キコ族の少女   作:SANO

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第15話「小休止」

「ふぅ……」

 

 

 ベットに倒れこむように身を投げると、一息ついたという安堵から溜息が漏れた。

 現在の時刻は日付が変わる10分前であり、すでに闘技場が静寂と暗闇に包まれている時間帯だ。

 

 再度、溜息をつこうとしたときにピリッと背中が微かに痛んだ。

 その痛みが、今日のヒソカ戦を嫌でも鮮明に思い出させる。

 

 

 

 ヒソカとの試合。

 最後に気絶してしまったが、それも十数秒だけのことで俺はすぐに目を覚ますことが出来た。

 ダメージを念である程度防げたのもあると思うが、たぶん手加減してくれたお陰なんだろう。念を使わない勝負に乗ってくれたし「まだ、食べごろじゃない」とも言っていたし……。

 あえて怪我と言えるものは、破片などによる打撲や掠り傷程度だけで、それだってコートやフードで隠れてて傍目には無傷だと言われても納得できる状態だ。

 この程度なら後一戦できるだろうから、今日中に100階へは無理でもファイトマネーでどこかの宿を取れる。

 出費を抑えられるなと安堵したのも束の間だった。

 

 程度はどうであれ、気絶したということで主催者側が「今日はもう休みなさい」と言ってきた。

 大丈夫だと力説しても、彼らには“やせ我慢をしている少女”としか映っていないらしく、全く相手にしてもらえない。

 

 となれば本日の収入はナシとなり、現在の所持金から宿を選ぶしかないのだが……恥ずかしい話、少々心もとないというか……最低ランクの宿ならまだしも、少し上のランクの宿となると微妙に足りないのだ。

 見栄と闘技場で稼げると思っていたために、ノブナガからは多く貰ってはいなかったのもあるのだが、観光地であり都会という条件が揃っていると、周辺の物価は当然のごとく上昇することを失念していたのが痛い。

 ホットドックを購入した際は出店金額だから少々割高でも気にはならなかったので、こういう状況になって初めて周辺の宿泊施設の料金を見て驚愕するという事態に陥っている。

 

 初めての一人旅に、ヒソカとの全力勝負、今は自覚していなくても疲労が蓄積しているはずで、安ホテル故の治安の悪さ十分な休息が取れるか怪しい。

 自分の迂闊さに闘技場の受付近くにあるベンチに座り落ち込んでいると、悪魔……もといピエロの囁きが耳元で聞こえてくる。

 

 

「言ってくれれば、貸してあげたのに」

「……」

 

 

 何時の間にか覆いかぶさるように俺の背後に立っていた変態に、蹴りを食らわせようとして避けられるという流れを挟んだ後、ピエロの囁きに俺の中にいる天使と悪魔がそれぞれの意見を述べる。

 

 

天使「借りましょう。少女一人での安宿なんて危険です」

悪魔「貸してくれるってんなら、借りちまえよ」

 

 

 …………。

 ……。

 ……あれ?

 ここは普通、理性と本能が争う流れじゃないの?

 借りましょう?否、変態に借りを作ったら危険だ。とかさ

 

 

天使「では、ちゃんとしたお風呂に入りたくないと?」

悪魔「フカフカのベットで疲れを取りつつ寝たいだろう?」

 

 

 ……おい。

 俺の中の天使と悪魔、少しおかしいだろう!?

 何故か天使と悪魔が欲望で、俺が理性としての立場に立つという変な脳内会議を繰り広げた結果。

 

 結局はフカフカのベットや、綺麗なお風呂という誘惑に負けて、宿泊代を借りることになった。

 そして一応は、と俺に金を貸した理由をヒソカに聞いてみると

 

 

「女の子が困ってたら、助けるのは当然じゃないか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘だ!!!!!!!」

 

 と、レ○風に言ってみるテスト。

 

 まあ本音かどうか怪しいとはいえ、奴のお陰でこうしてランクの高いホテルに泊まることが出来るわけだから、少しだけ感謝しておく……本当に少しだけだからね!

 

 

 ……うん、何言ってんだろうな俺。

 今日は色々あって疲れているんだ。そうに違いない。

 そう自己完結すると、今日の疲れを明日に残さないよう寝るための準備を始める。

 

 コートを脱いで椅子に掛けると、纏めていた髪を下ろし腕の包帯を外して、替えの着替えとテトを抱えて浴室へ向う。

 まずは、バスタブにお湯を溜めながら脱いだ服を、備え付けの洗濯乾燥機に放り込んでスイッチを入れる。

 

 

「あっ、下着まで一緒に入れちゃった……ま、いっか」

 

 

 運転を始めた洗濯機の中で回転する服を確認した後に浴室に入ると、まずは動物としては珍しく頭からお湯を被っても嫌がらないテトにシャワーを当てて汚れを流していく。

 その後は、備え付けのボディソープで体を洗うのだが、これも嫌がりもせずに受け入れるので短時間で終わりシャワーで泡を流す。

 最後に、桶のようなものにお湯を溜めてテトの前に置くと、前足でお湯の温度を確かめてから溜めたお湯に入り、縁に頭を乗せて気持ちよさそうな顔をする。

 

