シンボリの恥 作:文章修行僧
情報は手に入った。
練習態度は最悪。タイムトライアルすらまともに行った試しがない、ある一定の条件を満たしたウマ娘に対して猛烈なアプローチをかける。同室のウマ娘きっての希望により一人部屋になったetc……
とてもシンボリの名を冠したウマ娘とは思えない奇行ぶり。何より、これで今年から入学したというのだから凄まじい。
(“シンボリの恥”なり、年中発情期とはよく言ったもんだ)
包み込むような陽光が取り込まれるトレーナー室にて、チラチラと揺らめいている蛍光灯の輝きを見つめながら、ベージュのコートがかけられたデスクチェアに腰掛け寛ぐ男は、笑い混じりに小さくため息をついた。自分の感は衰えたか、と考えずにはいられなかった。
しかし、状況が状況だったとはいえ、彼女の漆黒の瞳が、鮮明な記憶の片隅で激しく主張するのをやめない。
大きな窓枠から見える空は、既に鮮やかな水色に染まっている。今頃は、あの三女神に見守られた広場が、紫基調の制服に身を包んだ、色とりどりなウマ娘達で賑わっていることであろう。
うっすらと廊下の喧騒が響いているトレーナー室の広々とした空間に、再三男のため息が澄み渡る。黄昏た男の、だらりと下げられた片手の指は、ひたすらに爪を削っていた。男の最近の癖である。
この癖が出ている時、大抵男は頭を抱えている。
『担当したウマ娘、皆脚壊してるって噂ですよね』
壁にかけられた時計の刻む音が鳴る毎に、先刻小耳に挟んでしまった事実を克明にしていく。そして、気力を蝕んでいく。
気を紛らわせるかのように、男は生え散らかった頭を掻く。
「……はぁ」
意を決して、男は緩慢に立ち上がり、かけていたコートの襟に手をやった。
「……」
少し止まっていた彼は、我に帰ったようにコートを引き上げ、豪快に羽織った。
トレーナー室の戸口を開けると、あれだけ静かで、人の気配など毛頭なかった廊下が、二人組で、はたまた一人で、はたまたさらに大人数で、俯いたり姦しくしているウマ娘達の往来で賑わっていた。
その喧騒の中に身を投じた男は、耳を澄ませながら、あてもなく廊下を進んだ。こうすれば、玉石混交とした情報が確実に入ってくる。自分はただ、その精査を行えばいいだけなのである。
今日の授業、お腹が減った、走りたい、お腹が減った、眠たい。登校してすぐの彼女らから入ってくる情報はこんな程度である。
根気よく放浪を続け、男が正面玄関に続く階段を降っていた時であった。
顔を見合わせ、耳をくしゃくしゃにして倒した二人組とすれ違った。
「ねぇ、あれやばいんじゃないの……?」
震えた声色で呟かれたそれを、男は聞き逃さなかった。
階段を降り切り、前の広々とした構造の廊下の奥に位置する正面玄関を見ると、確かに、ウマ娘や人が入り混じった人垣が騒然とした雰囲気を作り出している。
求めていた情報とは違うものであるが、この不可思議な状況は、男の好奇心を揺さぶるには十分だった。
泳がせ釣りという、生きた魚を餌として、より大きな獲物を狙うという釣法がある。男は、まさしく泳がせ釣りの獲物の側になっていた。
心配しているのか、野次ウマ根性なのか、先生としてなのか、とにかく人垣を作っている彼らの最後尾に立った彼は、そこかしこに飛び出している耳の隙間から見えた光景を見て、盛大に吹き出さずにはいられなかったのである。
「話したいことって何だ」
そう心底面倒くさそうに言ったのは、オレンジと白の荒縄で黒髪を結い、鼻に白いテープ、口に植物の茎を加えたウマ娘――ナリタブライアンその人。
彼女に相対するは、サングラスをかけた、チンピラじみた鹿毛のウマ娘――ストレイシンボリ。
彼女の表情は、完全にその道をいく、威張り散らした下っ端のような表情をしていた。