キコ族の少女   作:SANO

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第28話「ユイとスクワラとエリザと……2」

 虹色の瞳を持つ掛人が幼子をつれて

 貴方の住み処へと戻ってくるだろう

 幼子には住み処の一部を与えるといい

 貴方を死神の鎌から守ってくれるから

 

 

 

 

 ユイが退出した後の執務室で、ダルツォルネは自身の情報が書かれた紙に“一つだけ”ある詩を無言で見つめていた。

 

 本来であればボディガードである彼が占ってもらうことなどないのだが、先日ネオンを狙った襲撃者達を撃退する際に少なくない人員を失ってしまったことを原因として、特別に実行されたのだ。

 というのも、失った人員の補充できるほどの信用と実力の両方が揃った人材など簡単に見繕えるはずもなく、かといって今週末にはネオンが楽しみにしているオークションが始まるので、早急に準備を整えなければならないといいう短すぎる期限付きである。

 一度、護衛不足を理由にして予定のキャンセルを進言したのだが、少なくない物損と多大な精神疲労だけが残るだけに終わった。

 その後、組頭であるライト=ノストラードも説得に失敗した為に、「こうなれば……」とネオンの占いを利用して状況の改善を図ることになった。

 

 ほぼ未来予知と言って問題ない精度を持っているネオンの占いだが、ピンポイントで占う事は出来ないためダルツォルネはあまり期待をしてはいなかった。結果が見るまでは……

 

 詩が一つだけということは今週までの命という事になり、状況からしてオークションでの護衛中に死ぬという事が予想できた。

 そうして考えると、先ほどエミリアが連れてきた少女が、ダルツォルネの命を救う重要人物ということになる。

 

 以前より、少女の保護をエミリアより要望されていたので身辺調査を行ったのだが、“自称”流星街出身という言い分が正しいかのように、偽名であろうユイ=ハザマと名乗る少女には社会的存在証明できるものが一切なかった。

 こんな人材は犯罪にはうってつけだ。となれば他の組からの刺客かと思ったが、偽造パスポートの入手経路や金の流れからマフィアの痕跡はなかったし、そもそも侵入方法がお粗末すぎるし占いの内容からしてノストラードファミリーに敵対的な存在とは思えない。

 

 最終的にダルツォルネ自ら取り調べを行ったが、嘘は言わないものの全てを語らず、かと思えば年相応な言動をとるというチグハグな人物像が分かっただけで、“クロ”か“シロ”の判断をつけられるものではなかった。

 念のためスクワラにオークションの日まで監視と世話の指示を出したが、ほぼポーズのようなもので、ネオンのお気に入り宣言が出た以上は手元に置いておくほかない。

 

 

「占いの結果とはいえ、あんな年端も行かぬガキが俺の命を救うことになるのか……冗談でも笑えんな」

 

 

 自身の現状に一笑いしたダルツォルネは、取り調べの為に止めていた仕事を再開すべくペンを手に取った。

 

 

 

**********

 

 

 

 テトはケーキとクッキーへ鼻を近づけてヒクヒクとさせたかと思うと、俺を一瞥してから美味しそうにクッキーを頬張り始めた。

 こういう時の彼の嗅覚は信用できるので、俺も出されたショートケーキを一口サイズしてからパクリと……。

 

 

「……美味しいっ」

 

 

 そういえば、ここ最近は薬を抜くためだとか何とかで病院食や果物しか食べていなかったから、久しぶりの御菓子というか糖分増し増しのスイーツだ。

 この体になってから甘い物が異様に美味しく感じられるから、意識してても顔がフニャっとふやけてしまうし、フォークがケーキと口の間を忙しなく行きかうのを止められない。

 

 

「そんなに美味しそうに食べてもらえると、作った甲斐があるわ」

「うん。すごく美味しい!」

「お代わりは、必要?」

「欲しい!」

 

 

 ふやけたのは顔だけでなく頭も相当にふやけているのだろうか、エルザとの会話で気を付けていた言葉遣いが崩壊し、お代わりの提案に対して脊髄反射で言葉が出てきてしまう。

 これでは見た目相応な子供だ。ダルツォルネとの対話から侮られないよう言動に注意していたいというに、これでは台無しだ。

 紅茶を飲んで口の中や頭に広がっていた甘さをリセットして、落ち着かなけれ……あっ、二個目はチーズケーキだ!

