「ねぇ…皆、ヒユちゃんの事騙すのもうやめようよ…!!」
目尻に涙を浮かべ、今にも消えそうな声でそう叫ぶヒユ。だがその言葉はハルキやツユキ、ルリ、ヒユにハッキリと聞こえた。
「騙してる…?皆が私を…?」
突如告げられた言葉に困惑を隠せないヒユが、近くに立つ仲間の顔を見ていく。
「……」「…………」
「…なんで、騙してるって…?」
未だ状況が掴めない――、だが誰も顔を合わせてくれないという事からヒユを除いた全員が何か隠しているのは明らかだった。
何故自分を騙すのか、理由も分からずに混乱だけが広がるヒユ。だがその沈黙を破ったのはルリだった。
「…そうね、ミユさん」
「っ…でも!」
どこか決心を決めたような顔をしたルリヒユと目を合わせる。綺麗な瞳には複雑な感情が入り乱れており何か悪意があった訳では無いと…ヒユは直感で理解した。
だがハルキはそんなルリを手で抑えて首を横に振った。まるでどこかに行こうとする母親を止める子供のような反応……
「ハルキ、今更だよ」
首を振るハルキに、ツユキが肩に手を乗せて首を横に振った。一瞬にしてハルキの顔が歪み――目尻に涙が浮かんでいた。
「ハルキ…どうしてそんなに辛そうなの…」
この場にいる自分だけが、仲間の辛そうな顔をする理由が分からずに苛立ちを覚え始める。決して仲間に対して苛立っている訳でなく、こんな顔をさせてしまう自分に腹が立っていた。
「理解できてないよな、でも仕方ないよ――ごめん。最初に謝っておくよヒユ」
そう言って頭を下げるツユキ、その言葉にヒユのイライラが一瞬にして消え失せた。
そしてその代わりにヒユの心を支配したのは、疑念だった。
何故騙し今それを謝るのか…、自分にとっては今いるこの場所が現実のはずで、仲間とは今も共に戦い人類を救おうとするセラフ部隊のはずだった。
なのにこれではまるで、自分以外はもう居ない…そう言われてるような気がしてならなかった。
「でもわたくし達は貴女を護りたくて騙してたんですの…、それでも騙してた事には変わりないですけど…」
「護りたくてって…」
護りたいから騙す、まるで意味がわからない。その嘘がみんなを傷つけているというのなら余計だ。
何故私にも共有してくれないのだろうか…きっと全員が抱こめばいい結末にも到れるはずなのに…
「見た方が早いかもね…、来て、ヒユちゃん」
ヒユの中で様々な感情が渦巻く中、突如としてミユに手を取られ引っ張られる。最初こそ抵抗しようとしたががっちりと掴まれた暖かな手はビクともせずにヒユの手を掴んでおり――ヒユ自身もすぐに抵抗を辞める。
――ヒユはただ、黙ってその手に引っ張られることしか出来なかった。
「ここ…」
そうして基地の中をかなり歩いた末に、その場所へとたどり着くことが出来た。
どこへ向かうのか分からなかったヒユはただ黙る仲間と共に歩くしか無かった。
そして着いた瞬間、ヒユの口から「え…」とだけ零れる。
その場所は、今まで戦いそして散っていった者達の墓標がある――――葬儀場だった。
ヒユ達もここで多くの仲間の葬儀に立ち会い、数々の仲間を見送って行った。
だが来てすぐわかった異変が一つあり、ヒユもそこへと視線が動いていた。
「…なんで私のセラフが?」
葬儀場の1番真ん中、白く塗られた壁の前に――佐原ヒユの扱うセラフがあった。
地面に突き立てられたヒユの大剣型のセラフからはゆらゆらと青い炎のようなものが立っており、皮肉にも息を飲むほど綺麗なものとなっていた。
「……ここはヒユちゃんの心の中って言うのかな、そういう所なの」
自分のセラフが突き立てられていることにさらに混乱を深めるヒユの横で、ミユがヒユの手を離しそう告げる。
「……心の、中?」
「うん、正確に言うと少し違うけどね…」
「ムカつくけどあの世界で言うならここは斬魄刀の中だ」
「…斬魄刀」
初めて聞く言葉――だがその言葉は空っぽのような気がするヒユの心に少しの熱を灯す。セラフと同じくらいに大切だった…そんな気がしてならない。
「今は分からないのも仕方ないですわ、だって私達が貴女の記憶に蓋をかけたんですもの…今までの辛い記憶に蓋をかけてわたくし達と幸せに逝けるように」
「そんな言い方…それじゃまるで…!!」
