前のおかげで喜劇に色が増した』と」
「ありがたきお言葉」
「主はあなたに褒美として代わりの入れ物を用意してくださるとのこと。ですが用意するだけです。あなたが魂を抜き、入れなさい。そこまでは面倒を見切れないと」
「かしこまりました」
「ではこちらを。魂を入れる仮の籠と通信用のアーティファクトです。入れ物はこの神山に置きます。戦争が終わった頃にはできているでしょう」
「一つ質問をさせてください。その入れ物は生殖活動ができますか?」
「生殖行動ですか?……できないようです」
「そうですか。……なら、光輝くんの子種を今の内に確保しておかないとぉ。収納は最近覚えた魔法で良いかなぁ?」
「その下品な顔をやめなさい。主の目があるのですよ?」
「っと、失礼いたしました。肉体を得る時にはこのアーティファクトに連絡が来るのでしょうか?」
「ええ。戦争では死なないように心掛けなさい。折角主から褒美を賜るのです。無駄にすることは許されません」
「もちろんです。ボクと光輝くんの幸せな生活のために、死にはしません」
ボブカットの少女は帰っていく。いなくなったところでシスターは主に確認を取る。
「本当に褒美を渡してよろしいのでしょうか?」
『構わん。それにこれは慈悲だ。私に肉体をくれる道化へ、何一つ上手くいかずに好いてもいない面倒な女に束縛されるだけの人生を渡すという最大の恩情だぞ?咽び泣くほどの報酬だろう』
「申し訳ありません。我々には咽び泣くことができず。主から与えられるものはいかなるものであろうと望外の至福ではありますが。あの者が羨ましい限りです。物という形ある褒美を賜り、その上で主の心を満たすなど。我々にはできないことです」
『うむうむ。お前も娯楽がわかってきたようだな。さすが私の娘だ』
「──もったいなきお言葉」
シスターはそこへ跪き、体を震わせていた。
心のない人形。そのはずなのに忠誠の喜びが体を支配していた。
・・・・・・・
戦争が始まった。
坂上の死によって八重樫が戦線離脱。他のメンバーはどうしてもとうに地球に帰りたい理由があるのか、それとも名誉を求めたのか残りの五人は最前線に向かう。
ハジメ達はようやく激務が終わった。規定の騎士団への納品を済ませて、その上で急遽入った勇者用の鎧を完成させて当分の仕事がなくなっていた。八重樫の分の鎧を作らなくて済んだためにずっと徹夜ということにはならなかった。
それでもかなりの過密スケジュールで休憩もまともに取れずに全員疲労困憊。出征のための式典やらパレードやらあったようだが、全員自宅で爆睡していてウォルペン工房の者は誰一人として出席しなかった。
勇者一行が旅立って翌日。王都はようやく戦争が終わるのかと活気が増していた。まだ戦争に勝ったわけでもないのだが色々な不満を吹っ飛ばすには良い口実だったのだろう。どこもまともに仕事もせずどんちゃん騒ぎ。
それはウォルペン工房の者達も変わらなかった。
お店も工房も完全に閉めて、五日は完全に休業。それくらい休まなければやっていられないくらいの多忙さだった。
一日は全員が寝潰して、次の日には昼間に集合してどこかに飲みに行こうという話になった。パーッとやりたかったというのもあるのと、飲み潰れても次の日が休みのため無礼講で飲めるだろうと考えたからだ。
それなりに大きい食堂を貸し切っての宴会が始まった。最近の成果やデスマーチの過酷さ、最後の最後で求められた聖鎧の代替品に求められたスペックの高さなど愚痴りながら酒と食事が進む。
「なんかイシュタル教皇がかなり焦ってるらしいぞ?これで戦争に負けたら退陣が確定だなー」
「そうなんですか?」
