キコ族の少女   作:SANO

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やばい、忙しくなってきた。
……夏休み?何それ?美味しいの?


第23話「第三の―――」

 目が覚めてから翌日の朝…。

 ノブナガが食い散らかした状態を放置してしまっていたため、朝の検診に来た病院側の人に俺の仕業と誤認されてしまった。弁明しようにも、正規の手続きで来ていないノブナガは面会記録にも病院の監視カメラにも映っていないようで、子供の苦しまぎれの嘘として片付けられ、早朝から担当医の注意事項を聞かされるハメになった。

 それも……

 

 

「起きたばかりで、お腹が空いてたのは分かる。けど、お菓子ばっかりをこんなに沢山食べてしまうと、具合が悪くなっちゃうんだ」

「……はい」

「食べてはダメと言ってるんじゃなくて、ご飯をしっかり食べてからにしてほしい。分かってくれるかい?」

「……はい。すみませんでした」

「いや、良いんだよ。それより、本当にお腹とか痛くなってないんだね?」

「大丈夫です」

 

 

 外見年齢的に仕方ないとはいえ、担当医からの対子供用の言動で窘められるのは色々と来るものがある。見た感じでは前世の俺と同年代だから猶更だ。

 その後、朝食時にメニューにないであろうプリンが追加されているという追加ダメージを受けつつ、下手に残して間食をしているという疑いをかけられてたくないので、綺麗に完食した後はテトを撫でて瀕死になっている精神ダメージの回復を図る。病院側からの好意でテトの分の食事を用意してもらっており、ポッコリと膨らんだお腹を無謀に見せながら、俺のマッサージに幸せそうな表情でだらけている。

 

 

 エミリアが面会に訪れたのは、朝と昼の中間あたりの時間だった。昨日と同じ格好だが、デザインやアクセサリーが少し変わっているのが分かった。そして昨日は手ぶらだったのに、今日はシンプルなデザインのトートバックを肩にかけていて、対戦した時とは少し違った方面ながらも同じように中学生として見える。

 これは、初対面時は気合を入れて大人っぽくしていただけで、調べた通りの年齢という事なのだろうか?

 

 俺が、女性の年齢についてという口に出せない事を頭の中で考察している。と思われていることを知る由もないエミリアは、朝の挨拶をしながらベット脇にある丸椅子へと腰かけて、病人・怪我人に対しての定型文的な言葉をかけながらも、自分が持ってきたバックを漁り始める。

 

 

「調子はどうかな?」

「まあ……問題はないですね」

「そっか。なら……はいっ」

「……?」

 

 

 ここから始まるであろう軽い世間話的な会話の流れ的をすっ飛ばして、エミリアは俺の膝の上に四角い箱―――いや、液晶画面に複数のボタンというスタンダードな見た目をした携帯ゲーム機を置いた。ちなみに、色はピンクだったりする。

 こっちに来てからゲームなどの娯楽に触れる気概はなく、本はあっても成人雑誌などの見た目少女の俺が見るには問題があるものばかり……。

 というか、この世界で目覚めたばかりの頃はコッソリとノブナガの物を読んでいたりしてたのだが、パクに見つかってから全て処分されてしまい。なおかつ、俺の行動範囲内から徹底的に排除されしまった。

 

 そんなこんなで、修行や勉強に明け暮れていたために久しぶりに触れた娯楽に対して、どういう反応をすればいいのか困ってしまう。

 そんな俺の困惑を気にもせずに、バックからゲームのソフトらしきものを数本取り出して、

 

 

「入院が長くなるみたいだし、暇つぶしの道具があった方がいいでしょう?」

「えっと……ありがとうございます」

「あれ?ユイちゃん、ゲームしない子?」

「そう、ですね。初めてではないですけど……」

「それじゃあ、簡単なヤツからやってみようか」

 

 

 慣れた手つきで自分と俺のゲーム機に、マルチ対戦型のパズルゲームのソフトがセットすると、説明をする為だろう。ベット端に腰かけて肩が触れあってしまうほどの至近距離まで身を寄せてきた。

 勢いよく移動してきたために、エミリアの髪の毛がフワリと跳ねるともに甘い香りが隣からしてきて、ドキリと胸が高鳴り顔が熱い。

 

 

 おっ、おおおお、おち、落ち着け!

 前世の年齢を合わせれば、一回りも歳が離れた妹のような相手だし、今の俺は“女”だ。同性に対して、そんな邪な感情など……あっ、エミリアって化粧してなくてもまつ毛が……って、チッガーーウッ!!!

 

 

 旅団の皆とはまた違った。自由というかパーソナルエリアをガン無視した行動に、思考が乱れてしまっていたが、ゲーム画面にエミリアからのチャット機能を使ったメッセージが届いた瞬間。醒めた。

 

 

『監視されてる』

 

 

 自分でも驚くほどにスッと冷静になった俺は、自分の状況を改めに思い出し、愕然とした。

 

 目覚めてから、見知らぬ場所なのに念獣などを使っての周囲確認を怠っていたことから始まり、自分の容姿を隠さずに担当医らに見せていることなど、自分が狙われているという事を忘れているかのような行動の数々。

 昨日のノブナガが言った「重病人」というのは、その言葉通りではなく不用心さの事を比喩していたのかもしれない。

 

 すぐにハクタクを顕現させて状況把握を図りたいところだが、エミリアがゲームという隠れ蓑を使って伝えてきたという事は、隠しカメラなどがある可能性を考えての事だろう。

 ただ、昨日はノブナガが不法侵入していたのに、担当医の態度などに変化がなかったとなると監視の目は部屋の中にはないのかもしれない。

 とはいえ、用心に越したことはない。ゲームを進めつつ、自分もチャット機能を使って返事を送る。

 

