生き残るために秘密を明かせ 作:時村ニレ
呪術高専に戻って、待機場所の椅子に腰を下ろしたまさにその瞬間の声掛けだった。
「
警視庁からの特に急ぎの依頼です。
警察の方を含む4人くらいの救護任務が米花町で発生しているようでして」
「……ちょっと重そうな仕事ですね。情報を見せて頂けますか?」
多知花と呼ばれた女の術師は、差し出された補助監督のタブレットを覗き込んだ。
さすがの警察案件、緊急の割にそこそこ詳細な情報がまとまって載っていた。
――現場は、かつて産婦人科医院だった廃墟。
発端は、近隣の路上で発生したひったくり事件。
現場で捕まり損なったひったくり犯が、破れかぶれになってこの建物に逃走。
犯行を目撃した通りすがりの子どもが現場に侵入。
更にそれを目撃した通りすがりの刑事2名が彼等を追いかけた、後、全員音信不通になった。
追加の警察官が派遣された時には一切中の様子は伺えず、電話や無線も通じない空間が出来上がっていた、という。
廃墟が呪力で溢れていることだけは何とか警察でも分かることだ。
下手に突入できず、この高専に緊急で話が回ってきたらしかった。
(ひったくった瞬間に捕まれば良かったのに)
多知花は、右手の義手の人差し指で画面を下にスクロールする。
ひったくり犯はともかく、それ以外の3名については名前と顔も詳細に情報提供されていた。
刑事2名はもちろんのこと、正義感に溢れているであろう子どもの身元も。
――毛利探偵事務所に居候している坊や。
保護者は有名人の毛利小五郎探偵で、この事案の第一通報者もこの人だった。
坊やと別件の依頼で尾行調査中に、離れた場所からたまたま事の推移を目撃していたらしい。
4人を追いかけて廃墟に入ろうとしたら、禍々しさが急に膨れ上がる感覚を肌で理解し、咄嗟に飛び退いて即通報したそうな。
妥当な判断だが、それもそうか。かの探偵は元刑事だったはずだ。
裏工作の口裏合わせ『だけ』は、だいぶ楽な部類になるのだろう。
現職刑事にしても元刑事にしても、高専が絡む事案がどんな
警察の依頼名目はあくまで救護依頼だ。
内実は救護ではなく、当事者達の遺体回収等も想定しているのだろうが。
手短に装備をチェックしながら、多知花は腰を上げる。
「要救護者の刑事、女性の方。私の元同期っぽいですね」
――あの頃、結果的にたった4ヶ月しか所属できなかった
佐藤美和子は殉職刑事の娘で、自分も刑事になるのが目標だと言っていたのだったか。
6年越しの再会が殉職現場になるかも、……というのはちょっとどうかと思うが。
多知花ゆかり。呪術高専東京校所属、準一級。
一人前の警察官だったなんてとても言えない経歴でも、今の高専の中では、警視庁勤務歴のある唯一の術師という括りだった。
◆
思い出せ。思い出せ。秘密を思い出せ、生還に繋げるために。
思い出せ。ただ一人生き残った22歳のあの夏を思い出せ。
気の毒がられ、惜しまれ、珍しがられ、世界が変わったその出来事の、まさに発端を思い出せ。
◆
江戸川コナンが異変を感じた時、廃墟の廊下に入り込んでしまっていた。
ひったくり犯を追いかけて走っていたら、不意打ちのように禍々しい気配に呑まれかけたのだ。
直感で立ち止まったら、前方で逃走中のひったくり犯が急に宙に浮いて、パニックを起こしたその身体がひどく『曲がった』。
『曲げた』何かがこちらにも急に飛んでくる気配を感じて、とっさに避けようとした時に後ろから掬われた。
高木刑事に庇われたのだとコナンが気づいた時、庇った方の高木刑事は右肩に『被弾』していた。
直感的に『見たら襲ってくる』存在ではないかと感じて視線を下げた。
庇った腕に押し込まれる様にすぐ真横の部屋に入れられた。
最後に佐藤刑事が自分達に続いてドアを閉めて、後ろ手で鍵を閉めた。
逃げ込んだ部屋は、正確には産婦人科の来客用トイレ。洗面台と個室のそれぞれに扉と鍵があるタイプだった。
長く使われていなかったためにひどく埃っぽく、まだ昼なのになぜか外はかなり暗い。
