感情を機械的に模倣するだけの上位存在だった天使が愛を理解する話   作:ジョク・カノサ

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天使

「あ……あ……」

 

『ウウウゥ……』

 

 地の底から響くような唸り声をあげて、禍々しい獣ーー悪魔が僕を見ている。

 

 必死にここまで逃げてきたけど、もう足腰が限界でへたり込んでしまった。周囲には誰も居ない。今度こそ、誰も助けてくれない。

 

『ウウッ!』

 

「ッ!」

 

 大口を空けて飛びつこうとする悪魔に対して僕が出来たのは目を背ける事だけだった。

 

 死ぬ。

 

「ーーふッ!」

 

『ギャッ!?』

 

「……え」

 

 死を覚悟していた僕の目に映ったのは、神々しいと言っても良い光景だった。

 

 眩い金髪の上に光輪を、背中に真っ白な翼を携えた女の子が、その手に持つ炎の剣で悪魔を上から貫いている。

 

 しばらくして、悪魔が砂のようになってそこから消えると同時に彼女は夕焼けに照らされた地面に降り立った。

 

「悪性魔獣消滅、守護武装送還」

 

 彼女がそう呟くと、手に持っていた剣が瞬時に消えた。

 

「あ、あの……」

 

「冥加与吉」

 

「は、はいっ!……あれ、何で僕の名前……」

 

 冥加与吉は僕の名前だ。作り物めいた顔で彼女は僕を見ながら、こう告げた。

 

「冥加与吉が持つ悪性魔獣に対する誘引性の調査、及び解明の為ーーこれより監視を始めます」

 

 

 

 ☆

 

 

 

 悪魔。獣のような姿をした異形。

 

 恐らく有史以前から出現しているにも関わらず、生態やどこからやって来るかは未だ明らかになっていない、人類にとって逃れられない災害。

 

 だが、同じく謎ではあるが人類を悪魔から護ってくれる存在も居る。

 

「こ、ここが僕の家で、一人暮らしです」

 

 そして今、僕の目の前にその存在ーー天使が目の前に居る。

 

 悪魔と違って、天使は人間に鳥のような羽が、頭上に輪っかが浮かんだ容姿をしていて、悪魔が出現すると上空から飛来し、瞬く間に悪魔を退治してくれる。

 

 その性質から、天使とのコミュニケーションは何度も試されてきたが、未だ確かな成功の例は無いという。

 

「そうですか」

 

「そ、そうです」

 

「……」

 

「……」

 

 今居るのは僕が暮らしている一軒家の玄関。

 

 悪魔に殺される寸前で彼女に助けられた俺は、そのまま僕自身の監視を宣言されてここまで彼女を連れて来る事になった。

 

 ……コ、コミュニケーションの例が無いって話なのに、めっちゃ話しちゃってるよ。

 

「もういいでしょう」

 

「え?……わっ!」

 

 さっきまで普通の人間の姿をしていた彼女に翼と輪が現れた。

 

「私が地上で活動している事を冥加与吉以外の人間から認識されるのはなるべく避けたい。把握を」

 

「あ、なるほどね……」

 

 ここに来るまで彼女が翼と輪を隠していたのはその為らしい。

 

「と、というかそれ隠せるんだね……。触ってみてもーーうわっ!」

 

 気になっていた翼に手を伸ばそうとすると、触れる直前で何かに手が弾かれた。眉一つ動かさず彼女は僕を見る。

 

「人間との接触は規定により禁じられています。その試みは無駄です」

 

「そ、そうなんだ……。というか失礼だよねいきなり、ごめんなさい……」

 

 僕の悪い癖が出てしまった。目の前の人はただでさえ特別な存在なのに。

 

「ごめんなさい」

 

「謝罪は不要。それよりも、私の所在を指示してください」

 

「は、はい。とりあえずリビングに……あの、何で僕の事を知ってたの?」

 

 彼女は僕が悪魔を誘因すると言っていたが、それは事実だ。

 

