「ってことがあったんだけど、なんからしくないっつうか……」
休み明けの放課後、雪ノ下と小町にその話をしてみることにした。俺の中で、降って湧いたような王子様発言や最後に見た表情が気にかかったからだ。
大まかに話を聞いた雪ノ下は顎に手を添えて考え込む。
「そうね。姉さんにしては妙にかわいらしい表現だわ」
「乙女チックはお前の領分だもんな」
「あら、今すぐひき肉くんにされたいのかしら?」
「猟奇殺人じゃん」
いつも通りのやり取りに大げさなリアクションまでつけておどけてみた。話を聞いてこいつも思うところがあるかと思ったが、少なくとも見ている限りでは精神的な問題はなさそうだ。雪ノ下の中では既に姉のレールを奪うことは決心のついた問題なのかもしれない。
いや、どちらかと言えば俺がそれを見ないふりをしていただけか。
「けど、らしくないってのはわかるよ。陽乃さんってすごい”大人”だもん」
隣で話を聞いていた小町の言葉に雪ノ下も同意する。
確かに、陽乃さんは俺たちから見て大人だ。年齢的なものだけでなく精神的に見ても、いやむしろ精神面の方が実年齢差より年上を感じることが多いだろう。
だから余計に、そんな彼女が口にした言葉が気になってしまうのだ。
「そうね。比企谷くんと違って言い訳しないし」
「お兄ちゃんと違っていつも頼れますし!」
「お前ら、俺をいじめて楽しい?」
「うん」
「ええ」
うーん、いい笑顔。材木座だったらメガネを叩き割っているところだった。
なにはともあれ、身内である雪ノ下もコミュ力お化けな小町も、あの言葉の意図はわからないようだ。
いや、考えてみれば当然か。二人共俺と同じ陽乃さんの側面しか見ていないのだ。こういう時、普通なら身内である雪ノ下なら別の側面も見ているのではと思うところだが、いかんせんあの人、身内相手になればなるほど内面を晒さないようにしている節がある。感想が同じになるのも仕方がない。
この二人でもわからないとなると――由比ヶ浜? 一色? いや、正直結果は変わらなさそうだなぁ。かと言って他に聞く宛もないし……あ、これは陽乃さんと面識がある知り合いが他にいないという意味であって、俺が友達少ないせいじゃないから。今誰に言い訳したんだ……。
「あ……」
そこでふと思い出す。そういえば知り合い……知り合い? まあ知り合いでいいか。の中に、一人だけ陽乃さんから違う扱いを受けている奴がいたな、と。
いやけどなぁ。あいつを頼るのはなぁ。や、頼るというか話を聞くだけなんだが、それすらも嫌なんだよなぁ……。
まあ、現状を考えれば聞くしかないのだが。
「ちょっと出てくる」
「そんな顔で行ったら取り次いでもらえないわよ」
相当嫌そうな顔をしていたであろう俺を見て、行き先がわかったらしい雪ノ下から忠告が入る。言われなくともちゃんと取り繕うさ……グランドに付く前には。
「珍しいな。比企谷が俺に用だなんて」
俺の呼び出しにサッカー部を抜け出した葉山はタオルで汗を拭いながら要件を尋ねてくる。クラス分けガチャ大失敗で毎日顔を合わせているとは言え、教室以外で自分から話しかけることもない関係だ。こいつが不思議がるのも無理もない。
「ちょっと、聞きたいことがあってな」
ストレートに言うのは憚れて言葉を濁しながらコーヒー缶を放る。それを片手に収めた葉山は――露骨に顔をしかめた。なんなら無言の抗議の目をこちらに向けてきた。
なんだよ。いいだろマッカン。千葉の水だぞ。何が不満なんだ。言っておくが、これは嫌がらせでは決してない。エメマンも一緒に買っていることにはなんの意図もない。百パーセントの善意なのだ。まじでまじで。
ということで、変な顔をしている葉山をガン無視して、部室と同じ話をする。
「…………」
それを無言で聞いていた葉山であったが、件の陽乃さんの発言を話したところで明らかに表情が動いた。
少し沈んだ、しかし何かを懐かしむような表情。
