その日、風見は約1月ぶりの休日だった。しかし、毎度のごとくと言っても過言ではないが部下から緊急の連絡が入り、慌てて登庁することになった。署内につくなり耳を疑うような報告を受けた。
「く、クロスターチの社長が、窃盗と殺人容疑で事情聴取中だと…!?!!」
「はいぃぃ~~!!も、もう、どうしたらいいかわからず…!」
「しかもどう考えても冤罪でしかないんです!
社長にはアリバイが確かに無いように見えますが、被害者が窃盗が起きたと気が付いたのはのは被害者が家に帰ってからでして。道中は自身の家が用意した車に乗っていたとはいえ、会場でも挨拶以外はクロスターチの社長とは接点が無く、しかもその夜半に使用人が一人殺されたことから、口封じか仲間割れだと思われます。
そしてクロスターチの社長には、被害者に対して特に個人的な付き合いも、被害者の夫の会社でのビジネスにおいての付き合いも皆無に等しく、怨恨の線もなければ被害者の私物・・・しかも女性もののネックレスだなんて盗る必要はないんです!!」
ここまで聞いた風見は頭を抱え胃の痛みがますます強くなる現状にうめいた。
相手は異国の貴族当主。しかも大企業のトップである。そして親日家どころか元々の国籍は日本。今回の訪問は
「印象悪化どころじゃないだろう…!何を考えて居るんだ捜査三課!そして一課も便乗するな!!」
「――失礼します!クロスターチの社長の件ですが…三課はあくまでも聴取だけでホシじゃないと考えていたみたいですが、一課の人間が『社長じゃないなら部下が勝手にやったのでは?』と言い出しまして…!」
「ッ、はああああ!!?」
「更に『部下全員を完璧に抑え込めるわけがない』とか『大企業なんだから末端までは目が届いてないんじゃないのか』などと発言しだしまして!」
「~~~取り調べ室のどこだ!?俺が行く!!」
「こ、こちらです!」
悪化した頭痛と腹痛を堪えながらも、なんとか駆けつけた時には既に取調室の中は顔色の悪い警察側と、口元は微笑んではいるが目が一切笑っていないクロスターチの社長、そして真顔で殺気混じりの護衛と思われる男性がいた。空気が凍り付いているといっても過言ではない室内に飛び込んだため、その場の視線が一気に自身へ向かったため、背中に冷や汗を浮かべながらも顔には出さずに堪えた。
その室内を見渡してから「これはどういう事だ?なぜ外交問題になりえる捜査に、たかが警視庁の人間が手を出している」と捜査一課と三課の面々へ訊ねてから、クロスターチの社長へ謝罪する。
「この度は誠に申し訳ございません。私は警視庁公安部へ所属しております、風見と申します。現段階の捜査では一時的な事情聴取ですぐ解放される程度しか、そちらへの嫌疑はないはずです。その上任意同行も必要ない程度ですので今すぐにお帰り頂いても構いませんが、どうされますか?」
「・・・・・・へえ、やはりその程度の嫌疑でしかなかったのですね。まあ当然のことだと思いますが。
私はあくまでも母国であるこの国に不利益を齎そうなど、欠片として思ってもみなかった上に部下にも徹底させており、反日派の者や人種差別意識を持つ人間を徹底的に排除した部下にのみ、この国での仕事を任せておりましたので・・・。今回の件は、誠に遺憾であり、私どもが行う予定であった、この国の財閥との会食等も日程を調整する羽目になっております。また、事情聴取で任意同行もされたとあっては、社の新たなプロジェクトである今回の子会社設立にも、非常に泥を塗られたものであるということもご理解頂けてますか?」
「もちろんです。同じ日本警察として謝罪をさせてください。今後は大使館に問い合わせてからのご連絡になります。
今回は誠に申し訳ございませんでした」
クロスターチの社長が署を後にするための案内役を報告してきた部下に任せ、振り返った風見は黙りこくっている室内を見渡し、一言告げる。
「大変なことをしてくれたな。今回のことは警察上層部だけでなく、監査部にも報告を上げねばならなくなった。さらには大使館、そして政府、財閥を含む周囲の人間からのバッシングは避けられないだろう」
風見と社長のやりとりの最中も、風見や風見の部下の視線によって発言をすることを辞めてはいたが、何かとこちらへ食って掛かろうとする意志を捜査一課は持っていた。三課の人間は既にこの室内に入って来た時には頭が冷えていたのか特に反論しようともしていなかったが、この後の対応を鑑みれば上の首が飛ぶことは確定しているようなものだ。
どうにかして被害を最小限にすべきだ。なぜなら相手はイタリアンマフィアにも関りがあるという噂もある、しかもガチガチの武闘派であるのは筋肉の付き方と足運びでわかっている。というかそれを隠そうともしておらず、明らかに武術の腕前が達者であろうことは、降谷からも感じる独特の覇気のようなもので分かっていた。
ただ降谷の覇気は競技者として、そして武術の基礎を学んでいると分かる型にはまったものとしての面が強かったが、彼の社長の場合は彼の後ろに控えていた護衛と同じく、まさに喧嘩殺法と言うか日常的に命の危機を自身の力でのし上がって来たという、裏社会の人間の匂いまでしてくるような覇気だった。
己の残業がさらに増えたことを内心で絶望しながらも、風見はその取調室を去り、重くなる足取りを叱咤しながら自身のデスクへ戻った。