シンボリの恥 作:文章修行僧
「おう!!」
頭を低くし、下から抉り込むように視線を上げ、耳をちぎれんばかりに引き絞ったストレイシンボリは、黒曜石のような瞳をぎらつかせ、吠える。
「おうおう!!ナリタブライアンさんよぉ!!私はよぉ!見ちまったんだよなぁ!」
一方のナリタブライアンといえば、鳩が豆鉄砲を食らったような表情を浮かべ、腕を組んで話を聞くままである。耳は疲れたように横に倒され、尻尾が退屈そうに空気をなぞっている。
やはり、ストレイシンボリがよくわからない絡みをしているだけのようである。
(……)
大人として、こういった諍いには仲裁に入るのが筋であろうが、しかし、男の足は一向に動こうともしないし、口が開くこともない。野次ウマの一員となっていた。
そんな彼の瞳には、何故だか熱が灯っていた。
「アンタが!!ヒシアマゾン寮長から弁当もらっているのをよォ!!!」
熱は冷めた。そして大体合点が入った。聞いていた以上に節操のないウマ娘だと男は思った。
そんな厄介者の相手をさせられている被害者はというと、やはり、なおさら白目を剥きそうになっていた。
「それがなんだってん____」
「寮長の想いは尊重されなきゃあならねえ!!あの人が弁当を渡すってのは許せる!許す!むしろそれを邪魔する奴はこの私がぶっ飛ばしてやるぜぇ!!」
じゃあもういいじゃん。この場の総意である。
「だがなァ!!」
しかし、このストレイシンボリというウマ娘は普通ではない。
振り抜かれた人差し指が、ナリタブライアンの死にかけの表情を突く。そして、ストレイシンボリの口から放たれたのは、
「アンタが弁当をもらったって事実は無理!納得できない!!羨ましい!!ふざけやがって……!!!」
という、イチャモン甚だしい魂の叫び。
「意味が分からん……」
いよいよナリタブライアンは目を伏せて頭を抱えた。囲んでいたウマ娘は、皆ナリタブライアンに同情の視線を送った。男も同様である。さらに、興味を失った一部のウマ娘はその場を離れていく。
今にも噛み付かん勢いのストレイシンボリに、なんだかんだ付き合ってやっているナリタブライアンの堪忍袋の尾も、そろそろ限界が近い。
「言いたいことがそれだけなら、私はもういくぞ。時間を無駄にした」
額を揉みながら言った彼女は、人垣に対して睨みをきかせる。
その瞬間、取り囲んでいたウマ娘達は皆顔を青くし、一斉に後ずさる。
しかし、そういった威圧に立ち向かう、もしくは気づかないバカは、往々にして存在するものである。
「おい待てゴルァ!!」
「……」
チンピラ臭を発揮しながら、ナリタブライアンの進路を塞いだのは、チンピラのような汚い笑みを浮かべるストレイシンボリ。
その瞬間、ナリタブライアンの耳が引き絞られた。
周囲の温度が、まるで氷山に放られたかのように冷めた。
その極氷点下の中で、ストレイシンボリは唯一、マグマのような熱さを保っていた。
「まだこの私の納得がいってねぇんだよォ!そう納得!!この私の中の怒りィ、晴らさずとしてなんとするか……!!」
金色の瞳がぷるぷると震えている。ストレイシンボリの八つ当たりに、怪物のダムの外壁がガリガリと壊されていく。
「レースだっ!!!レースをしようじゃないかナリタブライアン……!!」
「……なんだと?」
金色の瞳が、小さく絞られる。周囲の騒然さが、嘘のように静かになる。
「あぁん?聞こえなかったカァーん?芝!2000M!この条件でレースをしようってんだこのスカタン!!アンタのそのお高くとまった鼻のテープ剥がしてやるってんだよ!!」
ストレイシンボリは狂い笑う。
「……はは」
そして、ナリタブライアンのダムも、今この瞬間、音を立てて決壊した。
怪物の口が、切り裂かれたように吊り上がった。