 

 

「はい。そこの子にもお代わりを用意したわ」

「ありがとうっ」

 

 

 空になった皿に残っている欠片を舐めとっていたテトは、追加で出てきた追加のクッキーに尻尾が千切れんばかりに左右に高速で振りながらクッキーへと突撃していく。

 俺の前にもチーズケーキが置かれると、食べようとする前に顔にクリームでもついてしまったのか、エルザがナプキンで俺の口周りを拭いてくれる。

 

 

「まるで別人だな」

「??」

 

 

 大人しくエルザに世話をしてもらっていると、スクワラが小さな笑い声と共に俺を見ながら呟いていたので、意味が分からず穏やかな顔でこちらを見ている彼を眺めていたのだが、拭いづらかったのだろうかエルザに顔の向きを強制的に修正させられる。

 なんか、最近の俺ってこういう事されるのが多くなってる気がする。

 

 それよりも、顔を拭われることで結果的にお預け状態だったので「よし」というエリザの言葉と同時に、出されていたチーズケーキへ挑みかかる方が重要である。

 食べられる内に食べておくとは、野生に身を置くものとしては常識である。野生ってなんだ?

 

 そうして、エリザにお世話されながら食欲に従って飲み食いすること十数分……

 

 

「……ごちそうさまでした」

「はい。お粗末様でした」

 

 

 冷静(?)さを取り戻したのは、4つ目のケーキを食べ終わったあたりであった。

 とはいえ、その後も1つケーキを平らげたので、ちゃんと冷静になっているのは今なのかもしれないが、できればもっと早く自分を取り戻したかった。

 

 

「……けふっ」

「ふふっ、たくさん食べたんだから仕方ないわね」

 

 

 まだ食べている人がいる前で行儀悪く″おくび”が出てしまったが、エルザは笑って許してくれ、スクワラは苦笑しながらも紅茶を口にしている。

 

 ケーキを夢中で頬張ったり、満腹だからと“おくび”を出したりと、色々とダメな部分を見せすぎてしまった。

 テーブルの上で仰向けになり、でっぷりと膨らんだお腹を見せながら満足げに居眠りをしているテトが羨ましいと同時に妬ましくも思える。

 

 

「えと……何か、私に話があったんでしょうか?」

 

 

 幼い子を見守るかのような慈愛の視線を二人から注がれている状況を動かすために、とりあえず俺をここ理由を聞いてみる。

 

 ついさっき思い出したのだが、スクワラとエルザは原作では恋人同士だったはずだ。

 そこで、犬と彼女を養うために転職を云々とスクワラが悩んでいたところを考えると、それなりに長い付き合いだっただろうから、そこから1年と少し前の現在なら既に恋人同士になっているはずだろう。

 となると、デートの時間に俺がお邪魔していることになる。そんな人の恋路を邪魔する最低野郎……じゃなくて最低女郎とはなりたくないので、さっさと要件を済ませてお暇するとしましょう。今更な気がするけどね。

 

 

「少しの間、嬢ちゃんは俺と一緒に行動してもらう」

「エミリアは?」

「アイツはアイツで仕事をしてもらうから、ずっと一緒にはいられない」

「分かりました」

 

 

 要は「信用できないから監視をつける」という事なのだろう。

 覚悟はもちろんしていたので驚きや動揺はない、そもそもノストラードファミリーに対して邪な考えを持って接近したわけではないのだから、当然といえば当然だ。

 問題があるとすれば、マチへの連絡はメールになってしまう事だろうか。せっかくの旅団の皆との会話を楽しめる時間だったのに……。

 

 

「私も一緒にいるから、男には聞けないことがあったら、言ってね」

「え?あっ、はい」

「ふふっ、何だか子供が出来たみたい」

 

 

 そういって嬉しそうに俺の頭を撫でるエルザの手付きは、旅団の中で特に良くしてもらっているフランクリンやマチなどが偶にしてくれる“良い子良い子”と似ていて、ようやく収まった脳内のふやけ具合が再発してフニャ~っと、はにかむ様に顔が崩れてしまう。

 

 

「何、この可愛い生き物っ」

「うひゃん!?」

 

 

 何かにツボったのかエルザが何やら独り言を呟くと、俺を抱き寄せて膝の上に座らせるとペットを愛でるかのように撫でまわし始めた。

 というか、脇腹とか弱いから触らないd――――

 

 

「こちょこちょ~」

「ひんっ!?ちょっ、やめ、あははははははっ」

「……女三人寄れば姦しい。っていうが、二人でも十分だな」

 

 

 スクワラが呑気に現状分析をしながら紅茶を飲んでいるが、暇そうにしているなら助けてくれ!

 エルザは、あんたの彼女だろうが!!―――あっ、待って!そこは卑怯―――――っ

 


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