生き残るために秘密を明かせ 作:時村ニレ
12/29 1:34に一度投稿しましたが、思うところあって12/29 10:45に差し替え改訂を行いました。後半部、鉄骨落下事故を引き起こした呪霊の情報を大幅に加筆しています。
多知花は、語りながらこの空間の検証を終えていた。
この建物内から外へスマホの電波は通じない、おそらく外から内の電波も通じない。
一方で、建物内同士の通信は問題ないと思われる。
バイク乗り用の高性能Bluetoothインカム(※注:複数人でバイク走行する時の小型通信機材。市販品。本来はヘルメットにくっ付けてライダー同士の会話用に使う物)を、ひとまず2対だけリュックサックから取り出して手元で検証するに、この機器同士での音声のやり取りは問題無く行えるようだった。
通信が行えることは手数が増えることに繋がる。これ自体は朗報ではあろう。
Bluetoothインカムをリュックサックの脇ポケットに1つ納めて、これに
「……呪術高専東京校所属、準一級術師 多知花ゆかり、参ります」
増大した呪力を主に全身に作用させ、ごく一部を自身の右眼に作用させた。
警棒を掴み直して帳を消し、前方を凝視する。
重ね掛けした眼鏡と遮光グラスの向こう側、残穢や因縁の痕跡を探す――
(前方、廊下の中ほど。何か暴れて、誰かがあのトイレに逃げた?)
床の埃の乱れ方も辻褄は合う。
廊下の奥の階段の方へ、2階に続くべったりとした残穢も。
廊下に残穢以外は呪霊も人もいない事を確認して、トイレのドアに接近しノックする。
ヒトらしき息遣いが向こう側にあり、少なくとも誰かがいることだけは想像がついた。
「おまたせしました、呪術高専から参りました救護の者です。
警視庁の刑事さん2名と民間人のお子さん1名と、それと民間人の方1名と伺っています。
このドアの鍵を開けて、私を入れて頂いてもよろしいでしょうか?」
「ありがとうございます……! お疲れ様です」
やはり懐かしい声が息を呑み、こちらに近づいて鍵を開ける。
――見覚えのある顔と声、ペーペーの巡査の制服姿ではなく、年齢相応に経験を積んでいそうな、スーツの。
手早く入室して、再び鍵を閉める。
多知花以外には予想通り3人いた。
うち2人はピンピンしているが、男性の刑事だけは顔が白く、右腕から流血した状態で流し場にもたれかかっている。
(呪いによる傷!)
「あの、彼っ」「まず結界を設定させて下さい。闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え……」
特殊警棒をベルトに挿して印を組む。
先ほどと同じ縛りの応急の呪霊除けの帳、今度は自分達4人を含む大きさで、視覚効果込みで。
毛利探偵宅の居候の坊やが「うわ」と声を上げて、半球状に形成される黒い境界線から飛び退き、元同期の腰元に密着した。
「驚かせましたね。ただの呪いの行き来を遮断する結界です。人は無害で通り抜けられます」
「うん……」
呪力がそれなりに充ちている場所だからか、あるいは生命の危機だからだろうか、この場の全員が帳を目視できているようだった。
◆
思い出せ。刑事になりたいのだと言っていた、若き日の同期の語りを思い出せ。動機も家庭環境も違うにせよ、同じ目標を持っているのだと知った日の――
◆
「つまり」
腰に警棒を挿した、グラサン姿の呪術師の女性は言った。
立ち上がれないほど衰弱しているらしい高木刑事の右腕に、包帯状の黒い布地を巻きながら。
「坊やは『高専案件』という言葉の意味だけは今日教わった。
最低でも氏名不詳のひったくり犯1名が安否不明、高木巡査部長がこの負傷、お二人は無事と」「はい」「うん」
コナンの目には、腕に浮かび上がる靄を布地で吸着しているように見えている。
呪術師は片方が義手のようだが、両手とも手つきは自然で、ゆっくりだが迷いがない。
「高木巡査部長、今から運びやすいように傷のない場所も色々と巻きますね。
眠って頂くように意識して頂いてもよろしいでしょうか、……目が覚めたら、何もかもが解決した状態になっているでしょうから」
高木刑事は声を出せなかったけれど辛そうな顔でうなずいて、目を閉じて脱力して、……数秒で、本当に眠り始めた。
その両足を揃えて足首を縛る様に布を巻き巻き、両手首を前に出して揃えて布を巻き巻き、耳と目を覆い隠す形でに大きく布を巻き始め……
「目と耳を隠せば、運びやすさって変わるの?」「コナン君邪魔しちゃだめよ」
「構わないですよ。着眼点が良いですね、さすが探偵事務所の居候くん。
どんな風に見えたのか言ってごらんなさい。重たい選択をこれから話すつもりでしたから」
「…………。言いくるめて眠らせたみたいに見えた。安楽死させる前に」「えっ!?」