 僕はなぜか悪魔に襲われやすくて、これまでの人生で何度も悪魔と出くわしたことがある。普通の人は多くても二回ぐらい。

 

 でも、その事を知ってる人はそう多くない。

 

「以前から、悪性魔獣出現と冥加与吉の相関関係の可能性は提言されていました。そして今回の例を契機に調査が始まった」

 

「もともと僕について注目してたって事……?ぼ、僕なんかが?」

 

「はい」

 

 天使は僕達を助けてくれる。科学が発達した今の世界でも、説明出来ない現象や武器を伴って。だから、天使たちを人間より上位の存在として崇める人達だってたくさん居る。

 

 僕だってこれまで悪魔に襲われる度に助けてもらってるから、天使に対する畏敬はある。

 

 そんな天使ですらも、僕を注意対象として見ている。

 

「やっぱり、僕は……」

 

「冥加与吉、私の所在を」

 

「あっ、ソファーとかに座ってもらえたら」

 

「分かりました」

 

 そう言って彼女はソファーに座った。姿勢が物凄く奇麗だ。僕は机の前の床に座る。

 

 ……お茶とか出した方が良いのかな。

 

「あのー、お茶とか……」

 

「必要ありません」

 

「じゃ、じゃあ君の名前!名前は?」

 

「……意思疎通を図ろうとする意味は無い。私の目的は監視だと伝えた筈」

 

「でもっ、しばらくここに居てもらうなら名前くらいは知ってた方が……」

 

「……」

 

 僕がそう言うと、彼女は言葉を返すのを止めて目を閉じた。

 

 怒らせてしまったのかと思い、自分の心音が大きくなってくるのを感じる。

 

「あ、あの、ごめんなさーー」

 

「ーー冥加与吉の要望には可能な限り答えろとの事」

 

「へっ?」

 

「確認を取りました。監視を円滑にする為の判断です。名前、でしたね」

 

 どうやら怒っていた訳ではないらしい。目を閉じたのは誰かと会話のようなものをしていた?

 

 いや、それより彼女の名前だ。

 

「人間の言語で表すとすれば、EG-104が私の個体名です」

 

「EG-104……型番みたいなんだね。……じゃあそのままじゃちょっと呼びにくいね。……うん、Eと1から取ってい、いーちゃんって呼んでみても良い?」

 

「好きに呼称してください」

 

「良いの!?……いーちゃん、いーちゃんかあ。僕、こうやってあだ名とか付けるの憧れてたんだ……」

 

「そうですか。--何故、泣いているのですか?」

 

「えっ?あれ?」

 

 言われて初めて気がつく。いつの間にか僕は泣いてしまっていた。

 

 慌てて涙を拭うと、いーちゃんが不可解そうな顔で僕を見ている。

 

「人間が涙を流すのは物理的な刺激、あるいは感情的に強く刺激された時だと把握していますが、何故今?冥加与吉が持つ性質は何もかもが不明、であればその涙も誘因現象と何か関連がある可能性がーー」

 

「いやいやいや!これは、ただ嬉しくて出ちゃっただけだから!」

 

「……幸福感による涙だと?」

 

「うん。僕こんなだから、友達とか出来た事無くて……嬉しかったんだ」

 

 僕が悪魔に襲われやすいのは今に始まった事じゃない。子どもの頃から多分そうだった。

 

 悪魔に良く襲われる子どもなんて、周囲には不気味に思われるのが当たり前。だから、友達だって言える人が居た事は無い。

 

「あらかじめ伝えておきますが、私の感情表現、表情といった人間的機能はあくまで()()。それ故に、今の様に冥加与吉が望むような意思疎通を実現出来ない可能性がある」

 

「あ、そうなんだ……。僕も友達なんて初めてだから、お、お互い様ってやつなのかな」

 

「友人関係を望むのですか」

 

「うん。で、出来ればだけど」

 

「それ自体は問題ありません。善処します」

 

「ありがとうーーうわっ!」

 

「接触は禁じられていると言った筈です」

 

「ごめん、嬉しくて……」

 

 この日、僕に初めて友達が出来た。

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