「ぶっちゃけハジメ達神の使徒の評判なんて良くないだろ?離脱してる奴も多いし、勇者はあのザマだ。いくら作農師の人やハジメが頑張っててもな〜。結局戦うために残ったのって何人だっけ?」
「五人ですね」
「五人ぽっち戦線に突っ込んで、それで戦況変わるのかよ?しかも勇者なんて鎧が弱体化してるし」
「でもステータスは何故だかかなり上がったらしいですよ?噂でしか知らないので本当かもわかりませんけど」
イシュタル教皇は勇者達の信用度が低く、それとハジメを無能だと流布したことで今と全く違う評判を流したと批判の対象になっているようだ。ハジメの評判は義足と義手のおかげですこぶる良い。それに騎士団からも武具の評価も高かった。
そうなると後衛なのに戦場に連れていった方がおかしいのではという話も出始めるのだ。一応ハジメが自分で志願してオルクス迷宮に向かったことになっているが、ハジメと接した人間はハジメが志願することがおかしいと気付く者も出てくる。
ベヒモスと戦う前は血気盛んだったとして、左足を失ったから戦う気概を無くして大人しくなったと考えるよりも、元々戦うことを忌避するような性格だったのではないかと推察する人間が多かった。それほど普段のハジメはおとなしいのだ。
元々戦争が嫌いでステータスも一般人のものでしかなく、戦える魔法もない。神からの神託とやらも信じていないのに戦う気概もなく、そうなると戦う理由がない。
日本への帰還のために名声を稼ぐ必要があり、そのために様々な物を開発したが本人が強くなるとか戦場での名声を求めてとかでもない。
天職錬成師を戦わせた方がおかしいのではないかとなり、たとえハジメが志願したとしてもむしろ
そんな推移を聞いて、まあデマを流した教会が悪いよなとハジメは自業自得な結果に納得しかなかった。
「おーい、ハジメェ!飲んでっか?」
「いえ。僕の世界では飲酒は二十歳になってからだったので……」
「ああん?今何歳だっけ?」
「十六ですね。まだ一年経っていないので……」
「十六か。もう飲める歳だな?」
このトータスでは十五歳から飲酒が許されている。昔の元服と同じで十五は既に大人の仲間入りをする年齢だ。一端に働く年齢が十五歳なのでハジメはトータスでは十分大人だった。
なのに酒を飲まないハジメのことが気になってしまい、勝手に酒を追加注文してハジメの前に置いてしまった。
他の神の使徒も実は飲酒している者もいる。酒を飲まなければやっていけないような事態に遭遇して逃げたこともあった。一時的な逃げに酒や異性というのは有効だった。
ハジメは置かれた木製のジョッキに注がれたお酒を飲まないとダメな空気を察して取っ手を掴む。そして一口、飲んでみた。
果実酒のようで甘い口当たりが広がる。アルコール独特の苦味はあったものの、甘さが勝って飲みやすかった。
「……美味しいです」
「そりゃあ良かった。ハジメが酒飲んだことだし、もう一回乾杯すっか!乾杯〜!」
「「「乾杯〜‼︎」」」
近くの人間とジョッキをぶつけ合い、騒がしさが増す。
ハジメも初めてのお酒だが、周りの空気に呑まれて次々とお代わりをしていく。
誰もが泥酔になることを止める人間もおらず、食堂の人間もウォルペン工房の皆さんは頑張ってたからなと思い売上にも繋がるために止めはしなかった。
宴が終わった後、すっかり日が落ちてからハジメは帰宅した。足取りはかなり悪かったものの帰巣本能は鍛え上げられていて鍵のかかっていた家に入るところまでは問題なくできた。
ただ中にいた人が予想外だったというか、中に人がいるなんて思っていなかったという方が正しい。
「おかえりなさい、ハジメ様」
「……リリア〜?」
「あら、お酒を飲まれているのですか?珍しいですね。王宮でも飲まれていなかったと思いますが……」
