感情を機械的に模倣するだけの上位存在だった天使が愛を理解する話 作:ジョク・カノサ
「遊ぼう!いーちゃん!」
「はい?」
いーちゃんは昼ご飯のパスタを食べながら、僕の言葉に疑問符を浮かべた。
学校での悪魔騒ぎがあった翌日、この日から僕はしばらく休みだ。
つまり、しばらくの間いーちゃんと一緒に居る事が出来る。
「今日から休みなんだ。家にずっと居られるから、いーちゃんと遊べる!」
「遊ぶ……遊戯の類を指しているのは分かりますが、具体的に何を?」
「ゲーム!」
僕はテレビの下を指さした。そこにはいくつかのゲーム機とソフトが置いてある。
僕はあまり家から出ない。そうなると家でやる事と言ったら大体はゲームだ。その中には二人で出来る物もある。
「ゲーム……多少の知識はありますが、私がそれに適応出来るかはーー」
「大丈夫、簡単だから!どれからやる?いっぱいあるよ!アクションもレースも対戦系も!……二人でゲームやるの、いつぶりかなあ」
「種類がある事は理解出来ますが、私では決める事が出来ません」
「なんとなくで良いよ、一番気になったやつ!」
適当にソフトを手に取って机の上に並べた。いーちゃんは難しい本でも読むような感じでそれぞれを見始める。
しばらくして、その内に一つに指を向けた。
「あ、それは……」
「外見が特異であるという点で選びました」
「これ、二人プレイは出来ないやつなんだ」
いーちゃんが選んだのは少し古いノベルゲーム……というか恋愛ゲームだった。置いてあった物を適当に並べたから混ざっていたようだ。確かに、女の子が主体のパッケージは他のアクションゲームとかと比べて異質だ。
「そうですーー」
「あ、でも別に後ろから僕が見てればいっか!気になるんだったらやるべきだよ!」
ディスクをゲーム機に入れて、ゲームを起動してからコントローラーをいーちゃんに渡す。明るいオープニング曲と映像が画面に流れ始めた。
「私は……どうすれば?」
「映像が終わったら始まるから。あ、これは恋愛ゲームって言ってね」
僕が出来る限りの恋愛ゲームの説明をする。いーちゃんは画面をしっかりと見ながらも僕の説明を聞いているようだった。
「つまり人物の関係、及びそれに付随した出来事を疑似的に再現した物、という事ですか」
「多分、そんな感じかな。途中に選択肢があって、それによってストーリーが変わるんだ」
「……率直に言って、私がこれを十分に遂行出来る可能性は低い」
「え?」
「以前伝えた通り、私ーーEG-104の内部で行われる思考や人間で言うところの感情といった物は、あくまで与吉との意思疎通を円滑に行う為の模倣でしかない。そしてその精度も人間には及ばない。人間が持つ感情は、私達でさえ完璧に再現するにはあまりに複雑」
淡々といーちゃんは語り続ける。その目にはゲームの映像が反射して映っていた。
「なので、やはり私は与吉が求める友人としての役割を十分に果たせない場合がある。これにもそれが当てはまる」
「……そんなに難しく考えなくていいと思う」
「?」
いーちゃんの話を完璧に理解出来てる気はしないけど、僕にも言いたい事があった。
「僕は今、凄い楽しい。誰かとご飯食べたり話したりする事って無かったから。友人としての役割とか、そんなのどうでも良い」
「……」
「感情に関しては僕も良く分からないよ。元々このゲームを買ったのも、他人との会話の練習になるかなって思って買ったんだ。僕は人と接するのが下手くそだから」
ゲーム画面では登場人物達が楽しそうに笑ったり、色んな表情を見せている。何度かやったゲームだけど、彼女達をちゃんと理解出来た気なんて全く無かった。
「あんまり意味無かったけどね……ゲームだし。だから、そういう意味では僕もいーちゃんと同じ、よく分かんない」
「そう、ですか」
「感じたままで良いんじゃないかな、僕はいっつもそれで失敗しちゃうんだけどね。……あ、始まったよ!」
いーちゃんが天使だとか、監視が目的だとかは僕にとってはどうでも良かった。
始めて出来た友達なんだ。
☆
「ここ!ここ凄い重要なんだよ!」
「分からない……この選択肢に何の違いが?」
「ここで間違えたらバッドエンド直行になっちゃうんだ!慎重に!」
学校に行く日の間隔は結構空いている。この休みの間、僕はずっといーちゃんと遊んでいた。
「……何も言う事はありません」
「え、それって美味しいって事?」
「少なくとも、私の味覚には合致している」
「やった!……僕はちょっとしょっぱいかなあ」