「ああ、アタシらはもう死んでる」
「っ――そんな…!!」
「逃げるなヒユ、お前ももう分かってるはずだ。ここに来てからずっと違和感があったろ?」
「――あ」
現実を受け入れたくないと首を振るヒユ、その肩を掴んで真っ直ぐ瞳を捉えたツユキが更なる追い討ちをかける。
――違和感がない訳では無かった、いつもなら様々な人がいるセラフ部隊の基地がナービィを除き無人だったことも
久しぶりでは無いはずの仲間との出会いが、こんなに胸が張り裂けそうになるほど辛いことも
「」
記憶が混乱し始め頭を抱えるヒユ、だがここが現実ではないということをハッキリと理解させられ心が壊れそうになる。
「嫌…嫌嫌…!!嫌っ!!」
理解したくない現実と無慈悲な現実が交互に錯綜する。
「ヒユちゃん…!!」
その場へと倒れ込むヒユに、ハルキが手を握る。その手は生を実感する温かさがあり今はその温もりに縋り付きたかった。何かの悪い冗談だと、そう誤魔化してしまいたかった
「ねぇ皆、ヒユちゃんを虐めるのやめようよ…!!こんな辛い思いをさせない為にここに連れてきたのに…!これじゃ何も変わらないよ…!!」
ハルキの手を握り涙を零すヒユ、その手をぐっと握り返したハルキがそれを見下ろす仲間に涙ながらに訴えかける。
「ヒユちゃんはもう戦ったよ…!!充分戦った!私達の為にも…あの人の仲間の為にも…!これ以上傷つくのはもう見てられないよ…っ!!」
ヒユよりも涙を流す優しき少女はそう言ってヒユを抱き締める。
「あ……」
抱きしめられた瞬間、ヒユの心に詰まっていた泥のようなものが一気に流れ出ていくのを感じた。
このまま楽になりたい、皆と一緒にもう一度行きたいと……
「ヒユ」
ツユキから名前を呼ばれ、ヒユが上を見る。
「っ…!!」
「あ…っ!!」
次の瞬間、乾いた音が葬儀場に響き渡った。一瞬何をされたのか理解できなかったヒユだが直後にジンジンと頬が痛む。
「この馬鹿野郎!!いま楽になろうとしただろ!!」
痛む頬を抑え、ツユキの方を見るヒユ。いきなり何をするんだと怒りたくなったが――ツユキが必死に涙を堪えているのを見てその気持ちが一気に消えた。
「アタシらの知ってるヒユは、どんな時でも諦めるような奴じゃなかったぞ…!!それは今も変わらない――だからこの世界に”コレ”が落ちてたんじゃないのか!?」
「何を諦められないのかも分からないよ…!!私には皆が居てくれたらそれでいいのに…!さっきまでみんなもそうだったでしょ!?なのになんで今更引き離そうとするの…!!」
ツユキからの言葉に、とうとうヒユが耐えきれずに心の中の激情をぶちまける。
自分がなんでこんなに苦しいのか、理由も分からない。何を諦められないのかすら分からずただ苦しいから涙を流す。
それなのに自分以外はまるで全てわかっているような振る舞いを見せる。そして立てと……諦めるなと言われて…、ヒユの心はとっくに限界を迎えていた。
「そんなもの知らない…!!もうこれ以上苦しみたくないよ…!!!」
「ッ…ヒユ!」
そう言ってツユキの手からその物を奪い取り地面に投げつけ破壊しようとする。
だがその物に手を触れた瞬間、ヒユの中に言葉がひとつ――頭の中に直接流れ込んでくる。
『……俺は黒崎一護だ』
「っ…!!」
声が聞こえ、その物を壊そうとするヒユの身体が止まる。聞き覚えのある声…、口を交わした数は少ないがそれでも一言一言が目つきとは違い優しく染み込む…そんな感覚。
「ヒユ…」
(黒崎一護…)
心の中でその名前を繰り返す。先程まで凍り付いていた心が段々と溶けていくのを感じる。
『ヒユちゃん!』『佐原…』
そんなヒユにさらに追い打ちをかけるように2人の男女の声が響いた。自分を呼んでいるのだと理解するのにそう時間はかからなかった
(誰…?私を呼ぶのは…)
自然と、声がした方向へと足が動く。その先にはヒユのセラフが刺さっている。
1歩、1歩――歩を進めていく。後ろでは仲間が優しい顔をして見守っており誰も止めようとはしなかった。ハルキは未だ泣いていたが…
(このセラフからも声がしてる…気がする)
そう考え、右手でセラフを掴もうと腕を上げる
「…?」
だが持ち上げた右腕に違和感を覚え視線を移す。ヒユの右腕は小刻みに震えていた。