「ん〜……?」
「キャッ!」
ハジメは酔っていたのか、リリアーナを抱きしめる。いきなりの行動にリリアーナは声を上げてしまったものの嫌ではなかった。むしろ顔は赤くしたものの嬉しくて抱き返してしまったほどだ。
それをどう解釈したのか、それともお酒で酔っていてまともな思考ができていないのか。
ハジメはリリアーナを抱きかかえてベッドに向かう。そのままどうなるのか、リリアーナとしては添い寝でもできるのだろうかと思っていたが。
まさかそれ以上になるとは、思いもしなかった。
・・・・・・・
「ん?」
ハジメが目を覚ましたのは昼近く。陽の光があまりにも明るくて目が勝手に開いていた。酒の飲み過ぎか頭が痛く、ズキズキとした。
何故だかベッドの中には自分とリリアーナがいて、自分は上半身裸らしい。そして枝垂れさがっているリリアーナの肩も見える。その肩には衣服がかかっていない。
酔いなんて完全に醒めていて、おそるおそる毛布の中を見る。
確実に全裸だった。ついでにリリアーナも。リリアーナの裸を見てしまい赤面したことはここに記す。
ハジメは感触的に、一つの答えを出す。
「つ、ツーアウトかな……?」
一、二人は恋仲ではない。告白などはしていない。
二、ハジメは酔っていた。そして昨晩の記憶がない。
三、リリアーナの年齢は十四歳。トータスでも未成年である。
四、ハイリヒ王国唯一の未婚女性王族である。
五、おそらくリリアーナの了承を得ていない(そもそも記憶なし)。
六、ハジメは神の使徒ではあるが、貴族ではなく扱いとしては平民である。良くて客将の立場。
七、リリアーナに恋人がいるのか婚約者がいるのか不明(ハジメに知識なし)。
八、王族にはもちろん、侍従であるへリーナにもこの事態を伝えていない。
九、そもそもここはハジメの家である。
十、リリアーナを泊めたことも初めてなのにこの始末。
十一、乱暴に脱ぎ散らかされた衣服が床にある。リリアーナがドレスを着てこなかったために市井に紛れるための私服だったことがまだ救いか。
十二、外泊のことなんて伝えていないだろうから今頃王宮でリリアーナのことを探しているであろうこと。
十三、ハジメも錬成師として評判を稼いできたが、王族に匹敵するほどのものではない。
十四、ハジメとリリアーナの場合相互協力関係だった。お互い負い目があるとはいえ情欲に流されるほどの親密関係だったかと言われるとハジメ側からすれば微妙。可愛いとは思っていたが。
十五、ぶっちゃけリリアーナには様々な面で助けられすぎてハジメとしては負担をかけていることは自覚がある。
十六、よろけるほど多忙で、その理由も知っていた。大半は自分達神の使徒関連で、ハジメのアイディアに関することも多い。
十七、ハジメはランドル王子に何故か嫌われている(これは白崎関連)。
十八、ハジメの収入では王族であるリリアーナを養うほどの稼ぎは現状ない。平民としては信じられないほど稼いでいるが、貴族の資産と比べたら少ない。資産力がなさすぎる。
十九、現状ハジメは教会に若干睨まれている(これは教会の責任転嫁ではある)。教会の力が王国では強すぎるので正直よろしくない。
二十、実はリリアーナが止めていたが、ハジメには有力貴族からのお見合い話が複数出ていた。ハジメが有能だとわかったので教会が繋ぎ止めようと思って他の者のように餌として与えようとしていたのだ。それをハジメ自身が断ったことにしているので教会と王国からの
二十一、教会も王国も帝国への渡りにするためにリリアーナを帝国の王位継承位を持った男と婚約させるつもりだった。帝国側からも断られているので成り立たない話ではあるが、なんにせよ傷物王女となってしまっては更に交渉の余地なしとなる。
