君といると視線が痛い、物理的に 作:うぼぼぼ(絶望)
「この舞台、今度一緒に見に行かない?」
「…16日か…ごめん、その日通院だ」
「そんな…仕方ないかぁ…」
───〝視線が痛い〟って言葉がある。
怒り、憎しみ、嫉妬、呆れ、非難etc…ともかくそういう感情を込めた目で見られると、普通の人は多かれ少なかれ心に痛みを感じるから、そんな言葉が生まれたらしい。
俺こと
最初に断っておくが、俺が人の視線に疎いって訳じゃない。むしろ人一倍敏感だと自負している。
俺がわからないのは、心に痛みを感じること。
これも先に断っておく、別に心が無いとか心がわからないとか、そんな厨二チックな感じでもない。
そもそも俺もう高一だし。
なぜ、視線で心に痛みを感じる事がわからないのか。
その答えは割と単純だったりする。
俺は〝視線が痛い〟を言葉のままで実感するのだ。
つまり人から嫌な気持ち、攻撃的な気持ちで見られたら、俺の皮膚はそのまま痛みを感じる。
ええはい、言うまでもなく難儀です。
現に今も俺の皮膚はズキズキと痛んでおります。
「…顔色が青いけど、大丈夫かい?」
原因のクラスメイトが話しかけてくる。わざわざ頬に手を当てやがって顔色を確認しやがってくれながら。
それは大変嬉しいが、今の俺には追い討ちだ。
あっ視線増えた、めっちゃ痛い。
背後からくる視線が死ぬほど痛い。
…こいつにはもっと自分の面の良さを自覚して欲しいものだ、出ないと多分いつか死ぬ俺。
「大丈夫に見える? あと距離感」
「面白いくらいに顔が青白いね、保健室に連れていくべきと思ったんだけど、君は姫抱きにされるのは嫌?」
「ッ…ぁっ…!? …ぁーいや本当に距離感考えてもらって…男女ですよ男女…」
───
そこら辺の男子よりイケメンってやつである。
あと俺に対して、距離感がバグっている。
嬉しいけど、別に付き合っているとかではない。理由がわからないから、正直めっちゃ怖い。あと何よりも───彼女のファンからくる視線が痛すぎる。
「私の考える理想的な距離感なんだけど」
「おぼぼぼぼ(痛み)」
「!?」
「ごめん、咽せた」
「本当に保健室行こう? ね?」
ぐいーっと腕を引っ張られる。ここで断ると後で痛みから吐くので大人しく従いましょう(1敗)
痛む体を引きずるようにして立ち上がりたいけど、体も気力もヘロヘロである。
出来るだけゆっくり移動しよう。
「君って貧血持ちだったっけ」
「そういうことにしていい?」
「はいはい、わかったよ」
そう言って、彼女は肩を貸してくれた。
本当に情けない限りであり、申し訳なさでいっぱいだ。
そんでもってこのやり取りの後、ずっと俺に向けられていた視線の質が変わった気がした。
(なんか、殺意とかそっち系の?)
そして、教室を出た瞬間に俺の意識は掠れた。
きっとこのまま意識は消える。
殺意を向けられたら吐くか、意識を失うかのどちらかだというのは、身をもって経験している。
…いや待て、待ってくれ。それは俺に対して並々ならぬ殺意を抱いた奴が教室にいるってことじゃ───
保健室。
「なんか重要な思考が抜けた気がする」
「発話はっきりしてんな、ヨシ」
目が覚めた俺の第一声に、男の方の保健室の先生───川田先生がそんなことを言う。
くたびれた白衣。死んだ魚の目と無造作な黒髪。見れば見るほど、この人が保健室医なことが信じられない。
もう一人の方はめちゃくちゃ医者っぽいのに。
「…藍山は?」
「授業に出させた…その方が良いだろ?」
「助かります」
けれど、信頼できる人だ。
この人には俺の体質のことを明かしている。
「しっかし、相変わらず難儀な体質だよなぁ。学生なのに色恋し難いって、割と拷問じゃね?」
「割とど直球に言ってきますね」
「なんだ、好かれてるかもって自覚あったのか。世に有名な鈍感系ならここで去勢してやろうと思ってたのに」
「あんた保険医なんだよな?」
無礼を口にしつつ、渡された白湯を飲む。
落ち着く味だ。心が凪いでいく。
気絶に慣れきった脳は、対して思考力を失ってはいないが、それでも動揺はするものだ。
こうして心を落ち着かせられれのはありがたい。
「デートのお誘い、ボディタッチ…それが5月から7月まで続けば流石に思います。騙すって感じにしては、童貞に効くような言葉もないですし」
「サラッと言ったなオイ、つかそこまでわかってて告らねえの? タイプじゃないとかか?」
「いや好みもド好みですけど」
「ごめん先生お前のことわからなくなってきた」
冷静に考えても見て欲しい。顔が良すぎる女の子だ。中性的だ。王子様だ。それにリードもしてくれるし、気遣いも出来る。はっきり言って好きだし、そりゃ当然恋仲にもなりたい。
ただ、理由がわからないのだ。この確信が自惚れではないとしたら、彼女は何故、俺のようなヒトを?
