生き残るために秘密を明かせ   作:時村ニレ

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生き残るために秘密を明かせ・⑥

 

 多知花が持ち込んでいたBluetoothインカムとワイヤレスヘッドセットは3組ずつ。

 再度の動作チェックを行った上で、1組は多知花が、もう1組を佐藤警部補が、残る1組を毛利探偵の居候の坊やが装備する。

 

 据わった目をして洗面台にもたれかかっている佐藤警部補は、ふと顔を上げて言った。

 

「多知花術師、コナン君は最初からトイレの個室に閉じこもっていた方が良いかもしれません」

「万が一の時を考えると、貴女方とは隔離されていた方が良いという意味で、ですか」

「はい」

 

 トイレの個室は2つ。

 高木巡査部長は洗面台と壁にもたれ掛かる姿勢のまま拘束状態で動かせず、短刀はすぐ上の洗面台に置いている。

 破綻した時のことを踏まえると佐藤警部補はその傍から動かせない。

 

「そうですね、そうしましょうか坊や」

 

 坊やはちょっと逡巡するような顔をしたけれども、すぐに黙って個室に入ってくれた。

 提案が理にかなっている事は即座に理解したのだろう。

 

  ◆

 

 最終確認です。私の声がインカムから聞こえますか。

 

“はい”“うん、聞こえるよ”

 

 言い訳がましいですが、本来こういう風に呪術師でない方に協力を仰ぐことはそうそうありません、今回は例外中の例外です。

 大抵は自分で自分の記憶を思い出して、脳内自分語りで事足りるものなんです。

 その状態でなら低火力縛りプレイになりますが、消耗ペースも少なくなりますので、2日間寝ずにぶっ続けで戦うくらいの継戦力になります。

 

 今回この手法を選んだのは、相手(てき)が私の術師歴でトップクラスの手強さだと見込んでいるのと、貴女方が今ここでパニックを起こさないくらいには肝が太いと判断したからです。

 どのくらいの頻度で相槌を打ってほしいのか、私が指示します。

 攻撃の火力と私の消耗のペースを、私の思う通りに調整します。

 相槌を増やすのも減らすのも私の指示に従ってください、よろしいですね?

 

““はい””

 

  ◆

 

 多知花はドアノブを義手で握って振り返る。

 1人と、1人と、今は姿が見えない小さな1人がいる空間。

 

「結界を設定し直しますよ。

 ……闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え!

 人はすり抜けますが呪いの行き来は防ぎます。そこから出ないで下さいね」

 

 多知花以外の全員が、今度は音声効果を抜いた半球状の帳に再度覆われる。

 術者の多知花が外にいる状態だから、余計に硬さは増すはずだ。

 

 2人の返事を聞き流しつつ廊下に出る。

 

(以前に比べて、空間の呪力が増している!?)

 

 火力を上げる動機が1つ増えた。

 ジーンズのポケットから呪具のハンカチを取り出して口元を覆う。

 音声の盗聴についてはノーガード、より消費呪力の少なくて済むただの口元の防護に振って、一方でこれから喋るペースを上げる。

 

 要は、術式をできるだけ多用することで、火力を上げて速攻するという決断だった。

 敵がもっと手強くなった場合、多知花の実力ではどうしようもなく詰みかねないからだ。

 

「では、よろしくお願いしますね、えげつないけどキレないで下さいよ?

 秘密を守って頂くという大前提でお話しするべき事なんですから……」

 

  ◆

 

 ある地方の、お寺の家のお話です。

 住職の夫婦と、三姉妹の娘、という家族構成の一家がありました。

 三姉妹の年齢は、高校生の長女、中学生の次女、小学生の三女という塩梅(あんばい)でした。

 

 そのお家は、実はお寺と呪術師を兼業している家でした。

 ただし呪術業界的には、『大したことがない家』だと見做されている一家でした。

 過去に実力ある術師を輩出した時代はあったけど、最近はパッとしていなかったらしいのです。

 周りから嫌味を言われ続けて肩身の狭い思いをしている一方で、華やかに活躍する親戚筋に嫉妬するような、そんな家でした。

 

 ただ、中学生の次女と小学生の三女は、先祖返りしたように強くかつ珍しい術式を使えました。

 住職夫妻の、特に夫の方は次女と三女に目を掛け、一方で長女を粗末に扱っていたようです。

 長女は、ごく弱い暗示の術しか使えませんでしたから。

 度量の狭い夫婦にいびられながら、妹達だけが親に愛されることに嫉妬しながら、長女は育ってゆきました。

 

 ある時、別の、大きい有力どころの呪術師の家が、そのお寺の娘の下の2人に目を付けました。

 呪術は八割方は生まれ持った術が決めるという部分がありますし、遺伝の要素が大きいんです。

 古い家ほど、どうにかして外から強い術を取り込もうと躍起になる面があります。

 その家はどういう手法を取ったと思いますか? 佐藤警部補。

 

“……。将来的にお嬢さんを嫁がせるように圧力をかけた、とか?”

