「もうそろそろで時間だけどな……まだだろうか」
冬の風が身にしみてくるある日。駅前にあるクリスマスツリーの前である一人のウマ娘が人を待っていた。彼女の名はフジキセキ。言わずと知れたトレセン学園栗東寮の寮長であり、多数のウマ娘から慕われている。そんな彼女は、ある人物と待ち合わせをしていた。それは……
「おねーちゃんっ! ごめんね、待たせちゃって」
「スペシャル、大丈夫だよ。約束までまだ時間はあるし」
突然、フジキセキを後ろから小さな栗毛のウマ娘が抱きしめる。普通、急に抱きつかれたら誰でもびっくりするものだが、フジキセキは特に驚くことなく相手に話しかける。
フジキセキが待っていた人物、それはアグネススペシャルというウマ娘であった。実は彼女、フジキセキの妹である。だが、その見た目は似ても似つかない。フジキセキの髪色が青鹿毛に対し、アグネススペシャルは栗毛。さらに身長も親子ほどの差があり、とても姉妹には見えない。
ちなみに、アグネススペシャルはフジキセキが大好きである。それこそ『将来のお嫁さんはお姉ちゃん』と書くくらいには大好きだ。
「それで、今日はなんで呼んでくれたの?」
アグネススペシャルが、フジキセキに抱きつきながら話しかける。今回、アグネススペシャルを呼んだのはフジキセキの方であった。ちなみに、アグネススペシャルはフジキセキから一言だけ、待ち合わせ場所を指定されただけであり、何故呼ばれたのかまでは把握していなかった。勿論、大好きな姉に会えるのならばこれほど嬉しいことはないが。
「それよりもさ、スペシャル」
「何?」
「抱きつくのはいいんだけど、ちょっと離れてくれない?」
「なんで?」
「流石にちょっと息苦しい……かな」
「はーい」
フジキセキが諭すと、半ば不満そうにアグネススペシャルが離れる。この時、フジキセキは自身に抱きつくアグネススペシャルにちょっと離れてほしいと思っていた。何故なら、抱きつかれたせいで少し息苦しくなっているからである。今だと流石にこのようにすんなりと離れてくれるが、アグネススペシャルが小さい頃は逆に離れてくれず、駄々をこねまくることが多かった。今思えばいい思い出の一つだ。
「それで、今日は何をするの?」
今度はフジキセキの腕に抱きつくアグネススペシャルが、改めて切り出す。
「そりゃ勿論、スペシャルとクリスマスを過ごすためだよ」
アグネススペシャルを呼んだ理由、それは一緒にクリスマスを過ごすためであった。普段、彼女は寮でクリスマスを過ごすことが多かった。寮長という立場上、どうしても何かあったときに対応できるよう、寮にいたのである。だが、彼女は今年から大学に進学し、寮長の座を他の子に渡した。そのため、生活にある程度余裕ができ、このようにして実の妹と大切な夜を凄そうと考えたのだ。
「お姉ちゃん、ありがとう!」
その言葉を聞いた瞬間、アグネススペシャルの表情がぱあっと明るくなる。彼女からすれば、クリスマスという一夜を大好きな姉と一緒に過ごすことができることほど嬉しいことはないだろう。
「じゃあ、行こうか」
「? どこに???」
「そろそろお腹が空いてきた頃じゃないかい?」
フジキセキがそう言うと、アグネススペシャルのお腹が『くぅー』と可愛い音を立てた。赤面した彼女は思わずお腹を抑えて赤面する。
「ふふっ、可愛い腹の虫がいるようだね」
「う、うるさいっ!」
フジキセキがからかうと、アグネススペシャルは赤面したままそっぽを向いてしまった。
「赤面しているところ申し訳ないけど、そろそろ行こうか?」
「う、うん」
腹の虫で未だに赤面するアグネススペシャルを連れ、フジキセキは場所を変えることにした。
所変わり、ここは住宅地の中にひっそりと佇む一件の飲食店。古民家を改装した所謂『古民家カフェ』といわれるタイプの飲食店である。
「お姉ちゃん、このようなお店よく見つけるよね」
「ありがとう、スペシャル。こういう店を探すのが好きでね」
初めて訪れる古民家カフェにアグネススペシャルは興味津々。妹に喜んでもらえたことにフジキセキも満足そうである。
「じゃあ、早速料理を持ってきてもらおうか」
「え、もう来るの?」
「今回は料理も予約してあったからね。普通はこういう感じじゃないよ」
「へー、そうなんだ」
店の人に言い、料理を持ってきてもらうように頼む。このような店に来たことがないアグネススペシャルは本当に右も左も分からないが、今回フジキセキは毎年この店が出しているクリスマスの特別メニューを頼んでいた。ちなみに、本当にクリスマスの一日しか出していない期間限定メニューである。
料理を頼んでからしばらくして、二人の目の前に七面鳥の丸焼きが運ばれてきた。それも一人につき一羽というスケールの大きさだ。普通の人なら、一人で一羽を平らげるのは難しいかもしれないが、何せ二人はウマ娘。これくらい何ともない量である。
「「それじゃあ、いただきます!」」
巨大な七面鳥の丸焼きを前に、二人は慎重に切り分けていき、少しずつ、だが確実に食べていく。アグネススペシャルは、七面鳥を食べていく中で何故かたまにフジキセキがこちらをじっと見ることがあることに気づいた。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
「いやさ、スペシャルってなんでも美味しそうに食べる姿が可愛いな、と思っちゃってさ」