 

『いつから』

『運び込まれてから』

『相手は』

『不明』

 

 

 あまり長い文を打ち込めないので時間がかかったが、おおよその状況が理解できた俺は、すぐさま危険が迫っているわけではないと分かり一先ずの安堵を得ることができた。

 

 俺を監視しているのはパパラッチどもで、いろいろと話題に富んだ俺をネタにしようと隙を淡々と狙っている中に、溶け込むようにして賞金首の俺を狙う裏の人間がいるらしいが、天空闘技場の医療施設という事で運ばれた選手に狼藉を働こうとする輩対策で警備がしっかりしているため安易に手を出せず、こちらも隙を伺っているとのこと。

 

 要するに、独り歩きなどの不用心な行動をしなければ、一応は退院までという期限つきの安全が確保できているということだ。一応とつけたのは、ノブナガが警備などの目をすり抜けて易々と俺に会いに来たからというのは言うまでもない事である。

 

 

「今のところは、治療に専念してて大丈夫だね」

「分かりました」

 

 

 監視の規模を把握できたのでハクタクを使って監視者の詳細を行いつつ、室内に“目”と“耳”がない事から声量を抑えながらエミリアと会話を続ける。

 ゲームをしているという隠れ蓑が必要なくなった為に、ベット端から丸椅子へと移動したことで近くに感じていた彼女の体温や息遣いが消え、少し残念に感じているのは心の奥底へと押し込んで厳重に封印し“黒歴史”としておく。

 

 旅団の皆の一歩踏みとどまった接し方に慣れていたために、それを踏み越えてきた接触に狼狽してしまったが、他者に心を揺り動かされる余裕は、今の俺にはない。

 それより一週間も遅れてしまったが、エミリアから聞きたいことがあるのだ。

 一人旅に出ている理由の一つである現在の自分の種族について、ハンターになってから本格的に調べようとしていた所に情報源が現れた。

 それも、俺に対して好意的に。

 この機会を逃す理由はない。

 

 用心のために、ハクタクを数体追加で部屋の周囲を監視させながら、居住まいを正してエミリアへと視線を向けると、俺の変化に気づいた彼女も気持ち表情に真剣さを映しながら俺と視線を合わせてくれる。

 

 

「聞きたいことがあります」

「その前に、一つだけ私の質問に答えてもらっても良い?」

「?……はい。どうぞ」

「キコ族について、どれくらいの事を知ってるの?」

 

 

 今から自分が聞きたいことを逆に聞かれたことで、思わず「へ?」と間抜けな返答をしてしまったが、エミリアはそれを笑う事はせずに、俺の返答を待つ姿勢を崩さない。

 ここで無駄に見栄を張ったり、隠し事をしたりしてもいい結果にはならないだろうことは分かるので、シャルから得た一般人レベルの事しか知らないことを伝えると、「やっぱり」と納得の表情をされてしまった。

 俺の言動は、知っている者からすれば無知であることを分かるほどに“分かりやすい”のだろうか?

 

 

「ユイちゃんが念獣を主体にした戦い方をしたから、もしやって思ったの」

「??」

 

 

 念能力というのは十人十色であって、それだけで俺が自分の種族について無知であるとされる理由が分からず、思わず首をかしげてしまう。

 そんな反応に、エミリアは近くにあったペンを掌に載せると注視するように言いながら、俺の方へ見やすいように差し出してくるので、反射的に“凝”で彼女の手を見ると、オーラが微かに集まり始めたと分かった次の瞬間、フワリとペンが宙に浮くと、プロペラのようにゆっくりとだが回転し始めた。

 すると、彼女の掌辺りから微かな風が俺の頬を撫でてくるので、やはりエミリアは対戦時に予測した通り“風”を使用する念能力であると確信する。

 ところで、これを見せられても俺としては無知であるという理由にはならないのだが……

 

 

「キコ族はね。先天的に、系統とは無関係に“自然”の一部を念能力として使えるの」

「え?」

「どうしてなのかは知らないけれど、現在のところは“先祖代々から自然崇拝を信仰してきた為”っていう仮説が一番人気かな」

「……」

「で、念が使える人は先天的に持っている力を派生させたり、強化したりするのが楽だし、ベストなんだけど……」

「私には、その様子が見えないと?」

「そうなんだよね。匂い的にはユイちゃんは水関係の能力がありそうなんだけど……」

 

 

 ドクンッ

 

 

 エミリアの発言に、心臓が大きく跳ねた。そして、無意識に自身の右手にある指輪を隠すかのように左手で覆う。

 ノブナガと能力開発の相談に乗ってくれたシャルにしか教えていない三つ目の念獣……いや、念獣と呼べるかも怪しいコレは、彼女の言う通り水に関係しているモノだ。そして俺の切り札であり、能力の基礎でもある。

 

 普通なら、出会って数日の相手に自身の弱点ともいえる能力を見せるべきではないのだろう。

 だが、彼女も持つ知識は俺の知りたかったモノで、ハンターにならなければ得られないと諦めていたモノだ。それが代償を支払えば、今、ここで、得られる。

 しかし、代償は自身の切り札であり弱点でもある念能力の開示。

 

 命を懸けてまで欲しいモノか?

 だが、この機会を逃して、はたして次回があるのか?

 

 

「ユイちゃん?」

「……見て、貰いたい、事が、あります」

 

 

 俺は、側にあった果物ナイフを手に取った。

 


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