雪ノ下陽乃は灰被りの夢を見る   作:暁英琉

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意外に雪ノ下陽乃はかわいいものも似合う

「お兄ちゃーん、今暇?」

 

 別の休日、自室に籠もっていると階下から小町の声が聞こえてきた。この場合の暇、というのは現状なにかしているか、という意図ではなく、小町のお願いが聞けないような案件中か、という意味である。実質回答候補一択。

 まあ、今日も今日とて勉強していただけだから特に問題はないのだが。

 

「忙しくはない」

 

「じゃあカーくんのご飯買ってきて!」

 

「はいはい」

 

 せめてもの抵抗を言動ににじませたものの小町選手華麗にスルー。うーん、兄の威厳はどこに行ったのだろうか。え、どこに行ったも何も最初からないって? それはそう。

 とはいえ、別段無理難題というわけでもない。我が家の愛猫カマクラの飯となれば行き先はららぽだし、勉強の気分転換にはちょうどいい距離だ。小町なりに気を使ってくれたのだろうか。まあ実際――雪ノ下家の影響もあって――三年になってから勉強の比重がだいぶ大きくなっている。個人的には別段苦ではないが、傍から見ると無理しているように見えるのかも――

 

「いやぁ良かったよ。小町これから遊びに行くからさぁ」

 

「おい、それ帰りに買いに行けばいいだろ」

 

「てへ」

 

 全然そんなことなかったわ。わざわざ余計なことを言っちゃう小賢しさ……うーん、許す! お兄ちゃんだからな!

 まあそもそも、小町に頼まれた時点で俺には拒否権などないのだ。正確には拒否という選択肢を自分から投げ捨てている。頼み事に飛びついてる感じ。どけ! 俺はお兄ちゃんだぞ! ってやつ。血を使った術とか陰湿な感じで俺っぽさが増すな。

 まあそもそも、もうすぐ高校生活も終わるほぼぼっちの俺と違って小町は入学してできたばかりの友達と距離を縮める大事な期間だろう。俺にはそういう期間すらなかったが、まあそういうあれをね? 手助けするのも兄の役目的な? ……やべえ、自分の中で経験のない期間だからなんか全体的にふわっとしちゃう。

 

「ちなみに、誰とどこ行くんだ?」

 

「え、なんでそんな具体的に聞いてくるの、こわ……」

 

 引くな引くな。今の質問はあくまでなんとなくであって、もしこれで相手が男だったら予定キャンセルさせるとかそんなことは一切、欠片も、一ミリも考えていないから。男だったら一切鏖殺してやろうとか考えてないから。

 どうやら俺を信用してくれていないらしい小町はこれでもかとでかいため息を吐いて、ジト目を向けてくる。そんな目で見られるとお兄ちゃんちょっと変な気分に――あ、待ってまじで待って。今のは本当に冗談なんでその変質者を見るような目はやめてくださいお願いします。

 ちなみにここまで会話は一切なしである。これはサトリサトラレではなく、兄妹の為せる技なのだ。兄妹ってすげー。

 

「許します」

 

「ありがたき幸せ」

 

 などと小芝居を演じた末、問題ないと判断したのか小町は今日の予定を話してくれた。

 

「今日はいろはさんと結衣さんと一緒に千葉に買い物行くの!」

 

 …………。

 ………………。

 うん、まあ一色はいい。たぶん将来的に小町も生徒会に入るつもりだから、今のうちに仲良くしておくことは悪くないだろう。……つうか仲良くしてくれ。地味にお前たちのネチネチ喧嘩は俺と雪ノ下の胃痛の種なんだ。

 しかし由比ヶ浜……や、まだ春なんだけどさ。お前、この間の小テストで結構やばかったって言ってたばかりなのに、遊んでていいのか?

