幻想郷放浪記   作:もみじ 

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まえがき

 

 まずはこの物語を手に取ってくれたことに感謝の意を表する。ありがとう。

 さて、唐突な話になって申し訳ないが、君たちは図鑑というものを読んだことがあるだろうか。読んだことがないという人も読んだつもりになって私の話を聞いて欲しい。

 知っての通り、図鑑には様々な種類がある。動物、植物、昆虫といった生物から、天体、石、雲といった自然、刀や城などの人間が作ったもの、はたまた妖怪や神獣といった空想の生き物。

 それらの図鑑を見て、興味を持ったものがあれば実物を見てみたいというのは人間の性であろう。読み手でもそうなのだ。その図鑑の作り手なんてもっとその欲が強い。他人から話を聞き、その絵を貰って図鑑の1ページを埋めたとしても、それを自分の目で確認せずにはいられないのだ。たとえばそれがいかに危険な場所にあろうとも、一度は自分の目で確かめたいと思うのは私だけなのだろうか。

 

 申し遅れた。私の名前はアガサクリスQ、変な名前かと思うが、もちろんこれはペンネームである。本名は稗田阿求という。幻想郷の人外をまとめた書籍を作成するのを本業としている。わざわざペンネームと本名の両方をここに記したのには理由がある。それは、これが物語であると同時に幻想郷のことを記した歴史書の一部であるからだ。

 もし、この物語が奇跡的に外の世界に流れ着いた時のために幻想郷について少しだけ記すことにする。幻想郷に住んでる方は読み飛ばして欲しい。

 

 かつて、妖怪や神といった存在はごく当たり前に存在しており、人間もそれを何の疑問持たず受け止めていた。しかし、明治に入り文明の光が灯り、人々は科学という武器を使って妖怪や神の存在を否定し始めた。人間は妖怪の時間をランプで消し去り、霊をカメラで嘘っぱちだと言い、神の領域を望遠鏡で侵した。今上げたのはほんの一例に過ぎないが、これらのような人間の科学によって、妖怪や神は徐々にその居場所を追われていったのだ。

 そんな中、妖怪の絶滅を危惧した1匹の妖怪がまだ科学を知らない山奥の小さな村を中心にして大きな大きな結界を張った。その結界は文明を通さず、科学を弾き返した。代わりに結界の外で否定され忘れられた者たちを引き寄せ、中に招き入れた。そうして完成したのが忘れられた者が集う場所、"幻想郷"だ。

 現在は最初に張られた結界に加え、もうひとつ新たな結界が存在しており、2重の大結界により外と中が交わらないようになっているのだ。それでも稀にその結界をすり抜けて物や生き物が入ってきたり、その逆で幻想郷から出ていってしまうものもあるが、それらの事象に関してはどうしようもないらしい。

 

 さて、簡単に幻想郷について解説したが理解してくれただろうか。一言でいうと、文明から隔離された世界という訳だ。まだ語れることは沢山あることに加え、多少の齟齬が生まれる可能性がある文章になってはしまったが、幻想郷の解説を長々とするのはこの作品の趣旨に反する。故にこの程度で許していただきたい。

 少し話題が逸れてしまった。最初の話、そう、図鑑についての話に話題を戻そう。幻想郷の妖怪をまとめた書籍の作成が仕事と言ったが、それは図鑑を作ることに等しい。だが、まとめる対象が対象なだけに、そのほとんどを私は実際に見たことがない。百数十年分もの記憶を持ってしても私の作った書籍に載っている妖怪のうち、私が出会えたのはほんのひと握りなのだ。もちろん情報が不完全であったり、全く知らない妖怪も無数にいる。

 

 そういえば、私自身のことをまだ話していなかった。また少し話は逸れるが、このことを話しておかなければ、物語についていけない方もいることだろう。

 つい先程、百数十年の記憶を持っていると言ったが、それは、私こと稗田阿求が第九代目の御阿礼の子と呼ばれる身であることが理由だ。そのルーツは飛鳥時代にまで遡る。稗田阿礼はご存知だろうか。まあ、知っている人が多ければ私は幻想郷に来ることはなかったのだろうとは思うが。

 阿礼は天武天皇の舎人で、古事記を書いた人物のひとりだ。非常に頭が良く、その中でも記憶力に関しては人間の域を脱していたらしい。阿礼の死後、約百年後に稗田家で稗田阿一と呼ばれる人間が生まれた。阿一は阿礼に引けを取らないほどの記憶力を持っていた。さらにそれだけにとどまらず、阿礼の記憶を持っていたのである。阿一はまだ古事記を読んだことすらないのにもかかわらず、その内容を詳細に言い当てたのだ。そして、その阿一が死んだ後、約百年後に阿爾と呼ばれる者が稗田家に生まれた。阿爾は阿礼だけでなく、阿一の記憶も持っていた。このように100年の周期で稗田家に生まれる超人的な記憶力を持つ子供を、御阿礼の子と呼ぶのだ。御阿礼の子は阿礼の記憶に加え、今までの御阿礼の子の記憶を全て持って産まれてくる。

 御阿礼の子、初代"阿一"、二代目"阿爾"、三代目"阿未"、四代目"阿余"、五代目"阿悟"、六代目"阿夢"、七代目"阿七"、八代目"阿弥"、そして九代目が私、"阿求"だ。私は阿礼から阿弥の記憶を持って生まれてきている。だから百数十年分の記憶を持っている。

 

 そんな私でも妖怪というものには出会った記憶がほとんど無い。それほどまでに妖怪は珍しいものだ。この超人的な記憶力と引き換えに、御阿礼の子の寿命は20年ほど。今の体で自由に動き回れる時間はもうそこまで長くない。だったら、自由に動き回れる時に実際にこの目で妖怪を見てこようじゃないかと、そう思った次第である。

 

 非常に前置きが長くなったが、この物語は私が稗田家を抜け出し、この身一つで妖怪の跋扈する幻想郷を散策する物語である。まあ、こうして筆をとっている時点で私が無事であることは読者の方々にはバレてしまっているが、いかに幻想郷が危険なところで妖怪が恐ろしいものかを理解して貰えたらいいと考えている。

 

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