(理由は分かってる)
恐らく目の前のセラフに触れれば全てを思い出すことが出来る、だがそれは同時に――後ろにいる仲間に別れを告げることとなる。それをわかっていた。
未だ心はぐちゃぐちゃのままだ、だけど後ろにいる仲間は背中を押そうとしている。
「っ…!!」
恐怖を頭の中で響く言葉で押し殺し、セラフへと触れた。
次の瞬間だった、頭の中にある鎖がパチン…の切れ様々な記憶がヒユの頭の中を縦横無尽に駆け巡る。
一つ一つが鮮明に浮かび上がっては過ぎていく。
――みんなと戦ったことも
――――そして死んだことも
――――――死した後に黒崎一護と出会ったことも
――――――――そして平子や雛森と出会ったことも
――――――――――井上や茶渡と出会ったことも
そして今…自分が未だ諦め切れずに足掻いているということも――――――
「…全部、思い出した」
「そうか…」
抜きはなったセラフが一際輝く中、ヒユはそう呟く。そして気がつけば仲間が全員自分の隣に立っていた。
「ごめんね、皆…私まだそっちには逝けないかも」
再び溢れそうになる涙を懸命に堪え、ヒユが言葉を漏らす。
「いいんだ…ヒユ、それでいいんだよ!それでこそお前だ」
「ツユキ…」
「最後まで諦めずに戦う、前から貴女は何も変わっておりませんこと――そこがいい所なのですが」
「ルリ…」
「…ヒユちゃん」
「…ごめんねハルキ、それにありがとう――私を苦しませないようにしてくれたんだよね」
その言葉にハルキが頷く。
「でも私は最後まで諦めない、まだ私には護りたい世界があるの…あの人の為にも」
どれだけみっともなくても、生きていれば必ずチャンスはやってくる。
「…わかった、でもその代わり約束」
「うん」
「次会うときは、いーっぱい沢山お話し聞かせて!」
「うん、その日はいつになるか分からないけど…約束!」
そうしてハルキと指切りをする。
「ミユ…」
ツユキ達と少し離れた場所に立っていたミユに、ヒユが声をかけた。いつものように優しく微笑む彼女――だがその姿にどこか寂しさを感じヒユの心がキュッとなる。
「ありがとう、私をこの場所に連れてきてくれて……私に記憶を取り戻すチャンスをくれて」
「ううん…わたしは信じてたよ。ヒユちゃんなら絶対前に進んでくれるって」
「その割にはみっともない姿、みんなに見せちゃったね」
照れくさくなり笑うヒユ、その横から割り込んできたツユキが親指をぐっとたてて――
「みっともないのはいつもだヒユ!こないだ漏らし――――むぐぐ!?!?」
「ツユキは黙ってなさい…!!いいシーンが台無しじゃないの!?」
――全て吐く前にルリに取り押さえられていた。一瞬何やら盛大な黒歴史が吐きかけられた気がするが……今は気にしないでおこう
「でもなんで私のセラフが…」
笑いながらも、自らの手にセラフがあることに未だ疑問を持っていたヒユ。
「それがヒユちゃんの”魂”だからだよ。切っても切れない鎖で繋がれた…貴方の剣」
「…魂」
ミユにそう言われ、妙に納得がいくヒユ。
「でも今の私、変な太刀でしか戦えないし…」
「それももう少しでわかるよ」
そう言われた瞬間、視界がグラりと歪む。そろそろ目覚める時らしいと本能的に理解することが出来た。
後ろめたさも迷いもない、今はただ…ここにいる仲間に感謝をしている。迷って苦しんだヒユを暖かく送り出してくれる仲間に――
「ヒユさんとそのセラフ、相性は抜群ですもの」
「そのセラフがなんでそこにあるのか、もう少しでわかるぜ!!――あー見たかったな!」
「技の極意ってやつだね!図書館で見た…!!」
ルリもツユキもハルキも、全員が笑顔で次々とそう言っていく。そしてその仲間すら徐々に見えなくなり――――――
「行ってきます!!!」
最後にそう、盛大に叫んだヒユ。仲間は一瞬だけ呆気に取られていたが――――――
『『行ってらっしゃい!!』』
と声を揃えて言ってくれた。
「ヒユちゃん、その力は貴方の心を移してくれる。行きたいと思える場所へ――時間へ」
「ミユ…」
最後の最後まで、ミユの言葉は頭の中で響いていた。真っ白な世界の中で姿は見えないけれど――
「その力の名前は――――――”卍解”だよ、ヒユちゃん」