 

 

 

「あれ?」

 

 ららぽに入り、行きつけのペットショップを目指していると、ベンチに腰掛ける陽乃さんを見つけた。いつもより幾分さっぱりとした、けれどどこか品のあるパンツスタイルの彼女は、何をするでもなくぼーっと店内を眺めている。

 誰かと待ち合わせだろうか。そういえば、初めて会ったのもこの辺だったな。え、知り合いにばったり出くわしたんだから、挨拶しないのかって? 馬鹿を言ってはいけない。元から会う予定があったならともかく、偶然会った知り合いに声をかけるなんてハードルが高すぎて俺にできるわけがないだろう。あと単純に恥ずかしい。

 

「ぁ……」

 

「あ……」

 

 などと考えていると、目が合ってしまった。微妙な空気が二人の間に流れる。

 や、この空気なに? いつもなら目が合ったら逃さんとばかりにノータイム突撃かましてくるじゃん。なんでちょっときょとんとしてるの。かわいいかよ。

 

「! 比企谷くん、ひゃっはろー!」

 

 流石にいつもと反応が違うことに気がついたようで、一瞬瞑目した陽乃さんが近づいてくる。その表情はもういつも通りの〝雪ノ下陽乃〟になっていた。

 

「ども」

 

「買い物なんて珍しいね?」

 

「いや、確かに最近買い物とか久しかったですけど……え、なんで知ってるの?」

 

 実際、ここ最近は勉強の影響で読書量も減ってきている。結果俺の数少ない買い物の目的地である書店に寄る頻度も減ってしまったのだが……なぜそれを知っているんだ。まさか監視? 俺雪ノ下家に黒服の監視とかつけられてる? 正直あの家ならやりかねないと思ってしまうの怖いんだよ。

 などと脳内で冗談――冗談であって欲しい――を語っていると、陽乃さんがカラカラと笑い出す。バシバシと叩かれる肩が微妙に痛い。

 

「冗談だよ。もう、焦っちゃって。もう一年以上の付き合いなんだから、比企谷くんがあんまり外出ないことは知ってるに決まってるでしょ?」

 

「……まあ、それもそうっすね」

 

 言われて納得する。そもそもこの人は俺が出不精なことも最近勉強に比重を置いていることも知っているのだ。そしてここはららぽ。俺が来る目的といえば買い物しかない。それだけヒントがあれば俺が珍しく買い物に来ていると思うことは自然だろう。

 や、まじでちょっと考えればわかることだったわ。ははのんという超強力なサトリが現れたことでその手の思考を放棄してしまっていた。おのれははのんめ……あ、こんなこと考えてたら次会った時になにか言われそうで怖いからやめておこう。

 ちなみに外出頻度は逆に上がっていたりする。まあ、理由は雪ノ下家の食事会とかなので、出不精に代わりはないのだが。

 

「雪ノ下さんも買い物ですか?」

 

 返しで質問をして、いや、と内心首を横に振った。中年のおっさんじゃあるまいし、ららぽに買い物に来たのに買い物袋も持っていない状態で午前中から休憩、というのも考えにくい。誰かと待ち合わせをしていると考えるのが自然だろう。

 しかし、そんな俺の予想に反して、陽乃さんは困ったように首を傾げた。

 

「うーん、特に用事はなかったんだよね。ちょっと今日は暇だったからなんとなく出かけてみたんだけど、目的もなくてねえ」

 

「そうなんですか」

 

 それこそ珍しい。雪ノ下越しにちょいちょい絡まれていた頃は会う度に「この人暇なんか?」と思っていたものだが、最近になって考えると陽乃さんは二十歳という年齢に対してかなり忙しい人だ。むしろこの人だからこそあれだけ俺たちにちょっかいを駆ける余裕があったとも言える。

 その人がなにもする予定がないレベルでぽっかりと自由な時間ができるとは……。

 

「ふふ、珍しいって思ってる」

 

「……まあ、思いました」

 

 顔に出ていたことを自覚していたが、それでも指摘されると恥ずかしく、思わずそっぽを向いてしまう。

 そんな俺がよほどおかしいのかカラカラと笑った陽乃さんは「じゃあさ」と人差し指を立てた。

 

「せっかくだし、一緒にお店見て回ろうよ」

 

「それは――」

 

 ――姉さんのこと、見ててあげて。

 あれはあれであれがあるんで、と反射的に続けようとして、記憶の中の雪ノ下の言葉がそれを遮った。

 元部長様からの無理難題。とはいえ、思い出してしまったからには善処……では何かを削がれてしまうので、最善を尽くさねばならん。

 

「目的は?」

 

「特になし!」

 

「うーん、ハードルが高い」

 

 それはいわゆるウィンドウショッピングという奴では? ぼっちとか関係なく男の大半が苦手な奴では?