「好かれた理由が分からないから、どうにも怖さが勝っちゃうんですよね。嬉しいのも本当ですけど」
「…めんどくせー男、とは言わねぇよ。体質が体質だしな」
どうやら俺は、人の心の理由を知りたがる癖があるらしかった。なぜ仲良くしたいと思ったのか、なぜいじめてくるのか、なぜ好きだと思ってくれていたのか。
それを知ってようやく安心して───俺は人間関係をしっかりと構築出来る。
心の理由がわかれば、痛みの理由がわかる。痛みが来ない理由もわかる。そんな安心がなければ、人と深く関わることが少し怖いのが今の俺だ。
浅い付き合いなら別に良い。よく知らない人への敵意とか嫉妬とか、誰でもインスタントにわかせられる心だ。
浅いから適当な推測で済ませられるし、何より痛みが来てもなんとも思わない。
そう思える程には成長したつもりだ。
でも、深く関わるなら…親しい仲となるなら…痛みが来ない・痛みに変わらない理由を知らないと怖いのだ。
「んじゃ、なんで聞かないのかって話になるが…」
「そりゃ当然もし自惚れだったら立ち直れないからに決まってるでしょうが」
「オレが言うのもなんだが男ってほんとバカ」
うるせぇですよ、先も言ったように童貞なんです。
失恋もまだだし、告白だって未経験。
好きばかりがあって、でも知ることが怖い。
「でも先生、俺こんな気持ち初めてなんです」
そして何よりも、初体験。
「初めて俺は、人の気持ちを知ることが怖くなった」
これまでは違った。親友には馬鹿正直に「なんで俺と仲良くしてくれるの?」って聞けたし、仲が悪くなったやつにも「なんでそんなに俺が嫌いなったの?」とはっきり聞けた。
人の気持ちを知ることに恐怖はない。それ以上に怖かったのは痛みの理由、痛みに変わった理由、痛みに変わらない理由がわからないこと。
「初めて俺は、人の心にこうであって欲しいと願った」
どんな理由だろうと受け入れることが出来た。
否、どんな理由でもどうでも良かった。
理由さえ知れれば安心が手に入ったからだ。
でも今はもう違う。真偽が分かっても、理由がわかっても、安心は手に入らない。
喜びか絶望かのどちらかしかないんだ。
だけどそれでも、彼女の理由を知りたいとも、知りたくないとも思ってる。そんな二律背反は、俺の胸に深く焼き付き、離れることを知らない。
「俺は多分───藍山透に、恋をしています」
その理由は、きっとあまりにもチョロいけれど。
でも先生は笑わず、だけど顔を顰めて言う。
「凄え青春してるけどおじさんにはちょっと眩しいわ…」
「既婚者のくせ独り身みたいなこと言いますね」
「覚えておけ。ハタチ超えると十代の恋で目を焼かれるようになるぞ、カミさんもそうなった」
「失礼します。先生、ハジメ起きました?」
ガララっと音を立てて、入室者。
アシメショートの黒髪。同じ色の瞳。整った凛々しい顔立ち。言わずもがな、藍山透その人だ。
…タイミングがミスれば、さっきの小っ恥ずかしい言葉を聞かれていたと思うと冷や汗が出る。
「起きてるぞ、発話運動共に問題なし」
「無事? 変なところとかないかい?」
俺の頬に手を当てながら聞いてくる。
相変わらず距離感がおかしい。
「ないよ、大丈夫。運んでくれてありがとう」
「ん、なら良かった。でも心配で授業が身に入らなかったんだ。少し埋め合わせが欲しいな」
「俺も今日の授業のことが知りたいや」
でも痛みが来ないのは良いことだ。体も心も楽だし、拒絶する必要も、距離を取る必要もないからだ。
…自分が好きなのか、だとしたらその理由は、それを聞いてみたいけれど、俺の口ははくはくと動くだけ。
藍山の手が頬から滑り落ちて、肩へ。そのまま腕をなぞり、手を滑り離れて微笑む。
「君は線が細いね」
「よく言われたよ」
体も小柄だ。でも筋肉はあるつもり。これでもジムに通ってたんだよ、と言ってみると意外そうな顔をされる。
保健室にお世話になってる回数は多いが、これでも身体能力測定は上澄みだと知って欲しい。
「文武両道?」
「武の方が先に進んでるかなぁ。文の方は教えてよ、場所は図書館がいいな」
「君は学校があまり好きじゃないのかな? でも良いよ、ちゃんとした埋め合わせだ」
「ありがとう」
そんなふうに話してると、川田先生が頭を抱えた。
そしてしっしっと手を動かしながら、僕らに向かってこう言った。
「ごめん二人とも一旦ここ出て。おじさんこの空気に耐えられないから」
年を追うことは悲しいんだなと思った。
鳥居大路一…思考が若干人からズレてる。交友関係の狭い子。
藍山透…王子様。ハジメへの好意への理由は…?
川田先生…既婚者。オフィスラブだけど青春は無かった。