私と日々とロックンロール   作:弟子

1 / 3
下北暇族

 昔はよく母方の祖母の家に預けられていた。日中に仕事で出ている母や父に変わって面倒を見てくれていた。おかえりと言うのは決まって祖母で、自分はおかえりと言う側。今ではすっかり鳴りを顰めた無茶ばかりする気性の全盛期をよく相手取ったものだと思う。キャッチボールをしたり、ピアノを教わったりと、とてもかわいがってもらった記憶がある。だが、小学6年生あたりになるとそんな関係に違和感を覚え始めた。違和感の正体について当時の自分は言語化できなかったが、今ならなんとなく言える。孫というだけで、面倒を見る義務もないのに、どうして良くしてくれるのだろう、と。なんだかそれが怖くなって、僕は祖母の家に行くのをやめた。自宅でやるべきことは自分で済ませるようにした。自立心の土台はその時から身についたのだろう。甘えることに対して違和感を持つとは、随分と生意気なガキンチョだ。

 

「おい、聞いてる?」

「はいもちろん聞いております」

 

 威嚇するような低音が、現実逃避を粉砕した。伊地知星歌さん、親戚の紹介、バイトの面接。現実的な単語の羅列が頭をよぎり、現状を再認識した。なるほど後戻りはできないらしい、とどこか他人事のように思った。

 

 

 枷が外れたように無計画かつ無造作に本を買い込み、気づけば財布には「いつか必要になるかもしれない」と保管してある大量のレシートと映画の半券だけが残った。金欠である。そんな話がどのようなルートを辿ったのか親戚の小清水さんに伝わり、小清水さんの親戚の伊地知さんに伝わり、ちょうど人手を欲していた伊地知家の星歌さんは小清水さんに「良かったらうちでバイトしないか」と伝えるように頼んだ。ここまではいい。つまり、ここからが問題。自分の預かり知らぬところで始まった伝言ゲームの最後。一番大事なところでエラーが生じた。小清水さんはライブハウスを飲食店に変換して僕に伝えてきたのである。ライブハウスの扱いは法律上飲食店。その知識を披露したかったのかは不明だが、そういうすれ違いで動揺し、現実逃避をしていたということだ。説明終わり。

 

「じゃあ、明日からよろしく」

「はい!明日からお世話になります!」

「最初は意識がどっか行ってたのに、なんか急に元気になったな……」

 

 予想外の展開になると無意味にボケをかましたり、異常なテンションで無理やり切り抜けるという癖が発揮されそうになったが、なんとか面接と仕事の説明を乗り切った。あっさりと採用されたことが逆に不安だ。しかし受かったものを辞退する理由もないので、明日から頑張ろう。そう意気込んだ帰り道、草を食べる青髪少女を見かけた。ギターケースを背負っていたし、彼女もまたバンドマンなのだろう。なるほど、これがロックか。胃弱な自分はロックの真髄に至る前に病気になりそうである。

 

 

 翌日。積んでいたスペースコブラの妖精の男編を読み終えると丁度バイトに出かける時間になった。桜の季節だというのに寒さは未だ厳しく、まだまだ2Pカラーのミシュランマンみたいなダウンコートは手放せそうにない。この喩えを数年続けているが、頷いた者はいなかった。

 

 バイト先のライブハウス「STARRY」は下北沢にある。古着屋やCDショップや劇場やらが並んで、なんだかごちゃごちゃしていて歩くだけでも疲れる場所だ。元いたシャッター街が懐かしい。高校は下北沢にあるが、登下校以外で足繁く通っているわけではないので辿り着くまで時間がかかった。地下鉄のミニチュア版みたいな階段を降りると、星歌さんもとい店長がなにやら店先でぺたぺたと貼りつけていた。それをぼやっと眺めていると、こちらに気づいて少し驚いた顔をした後、「こんにちは。早いね」と言った。

 

「こんにちは。本日からお世話になります」

 

 用意してある定型文をそのまま口にする。オンラインゲームで初期設定されている程度の数しかないが、困ったことはあまりない。

 

「チケット販売は5時から開始。それまでテーブルの片付けと掃除してもらうから」

 

 店長は頷いた後、変わらない表情で静かにそう言う。なんだか迫力のある人だなと思っていたが、いざ対面すると以前と迫力の性質が変わっているように感じた。寄らば切るといった雰囲気から、内なる熱意をふつふつと燃やしているような雰囲気に変わったといえばいいか。向こうは気合い十分。ならば、こちらは気合百分だ。足を引っ張ってはいけない。横溢する気合を胸に、意気揚々STARRYの扉を開いた。

 

 結論からいうと、初バイトは滞りなく終わった。それはもう語るべきところがないほどに。むしろドリンク販売やアルコール消毒等をする過程で語るべきことがあれば、それは事件でしかないだろう。「ドリンクと間違えて消毒液入れちゃいましたー!」みたいな。ドジっ子というには、あまりにも害意がある。

 

「お疲れ様。後はやっとくから今日はもう上がんな」

「はい!お疲れ様でした!」

「あ、そう、それ。思い出した。次から接客の声もうちょっと抑えて。あれだとバンドの音楽貫通しかねないから」

「はい……」

「極端だな。君」

 

 どうやら気合を入れすぎたようで、それはもはや異常なテンションの域に踏み入れすぎていたらしい。まだ完全に緊張は解けていなかったようだ。それにしたって、バンドを貫通しかねない声量はおかしいのではと我がことながら思う。ヤケになった人間は怖い。そんな初バイトを今度こそ終え、STARRYを出る。そこから数分歩いたところで、また青髪少女がもしゃもしゃとヤギか羊の如く草を食べる姿を目撃した。凄まじい生存力と強靭な胃の持ち主だ。平然とした顔色でけろりとしている。ちょっと怖い。尊敬と畏怖の念を送って、その場を去った。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。