 

「気持ち良い?」

 

 

 俺が声をかけると、ゆっくりと尻尾を左右に揺らして肯定する。

 そんな姿を見て、思わず笑みが漏れた。

 

 最初は、冗談半分で試した桶風呂を意外にも気にいったらしく。

 俺と一緒に入るときは必ず行い、ともすれば「まだか?」と逆にせがんでくる程だ。

 実際、猿とかが温泉などで寒さをしのいだり、トラが熱いときに湧き水を浴びるとかしてるのを見たことあるので魔獣であっても、その辺に違いはないのだろう。

 

 ふやけたテトの顔に癒された後は、自分もシャワーで汚れを落としてから、髪と体を洗うと溜めてあるお湯にゆっくりと体を沈める。

 パクやマチに言われて、髪の毛は洗った後にアップにしてお湯に触れないようにしてしておく。

 面倒なので最初は切ろうとしたのだが、猛烈に反対されて現在の腰まである長さに落ち着いている。

 

 

「ふう…」

 

 

 入浴して溜息が漏れてしまうのは、日本人だからなのだろうか?

 とか、どうでもいいことを考えながら手を目の前に持っていき眺める。

 

 修行や荒事をしているのにも係らず、キメ細かな白い肌がお湯を弾いて、玉状のお湯がスルスルと手から湯舟へと流れ落ちていく。

 

 この体になって数年、前世の記憶が薄くなり始めてきていた。

 ここでの生活が非常に濃いからというのもあるが、嫌な思い出しかない前世の記憶を忘れたがっているのかもしれないとも思っている。

 それに併せて、自分の中にある“男”が薄れていき、パクやマチからの指導による“女”が濃くなってきているのも感じてきてもいる。

 

 それでも、心の中で俺という一人称を使っている現状では“男”としての部分が勝ってはいるのだが……。

 記憶の方も忘れる前にと、ノートに漫画で得たこの世界の情報や未来の出来事を書き出してある。

 平仮名、片仮名、漢字と、ただでさえ解読の難しい日本語で書いている上に、俺にしか判らない略し方で書いてあるから盗み見られても、短時間で内容を理解するのは難しいだろう。

 とはいっても、書き出し始めた時点で結構忘れていることがあって虫食い的なものになってしまっているので情報としての価値がどれほどなのか怪しいところだ。

 

 それに、ハンター試験の時に主人公達と会うという事以外は、本編の流れに乗るつもりはない。

 ハンター試験を受けるのなら内容は分かっているほうが断然楽だし、原作通りなら一人の失格者以外は全員合格が確定しているのだから……あれ?キルアが失格になったのって確か……

 

 

「……ふぁ」

 

 

 やはり疲れがあったのだろう、お湯の温かさによる心地よさも併せて、瞼が重くなってきた。

 このまま思考に耽っていると寝てしまい、お風呂で溺死しかけそうになるとか笑えない状況になりそうだ。

 

 

「……寝よ」

 

 

 まだ意識があるうちに、お風呂から上がるとしよう。

 せっかくフカフカのベットがあるのだから、寝るならそっちで寝たいしね。

 俺と同じく、眠そうにしていたテトを掬い上げると浴室から出た。もちろん出る際には湯舟の栓を抜いて、お湯を抜いておくことは忘れない。

 

 せっかく温まったのだから冷やさないように濡れた髪と体をさっさと拭き取り、ドライヤーで拭き取りきれなかった湿り気を乾かしていく。

 その間にテトは体を震わせて、ある程度水気を飛ばすとタオルの上でゴロゴロと転がりながら体を拭いていく。

 

 その可愛い姿に萌え死にしそうなりながらも俺は髪を乾かし終えて、未だに体を転がし続けるテトにドライヤーを当てて手伝ってやる。

 ちょっと熱かったのか風を当てた瞬間、少し飛びずさるが適当な距離を置くと、まだ湿っている箇所に風当たるようにポーズを変えながら風を受け続けた。

 

 備え付けのガウンを着て、下の部分を引きずりつつも部屋に戻った俺は、冷蔵庫にあった水をテトと共に飲んだ後、携帯のアラームをセットして布団に潜り込む。

 修行中では味わうことの無かった待望の柔らかく軽い毛布に疲れも合わさり、入って直ぐに瞼が重くなる。

 

 ふと、布団の上にテトが体を丸くして眠りについているのが見えて、俺は少し驚きの声を上げた。

 

 昔は、一緒に布団の中へ入り込んで眠っていたのだが……大人になったということだろうか?

 

 

「……まあ。テトは、オス、だから……ね」

 

 

 ちょっと寂しい気を感じながら、これが子供の成長を見守る親の気持ちかな?

 と思い、軽く体を撫でてやってから俺は体をベットへと鎮めると静かに眠りについた。


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