それでも、洗面台側のスペースにどうやら3人で逃れ切れたらしい。――あのひったくり犯を放置して。
「ちっくしょう、何なんだよこれ……!!」
コナンは俯いて歯噛みした。
洗面台にもたれ込んだ高木刑事が、無事な方の左手で頭を撫でてくる。
無事でない方の手はひどくボロボロになっていた。
有り得ないような関節の曲がり方、酷い流血、うっすらと浮かび上がる黒い靄。
探偵としては信じられない事だが、否が応でも見たことと感じたことを認めざるを得ない。
――人知を超える事象に巻き込まれて死にかけて、紙一重の命懸けで守られたのだ、ということ。
「高木くん。窓がどうやっても開かないし、電話も無線も通じない。これって」「こうせんあんけん、ですかね」「!! 何か知ってるの!?」
佐藤刑事がすこし考えこんだ。
高木刑事と目を合わせ、頷き合ってから静かにこちらを見た。
「警察でも科学の力でもどうにもできない案件を言うの。
一言で言うと、人を襲う呪いとか妖怪とかの関係ね。
人の恐れから生まれて、広く人に知られて恐れられるほどに
そう喋りながら、座り込んでコナンに目線を合わせてくれる。
半ば諦めているような、半ば諦めたくないような微妙な表情で優しく頬を撫でられる。
「同じ、呪いの力でしか対抗できないらしいの。
本当にごく一部の生まれつきでしか身につかない力だそうで、その力のある人達の団体に、命懸けの駆除や救援の対応を丸投げして押し付けている構図らしいわ。
本気で人手不足の業界らしいから、『消防や警察みたいに即座に救助できなくても我慢してくれ』って、……私達は、捜査一課に配属された時に指導された」
「……。普通に脱出しようとしても僕達は無力だから殺されるだけ、ここに居ていつか助けが来るのを待つしかない、って事だね」
思いついたままに喋って、コナンはハッと閃いて続けた。
「広く知られるのが駄目なら、ここの被害も隠される?」
「そういうこと。飲み込みが早くて助かるわ、コナン君」
受け入れ難い事実でも、前提が全て正しいのならその結論は当然の帰結。
誰が捜査関係者になっても、例えコナン自身がその地位になってもそう判断を下すだろう。
たかだか犠牲者4人の死の真相の隠匿、将来の他者の犠牲が防げるのであればそれくらい簡単だ。
「ぼくからも、いいかい。
被害を隠すということは、亡くなった人の死因を、隠すことでもあるんだ。
……たとえば、万が一、きみひとりだけが生き残ることになっても、ここであったことは秘密にするように、要請されると思う。
つらいことを言うけど、……そういうことになったとしても、秘密はずっと守ると約束してくれないかい。
それが、将来の、他の酷い被害を減らすことに繋がるんだ」
縁起でもないこと言わないでよ。なんて、言える雰囲気ではなかった。
コナンが見上げた顔は、見るからに辛そうなのが丸分かりの、脂汗の浮かぶ顔だった。
ただ「分かった。約束するよ」という断言だけを返す。
「ありがとうね。
……助けが来ることを信じましょう、ここで諦めることはいのちを捨てることだから。怖がることも、恐れることも、ここではろくな事にならないでしょうから」
コナンの頬を撫でながら自らに暗示をかけているような声も、頭を撫で続ける左腕も、どちらもどうしたって微かに震えていた。
この作品が読みやすいかどうかを御回答ください。(数年ぶりの二次創作執筆につき、書き方を試行錯誤しています)
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非常に読みやすい
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やや読みやすい
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やや読みにくい
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非常に読みにくい