「一部正解。100点満点中、……70点。そこまで緊迫してないけど、実は割と不味いです」
布を巻き終えたらしい呪術師は、遮光グラスを外してコナン達を振り返る。
普通の眼鏡だ。
上瞼付近に火傷のような瘢痕のある赤い右眼に、何の傷もない普通の左眼。
「個人的に、佐藤美和子警部補、……個人的に、6年ぶりに会えた姿が貴女の殉職姿でなくて良かったとは思っています。
私の名前と顔を覚えています? 警察学校入校4ヶ月で突然家族を一気に全部亡くすし右手首も無くすしで、……散々な目に遭って辞めるしかなかった、刑事志望の元同期」
真剣に覗き込むような目線だった。佐藤刑事に向けた。
「ッ!! たちばな、ゆかり、さんっ……!!」
呼ばれた名に彼女は大きく首を縦に振る。
埃まみれの床の上でジーンズを履いた足を組みなおし、座り込んで向かい合った。
「改めまして、呪術高専東京校所属、準一級術師 たちばなゆかりです」
デニムの上着のポケットから取り出して示される、その通りの身分証。
『多知花 ゆかり』とあった。
「右手首無くした件で呪いの力に目覚めて高専にスカウトされて、呪術界で生きてました。
会って早々ですが、呪術師として大事な話をさせて下さい。
誰の何について、どう見切りをつけてトリアージして決断するべきか、っていう、そういう、えげつない事柄の話なのですけれど……」
「あ」と小さな声を出して、多知花というその呪術師はコナンを見る。
「……と、その前に『高専案件』の言葉以外の前提を手短にお話した方が良さそうです、坊やに。
これからの説明で必要なことですから、警察の一部の人達が教わっているであろう公式見解をそのまま言いますね。
私達呪術師の在り方について話しておかないと、先が進まない気がするんです。
坊や、前提知識が無いとブチ切れてしまいそうなタイプのような」
「……えっ? 俺が?」
佐藤刑事を見る。納得した顔でコナンの頭を撫でてきた。
佐藤刑事には、もっともらしく聞こえるような事情なのだろうか。
「ええ、君です。
私達が今被害を受けている呪いとは、厳密にいえば、恐れに限らず、人の負の感情、……怒りとか哀しみとか怒り等から生まれて、その呪いそのものを力にして人を襲います。
これに立ち向かって呪いを倒すには、同じ呪いによる力で圧倒するしかありません。
だから君は、どう頑張っても自力で呪いを倒すことはできません」
「そうなんだ」
だから『足手まといにならないようにおとなしくしておけ』と言いたいのだろうか……?
「呪術師は、いつもいつも自分が抱える負の感情を、必要なだけ呪いの力に変えられて戦える、生まれつきの珍しい才能がある人しかなれません。
命懸けで、呪いを殺したり、たまに呪いに反撃されて殉職したり、ごくごくたまに道を誤った末に顔見知りや近しい呪術師に粛清されたりする仕事です。
『普通の人とは全く違う感性を持ち続けること』と『負の感情で敵を倒せること』は、私達呪術師の業界内の誰にとっても、ある意味で一番大事なアイディンティティ―になっています。
……ここまでは分かりますか?」
「……うん」
理解はしていても納得はしていない、コナンの口からはそんな声しか出せない。
「呪いの力を持たない普通の人の社会を維持したいのならば、呪いを倒す仕事は絶対に必要です。
国からは、坊やみたいな『普通の人を助けて呪いを倒す』、また『普通の人を呪いで害さない』という限りで、そういうイカれた感性で呪術師全体の強さを維持し続けることを許されています。
普通の法律を無視した私達呪術師の社会の存在は、そうして成り立っているんです」
「うん、法律無視……?」
なんだか話の雲行きがおかしい。
「具体的には、特に刑事訴訟法とか少年法とかですね。
本気でその辺の法律オール無視が大前提っていう特殊な世界、公にはされていないけれど、繰り返しますが一応国からは認められているのですよ。
……その上で呪術師同士でお互いに本気で殺し合ったり粛清し合ったりしていて、まさに今みたいな救援任務とか、呪いとの
この道6年目の私でも色々知っているレベルでぶっ飛んだ場所ですが、その辺のツッコミはご遠慮願いたいんです。その、切実に」
言われたことを飲みこもうとしたが、頭の中でグルグル廻る情緒はすぐ飲み込めない気がして。
ただ、コナンは、表情が全部消えた顔で、佐藤刑事を見上げるしか無かった。
「…………。佐藤刑事、知ってたの?」
「ええ、知ってた。同僚でも『こんなの知りたくなかった』って言ってた人はいた」「マジかよ」「マジなんです。呪術師として明言します」
アンケートの内容が今話から変わりました。御協力頂けますと嬉しいです。
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