話を聞き終えた葉山は小さく息をつき、持て余していたマッカンの蓋を開ける。カシュ、と小気味いい音を発した缶を煽って――ものすごい顔でこちらを睨みつけてきた。
なんだその顔は。もっと美味そうに飲めよ学年二位だろ。あと話が逸れるから心苦しいがマッカンの感想はいらんぞ。
俺に取り付く島がないことを察したのか大きなため息を吐き出すと、葉山は真剣な顔つきになる。
「……俺の昔の失敗について知ってるか? 雪ノ下さん関連の奴だ」
「詳しくは知らんが、これまでのやり取りとかお前らの性格見てれば想像はつく」
俺の返答に小さく「そうか」と返した葉山はどこかホッとしているようだった。まあ、詳細がどうであれ、この男にとっては最大級の黒歴史だろうからな。積極的に話したいものではないだろう。
「あの時、陽乃さんに言われたんだよ。『隼人は王子様にはなれないんだね』ってさ」
王子様。昨日と同じ単語だ。
それは、あの一言がたまたま出たものではなく、長年彼女の中にあったものだという証拠と言えた。
「正直、俺からはこれくらいしか出せそうにないけど……参考になったか?」
「ああ」
単純な単語の一致。これだけではこの違和感の正体を掴むことは難しい。
しかし、少なくとも、あの言葉に引っかかった自分の直感は正解だったことはわかった。考えるべき案件だと確信できただけでも前進と言えるだろう。
考えるのは得意分野だ。
***
自室の机に向かい合う。毎日慣れ親しんだ場所だが、今日は目の前に何も広げていない。
何もないそこに、空想の中の白いキャンパスを取り出す。そしてそこに、思考の墨を落としていく。
考える。考える。考える。真っ白なキャンパスを塗り潰すように。黒に染まっていくそこに答えを導き出すように。
休日の姿を思い出す。休日だけではない。食事会、プロム、文実、花火大会。あの人と出会ってから今までのすべてを記憶の引き出しから取り出して、考察して、推察する。
歪に黒塗りされたキャンパスを何度も初期化して、再度塗り潰し直す。出てきた仮説を検証し、比較し、診断して、答えを導き出す。
そうして残ったのは一つの仮説。
「これ……外してたらめちゃくちゃ恥ずかしいな」
日の出の時間はとっくに過ぎていたらしく、カーテン越しに白んだ世界が感じ取れた。
自嘲気味な笑いが漏れる。仕方ない。出てきた仮説に対して、俺は少々役不足だ。いや、少々どころじゃないな。かなり荷が重い。
しかし、動かねばなるまい。例え無謀だろうと、方法が分からなかろうと、立ち止まっている場合ではなかった。
いい加減、なあなあにしているわけには行かないのだ。
枕元に投げていたスマホを手に取り、メッセージアプリで辿り着いた仮説を送る。まだ早朝と言って差し支えない時間だというのにしばらくすると既読の表示がつき、メッセージの相手、雪ノ下が返信してきた。
『わかったわ。準備は任せて』
どうやら学年一位さんにいい考えがあるらしい。ひょっとしたらあいつも一晩色々と考えてくれていたのかもしれない。
ふっと息をついてベッドに倒れ込む。無視していた披露と眠気がどっと押し寄せてきて、瞼が重くなっていく。
一時間程度は眠れるだろうか。対して違いはないかもしれないが、完徹よりは幾分マシだろう。
小鳥のさえずりが聞こえる中、そっと意識を手放した。
***
二週間後の金曜日。放課後になって俺たちは懐かしきコミュニティセンターに来ていた。
そしてその一室で俺は考える。
……雪ノ下に頼んだの、間違いだったかもしれねえ。
いや、最初作戦を聞いたときは納得した。その後あいつのスパルタ特訓で慣れない技術を無理やり身に付けた。
「白のタキシード……死ぬほど似合ってねえ」
しかし、服装に関しては全く聞かされていなかったのだ。
鏡に写った自分を見て頭を抱える。服に着せられてるよりも酷い。無理やり素人がフォトショで首すげ替えましたみたいな違和感。不協和音しか発しない伴奏のような不快感。
「ほら、変な顔してないで背筋を伸ばしなさい」