二十二、今までハジメに彼女もいなかったのにこれは一足飛びどころの騒ぎではない。
二十三、何故だかずっと般若に睨まれているような寒気を感じている。
二十四、ハジメは童貞だった。
二十五、ベッドのシーツを見る限り、リリアーナも初めてだった。
二十六、ぶっちゃけトータスに来てからずっと溜まっていた。処理できるほど暇もなく、家にはリリアーナはもちろんのこと、たまに白崎も来るし、状況把握のためにへリーナや畑山も来る。女性の目がありすぎて処理もできていなかった。
二十七、寝ているリリアーナ可愛い。
「ど、どうしよう……?」
「んぅ……?」
ハジメが呟いたからか、それともハジメが上体を起こしたせいで寄りかかっていた熱がなくなってしまったからか、リリアーナが瞼をゆっくりと開ける。まだ寝ぼけているのかハジメの体に抱き着く。
おにじの行為に、柔らかい女の子の感触に。ハジメはドキッと心臓を高鳴らせた。
リリアーナもようやく状況を把握したのか、目元を擦りながらハジメに笑いかける。
「おはようございます、ハジメ
「り、リリア……?えっと……」
「シちゃいましたね?」
「ご、ごめん。僕、全然覚えていないんだけど……」
「あら?あんなに激しかったのにですか?まあ、酔われていたので仕方がないかもしれませんが……」
リリアーナは仕方がないと、そっと微笑んで。
ちゅ、と聞こえるように触れるだけのキスをした。
「なら思い出すためにもう一度肌を重ねましょう?ハジメさん」
お昼だというのにもう一度二人の影が重なる。
二人が次にベッドから起き上がったのは流石に心配したへリーナがハジメの家を訪ねた夜。
ハジメの家に泊まってゆっくり休んでいるのだろうと思っていたへリーナは随分と階段を登った二人にグッと親指を立てた。
そして前日の夜からまともにご飯を食べていないと知ってへリーナが買い物と料理をしてくれて三人で食べる始末。
お腹が空くのも忘れて情事に耽るなどと、へリーナはハジメに進言をする。
「せめてお食事はお取りください。それと、お嬢様のことも鑑みてください。話を聞く限り随分と長時間だったようですが、お嬢様はまだまだ成長期ですので」
「は、はい。申し訳ありません……」
「いいのよ、へリーナ。わたくしもスッキリとしました。むしろわたくしの方からお願いしてしまったくらいです」
「ではお嬢様も気を付けてください。それと、露骨にこちらに来る時間が増えると怪しまれます。ある程度予定は組ませていただきますので」
「えー」
「えーじゃありません。お二人の体を考慮したゆえにです。お二人とも忙しいのに睡眠時間まで削られたら体を壊します」
リリアーナは不服そうに。ハジメはもう謝罪BOTになっていた。
その後はご飯を食べて解散になったが、リリアーナは帰る前に首筋にキスマークを強くつけて、キスもしてから帰った。へリーナはごちそうさまですとだけ告げて連れ帰る。
ハジメはその後リリアーナの香りのするベッドで色々としてしまったことを思い出して悶々としてしまい中々寝付けなかった。
・・・・・・
魔人族の先陣は魔物の大群だった。
神代魔法によって強化・使役された魔物で消耗戦を仕掛け、人間側の食料や人材を徹底的に削ってその後魔人族による蹂躙を考えていた。
それが功を奏したのか、勇者一行の快進撃も進んだ。ベヒモスレベルの強敵もおらず、ベヒモス戦で更に強くなった勇者にとっては他の魔物なんて有象無象でしかなかった。
新しくできた鎧は聖鎧に比べると動きにくくて仕方がなかったが、それでも聖剣がバターのように魔物を斬っていくので人間側の士気は高い状態で維持された。