本当に楽しい日々だった。遊んだ後は気持ちのいい疲労感で毎日ぐっすりと眠る事が出来た。
「こ、これは卑怯では?」
「このボス回復封じてくるんだよね。あ!防御ばっかりしてるとーー」
「あ、あ……」
いーちゃんもまでの固い感じが少しずつ無くなってきた気がして、僕も自然と接する事が出来た。
「いーちゃんは、今楽しい?」
「……そう表現するべきでしょうね」
「え?今笑った!?初めて見た!」
「感じたままで良いと言ったのは与吉でしょう」
こんな日々がいつまでも続けばいいのに。
☆
「めんどくさいなあ」
今日は学校の日だ。本当は行きたくなかったけど、普段あんまり行かない分休むともっとめんどくさい。
天気が曇り気味なのもあって、気分はどんどん落ち込んでいく。
いーちゃんから離れたくない。ずっと二人で遊んでいたい。
「でも、今日が終わったらまた遊べる。次は何のゲームを一緒にやろうかなあ……」
いーちゃんのゲームに対する理解も結構進んだようで、最初のおぼつかない感じと比べたら随分慣れたようだった。高難易度ゲームのボスで唖然としてたのはつい笑っちゃったな。
そんな事を考えていると、いつの間にか教室の前についていた。帰りたくなる気持ちを抑えてドアを開ける。
「……?」
教室の雰囲気が少しおかしかった。いつもより人数が少ない気がする。
それに加えて、何人かが教室に入った僕を見ていた。その内の一人が僕に近づいて来た。
「な、なにーー」
「よくのうのうと来れたものですね。……悪魔の僕よ」
その男子生徒の手の甲には、天使の翼が彫られていた。
天使。悪魔から人間を守ってくれる、未だに何もかもが不明な存在。
大体の人は天使に感謝と畏怖を向けているが、その中でも熱烈に崇めている人というのは多い。
「え、え」
「既に調べはついている。アナタが幼少期から、異常な程悪魔と接触している事は」
「あ……」
僕は他の人と比べて悪魔に襲われやすい。そしてその事をはっきりと理解しているのは何人かだけだ。
僕といーちゃんとお母さん達ぐらいな筈なのに。
「事実この近辺では悪魔が多数出現している!……私は騙されませんよ、アナタは襲われたと主張するでしょうが、アナタこそが悪魔を現世に呼び込む元凶、悪魔の僕なのです!」
「……」
彼の言う事は別に間違ってなかった。だって、事実として僕の周りでは悪魔が良く出現する。
教室を見る。皆の僕を見る目は、得体の知れないモノを見る目だった。
天使が崇められているのに比べて、無差別に人間を害する悪魔は当然の如くほとんどの人に嫌われている。
その視線は、この世の大多数の人が僕に向けるだろう視線だった。
「じきに学校全体……いや、地域一帯にこの事は広まります。さあ、大人しく天の裁きをーー」
「っ!」
「あっ、待てっ!ーー見たでしょう!逃げるという事はそういう事です!勇気ある者はーー」
持ってきた荷物を全部捨てて、僕は駆け出していた。
何も間違っていない。僕は居るだけで皆に迷惑をかける。
「はっ、はっ」
悪魔を呼び寄せるんだから、嫌われるのも仕方がない。一人で暮らす事になったのも、今まで友達が出来なかったのも当たり前。
それがバレて、酷い目に合うのだって仕方が無い事。
「う、うう」
なのに、僕はこうやって逃げている。
学校を出て、来た道を必死に走る。通行人が僕を責めるような目で見ているように感じた。
涙が溢れる。ぐちゃぐちゃな頭の中で、ただただこう思っていた。
いーちゃんに会いたい。
「はあ、はあ。--っいーちゃん!」
家のドアを開けて飛び込んだ。中は暗くて、当然のように誰も居ない。いーちゃんも居ない。
そして思い出す。いーちゃんは僕の監視の為に、隠れて僕の近くに居るという事に。
「いーちゃん!帰って来たよ!もう誰も居ないよ!いーちゃん!」
不安感をそのまま口に出すように、いーちゃんの名前を呼ぶ。
でも、いくら経ってもいーちゃんは出てこなかった。
「……何で」
いーちゃんの仕事は僕の監視。だから僕の近くに居るって言ってたのに。友達なのに。
何で。
「は」
もう監視が終わっちゃったのかな。それとも僕の事が嫌になったのかな。お母さん達みたいに。
胸が苦しい。頭が痛い。気分が悪くなって吐きそうになる。久しぶりの感覚だった。
「疲れたな」
そういえば、中学校の時にロープを買ったんだっけ。ちゃんと重さに耐えられる頑丈なやつ。
テーブルに散らばるゲームを少し眺めた後、リビングと玄関の間にあるドアのドアノブが目に入った。