そんな爆弾を用意してみせた雪ノ下雪乃はため息をつきながら背中を小突いてくる。その癖こちらの不満はガン無視なのが酷い。
いや、まじでなんで服をこれにした。そしてなぜ黙っていた。……伝えると流石に俺が拒否すると思ったからですね。うん、正解。
「心配しなくても、それほど似合っていないわけではないわよ」
「ほんとかぁ?」
未だテンションストップ安の俺を慰める雪ノ下の言葉も信用ならん。というか、褒め方が雑だと思うんだよな。回りくどすぎない? 素直に似合ってるって言えないってことじゃん。
俺の無言の非難を右から左へ受け流す雪ノ下にめげず恨めしい視線を投げつけていると、コミュニティセンターに車が入ってくる音が聞こえてきた。
扉が開き、一人分のヒールの音がセンターに入ってくる。どうやら主役のお出ましらしい。
「雪乃ちゃんに呼ばれてきたんだけど……小町ちゃん? いろはすちゃん? そ、その手は何かな?」
「いいからいいから!」
「はるさん先輩早く早く!」
「え、あ、ちょ……っ⁉ それわたしのドレス! なんでガハマちゃんが持ってるのかな……?」
「いいからいいから! さ、陽乃さん着替えましょう!」
「ちょっと待って! 自分で! 自分で着替えられるから!」
…………。
なんか凄い勢いで隣の部屋に連れ込まれた。そして剥かれているようだ。姦しい声に混じって布ズレの音が――は! いかんいかん変な想像をしては! これは全年齢対象である。
煩悩を退散させながらしばらく待っていると、扉がノックされる。雪ノ下が引き戸を開けると――
「や……なんか恥ずかしいね、これ」
珍しく頬を朱に染めた陽乃さんの姿があった。その出で立ちには見覚えがある。数ヶ月前、プロム会場で彼女が身に付けていたドレスだ。どうやら雪ノ下が勝手に持ってきたらしい。
彼女からすれば、ドレスを着ること自体はそこまで珍しいことでもないだろう。しかし、周りが制服の中で一人だけ豪奢なそれを身に着けているという場違い感を隠しきることはできないようだ。
一色と小町に背中を押されながら陽乃さんは俺の目の前、部屋の真ん中へとやってくる。いつもは会議室として使われるこの部屋も長机をすべてどけてしまえば随分と広い。そんな、悪く言ってしまえば殺風景な部屋のど真ん中で俺と向かい合わせにされている状況は、さしもの陽乃さんと言えども即座に飲み込むのは難しいだろう。
そんな中、部屋の隅に置かれたオーディオから曲が流れ始まる。誰でも知っているような、定番のクラシック曲だ。
そう、クラシックダンスでよく使われるような定番中の定番。
それを聞いてようやく少し状況が飲み込めたのか、陽乃さんの表情が柔らかくなる。状況が理解できないなりに、順応してきたのだろう。
まあ、逆に俺は緊張がピークに跳ね上がったんですが。
声をかけるべきは俺から、そのハードルがものすごく高い。だって俺だぜ? 普段の生活でも自分から声をかけることなんてほとんどないのに、こんな大事な場面なんて特に――
……いや。
そもそもやり方はともかく、覚悟は決めてきたはずだろう? それをここまでお膳立てされたのだ。決めなきゃ男じゃねえ。
すっと浅く息を吸って陽乃さんと視線を合わせて――
「一緒に、踊りましぇんか」
…………。
………………。
一瞬、沈黙が流れる。BGMすら止まったんじゃないかと思えるほどの沈黙。壁際に控えている四人の視線が痛い。俺を抉ろうとするくらいに圧が痛すぎる。
ここで改めて言い直すこともできず、奉仕部包囲網――や、一色は奉仕部ではないのだが――がある中逃げ出すこともできない微妙な時間だけが流れていく。
「――ぷ、ふふふ」
そんな空気を壊したのは、目の前にいる陽乃さんだった。
最初は小さな吹き出し。それがだんだんと明確な笑い声に変わっていき、やがて耐えられなくなったのか腹を抱えて捩りだした。
「ほんと、君って最高だよ」
笑いすぎて目尻に溢れた涙を指で拭いながら、もう片方の手を差し出してくる。