 などと考えつつ――

 

「いいですよ」

 

 数瞬の間を置いて提案を受け入れた。

 

「…………」

 

 受け入れたら提案してきた相手が呆けた顔してきたんですが。なんすかその顔、いや、意外に思われるのは過去の罪状から仕方ないのだが、それでもそんなIQ10くらい落としましたみたいな顔されるとなんか納得いかねえ。

 

「はっ! ……明日は落花生が降るのかな?」

 

「節分には早すぎますが……」

 

 落花生が降るとか、どっかで竜巻でも起こるのだろうか。農家の人かわいそう。

 真面目な顔つきでボケた陽乃さんはすぐに破顔して「冗談」と口にすると、テナントの方へ歩きだす。ウィンドウショッピング初心者の俺はそれについていくだけだ。

 ららぽに限らずショッピングモールというものは、需要的な影響なのか女性向けの店の比重が大きい。それを考えると、ウィンドウショッピングが女性主体になってしまうのは当然と言えるかもしれない。そもそも俺は自分で服を買わないから、男性向けが多くても自発的にしないのだが。

 ゆっくりとした速度でモール内を歩きながら、両端の店先に視線を投げる。うーん、よくわからん。服はもちろんのこと、食器とかも自分の領分ではないからなぁ。そもそも俺の領分とは? と聞かれれば書店一択になってしまうんだが。

 

「ふんふんふーん」

 

 ショッピングモールという騒がしい空間の中、俺たちの間に聞こえるのは陽乃さんの鼻歌だけ。……これはなにか話しかけるべきなのだろうか。しかし何を? 俺の引き出しには書籍と勉強しかないが? 世の中の陽キャたちはこの時間をどう過ごしているんだ。

 

「あ!」

 

 なにを話すべきかと内心唸り続けていると、なにやら琴線に触れるものを見つけたらしい陽乃さんが声を上げる。彼女と同じ方向へ視線を投げると、そこは女性向けのブティックだった。

 陳列されている明るい色のワンピースやスカートにはフリルが随所に施されている。

 そう、いわゆるロリータファッションの店のようだ。

 

「あー、意外って顔してる!」

 

「え、や、それは……まあ……」

 

 言い訳をしようとして、結局諦めた。いやだって仕方なくない? これまでそれなりの種類彼女の私服を見ているが、この手の服装してる姿見たことないもん! まあ、それ以前にこの間部室で話していたように、陽乃さんがこの手のファッションに興味があるイメージが湧かない。

 

「ひどーい! わたしだってこういうのちょっとは興味あるんだから」

 

 弁明を諦めた俺に大げさに頬を膨らませてみせた陽乃さんは俺の手を引いてパタパタと店内に入っていくと、しばらく店内の商品を物色した後、奥の試着室に引っ込んでしまった。

 店内に取り残される俺。え、ここすっごい居心地悪い。店内の女性の視線が痛い! 外出ちゃ駄目? 出たら多分後で死ぬと思うんだよね。

 仕方がないので更衣室近くですみっコぐらしをしながら店内を眺めてみる。俺自身あまり詳しくはないが、こうしてみると一口にロリータと言っても随分と種類があるものだ。どこのお城の舞踏会に行かれるので? みたいなものから普通に渋谷とか原宿で着ている人いそうだなと感じるものまで色々ある。俺渋谷も原宿も行ったことないけど。千葉で十分じゃけえ……。

 知らない世界をぼーっと――周りの視線を無視するために――眺めていると、試着室のカーテンがしゃらりと開く音が聞こえて、意識がそちらへ流れる。

 

「どう?」

 

「…………」

 

 …………いや、これはですね。

 俺は雪ノ下陽乃のポテンシャルを過小評価していたらしい。

 確かにロリータものとしては大分カジュアルに寄ったアイテムをチョイスしているようだが、裾にフリルが施されたロングスカートも、純白のフリルブラウスも、その上から羽織ったスカート同じ色合いのケープも完璧に着こなしている。

 いやまじで、想像の中で感じていた違和感が一切出てこないことにちょっと感動すらした。

 

「ねえねえ、どう? 感想は?」

 

 あまりの衝撃に言葉が出ないでいると、ずいっと顔を近づけられて、思わずのけぞる。え、感想? 感想⁉ えーと、えーと……。

 

「い、いいんじゃないすか?」

 

「三十点」

 

「えぇ……」

 

 なんか採点入ったんだけど。俺が評価する流れだったはずでは?

