どこに行っても彼女たちに会える。
その安心感から足の向くままに校舎をぶらつく。
何しろ今の僕は先生なのだ。生徒たちの様子を見て回るのは悪いことではない。
いや、悪いこととはなんだ?
ここはゲームの世界で、僕は
僕は人見広介ではないのだから。
いいも悪いもない。ただ、彼女たちに会ってみたいだけだ。
つらつらと無意味なことを考えていると、図書室のドアの前に着いた。
ここには
人見知りで心の壁が固い読書少女。
彼女の怖がりな心がうかがえる、早口な喋りを聞くのも良い。
僕はドアを静かに開く。
中は人の気配がない。
周囲を見渡してみると、机の上に読みかけの本がある。
きっと彼女の本だ。
とすれば、本でも読んでいれば彼女は『現れる』だろう。
そう見当をつけ、適当に本棚の本を見ていく。
錬金術、黒魔術、錬成と術式。
僕は、いや、人見広介は未知の力を求めていた。
世界を変えられるような強く、暗い力。
世界の歯車がどこか噛み合っていない感覚。
自分を世界に組み込むこともできす、狂った世界に独り。
世界が変わればいいと思っていた。
「そういう本に興味があるんですか」
後ろから声を掛けられる。
早口の、突き放すようなしゃべり方。
振り向くと、目黒御幸はそこにいた。
短い黒髪に黒縁の眼鏡。
性に興味がなさそうな格好を見せながらふくよかな部分は性を強調している。
心と体のアンバランスさ。
彼女が、ここにいる。
「いや……そういうわけじゃないけど……」
上手く答えられず、尻すぼみな言葉になる。
「錬金術、黒魔術、そういった類のものですね。先生は、力が欲しいんですか」
ずばり言い当てられて動揺する。
いや、動揺する必要はない。僕の趣向は普通だ。誰でも考えることだ。
違う、そうでもない。『僕』は人見広介じゃない。
「いや……別に……」
「隠す必要はないですよ。仮に本当にそういう力に興味がないと『信じ込んでいる』としても自分を偽るのはよくありません」
畳み掛けるように彼女は言葉を重ねた。
自分が相手より優位に立つと、途端に強気になる。
弱い証拠だ。
かわいいじゃないか。
「自分を偽ることだって時には必要さ。大人にはね」
「大人ってなんですか?偽ることが大人な証拠だというなら、大人になんかなりたくありませんね」
眼鏡の縁を持ち上げ、不満げな顔をのぞかせる。
「大人っていうのは、何をしたらなれると思う?」
問いかける。
少し、面白くなってきた。
「さあ?一般的には20歳を超えたら社会的に大人だという認識ですね」
「でも、心だけ大人、体だけ大人な例もあると思うんだ。例えば……」
おもむろに彼女の手に自分の手を合わせる。
しっとりとしてきめ細やかな肌の感触。温かさと柔らかさが僕の手に伝わる。
「えっ……な、なんですか急に。どうしたんですか先生……」
御幸は途端にしどろもどろになり強気な顔が崩れ去る。
そこには年齢相応の恥じらいを見せる少女の顔がうかがえる。
「僕の体は大人で、君はまだ子供だ。手の大きさもそうだし、力もそうだ」
そういって今度は御幸の手首を強めに握る。
「いたっ……。先生……痛い……」
怯えの入った瞳でこちらを見上げる。
嗜虐心を揺さぶるような瞳だ。
知らず、どちらともしれない吐息が漏れる。
「君は力を持っていない。大人でもない。知識があっても即物的な力にはなりえない」
そういって手首を放し、優しく包み込むように手首をなでる。
折れてしまいそうなほどの細い手首はうっすらと赤色に染まっている。
その痛みの証拠を愛撫するように丁寧に指先でなぞる。
さらさらとした肌の感触が、じっとりとしたものに変っていく。
「大人になること、力を得ることがどういうことか教えてあげようか」
そう問いかける。
僕の手は彼女の両手を優しく撫で続ける。
知識では役に立たない、目の前にある恐怖。
経験にもない、恐怖の後の優しさと愛撫。
御幸は潤んだ瞳でこちらをじっと見る。
その顔は、不安とも混乱とも興奮ともとれる。
そうきっと彼女はわかるのだ。
知識にもない、経験にもないこと。
遺伝子に刻まれていること。
古代から現代まで脈々と受け継がれる、大人の儀式。
情愛と肉欲の狭間にある痛みと快感の儀式。
御幸の体は大人になり、
きっと心も大人に至るだろう。
大きな一歩を踏み出す代わりに
戻ることのできない過ちを犯すのだ。
そして僕は怪物になる。