残りの勇者一行の四人は坂本が亡くなった時点で離脱しようとしていた。だが教会と王国がそれを許さずに戦場送りにされたが、勇者の敵がいないことで自信を取り戻し、確かに人類を導く神の使徒たるやを示していた。
八重樫だけ離脱した理由だが、彼女は腕の神経をベヒモスにやられてしまい剣を握ることができなくなってしまったと
本当の理由はPTSDである。トータスは精神科医のような存在がいないためにそんな診断は下されなかったが、剣を握ることもできなくなってしまった八重樫の状態をメルドが確認し、白崎がカルテを書いて内容を偽造。これによって八重樫は戦場に出ずに済んでいた。
神の使徒で戦場に出ているのは五人だけ。他のクラスメイト達は戦争の勝利こそ望んでいるものの、自分達が戦場に行くことだけは拒否していた。畑山を守るためならまだしも、他の理由で戦いたくないと一貫して主張していた。
畑山の能力から最前線から離れた場所でも奇襲があるだろうと、王都に戻ってきていた畑山一行も一応警戒をしていた。今の警備を担当している清水と永山が戦場の方を向きながら警戒しつつ雑談をしていた。
「……勇者ってさぁ、もっと煌びやかなモンだと思ってたんだよ。国に感謝されて、戦争を終わらせて、感謝される。……魔王軍って名称じゃなかった時点で、気付くべきだったんだよな」
「前に襲撃してきた魔人族のことか?」
清水は永山の言葉に頷く。
畑山を狙って襲撃を仕掛けてきた魔人族がいた。兵站の大部分を維持している畑山が死ねば人類は一気に弱体化する。狙われて当然の人物だ。彼女のおかげでどれだけの食糧事情が改善されたことか。
第一に捕縛、最悪殺す。そんな使命を帯びて殺しにきた魔人族だったが畑山の護衛に就いていたクラスメイト達でなんとか撃破。逆に捕縛したが、教会による尋問の結果死んだと後から聞かされた。
その襲撃の時にわかったのだ。相手も人間なのだと。
「相手が魔物しかいないなら、魔王を倒してハッピーエンドだったかもしれない。けどあっちも人間で、宗教戦争だろうが敗者が出ればその相手の生活をぶっ壊す。よく考えれば王宮の頃の講義だって魔人族のことなんてロクに教わらなかった。戦い方ばっかで、肝心なことは隠してやがった。……で、自分達の無能を南雲に押し付けて責任逃れして、南雲が成果を上げれば掌返し。何枚舌だっての。んな連中信用できねー」
「天乃河のことも不当に庇っていたからな。俺達の扱いも酷かった。迷宮での活躍は全て天乃河に集約されて、遠藤の斥候とか辻の治癒とかは全く評価されない。俺も天乃河と坂上の壁をやらされることが多かった。メルドさんは正しく評価してくれたが、教会と国が天乃河ばかりを評価して、アイツが何をしても庇い続けるというのがわからなかった。帝国の皇帝陛下に負けようが持ち上げ続けて、その結果が悪評三昧じゃな」
二人して溜息をつく。
クラスメイトを戦争へと誘導した人物。
その人間が
「清水。信用できないのによくここに残ってるな。冒険者になるとか手段はいくらでもあっただろ?嫌いな王国にいるより、冒険者や帝国に移住するとか、選択肢はいくつかあったはずだ」
「……畑山先生がさ。南雲の足がなくなったことで泣いてて。自分を責めまくってて。檜山と近藤が死んだ時はもっと酷かった。……ああ、この人は側で見てないとすぐに
「落ちる?」
「死ぬでも心が壊れるでも、それこそ変なことに手を出すとかでも良い。その全部かもな。そういう危うさがあったから見捨てられなかった。あの人、俺らのクラス担任でもないのに教師ってだけで頑張って、吐きそうになってもこうするしかないって突っ走ってて。王都に残ったクラスメイトのことも心配して、遠征で飛び回って。……この人バカだなあって思ったよ。
──でもさ。