 

「はい、やり直し」

 

 しかもなぜか再挑戦することになってるし。

 じっと見つめてくる魔王――ロリータのすがた――は逃してくれそうにない。早々に諦めて、一つ息をついた。

 

「めちゃくちゃ自然に着こなしててびっくりしました。意外と思ったことはお詫びします」

 

「情感が籠もってない。五十点」

 

 どうしろと……。

 

「こういう時は『お姉ちゃんかわいー! すきー!』が正解でしょ」

 

「そんなこと臆面もなく言う死んだ目の男子高校生がいたら、さすがの俺も助走つけて殴りますよ」

 

 そもそもお姉ちゃんですらない。

 というか、途中から顔が満面の笑みすぎである。俺を弄るの楽しそうですねぇ。

 じとっと死亡率五割増しくらいの目で不満を伝えてみると、クスクスと喉を鳴らした陽乃さんはぺちぺち俺の肩を叩いてくる。

 

「ごめんって。ほんと比企谷くんは弄りがいがあるんだから」

 

「不名誉な評価っすね」

 

 そもそもこの人にかかれば大抵の人間は弄りがいがあるに違いない。俺とか路傍の石がせいぜいである。

 一通り俺を弄って満足したのか、スカートをつまみながら陽乃さんは自分の出で立ちを鏡で鑑賞し始める。装いも相まって、随分と幼く見えてしまう。

 

「けど、わたしも初めてこういうの着てみたけど、案外いいね。普段の服とかと組み合わせるのも良さそう」

 

「思ったより種類ありますしね」

 

 小町曰く目と一緒にファッションセンスまで死んでいる俺にはわからないが、実際ガッツリとしたドレスチックなもの以外は案外普段着としても使えるのかもしれない。こうしてロリータが日常に侵食していくのね。今の小学生とかニチアサでこういう服見慣れてるもんな。ひょっとしてプリキュアはロリータ販促アニメだった……? これは新手の認識災害では?

 その後も気に入ったらしい陽乃さんによる突発ファッションショーを経て、彼女が試着したうち数点を購入する頃にはなかなかいい時間になっていた。そろそろ出ようということになり、並んで駅までの道のりを進んでいく。

 なんというか、普段は煩わしいモール内の喧騒が今は心地いい。あの男にとって地獄のような完全アウェイ空間に比べたら天国だ。

 

「ごめんね、持ってもらっちゃって」

 

「別に、大した量じゃないですし」

 

 服が数点入っただけの紙袋一つ。大した手間ではない。自分が手ぶらで相手が荷物を持っている状況は少々モヤるところがあるし。たぶん小町による教育の賜物だ。……お兄ちゃん、結構小町に染められてるよね。

 

「いやあ、ああいうのもいいもんだね。新しいわたし発見! って感じ」

 

「そうっすね。ちょっと舐めてました」

 

 実際俺から見てもロリータファッションの陽乃さんは新しいものだった。しかも一見扱いづらそうなアイテムすら組み合わせで完璧に着こなすのだから、途中から店員まで巻き込んで店の品全部着ることになるんじゃないかという感じだったからな。傍から見てもかなり似合っていたのだろう。

 脳内でファッションショーのダイジェストを流していると、口元に指を当てた陽乃さんは「でも」と口元を緩める。

 

「やっぱり、ああいうのは雪乃ちゃんの方が似合うと思わない?」

 

「まあ、あいつも大抵なんでも着こなしますからね」

 

 しかも大変押しに弱い。ちょっと勧めたらまんざらでもなさそうに着始めるだろうし、ちょっと挑発してもムキになって着ることになりそう。あいつ一年でだいぶ印象変わったけど、ちょろいところは全然変わらないよな。

 俺の解答がお気に召したのか、陽乃さんはニコニコしながら何度も頷く。

 

「だよねだよね! じゃあ今度は三人であの店行って、雪乃ちゃんのファッションショーやろうか」

 

「それ、俺が殺される案件なんですが?」

 