……なんとも情けない話だが、相手に華を持たされた状態だ。まあ、俺らしいと言えば俺らしいか。
差し出された手を下から掬い上げ、曲に合わせて踊り始める。二週間みっちりと雪ノ下のスパルタダンスレッスンを受けたため、自分でも思っていたよりスムーズに足を運ぶことができた。
目と鼻の先、少しだけ低い位置の陽乃さんと目が合う。楽しそうな表情と裏腹に瞳の奥はどこか寂しそうで、申し訳無さそうで、く、と喉の奥がひくついた。
ああ、やはり。自分の仮説が当たっていたことを察する。
「陽乃さん」
だから、俺は思っていることをそのまま言の葉に紡ぐ。
「俺は、雪ノ下の王子様じゃないですよ」
「――――」
ステップが、一瞬乱れた。隠しきれない動揺の感情が瞳に混じる。
思えば、陽乃さんはいつもそうだった。
俺たちに向ける言動の全てが俺たちへの、雪ノ下へのアドバイスだった。彼女の雰囲気や妹からの畏怖、そして俺たちの面倒な性格が状況を拗らせていたに過ぎない。
彼女はずっと、雪ノ下が自由になることを望んでいたのだ。屋敷から出ることのできなかった灰被りの少女が自分の意志で舞踏会に向かえるようになったように。めでたしめでたしと言えるように。
それは、レールの上の彼女にはできないことだったから。
人生を縛られた自分にはできないことを、雪ノ下に託したのだ。
登場人物が足りない中で、陽乃さんは見事に意地悪な姉と魔女を演じきってみせた。嫌われることも覚悟した上で、ここまで俺たちにそれを悟らせなかった。
けれど、雪ノ下はもう灰被りの少女ではない。カボチャの馬車もガラスの靴もきらびやかなドレスも、王子様も必要ない。
や、何度でも言わせてもらうが俺は王子様なんてガラではないが。
「その……」
俺と雪ノ下は互いの関係をパートナーと呼ぶ。傍から見ればそれは恋人と聞こえるかもしれない。けれど違うのだ。成功も失敗も、栄誉も罪も共有する。そこに愛だとか恋だとかは存在しない。
この関係をあえて言葉で表すとすれば、”共犯者”あたりが妥当だろう。決してお姫様と王子様なんてものにはならない。
けれどもし――
「もし、そんな役割が許されるなら」
俺なんかが王子様なんていう、あまりにも不釣り合いな存在になっていいというのなら。
「えっと、まあ……相手は、あなたがいい、です」
ステップが止まる。いつからか抱いていた恋心を――自分なりに――言葉にしたことで顔が急に熱を帯びて、思わず自然を外した。
沈黙が痛い。曲が流れていなければ、そのまま窒息してしまっていただろう。
「あの――ッ」
そんな沈黙に耐えかねて思わず弁明しようとした時、ふわりと身体が柔らかさに包まれた。
「ふーん、それってどういう意味かな?」
そして耳元で聞こえてくる、悪戯っ気の強い声。
あ、これはまずいやつ。そう確信したのだが、いかんせん抱きしめられている上に羞恥心天元突破で禄に力が入らず、逃げられそうにない。
「や、ほんと勘弁してください。結構今のも勇気振り絞ったんで」
「えー、わたしははっきり言ってもらわないと分からないからなぁ」
そして、相手も逃してくれそうにない。
いや、もうね。
やっぱ魔王だよこの人……。
「ごめんって。機嫌直してよ」
「治りません。不治の病です」
あの後、ひとしきり――徹底的に――弄り倒されて俺の心はボロボロだった。いや、もうほんと無理。タキシード着てダンス中に告白ってだけで結構ダメージ受けてたのに……改めて考えるとなんだあのメルヘンチックな告白方法。夢の国に浸り過ぎでは? あのポンコツ乙女チック優等生覚えてろよ……。
まあ、こうして手を繋いで二人で歩いているのも悪くないと思うあたり、俺もそこそこ雪ノ下と思考が似ているのかもしれないが。
じわりと繋いだ手から伝わってくる温もりが知らず頬が緩む。改めて、俺って陽乃さんのこと好きなんだなと実感する。