「?!?!?!」
フジキセキは、アグネススペシャルが食べるとき、何でも美味しく食べるな、と思っていた。今回の七面鳥は言うまでもないが、それだけではなく、普通の食卓でも美味しそうに食べるアグネススペシャルをフジキセキは何度も目撃してきていた。だから、口から自然とそのような言葉が出てきた訳なのだが、言われた方のアグネススペシャルはというと、想定外のことを言われてまた赤面していた。今日は本当に赤面しっぱなしである。
それでも二人の箸は止まることなく、気がついたらデザートまで全て完食していた。
「「ごちそうさまでした!」」
食に感謝し、二人は店をあとにするのであった。
「あれ、そういえば今日は寮に戻るの? もう門限は過ぎちゃっているけど」
「それは問題ないよ。スペシャル、外泊届けは申請してきているよね?」
「う、うん。お姉ちゃんに言われたからちゃんと申請しておいたよ」
「それで大丈夫。今夜は実家に戻ろうと思ってね。久々に実家に戻るから、一緒に寝るのもいいかな、と思ってね」
店からの帰り道、アグネススペシャルが門限について聞くと、フジキセキは一緒に実家に戻って寝ようと言ってきた。実は、二人の実家は学園から遠く離れた場所ではなく、歩いて行ける距離の中にある。そのため、外泊届けを申請して実家に戻ることもしょっちゅうあった。今回は、翌日からが冬休みと言うこともあり、二人して一緒に実家に戻ることにしたのである。
実家に戻ると、当然のことながら両親が出迎えてくれる。二人ともフジキセキとアグネススペシャルのことを平等に溺愛しており、スキンシップが結構凄い。疲れはするが、親子の愛情を感じるひとときである。
今日はもう夜も遅いということで、すぐに寝る準備をした。勿論、寝る部屋はフジキセキの部屋である。アグネススペシャルの部屋から布団を持ってきて、二人分の寝るスペースを確保する。
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみ、お姉ちゃん」
フジキセキがそう言い、部屋の電気を落とす。常夜灯の淡いオレンジの光が部屋を淡く照らしている。
急に、フジキセキがアグネススペシャルを向かい合わせに抱きしめた。
「お姉ちゃん?!」
アグネススペシャルもこの行動には本当にびっくりしたのか、耳がぴょこんと立っている。
「スペシャル」
「う、うん」
フジキセキが、いつもと違う甘い声でアグネススペシャルに話しかける。
「私、スペシャルのことが大好き」
そう言うなり、フジキセキはアグネススペシャルの額にキスをした。
「お、お姉ちゃん……」
姉の突然の行動に、妹は何が起こったのか理解が追いついていない。口を水面でぱくぱくさせる鯉のように、口を動かしていた。
「私ね、ずっとスペシャルのことが大好きだったの。でも、そのことをずっと言えないでいた。今、こうやってようやく口にできた。大好きだよ、スペシャル」
端から見たら『何を言っているんだお前は』と言い返してきそうな言葉である。だが、フジキセキは本気である。目がはったりではないと語りかけていた。勿論、『Love』ではなく『Like』の好きであるということをここに付け加えておく。
「私も、お姉ちゃんのこと、大好き」
アグネススペシャルも、少しの間を置いてフジキセキに言葉を返し、同じように額にキスを返す。これにはフジキセキも流石に動揺したのか、少し頬を赤らめていた。
「メリークリスマス、アグネススペシャル」
「メリークリスマス、お姉ちゃん」
二人は挨拶を交わし、微睡みの中へと落ちていった。
翌日。
「んにゅ~」
アグネススペシャルは、布団の中でもぞもぞと動いていた。流石に東京の朝は12月にもなるとかなり冷える。アグネススペシャルも布団から出たくなかったのか、もぞもぞと動いていたが、枕元に置いてある箱を見た瞬間、速攻で飛び起きた。
「プレゼントだ!」
赤、青、黄の3色のリボンで丁寧に梱包されたクリスマスプレゼントを目の前にして、アグネススペシャルの心は既にテンションアゲアゲ状態。興奮冷めやらぬ中、ゆっくりと慎重に梱包を解いていく。
「わあ!!!」
中に入っていたのは、髪飾りだった。それも、姉のフジキセキと全く同じ耳飾りが入っている。これほど彼女にとって嬉しいプレゼントは他にないだろう。
「お姉ちゃん、どう?」
いてもたってもいられなくなったアグネススペシャルはすぐに試すべく、耳飾りをつけてみた。そして、既に起きていたフジキセキにくるりと一回転して見せてみる。
「とっても似合っているよ、スペシャル」
「ありがとう!」
そう言うフジキセキの耳には、アグネススペシャルと全く同じデザインの耳飾りが付いていた。赤、青、黄のトリコロールカラーのシンプルなリボンである。
「あと、お姉ちゃんのリボンもとっても似合っているよ!」
「ありがとう、スペシャル」
面と向かって褒められたことがあまりないフジキセキは、妹に似合っていると言われ、少し照れていた。
「これで、お揃いの髪飾りをつけることができるね!」
アグネススペシャルは完全にノリノリである。今後、この髪飾りは彼女にとって大切な宝物の一つになっていくであろう。冬の、クリスマスイベントの一日であった。
妹が大好きなお姉ちゃんフジキセキって、いいと思うんです。