 そしてとんでもない提案をしてきた。やめろ。そこに俺を巻き込むな。せめてそこはガハマさんでしょうが。もしくは姉妹水入らずで行ってくださ――大丈夫かな。雪ノ下服の耐久度で選んだりしないかな……。なんだかんだあいつの私服にはセンスを感じるから大丈夫だと信じたい。親が勝手に買ったものを着ているだけだったら知らん。

 首を横に振った俺に不満げな視線を投げてくるが、あいにく火中の栗を嬉々として拾う趣味はないのである。ここは絶対拒否の構えをさせていただく。

 まあ、流石に冗談だったようで、陽乃さんは喉を震わせると「でも」と続ける。

 

「行けるとしても当分先かなぁ。雪乃ちゃんも忙しいし」

 

「そうなんですか?」

 

「当分休日はお父さんの付き添いすることになってるからねぇ」

 

「……あぁ、それで今日小町たちは雪ノ下抜きで遊びに行ってるんですね」

 

 口では朝の妹のことを思い出しながら、内心かちりと奥歯を不快に鳴らしてしまう。

 ああ、そうだ。本来忙しいはずのこの人がこんな丸々時間が空いて当たり前だ。

 既に、レールを降りる準備が始まっているのだから。

 仕事が減ったのだから、そりゃあ暇もできる。そして、ぽっかりと空いたそれを埋めることが彼女にはできなかったのだ。

 なるべきものを奪った要因の一人として、俺にできることは何もない。むしろ俺は、彼女に恨まれて然るべき人間だ。

 

「これから大変だよ。付き人ってのも結構ハードだからね」

 

 けれど、陽乃さんはそんな素振りを一切見せない。この笑顔は素だろうか。仮面だろうか。理解するのが怖くて、頭が考察を拒否してしまう。

 いや、実際この人は俺が思うほど気にしていないのかもしれない。俺の考えすぎなのかもしれない。けれど、首を突っ込んだ者としてどうしても気になってしまう。

 楽しそうに話す陽乃さんに碌な意味を持たない相槌を返しながら改札をくぐる。乗り込んだ電車の中でもほとんど話の途切れない彼女の会話に付き合いながらも、頭の中にはもやもやしたものが残っていた。

 そうこうしているうちに、車内アナウンスが陽乃さんの降りる駅に着くことを教えてくる。

 

「今日はありがとね」

 

「まあ……」

 

 買い物袋を返しながら歯切れの悪い返しをする俺に苦笑した陽乃さんは、突然すっと表情を抑える。その変化に、思わず居住まいを正した。

 

「でも、駄目だよ? 雪乃ちゃんがいるのに、あんまり他の女の子と遊んだりしちゃ」

 

「――――」

 

 その言葉に、口ごもってしまった。

 同じ部活に所属し、親兄弟とも交流している俺と雪ノ下は、傍から見れば恋人関係に見えることだろう。実際学校でそういう反応をする連中はいるし、去年の文化祭実行委員やらプロムやらがその想像を補強している。

 とは言え、それは事実ではない。しかし、その否定を口に出せば次の質問がどうなるかわからないし、答えられる自信がない。

 

「王子様は誠実でないと」

 

 返答に詰まった俺に一瞬瞑目した陽乃さんはぽしょりと呟く。それは俺に聞かせているようでもあり、ひとりごちただけのようでもあった。

 

「……王子様なんてガラじゃないでしょ」

 

 突然出てきたらしくない単語に首をかしげるが、話題がずれる気配を感じて乗っかることにした。なんだ王子様って、完全に俺の対義語じゃないか。

 

「あはは、そうだね。こっちから話しかけないとずっと無言だし」

 

「うぐ……」

 

 それはもう、本当にそう。だってしょうがないんだもん。はちまん、せぞくのわだいわかんない……。

 割とガチで落ち込む俺をよそに、電車が駅に着く。一通り喉を震わせ終えたらしい陽乃さんはするりとホームへ降り立つ。

 

「じゃあ、またね」

 

 ホームドアが締まる中、一瞬見えた彼女の表情は酷く幼く、どこか寂しげに見えた気がした。

 電車が動き出す。ガタンゴトンと規則的な振動が身体に伝わってくる。一人になって、思考する余裕ができてくる。

 

「あ」

 

 そこで気が付いた。

 カマクラの餌、買い忘れた。

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