実際、いつから惹かれていたのかと聞かれても答えられないのだ。俺自身、雪ノ下に言われて自分の内心に気がついたくらい、いつの間にか好きになっていた。怖いだの魔王だの言ってたのにね。人の心とはげに不思議なものだ。
「それにしてもそっかぁ。だからお姉さんの家庭教師嫌がったんだ」
「うぐ……」
思わず唸った。いや、事実なんだけど! 壊滅的な数学とか見せたくないから無理くり拒否したんだけど! それ今掘り返すかなぁ……いやまあ、拒否の仕方が失礼すぎたからね。俺でも掘り返す。つまりこの人は掘り返す。
反論できない俺になんとも楽しそうな笑みを見せてくる。
「じゃあ、これからはお姉さんが勉強教えてもいいよね?」
「え、まあ……それはありがたいですけど……」
「だって、こうなったら比企谷くんには絶対わたしと同じ大学に来てほしいもん。一年だけだけど、同じ大学に通うって、いいと思わない?」
それは……確かに考えてみれば随分と魅力的だ。実際、それ目的で行きたいか行きたくないかと言われれば正直行きたいと言わざるをえないのが本音。
ただ、それをあけすけに言葉にするのは俺の性格的に難しく、視線を逃してしまう。おかしそうな笑い声が鼓膜を震わせる。
「あ……」
彼女から外した視線の先で、一軒の店が目に入る。小洒落た外観をした酒屋。その入口のウインドウに展示されたワインのパッケージに見覚えがあった。
「あれって、この間陽乃さんが飲んでた銘柄ですよね」
「ん? そうだよー。よく見てるじゃん。お姉さんのこと好きすぎかー?」
……なんかまた自分の地雷を自分で踏んでしまった。いや、実際陽乃さんが飲んでいたからよく覚えていたというのは事実なのでなんも言えねえんだけど……。
というか、この人めちゃくちゃ美味しそうに飲むからつい食事会の時に目が行ってしまうのだ。なんというか、この人の飲み方を見てると酒って嫌な気分吹き飛ばすためにガバガバ飲むものではないんだなと思えるようになったというか、そもそも酒そのものに興味が湧くようになったというか。
俺もこんな風に飲めればなと憧れたというか。
「陽乃さん」
「ん?」
だから、話題を逸らすための言葉は自然とこれになった。
「二年後、俺が二十歳になったら一緒に飲んでくださいよ」
「……わたしたち、酔えないよ?」
そして、陽乃さんの返答もわかっていたものだった。
いつだったか言われた言葉と同じ。酒でもなんでも、彼女の言う通り俺たちは酔えないのかもしれない。ただただ酔った振りをするだけのなにかになってしまうのかもしれない。
けれど、未だチューハイの一つも口にしたこともないというのに、俺の中には一つの確信があった。
「俺たち”どうし”なら、酔えると思いますよ」
酔えない者同士、気質の近い者同士だからこそ、相手がこの人だからこそ、酔えるという確信。根拠もなにもないのに、自分の中でこれを否定する要素は不思議なくらいなかった。
彼女からすれば意味の分からない断言だったのだろう。陽乃さんはきょとんとした顔になり――なぜか急にぶわっと頬を高揚させた。え、なにその表情変化。
首を傾げる俺をよそに、真っ赤になった顔を隠すように明後日の方向へ顔を向ける。
「君、そういうところずるいよね」
「? どういうことです?」
「なんでもない!」
繋がれたままの手を引かれ、並んで歩く。
これは、ある春の暮の話。
俺たちの小さい、けれど大事な一歩の話。
というわけで、これにて完結となります。
14巻が出た時点で考えていたネタだったのですが、ずるずると書かずに年単位で時間が経っていました。これも全部コロナってやつの仕業なんだ。
こちらの作品に書き下ろしを追加した作品を冬コミにて頒布いたします。
明日、12/30(金)東ホ-02b「やせん」です。久しぶりの参加なので楽しみです!
俺ガイルSSを書かない期間がだいぶありますが、書きかけのシリーズものとかまだ書きたいネタも色々あるので少しずつ書いていきたい所存。時間が……時間がほしい……!
それでは今日はこのへんで。
ではでは。