 

 半分正解、正確には、即座に嫁がざるを得ないよう金銭的に圧を掛けたんです。

 詐欺師が住職夫妻に近づいて、過剰な設備投資やら何やらで借金まみれにしたんです。

 そこでその有力な家が援助を名乗り出ました。

 借金の肩代わりと引き換えに、中学生と小学生の娘を今すぐ寄こすよう迫ったそうです。

 身体が育ち切れば、その家の中で男共の共有財として子どもを産む『(はら)』として使うから、と。

 

“うげぇ”

 

 ええ、坊や。時代劇でもしないでしょう?

 今でもびっくりするし、6年前でもびっくりする話ですよね?

 

“……うん”

 

 下の娘2人は絶望し、人生で初めて妹らしく高校生の姉にすがったそうです。

 高校生の姉は、長く恵まれていた妹達が、落ちぶれる寸前で泣いて頭を下げてくるという状況に(よろこ)びを感じて、精一杯の暗示を掛けました。

 

「最後の冒険のつもりで、夏休みにせめて東京の親戚宅に2人で行かせてもらえるよう親に頼み、そこで車通りの多い適当な場所で、適当な車を見つけて身投げしなさい。

 呪力を扱える者は、呪力によって殺されなければ、死後に呪いになって人を襲うことがある。

 それに、人が多い都会での死は呪いの力も強くなります。

 姉妹で強い呪いになるように念じながら死んで、家族を壊しなさい」

 

 かくして、6年前の夏。姉妹は米花署の裏の道で走行中にダンプに身を投げました。

 交通事故死でしたから、呪いによる死ではありませんでしたから、姉妹は呪いになりました。

 ただ、長女にとっては想定外なことに、地元のお寺で『家族』を襲う呪いではなく、米花署付近で『走る車』と『家族』に執着して襲い掛かるという性質の呪いになったのです。

 

“それって”

 

 はい、6年前の夏、米花署裏を走行中の私の家族は、その姉妹の呪いに襲われて死にました。

 私の両親と妹、この姉妹の呪いの最初の犠牲者だったんです。

 性質(たち)の悪いことに、姉妹の呪いは、米花署付近で『家族』と『走る車』をトリガーにして、出たり、消えたり、浮いたり、降りたりして、車を襲うようになったんです。

 

 警察学校在学中の私は、家族全滅の一報で、パトカーで米花署に向かわされていました。

 姉妹の呪いは、近くの建築途中のビルの屋上から、その場のクレーンと鉄骨を持ち上げてそのパトカーへ落としました。

 私が、最初に犠牲になった一家の『家族』であったから、それがキーとなって狙われたんです。

 パトカーは鉄骨を避けようとして避け切れず、運転席の教官の全身と、助手席にいた私の右手が潰されました。

 

“えぇ……”

 

 姉妹の呪いは、ビルの上からパトカーの左横に降りて来て、私を狙おうとしました。

 たまたま居合わせた呪術師の方の目の前で、私は生まれて初めて、たまたま装備していた警棒で呪いを撃退しました。

 パトカーの中で頭を打った時、呪いの力に目覚めたんですね。

 それで高専にスカウトされたんです。

 

“それは、そんな経緯が”

 

 ええ、そんな経緯があったんです。

 

 ちなみに、そのお寺の家で暗示をかけた長女も、ひとりでこっそりと東京に出てきていました。

 妹達が事故死するところも、制御できないほど強い呪いになるところも、本人からしたら見当違いの場所で次々被害を生み出している状況も、ずっと見ているしかできなかったらしいのです。

 私がパトカーから出されて搬送される時になって、ようやく長女は我に返って、その場に居合わせた高専の呪術師の方に名乗り出ました。

 

 本人の目線だと、親に酷くいびり殺されて内々で消えるよりは、呪術総監部でどんな目に遭うにせよ、家であったことを語ってから死んでいった方がいいという計算があったようで。

 呪いの悪用はかなり処罰が厳しいんです、この手の案件は死刑だって規定があります。

 少年法も適用されない領域ですからね、本人の望み通り、呪術総監部で秘匿死刑となりました。

多知花の『術式の名前』は分かりましたか?

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