あの人は本当に人間らしくて、俺達にとったら頼れる大人で、本当の勇者のように思えた。口だけじゃない。力だけじゃない。責任のある大人として、あのちっこい体で精一杯頑張ってる。そんな先生を見捨てられるほど人間やめてねーよ。異世界もかなりクソだってわかったしな」
清水は異世界への憧れというものが粉微塵に砕け散っていた。だからせめて手の届く範囲のことはしようと考えているだけ。
そんな清水の告白に永山は嬉しそうに笑う。永山は前線で頑張ることしか頭になかったが、こうやって考えて畑山のことを支えてくれるクラスメイトがいたことが嬉しかったのだ。
・・・・・
清水と永山の穏やかな時間とは真逆の様相を戦場では醸し出していた。
勇者の持つ聖剣が震えている。焦点が合っていない。それではいくら聖剣とはいえ敵を斬れないだろう。
勇者は降霊術師と突出していた。他の三人は長丁場の戦場で魔力が枯渇気味になり一時退却。勇者だけ余裕があったのでまだ戦えるとのことで出て行ったところに心配だからと降霊術師だけが付いて行ったのだ。
そしてその結果、勇者は魔人族が人間だと気付いてしまった。
人を殺すことは悪だという地球の常識によって戦場で手が止まってしまった。勢いよく魔人族を魔法で斬り飛ばしたのは良いものの、その時にある男の魔人族が首から下げているペンダントが目に入ってしまったのだ。
家族写真を入れたロケットのような物で、男と、寄り添う女。そしてその間に利発そうな少年が写った写真が入っていた。
魔人族が家族を形成していることを、人間と変わらないと気付いて『殺し』ができなくなってしまった。
もう既に、大規模な魔法で十人以上殺しているというのに。
勇者へ矢や魔法が殺到する。その直撃を受けても勇者はへたり込んで動けなかった。血が出ようが魔法で吹っ飛ばされようが、聖剣を握ることはできなかった。
その様子を天から見ていた存在は嘲笑する。
『ま、まさか⁉︎それだけの理由で殺せないのか⁉︎法、常識!既に遠く離れた異界の定義に縛られるのか!クハハハハッ⁉︎トータスと地球でどれだけ知識が違うのかわかっていないとは‼︎──ここまでだな。体を貰うぞ、道化』
その存在は自分の侍従に命じて連絡を付ける。
戦場にいた降霊術師はすぐに天命に従い、一時的に勇者を助けた。そしてすぐに人目の付かない場所へ行き、彼の唇を奪うのと同時に魔法を使って彼の魂の摘出を行なった。魂は贈与されたアーティファクトへ入れ込み、自分の胸で愛しそうに抱き締める。
作業が完了した時点で、勇者の体目掛けて光の柱が降り注いだ。
天を裂く極大の柱。それを見た教会関係者は誰彼構わず滝のような涙を流してひれ伏せた。とある大迷宮に残っていたゴーレムはその魔力を感知して世界の終わりを感じた。
光の柱が収束して、勇者の体が起き上がった。
降霊術師は忠臣の如く平伏し、彼の者の言葉を待った。
「ふむ。何千年ぶりの肉体だ。不都合も多いが、良かろう。女、褒めて遣わすぞ」
「ありがたき幸せ。復活おめでとうございます、
「今の私は気分が良い。この体でどこまでできるか実験したくてな。神山に送ってやろう。お前は死んだことにする。後は好きに暮らすと良い」
「は。重ね重ね御厚情賜り、ありがとうございます」
降霊術師──中村恵理はこれ以上ない笑顔を浮かべ、エヒトによる転移魔法で神山へ転移させられた。
残ったエヒトは真の神の使徒を呼び寄せ、自分に侍らせた。
「さあ、魔人族は蹂躙するか。この体のレベル上げだ。まだ脆弱な体だからな。お前達が守護せよ。ただし殺すのは全部私がやる。フリード以外皆殺しだ」
「「「「「は」」」」」
──そして三日後。
魔国ガーランドは勇者の手によって滅びた。